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頓馬天狗』(とんまてんぐ)は、1959年9月5日から1960年12月24日までよみうりテレビ制作・日本テレビ系列で放送されていた、花登筺脚本、大村崑主演による時代劇コメディである。大塚製薬一社提供

お笑い珍勇伝 頓馬天狗
⇒崑ちゃんのとんま天狗
『頓馬天狗』出演の大村崑と三木のり平
ジャンル 時代劇コメディ
企画 東宝テレビ部、劇団・笑いの王国
脚本 花登筺
演出 香坂信之
出演者 大村崑
芦屋雁之助
芦屋小雁
オープニング 大村崑、かなりや子供会「とんとんとんまの天狗さん」(作詞:花登筺、作曲:加納光記)
制作 よみうりテレビ
東宝
放送
放送国・地域 日本の旗 日本
放送期間 1959年9月5日 - 1960年12月24日
放送時間 土曜19:00-19:30
放送分 30分
回数 69

特記事項:
大塚製薬一社提供番組。
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番組タイトルは、当初は『お笑い珍勇伝 頓馬天狗』だったが、後に『崑ちゃんのとんま天狗』へ改題された。

概要編集

タイトルの通り、時代劇『鞍馬天狗』のパロディである[1]コント的要素やスラップスティックによる笑いを多用し、毎回、大村崑扮する『頓馬天狗』の行く先々で敵役である『珍選組』の近藤、土方が現れては、最後はあっけなく頓馬天狗に斬られてしまい、またそれの繰り返しという、所謂“アチャラカもの”である。

脚本は花登が手がけ、出演者も大村、芦屋雁之助以下、花登が東宝から独立して結成した『劇団・笑いの王国[2]』のメンバーが中心だった。

登場人物はそれぞれ近藤勇造(近藤勇)、土方大三(土方歳三)と、本家の登場人物の名前をもじったもので、主人公の名前は「尾呂内楠公」と、スポンサー・大塚製薬のメイン商品名『オロナイン軟膏』の読みがそのまま使用された[1]。決め台詞は「姓は尾呂内、名は楠公」。製薬会社がスポンサーということもあり、普段うだつの上がらない主人公はピンチに陥ると「秘薬」と称する丸薬を口にすることで、頭巾姿で剣の達人であるヒーロー・頓馬天狗に「変身」する、というのが毎回のパターンだった。また番組の途中で脈絡なく「天狗コマーシャル」と筆書きされた巻物を広げ、生コマーシャルが挿まれる。

当時はVTRの規格が2インチで機器・テープ共に高価だったうえ、著作権法などの絡みで番組の資料保存が制約されていた事情もあり、よみうりテレビにはほとんど映像は現存しておらず、映像は主演の大村が個人所有しているテープが数本保存されている程度である。

スタッフ編集

出演編集

ほか

主題歌編集

  • 大村崑、かなりや子供会「とんとんとんまの天狗さん」(作詞:花登筺、作曲:加納光記)
    EPレコード盤が発売された(廃盤)。CDでは『なつかしの昭和テレビ主題歌集 完結編(一)』に収録されている。

放送時間編集

  • 毎週土曜日13時15分から13時45分(1959年9月5日 - 1959年9月26日)
  • 毎週土曜日19時00分から19時30分(1959年10月3日 - 1960年12月24日)

ネット局編集

ほか

エピソード編集

  • この番組は生放送だったこともあり(というよりはこの時代はどの番組もこのやり方が主流だった)、様々なハプニングを生み出している。例えば、本番中にもかかわらず、ディレクターの怒号がそのままオンエアーされたり、殺陣の最中刀が外れたり等、日常茶飯事だった。
  • 生番組であるが故に、本番3日前に台本が仕上がり、放送当日の朝までリハーサルそして本番を迎えるというまさに地獄のような撮影スケジュールだったという。
  • 番組の一番の特徴として『生コマーシャル』が挙げられる。「姓はオロナイン、名は軟膏…」と名乗りをあげて登場する場面はつとに有名である。こうした手法は、この当時のバラエティ番組では多く見られたもので、同じく大村が出演していた大阪テレビ放送朝日放送やりくりアパート』の『ダイハツ・ミゼット』のCMや、藤田まこと主演の『てなもんや三度笠』のオープニングの決め台詞(「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー」)もこうした典型例である。
  • 大村が番組中にみせる「左手だけの片手抜刀」[4]など、当時は子どもの視聴者層に大きな支持を受け、テレビ番組以外でも、花登筺作・わちさんぺい画による漫画化(秋田書店少年雑誌『まんが王』に掲載)や、丸川製菓フーセンガムのパッケージ、めんこのデザインなどにも起用された。
  • 大塚製薬が日本テレビ系列の土曜19時枠のスポンサーになるのは、この番組が初である。以後1972年6月終了の『天才バカボン』まで、12年9ヶ月に渡って土曜19時枠の単独スポンサーを務めた。

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ a b 石橋春海『’60年代蘇る昭和特撮ヒーロー 特撮創成期の1960年代に登場したヒーローたちを一挙紹介!』コスミック出版〈COSMIC MOOK〉、2013年12月5日、48-49頁。ISBN 978-4-7747-5853-4
  2. ^ そもそも花登の劇団結成は『やりくりアパート』のレギュラーだった子役・中山千夏の東京・芸術座での舞台起用に伴う処遇を巡り、花登と東宝との関係が悪化し、松竹の支援で結成に至ったものだったが、東宝側は「関係が切れるのは東京との関係で、関西は今まで通りに…」と慰留に努め、完全な決裂とはならなかった。また、「東宝テレビ部」はテレビ制作プロダクションとしての独立性が高かったこともあり、キャスティングに際してトラブルは発生しなかった<花登の著書『私の裏切り裏切られ史』(朝日新聞社ASIN B000J79Q4U)の記述より>。
  3. ^ 放送当時、本土=那覇間のマイクロ回線が敷設されていない為、空輸によるフィルムネットで放送された
  4. ^ なつかし映像コーナー!!”. 崑の村. 2014年3月22日閲覧。

外部リンク編集

日本テレビ 土曜13:15 - 13:45枠
【当番組のみよみうりテレビ制作】
前番組 番組名 次番組
劇場中継
(枠不定)
お笑い珍勇伝 頓馬天狗
(1959年9月)
単発枠+スポーツ
(枠不定)
日本テレビ系 土曜19時台前半枠
【当番組よりよみうりテレビ制作枠および大塚製薬一社提供枠】
まりっぺ先生
【日本テレビ制作】
お笑い珍勇伝 頓馬天狗

崑ちゃんのとんま天狗
(1959年10月 - 1960年12月)