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飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ/あすかにますじんじゃ)は、奈良県高市郡明日香村にある神社式内社名神大社)で、旧社格村社。毎年2月のおんだ祭奇祭として知られる。

飛鳥坐神社
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拝殿
所在地 奈良県高市郡明日香村大字飛鳥字神奈備708
位置 北緯34度28分47秒
東経135度49分21.8秒
座標: 北緯34度28分47秒 東経135度49分21.8秒
主祭神 事代主神
高皇産靈神
飛鳥神奈備三日女神
大物主神
社格 式内社名神大4座)
村社
創建 不詳
本殿の様式 四間社流造
例祭 2月第1日曜日
主な神事 御田祭(2月第1日曜日)
地図
飛鳥坐神社の位置(奈良県内)
飛鳥坐神社
飛鳥坐神社
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鳥居と鳥形山

目次

祭神編集

現在の祭神は次の4柱。

延長5年(927年)成立の『延喜式神名帳における祭神の記載は4座。祭神4座の比定としては、上記のほか次の異説がある。

  • 『大神分身類社鈔』 - 事代主命・高照光姫命・木俣命・建御名方命
  • 『五郡神社記』 - 大己貴命・飛鳥三日女神・味鋤高彦神・事代主神
  • 『社家縁起』 - 事代主命・高照光姫命・建御名方命・下照姫命
  • 出雲國造神賀詞』 - 「賀夜奈流美乃御魂乃飛鳥乃神奈備爾坐天(賀夜奈流美の御魂の飛鳥の神奈備に坐て)」との記述がある。

また、当社地が天照大神を初めて宮中の外で祀った地「倭笠縫邑」であるとする伝承もあり(有力な説は大神神社摂社の檜原神社である)、近世には元伊勢とも称していた。

歴史編集

創建の由緒は不詳であるが、『出雲國造神賀詞』に「賀夜奈流美命ノ御魂ヲ飛鳥ノ神奈備ニ坐テ皇孫命ノ近守神ト貢置」とあり、大国主神が皇室の近き守護神として、賀夜奈流美命の神霊を飛鳥の神奈備に奉斎したとある。また『日本書紀朱鳥元年(686年)7月の条に「奉幣 於居紀伊国国懸神 飛鳥四社 住吉大社」とあり、天武天皇の病気平癒祈願のため幣帛が奉られた。『日本紀略』によれば、天長6年(829年)、神託により、現在の鳥形山へ遷座した。(遷座する前の場所については諸説ある)

寛永17年(1640年)に高取城に入った高取藩初代藩主・植村家政は、高取城の鬼門に当たる当社を深く信仰した。享保10年(1725年)に里からの火災により社殿の大半を焼失したため、天明元年(1781年)に高取藩8代藩主・植村家利により再建された。平成13年(2001年)、大滝ダム建設に伴って移築することとなった吉野の丹生川上神社上社から旧社殿を譲り受け、天明以来200年を経て老朽化していた社殿を再建した。

境内編集

境内には、江戸時代に式内大社飛鳥山口坐神社(あすかやまぐちにますじんじゃ)が遷座している。大山津見命久久乃之知命猿田彦命を祀る。「飛鳥山」はかつての皇室の御料林であり、その山神を祀ったものと考えられるが、旧鎮座地は不明である。

祭事編集

2月第1日曜日(元は旧暦1月11日)のお田植神事「お田植祭(おんだまつり)」には、天狗が竹棒で人々を追い回して叩いたり、夫婦和合の所作(種まき前の胤付けの意で、天狗とオカメが性行為,特に正常位を踊る)があり、奇祭として知られている。境内には、男性器を模した石が多く安置されている.

関連項目編集

  • 折口信夫 - 折口信夫の祖父・酒造ノ介は、岡寺前の岡本善右衛門の8男であったが、当社81代宮司飛鳥助信の養子となった上で折口家に入った。父・秀太郎の代には交流は途絶えていたが、明治33年(1900年)夏に初めて当社に参詣し、同37年には祖母・つた、叔母・えいと共に参詣し旧交を復した。折口は、祖父が大和飛鳥の由緒ある神社の出自であったことを終生誇りにしており、慶應義塾の教授時代にもよく学生を連れて飛鳥を旅している。

外部リンク編集