顕誓(けんせい)は、戦国時代武将本願寺の僧侶。光教寺顕誓ともよばれる。

 
顕誓
時代 戦国時代
生誕 明応8年(1499年
死没 元亀元年(1570年10月24日
諡号 光闡坊
主君 証如顕如
氏族 本願寺
父母 蓮誓
不詳
不詳
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略歴編集

享禄・天文の乱による追放と破門

蓮如の孫。加賀光教寺の蓮誓の3男。享禄・天文の乱において、父蓮誓(蓮如の四男)とともに、小一揆側で戦うが敗れ越前に逃れた。 顕誓は父蓮誓(蓮如の四男)とともに破門、追放された。

赦免と帰参

天文19年(1550年)赦免され、本願寺に帰参した。この際、顕誓の赦免に浄照坊明春の個人的な尽力があったとされる(『反古裏書」)

事績

顕誓は宗派を代表する碩学のひとりであり、本願寺一家の記録を「今古独語」「反古裏書」等にまとめた。

蟄居処分について

顕誓は永禄10年(1567年)に宗主顕如より塾居処分を受ける。 『顕誓領解之訴状」という史料によれば、御堂衆光徳寺乗賢が顕如に顕誓の法義解釈に異ありと進言したことによるようである。

系譜編集

脚注編集

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参考文献編集

戦国期本願寺「報思講」をめぐって