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概要編集

高槻市(当時の市域)で2番目の市立中学校として、1949年に開校した。

学校は元高槻工兵隊演習場跡地に位置する。また名神高速道路の工事に伴って、道路予定地となった当時の学校敷地から土保山(どぼやま)古墳が発掘された。古墳は現在の学校敷地内に復元されている。

高槻市中心部の商業地・古くからの住宅地・新興住宅地・農村部など、多彩な地域が校区に含まれている。

校舎は本館と北館に別れており、本館は2011年現在で築62年である。2011年の夏休みに一部屋上の防水工事が行われており、2012年の7月からは本館の耐震工事が行われている。

校舎配置編集

 
この図は2012年現在の校舎配置図。
  • 1:北館(本館より後にできた。)
  • 2:本館
  • 3:技術棟
  • 4:給食棟
  • 5:プール
  • 6:新体育館
  • 7:第二運動場
  • 8:運動場(2012年8月に改修工事が行われた。)
  • 9:北門(北門以外は8:40に閉められる)
  • 10:正門
  • 11:南門
  • 12:駐車場
  • 13:ロータリー

クラブ編集

  • サッカー部
  • 野球部
  • ハンドボール部
  • 男子バスケットボール部
  • 女子バスケットボール部
  • 男子テニス部
  • 女子テニス部
  • バドミントン部
  • バレーボール部
  • 剣道部
  • 陸上部
  • 卓球部
  • 吹奏楽部
  • 絵画部
  • 囲碁・将棋部

沿革編集

従来の高槻市立第一中学校の校区を分離する形で、1949年に高槻市立第二中学校の校名で開校した。

1970年代には地域の急速な宅地化・ベッドタウン化により周辺地域で中学校が相次いで新設され、従来の校区の一部を分離する形で第八中学校第九中学校阿武野中学校川西中学校芝谷中学校が開校した。これにより校区を縮小している。

年表編集

通学区域編集

出身者編集

交通編集

関連項目編集

外部リンク編集