高梁市立吹屋小学校

岡山県高梁市にあった小学校

高梁市立吹屋小学校(たかはししりつ ふきやしょうがっこう)は岡山県高梁市成羽町吹屋にあった市立小学校である。児童数減少により2012年平成24年)3月末に廃校となった。廃校後は「旧吹屋小学校」と呼ばれる。

高梁市立吹屋小学校
Fukiya elementary school02s3200.jpg
本館
北緯34度51分47秒 東経133度28分14秒 / 北緯34.863028度 東経133.470694度 / 34.863028; 133.470694座標: 北緯34度51分47秒 東経133度28分14秒 / 北緯34.863028度 東経133.470694度 / 34.863028; 133.470694
過去の名称 成羽町立吹屋小学校
国公私立の別 公立学校市立
設置者 高梁市
設立年月日 1857年(創基①[1]
1858年(創基②[2]
1864年(創基③[3]
1873年(創立)
閉校年月日 2012年3月31日[注 1]
共学・別学 男女共学
分校 なし
学期 3学期制
所在地 719-2341
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示
旧吹屋小学校
情報
用途 資料館(予定)
旧用途 小学校
管理運営 高梁市
構造形式 木造(江川式建築)
階数 2階
エレベーター数 なし
駐車台数 なし
竣工 1900年(東・西校舎)
1909年(本館)
開館開所 1873年
所在地 岡山県高梁市成羽町吹屋
文化財 岡山県指定文化財
指定・登録等日 2003年3月11日
テンプレートを表示

20世紀初頭に建てられた擬洋風校舎は、2003年(平成15年)に県指定重要文化財(建造物)[4]となり、現役日本最古の小学校校舎として知られていた。閉校後の校舎は、文化財として耐震強化を含む解体修理が2015年(平成27年)に着手され、2022年4月21日に観光施設として開館した[5][注 2][6]

概要編集

開校と校舎編集

吹屋小学校の沿革は江戸時代末期(幕末)に遡る。幕末の頃に吹屋村に開設された3つの寺子屋が起源であり、その中で最も古い学び舎は神官大河政興が1857年(安政4年)に開設した学舎である(名称は無い)。3つの寺子屋はいずれも数年で廃止になり、もっとも最後まで残った学び舎も1870年(明治3年)までに廃止されているため、直接の前身には当たらないものの、吹屋地区における児童教育の基礎を作った3つの寺子屋が吹屋小学校の起源として認識されており、公式サイトでも3つの寺子屋を沿革としている。それから3年ほどたった1873年明治6年)に児童教育の場を継承する形で開校した[7]1899年(明治32年)に吹屋尋常高等小学校として現在地に移転し、1900年(明治33年)に西校舎・東校舎(木造平屋建)、1909年(明治42年)に本館(木造2階建)が竣工。東西校舎2棟が並列する本館玄関を中心とする左右対称配置である。各棟とも寄棟造下見板張り[8]で、窓は引き違いになっている。

 
間取り概略(閉校前)

本館は17(30.9 m)×8間(14.5 m)の正面(南西面)中央に玄関ポーチが張り出す。竣工時、玄関ポーチは無く、建物正面の屋根にドーマーがあった[9]。玄関を入った中央廊下の左に校長室、右に職員室、これらの外側にそれぞれ教室(5間×4間)があり、廊下突き当りに本館を左右に貫く幅3間の屋内運動場がある。この空間は『3間廊下』と呼ばれ床は板張りだが、かつては土間だった[10]。また、2階の床を支えるトラスが天井に露出する[8]。屋内運動場両端には2階への階段があり、東西校舎への廊下が繋がる。本館2階は中央に講堂(7間×8間)、左右にそれぞれ教室がある。東校舎は西側に廊下、東側に3つの教室が並び、西校舎は体育館として広い空間を持つ。トイレは西廊下北側にある。

延べ面積は本館766.75 m2、東校舎272.21 m2、東廊下34.62 m2、西校舎207.43 m2、西廊下39.75 m2である[11]

校舎が建てられたのは、吹屋銅山ベンガラにより栄えると共に、全国的に就学率が向上[12]し、学校規模が大きくなった明治中期[13]である。二重折上棹縁天井[14]などの手の込んだ意匠、100年を経て現役使用に耐えた部材・構造であることなど、当時の吹屋を象徴する建造物ともいえる。その特徴的な構造は『江川式建築』であるとされ、江川三郎八の設計であるか、もしくはその影響を強く受けていると推測されている[8]

銅山は近世以前の開坑であり、伝承では807年(大同2年)に採掘が始められ、室町時代に銀山から銅山になった[15]江戸時代には幕府が請山として開発、天保期に産出高が急増した[16]。しかし、明治維新により銅山は衰退、坑道が水没して上層部でのみ採掘が行われていた[17]。1873年(明治6年)、三菱の経営による近代化が始まり、明治末期に最盛期を迎え[15]、1908年(明治41年)の従業員は1263人[16]。小学校の敷地は1898年(明治31年)に三菱商会が寄付した[14]。ここは、銅山事業施設を西方大字坂本に集約したときの事務所跡地[9]である。1901年(明治34年)に町となった旧吹屋町の人口は大正中期頃5000人余だったが、1931年(昭和6年)に休山し、その後は、衰退が進んだ[16]。 また、この地域では、銅採掘に付随して得られた硫化鉄を原料とするベンガラ生産が江戸時代から1974年(昭和49年)まで行われた[18]。周辺にはベンガラで財を成した西江邸広兼邸旧片山家住宅をはじめとする旧家の建造物や、古い町並みが残る。これらの建造物や小学校には石州瓦系の塩田瓦が使われている[19]

2003年(平成15年)3月11日に本館・東校舎・東廊下が県指定重要文化財(建造物)[4]となり、翌年2004年(平成16年)3月12日に西校舎・西廊下が追加指定された。閉校後の2013年(平成25年)3月1日、「旧吹屋小学校校舎」に名称が変更された。

閉校編集

児童数の減少傾向が続くため、2008年度(平成20年度)から高梁市教育委員会と地域との協議が重ねられ、2010年(平成22年)12月20日に小学校区住民への説明会にて閉校が合意された[20]。2011年(平成23年)3月時点の児童数は1年生と4年生各2名、5年生3名の計7名、2クラス編制だった[21]2012年3月20日に最後の卒業式閉校式が行われた。行政方針上の閉校日は3月31日であり、それまで5年生以下の在校生に対しては平常授業が行われた。

旧吹屋小学校整備事業(2015 - 2022)編集

旧吹屋小学校整備事業として解体修理が2015年(平成27年)8月から5年計画、予算総額8億8,800万円で開始された[22][23]。しかし、工事完了予定前年の2019年9月、想定を超える部材腐朽のため、2022年(令和4年)3月末完成、予算総額9億5,000万円に変更された[23]。2022年4月21日に再び一般公開が始まった。

著名な出身者編集

その他編集

  • 1990年11月18日放送の『裸の大将 清とベンガラの花嫁[24]』において、ロケシーンを撮影した写真およびその当時の在校生たちと撮った記念写真が本館1階の渡り廊下に飾られている。なお、作中において当校は実名で登場している。
  • 2012年5月29日、ANN『テレメンタリー2012』で最後の1年間の密着取材が放映。番組サブタイトルは「紅の里の学び舎 最古の木造校舎 最後の1年」。
  • NHK連続テレビ小説カーネーション』では、小原糸子が通う岸城尋常小学校の外観シーンに使用された。
  • 同じく、連続テレビ小説『ごちそうさん』で、主人公が通う小学校の外観に使用されている[25]
  • MBS毎日放送『ロケみつ』の企画『目指せ鹿児島 西日本横断ブログ旅』内で通過ポイントに指定され、芸人の桜 稲垣早希が訪れた。収録当時(2009年夏)本校は現役で、校長の案内で校内やライトアップされた姿も紹介されていた。この様子は番組ブログやDVD『ヒツジの巻』に収録されている。
  • 閉校式の行われた2012年3月20日にはテレビ朝日系ニュース番組「報道ステーション」の中継が入り(一部録画放送あり)、弁柄産業によって栄えた地域の財産を集結して建てられた学校であることがナレーションによって解説された。また当校の石川教諭が「100年オルガン」で演奏を披露するシーンなどが放送された。
  • 廃校後、同年の5月3日4日9月22日23日11月3日4日の6日間、計3回に亘って校舎内への入舎を認める特別一般開放を行い、岡山県内の在住者を中心に全国各地から見学者が訪れた[26]。特別一般開放はその後も断続的に数回行なわれた。
  • 夜間は16:00から20:30ごろまでライトアップされる。

アクセス・周辺編集

西日本旅客鉄道(JR西日本)伯備線 備中高梁駅から備北バス「吹屋」行きで58分

周辺編集

ギャラリー編集

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 閉校式は3月20日。在籍児童は校長(成羽小学校へ校長として異動)を含む配属教職員と共に高梁市立成羽小学校に編入となった。
  2. ^ 当初の予定では廃校6年後の2018年に開館する予定だった。

出典編集

  1. ^ 大河政興が開設した学舎
  2. ^ 大塚観平が開設した「五日庵」
  3. ^ 岡玉造が開設した「大教舎」
  4. ^ a b 県指定重要文化財(建造物)”. 岡山県. 2021年1月30日閲覧。
  5. ^ 旧吹屋小学校の保存工事終了 観光施設としてオープン 高梁市NHK(2022年4月21日)2022年4月23日閲覧。
  6. ^ 旧吹屋小学校 【保存修理現場公開】
  7. ^ 旧吹屋小学校”. 高梁市 (2012年2月1日). 2021年2月1日閲覧。
  8. ^ a b c 清水重敦「「橋」としての建築-高梁市立吹屋小学校の調査から-」『奈良文化財研究所紀要』2005年6月10日、 21頁、 ISSN 13471589
  9. ^ a b 小西伸彦「江川三郎八と岡山県の江川建築」『吉備国際大学研究紀要』第24号、2014年、 79-91頁。
  10. ^ 藤平眞紀子「公開講演会「伝統木造建築の耐震と劣化調査」に参加して」『木材保存』第43巻第2号、2017年、 90-95頁、 ISSN 1884-0116
  11. ^ “岡山県指定重要文化財の旧吹屋小学校を建築基準法等の適用から外すことについて”. 岡山県建築審査会. (2015-03-17) 
  12. ^ 溝口正人「近代小学校建築の成立をめぐって:近代地域社会と学校建築」『芸術工学への誘い』第4巻、名古屋市立大学、2000年3月31日、 166-211頁、 ISSN 21850429
  13. ^ 腰原幹雄「木造校舎の耐震改修」『生産研究』第62巻第6号、2010年、 599-602頁、 ISSN 1881-2058
  14. ^ a b 高梁市 歴史的風致維持向上計画(平成22年11月22日認定)最終評価(平成22年度~令和2年度)”. 2021年1月30日閲覧。
  15. ^ a b 小西伸彦 (2009年). “吉岡銅山資料の展示と公開に関わる史料の記録と遺構の調査”. 2021年1月30日閲覧。
  16. ^ a b c 川崎茂「鉱山集落としての備中吹屋の地域的構造」『人文地理』第9巻第3号、1957年、 181-197頁、 ISSN 1883-4086
  17. ^ 津田真澂「明治前期鉱山業の性格」『社会学研究』第3巻、1974年3月、 99-130頁。
  18. ^ 髙田潤「酸化鉄の新領域を追い求めて」『産学連携ジャーナル』、JST、2012年9月15日。
  19. ^ 国土交通省都市局 (2014-03). 平成25年度 歴史的風致維持向上推進等調査「古瓦流通体制構築の可能性検証や新瓦による古瓦的外観表現技術等の検討及びそれら技術の他地域との連携による安定的継承方策の検討(江津市)」報告書 (Report). https://www.mlit.go.jp/common/001038832.pdf 2021年1月30日閲覧。. 
  20. ^ 国内最古の木造校舎閉校へ 岡山・高梁市の吹屋小”. 47NEWS、共同ニュース (2010年). 2011年3月18日閲覧。
  21. ^ “高梁市議会”. 平成23年第2回 3月定例会 03月03日-01号. (2011-03-03) 
  22. ^ “高梁市議会”. 平成27年第1回 3月定例会 03月05日-01号. (2015-03-05) 
  23. ^ a b “高梁市議会”. 令和元年第3回 9月定例会 09月11日-03号. (2019-09-11) 
  24. ^ テレビドラマデータベース
  25. ^ 現役引退後の仕事は? ~高梁市・旧吹屋小学校~ 岡山県観光連盟公式ブログ 2013年9月30日閲覧
  26. ^ 旧吹屋小学校の特別公開を開催しました 高梁市公式ホームページ 2012年11月6日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集