香西 資村(こうざい(かさい) すけむら、寿永2年(1183年) - 嘉禎元年7月7日1235年8月22日))は、鎌倉時代武将藤原 資村とも書く。官位無位左近将監

 
香西 資村
時代 鎌倉時代初期
生誕 寿永2年(1183年
死没 嘉禎元年7月7日1235年8月22日
改名 藤原 資村 → 新居 資村 → 香西 資村
官位 無位左近将監
幕府 鎌倉幕府
氏族 香西氏
父母 父:新居資光、母:不詳
特記
事項
香西氏の始祖。
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香西氏の始祖。

経歴編集

新居資光の子。承久3年(1221年承久の乱鎌倉幕府側について戦功をあげた。これにより、讃岐国阿野郡香川郡郡司となり、香川郡笠居郷の佐料に地頭屋敷を構えたことから「香西」を称するようになる。嘉禎元年(1235年)に死去。享年53。

参考編集