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魁士 豊(かいし ゆたか、1977年昭和52年〉1月18日 - 1992年平成4年〉7月14日)は、放駒部屋に所属した元力士[1]。本名は鈴木 穣。身長180cm,体重125kg。宮城県古川市(現・大崎市)出身。最高位は東序ノ口11枚目。

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経歴編集

1992年3月初土俵(前相撲)。しかし同年7月場所10日目の7月14日早朝、稽古場に行く途中に倒れ、帰らぬ人となった。15歳178日の短い生涯だった。死因は急性心筋梗塞1757年以降で明確に記録に残っている力士の中では最短命力士(但し、江戸時代に横行した看板大関は除く)である[注釈 1]。また場所途中でしかも(休場していない)出場期間中に死亡した力士(その7月場所は9日目までの2勝3敗の成績が残されている)も類例がない[注釈 2]。魁士を含め1992年に相次いで現役力士の急死が発生したため、日本相撲協会は突然死の防止を目的に医務委員会を作り、心臓の精密検査を導入した。

通算 2場所 4勝8敗の成績を残した。

改名歴は1回ある:鈴木 穣→ 魁士 豊[1]

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 記録に残っている力士で最長寿の力士は桐ノ花光之助(96歳235日。元西十両2枚目。1993年8月24日に死去。)である。現役中に死亡した力士では、八十嶋冨五郎(元西前頭3枚目。1819年10月4日死去)の数え60歳がいる。
  2. ^ 場所途中に死亡した力士は、他に前田剣晃、戦前では桂川大ノ川などがいるが、いずれも死亡直前の時点では休場している。

出典編集

関連項目編集