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風渡野

埼玉県さいたま市見沼区の地名

地理編集

さいたま市見沼区東部に位置し、七里地区中心部の一角を成す。東で東宮下及び東門前飛地)、西で蓮沼及び堀崎町、南で東門前、北で小深作に接する。見沼代用水東縁の直下には活断層の綾瀬川断層が存在することで知られている。この見沼代用水周辺の低地は埋め立てられて宅地に造成されている[4]

東西に東武野田線(東武アーバンパークライン)埼玉県道2号さいたま春日部線が横断、南北に埼玉県道105号さいたま鳩ヶ谷線が縦断する。七里駅の北方と埼玉県道2号さいたま春日部線北側に、東門前の飛地が存在する。

東武野田線(東武アーバンパークライン)七里駅や大宮東警察署があり、住宅や店舗が並ぶ。

河川編集

地価編集

国土交通省地価公示

小字編集

  • 往還、新川、鷲 他
    • 往還地区は上東、上西、下東、下西の4地区に細分化され、新川地区は東西に分かれる。
    • 新川西には「新川西公園」、鷲には「わし山会館」(自治会館)があり、小字名が残る。

歴史編集

風渡野村
廃止日 1913年大正2年)4月2日
廃止理由 新設合併
大谷村猿ヶ谷戸村東門前村東宮下村膝子村新堤村風渡野村七里村
現在の自治体 さいたま市
廃止時点のデータ
  日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
北足立郡
隣接自治体 東宮下村、東門前村、猿ヶ谷戸村、大砂土村
風渡野村役場
所在地 埼玉県北足立郡猿ヶ谷戸村
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かつては武蔵国足立郡南部領、古くは中世末期頃より存在した風渡野郷に属していたという[6]江戸時代初期、当村から、門前村(現:東門前)、宮下村(現:東宮下)、新堤村(現:新堤)の3村が分村した[6]

地名の由来編集

女性器古語ホト」であり、台地に挟まれたこの地域が女性器を連想させるからだといわれる。

沿革編集

世帯数と人口編集

2017年(平成29年)9月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字 世帯数 人口
風渡野 1,953世帯 4,240人

小・中学校の学区編集

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[8]

番地 小学校 中学校
1~16番地、17番地2~4、23~26番地、27番地2
35~35番地1、35番地3~43、44番地2
48番地2~4、48番地6〜53番地
さいたま市立七里小学校 さいたま市立七里中学校
54番地~91番地1、92番地~92番地1、92番地8
92番地12~100番地、168番地~168番地1
171番地~200番地1、203番地5
203番地7~205番地1、291番地2、292番地2
さいたま市立蓮沼小学校
1〜53番地(上記を除く) さいたま市立七里小学校 さいたま市立春里中学校
54番以降(上記を除く) さいたま市立蓮沼小学校

交通編集

鉄道編集

バス編集

道路編集

地域編集

施設編集

脚注編集

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  1. ^ a b さいたま市の人口・世帯(時系列結果)”. さいたま市 (2017年9月5日). 2017年9月20日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年9月18日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  4. ^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』961頁。
  5. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  6. ^ a b c d e f g 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 758-759頁。
  7. ^ a b 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 1420頁。
  8. ^ さいたま市立小・中学校通学区域一覧”. さいたま市 (2017年8月23日). 2017年9月20日閲覧。

参考文献編集

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104
  • 旧高旧領取調帳データベース

関連項目編集

外部リンク編集