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飯田 幸夫(いいだ ゆきお、1947年4月9日 - )は、神奈川県横浜市中区[1]出身の元プロ野球選手内野手外野手)・コーチ

飯田 幸夫
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市中区
生年月日 (1947-04-09) 1947年4月9日(72歳)
身長
体重
175 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手外野手
プロ入り 1965年 ドラフト4位
初出場 1966年4月10日
最終出場 1980年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 中日ドラゴンズ (1982 - 1988, 1993 - 1994)

経歴編集

横浜高校では2年次の1964年に23本塁打を記録したが、同年の夏の甲子園県予選では準々決勝で武相高に敗退。3年次の1965年夏の甲子園県予選でも準々決勝で鶴見工に敗れ、甲子園には出場できなかったが、この予選で.545の好打率をマーク。高校通算打率では.476を記録するなど、関東地区では林千代作鎌倉学園)と共に強打者として各球団のスカウトに注目される。阿天坊俊明銚子商業)や藤田平市和歌山商)らと並び高校遊撃手の三羽ガラスともいわれたが、陸上部にも籍を置いて三種競技の選手としても活躍。100メートルを11秒台で走る俊足でもあり、同期にはエースの岸勝之がいた。同年のドラフト第1期生(4位)で近鉄バファローズに入団[1]。1年目の1966年は高卒ルーキーながら開幕戦一軍入りを果たし、4月10日西鉄ダブルヘッダー第1試合(平和台)でいきなり1番・遊撃手に抜擢される。結果は4打数無安打に終わったが、第2試合では7番で出場して池永正明からプロ初安打を記録。2年目の1967年にはシーズン途中に外野手にコンバートされ、北川公一右翼手のポジションを争って打率.281の好成績を挙げる。同年の秋季練習ではスイッチヒッターへの転向を志願。1969年までは主に控え野手として代打や守備固めでの登場が多かったが、1970年には7番・二塁手として活躍し[1]、初の規定打席(23位、打率.237)にも到達。1971年オフに一枝修平との交換トレード中日ドラゴンズへ移籍し、新天地では主に外野手として起用される。1972年には15試合に先発出場したが、1974年には江藤省三と共に代打の切り札として活躍。9月3日広島戦(中日)では金城基泰から代打満塁サヨナラ本塁打を打ち[1]巨人のV10を阻止しての20年ぶりのリーグ優勝に貢献。同年のロッテとの日本シリーズでも、10月16日の第1戦(中日)に代打として起用されている。1978年オフに横浜大洋ホエールズへ移籍。1979年左翼手として5試合に先発出場するが、1980年には出場機会が減少し、同年限りで現役を引退。

引退後は中日で一軍コーチ補佐(1982年)、一軍打撃コーチ(1983年)、二軍打撃コーチ(1984年 - 1988年, 1993年 - 1994年)を歴任[1]。コーチ1年目にいきなり8年ぶりのリーグ優勝に貢献したが、4月24日の大洋戦(横浜)で宇野勝がユニフォームを忘れたため、背番号77を付けていた飯田から借りて試合に出場[2]。大洋ファンが浴びせる野次の中で宇野は本塁打を放つが、宇野は2003年オフに打撃コーチとして中日に復帰した際、再び背番号77を付けた。

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
1966 近鉄 59 82 79 6 14 0 1 0 16 0 3 2 0 0 3 0 0 17 1 .177 .207 .203 .410
1967 84 160 146 16 41 5 2 4 62 16 4 3 3 1 10 0 0 35 4 .281 .325 .425 .749
1968 81 188 171 14 31 10 0 4 53 12 5 3 1 2 13 0 1 43 4 .181 .241 .310 .551
1969 51 110 101 11 23 4 0 4 39 11 1 0 1 0 8 1 0 26 3 .228 .284 .386 .671
1970 125 437 393 34 93 22 3 7 142 37 19 9 6 2 35 1 1 70 11 .237 .299 .361 .661
1971 88 248 227 19 50 11 0 5 76 11 8 4 4 0 17 0 0 29 1 .220 .275 .335 .609
1972 中日 54 94 84 9 16 1 0 2 23 10 1 4 1 0 8 0 1 20 3 .190 .269 .274 .543
1973 68 94 82 16 22 3 0 4 37 11 0 1 3 0 9 0 0 19 2 .268 .341 .451 .792
1974 48 45 42 6 9 0 0 3 18 6 0 1 0 0 3 0 0 15 0 .214 .267 .429 .695
1975 45 49 47 1 12 0 0 0 12 4 0 0 0 0 2 0 0 13 0 .255 .286 .255 .541
1976 20 18 16 1 4 0 0 0 4 0 0 1 0 0 2 0 0 4 0 .250 .333 .250 .583
1977 20 18 17 4 3 2 0 0 5 1 0 0 0 0 1 0 0 8 0 .176 .222 .294 .516
1978 3 3 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
1979 大洋 63 78 69 10 15 3 0 4 30 10 0 0 0 0 9 0 0 20 0 .217 .308 .435 .742
1980 19 30 30 1 4 1 0 0 5 3 0 0 0 0 0 0 0 6 1 .133 .133 .167 .300
通算:15年 828 1654 1507 148 337 62 6 37 522 132 41 28 19 5 120 2 3 327 30 .224 .281 .346 .628

背番号編集

  • 41 (1966年 - 1967年)
  • 2 (1968年 - 1971年)
  • 12 (1972年 - 1978年)
  • 30 (1979年 - 1980年)
  • 77 (1982年 - 1986年)
  • 75 (1987年 - 1988年)
  • 94 (1993年 - 1994年)

脚注編集

  1. ^ a b c d e プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、30ページ
  2. ^ 宇野の背番号は7

関連項目編集

外部リンク編集