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高橋 和(たかはし やまと、1976年6月17日 - )は、将棋女流棋士神奈川県藤沢市出身。神奈川県立鎌倉高等学校卒業。佐伯昌優九段門下。女流棋士番号は13。夫は、『将棋世界』元編集長で、作家大崎善生

 高橋和 女流三段
名前 高橋和
生年月日 (1976-06-17) 1976年6月17日(43歳)
プロ入り年月日 1991年3月1日(14歳)
棋士番号 13
出身地 神奈川県藤沢市
師匠 佐伯昌優九段
段位 女流三段
戦績
2016年9月15日現在
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目次

経歴編集

女流棋士になるまで編集

4歳の時に交通事故に遭い、左足の切断も考えなければいけないほどの重傷を負った[1]

7歳の時に父が兄に将棋を教えるのを見て将棋に出会う。その後、後に師匠になる佐伯昌優八段が経営する湘南将棋道場に通うようになりそこで研鑽する[2]

小学6年の時に女流育成会に入会。1年目と2年目は3位に終わる[3]。 3年目にリーグトップになり、中学3年になる直前の1991年3月1日付で女流2級としてプロデビュー。

女流プロ入り後編集

デビュー直後、対局で全く結果を出していない時期から、すでにメディアやイベントなど各方面から将棋界のアイドル的な存在にされてしまい、それが何年も続くにつれて違和感を募らせたという[4]

しかし、それでも本業である対局や普及活動の傍ら、女流棋士の肩書でコメンテーターなどのテレビへの露出などを通して、女流棋士の存在をアピールした。

第20期女流名人戦B級リーグからA級に昇級したことにより、翌年1994年4月1日付で女流初段になる。

2002年度には女流王位リーグ入り、また同年から三年連続女流名人リーグA級在籍するなど好調を維持していたが、普及活動に専念するために2005年2月、突然現役を引退した[5]。多くの女流関係者も寝耳に水だったという。

現役引退後編集

現役引退後しばらくは子育てに専念する傍ら、女流棋士として講演活動、執筆活動のほか、2012年には女性向け将棋普及活動「Shogiotome」「Shogimadame」を始動[6]

2016年6月、東京吉祥寺に将棋スペース「将棋の森」をオープン[7]2018年1月「株式会社将棋の森」を設立。それらを拠点に女性や子供を中心に普及活動を行っている。

人物編集

  • 夫は将棋世界元編集長で、作家大崎善生2003年4月に結婚。
  • 現役時代はアイドル扱いされ続け、プロ入り後にも酒の席であなたはタイトルは獲れないだろうがかわいいからそれだけでよいといった失礼な発言をされたり、写真撮影を望んだファンが近くにいた先輩棋士をカメラマン代わりに利用して先輩棋士を苦笑させたりで、心中複雑だったという[4]
  • NHK将棋講座の聞き手を1994年第2上半期、1998年度前期、引退後の2007年後期と三度務めた。
  • 中倉彰子とは親友で、かつて将棋世界で「高橋和と中倉彰子のみんな大好き!」という連載を持っていた。
  • 子供のころの里見香奈の憧れの女流棋士が高橋和だった。あるパーティで里見に強くなる方法について聞かれ、毎日詰将棋を解く事と教えた。それを実践してやがて女流プロになり、さらにタイトルホルダーにまでなっていった事を誇りに思っているという[8]

昇級・昇段履歴編集

主な成績編集

  • 通算 295局 143勝152敗
  • 女流名人リーグA級在籍 7期(21期(1994年)、24期、26期、27期、29期、30期、31期)

著書編集

脚注編集

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  1. ^ 『女流棋士』 p12-43
  2. ^ 『女流棋士』 p72-95
  3. ^ 当時の育成会はリーグ戦を行い2位までがプロになれた。初年度は横山澄恵と前年プロから育成会に降級した鹿野圭生が昇級。
  4. ^ a b 『女流棋士』 p161-165
  5. ^ 高橋二段引退
  6. ^ newsletter vol.4 特別インタビュー
  7. ^ まるでカフェのような雰囲気。吉祥寺にできた将棋スペース『将棋の森』の居心地が良すぎる
  8. ^ 里見新女流名人誕生!

関連項目編集

外部リンク編集