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風に立つライオン」(かぜにたつライオン)は、1987年11月10日に12インチシングル盤で、1988年3月25日にCDシングル盤でリリースされたさだまさしのシングル曲。

風に立つライオン
さだまさしシングル
初出アルバム『夢回帰線
B面 道(はないちもんめ)(12インチシングル盤)
遠い祭(12インチシングル盤)
黄昏迄(8cmCDシングル盤)
リリース
規格 12インチシングル盤
8cmCDシングル盤
ジャンル ニューミュージック
レーベル フリーフライトレコード
作詞・作曲 さだまさし
チャート最高順位
さだまさし 年表
男は大きな河になれ
(1987年)
風に立つライオン
(12インチシングル盤)
(1987年)
風に立つライオン
(8cmCDシングル盤)
(1988年)

風に立つライオン
(12インチシングル盤)
(1987年)

風に立つライオン
(8cmCDシングル盤)
(1988年)

主人公 / まほろば
(1988年)
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さだ自身によって小説化され、2013年単行本が、2014年には文庫版が幻冬舎から刊行された。

2015年には、大沢たかおの企画により映画監督三池崇史のもとで映画化された。

目次

概要編集

  • 1987年7月25日発売のアルバム『夢回帰線』からシングルカットされ、11月10日に12インチシングル盤で、1988年3月25日にCDシングル盤でリリースされた。のちに、1994年12月21日に発売されたベストアルバム『さだまさしベスト』にも収録されている。
  • 間奏・後奏には『アメイジング・グレイス』の旋律が引用されている。
  • 1990年第41回NHK紅白歌合戦歌唱曲。
  • 実在の医師である柴田紘一郎(元長崎大学熱帯医学研究所[1])のエピソードにインスパイアされ、さだ自身が作詞・作曲をした作品である[2]
  • 映画化作品の主題歌にセルフカバーをした「風に立つライオン(シネマ・ヴァージョン)」を採用し、2015年2月18日にデジタル配信を開始した。売り上げの一部は、さだが1995年に立ち上げた「NPO法人ピーススフィア貝の火運動」基金を通じて、ケニアの医療施設などにおくられる[3]。セルフカバーの編曲も渡辺俊幸が担当し、49人のオーケストラと共にレコーディングが行われた[3]。のちにアルバム『風の軌跡』に収録された。
  • 沢知恵がアルバム『いいうたいろいろ2』『シンガー』などでカバーしている。
  • 大沢たかおの学生時代は、サンミュージックブレーンの後藤恭路が演じている。

収録曲編集

この時期に発表したさだの作品はすべて作詞ではなく「作詩」とクレジットされている。

12インチシングル盤編集

SIDE 1
#タイトル作詞・作曲編曲解説
1.「風に立つライオン」さだまさし渡辺俊幸アンコールカット
SIDE 2
#タイトル作詞・作曲編曲解説
2.「道(はないちもんめ)」さだまさし吉川忠英2012年に、小林幸子がカバー(シングル「茨の木」のカップリングに収録)
3.「遠い祭」さだまさし渡辺俊幸ヤマザキパン イメージソング

CDシングル盤編集

#タイトル作詞・作曲編曲時間
1.「風に立つライオン」さだまさし渡辺俊幸
2.「黄昏迄」さだまさし服部克久
合計時間:

小説編集

風に立つライオン
著者 さだまさし
発行日 2013年7月18日
発行元 幻冬舎
ジャンル 小説
  日本
言語 日本語
形態 四六判
ページ数 350
公式サイト 風に立つライオン 幻冬舎
コード ISBN 978-4344024229
ISBN 978-4344422971文庫
  ウィキポータル 文学
[   ウィキデータ項目を編集 ]
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さだ自身が執筆し、2013年7月18日幻冬舎から単行本が、2014年12月26日には幻冬舎文庫版が刊行された。

楽曲は実在のモデルからインスパイアされた作品だが、登場人物の名前などは架空の人物で、東日本大震災の被災地などの楽曲制作当時と違う状況が登場するなど、フィクションとして制作されている[4]

映画編集

風に立つライオン
監督 三池崇史
脚本 斉藤ひろし
原作 さだまさし
製作 中山良夫
市川南
見城徹
山中力
藪下維也
奥野敏聡
柏木登
松田陽三
品川泰一
出演者 大沢たかお
石原さとみ
真木よう子
萩原聖人
鈴木亮平
藤谷文子
中村久美
山崎一
宮田早苗
石橋蓮司
音楽 遠藤浩二
主題歌 さだまさし「風に立つライオン(シネマ・ヴァージョン)」
撮影 北信康
編集 山下健治
制作会社 日テレアックスオン
OLM
配給 東宝
公開   2015年3月14日
上映時間 139分
興行収入 11.7億円[5]
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2015年3月14日に公開された。監督は三池崇史、主演は大沢たかお[1]

キャスト編集

  • 島田航一郎 - 大沢たかおケニアの熱帯医学研究所で働く医師)
  • 草野和歌子 - 石原さとみ(ケニア・ロキチョキオにある赤十字戦傷病院に勤める看護師)
  • 秋島貴子 - 真木よう子(島田が日本に残してきた恋人)
  • 青木克彦 - 萩原聖人(島田とは大学の同期。熱帯医学研究所の同僚医師)
  • 田上太郎 - 鈴木亮平(漁師)
  • 児島聡子 - 松本穂香(高校時代)→藤谷文子(島田とは高校の同級生。看護師を経て、青木の妻に)
  • 秋島清美 - 中村久美(貴子の母)
  • 秋島誠一 - 山崎一(貴子の父)
  • 福田和恵 - 宮田早苗(患者)
  • ちすん(島田の母)
  • 村上雅行 - 石橋蓮司(熱帯医学研究所の所長)
  • ERICK OJIAMBOH
  • PATRICK OKETCH
  • NICK REDING
  • LYDIA GITACHU

スタッフ編集

製作編集

  • 主演を務めた大沢が、この楽曲の原作小説制作を楽曲作者のさだに依頼をしたことで、2013年に小説が出版され、映画化も企画段階から携わった[1]。また企画がなかなか進まなかったため、大沢は自分でアフリカのドキュメンタリーの仕事を引き受け、それをさだに見せることで本気度をアピールした。大沢は他にも、東日本大震災も原動力になったと語っている[6](後にBSプレミアムで放送した)。
  • 2014年11月に長崎県で撮影がクランクインし[7]、その後はケニアのナイロビで撮影を行っている[1]。ケニアロケを行ったのは、監督の三池崇史が「冒険しない映画はつまらない」という理由から、敢えて南アフリカのように撮りやすい場所を選ぶのを避けて、ケニアを選んだためである。日本映画でケニアでロケを行うのは『沈まぬ太陽[8]』以来のことで、ホテルから撮影現場までは護衛が付き、全員が予防接種を受けて撮影に臨んだ。また、1980年代の医療器具を集めたり、古い車をもう一度走れるようにし、その当時の状況に出来るだけ近い環境で撮影を行った。三池はまた、自身の作品につきものの暴力的な表現を抑え、中学生でも観られる「デフォルメしない」撮り方をしている[9]
  • 楽曲および小説の原作者のさだは、撮影の陣中見舞いで初めてケニアを訪れている[1]

脚注・出典編集

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  1. ^ a b c d e “大沢たかお ケニアで青年医師役 映画「風に立つライオン」現地ロケスタート”. 中日スポーツ. (2014年11月27日). http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/entertainment/news/CK2014112702000187.html 2014年11月27日閲覧。 
  2. ^ “大沢たかお&石原さとみ、ケニアロケ敢行!さだ名曲映画化に真木よう子ら豪華キャスト”. シネマトゥデイ. (2014年11月27日). http://www.cinematoday.jp/page/N0068508 2014年11月27日閲覧。 
  3. ^ a b さだまさし「風に立つライオン」をセルフカバー 大沢たかお主演映画の主題歌に”. 映画.com (2015年2月24日). 2015年2月25日閲覧。
  4. ^ “『風に立つライオン』 さだまさし著”. 琉球新報. (2013年8月5日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-210636-storytopic-137.html 2014年11月27日閲覧。 
  5. ^ 2015年興行収入10億円以上番組 (PDF) - 日本映画製作者連盟
  6. ^ “大沢たかお、反省と後悔ばかりだった役者人生を語る”. シネマトゥデイ. (2015年3月12日). http://www.cinematoday.jp/page/N0071406 2015年4月25日閲覧。 
  7. ^ “大沢たかお主演!さだまさし名曲を映画化「風に立つライオン」ケニアロケ快調”. 映画.com. (2014年11月27日). http://eiga.com/news/20141127/2/ 2014年11月27日閲覧。 
  8. ^ 沈まぬ太陽 プロダクションノート - 角川映画
  9. ^ “三池崇史監督、冒険しない映画はつまらない!ケニアロケに挑んだ理由”. シネマトゥデイ. (2015年3月15日). http://www.cinematoday.jp/page/N0071555 2015年4月25日閲覧。 

外部リンク編集