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魚本公博(うおもと きみひろ、1948年3月19日 - )はよど号グループのメンバー。旧姓は安部。

経歴編集

関西大学に入学。1970年よど号ハイジャック事件を起こし、北朝鮮亡命。当初、警察指紋照合による9人のメンバーの割り出しでは唯一安部は梅内恒夫と間違って発表されたが、10日後に安部公博と訂正された。

1976年結婚し、魚本姓となる。

現在も平壌に在住しているが、よど号事件だけでなく、有本恵子拉致事件へ関与した罪にも加わり、警察庁により指名手配されていると同時に国際刑事警察機構より国際指名手配されている。よど号ハイジャック犯の中で拉致事件で国際指名手配されているのは、魚本のみである。

その他編集

  • 魚本には3人の子供がいる。2002年9月に長男(当時23歳)が、2004年1月に長女(当時21歳)と次男(当時19歳)が帰国している。
  • 魚本のは2004年2月に帰国時に旅券法違反で逮捕2005年6月に懲役1年6ヶ月・執行猶予4年が確定した。

関連項目編集

外部リンク編集