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飛鳥井雅綱
時代 戦国時代
生誕 長享3年(1489年
死没 元亀2年(1571年
改名 雅綱→高雅(号)
別名 雅氏、雅清
官位 従一位権大納言
主君 後奈良天皇
氏族 飛鳥井家
父母 父:飛鳥井雅俊、母:八幡検校生清法印の娘
兄弟 雅綱、行雅
丹波親康の娘
覚澄、喜雲、雅春尭慧、宗禎、遠山、水本、雅厳、重茂、経範室、
朽木晴綱正室、目々典侍、女子
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飛鳥井 雅綱(あすかい まさつな)は、戦国時代公卿飛鳥井雅俊の子。官位従一位権大納言飛鳥井家10代当主。

経歴編集

蹴鞠の宗家で、天文2年(1533年)7月、織田信秀に請われて尾張国へ蹴鞠の伝授に出かけ、勝幡城清州城で蹴鞠会を開催し、多くを門弟にした(『言継卿記』)[1][2]武家伝奏を務めた。永禄6年(1563年)に出家した。

系譜編集

脚注編集

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  1. ^ 小和田哲男「2 織田信秀」『織田家の人びと』河出書房新社、1991年、21-30頁。
  2. ^ 谷口克広『天下人の父・織田信秀 信長は何を学び、受け継いだのか』〈祥伝社新書〉、2017年、43-50頁。