メインメニューを開く

鮎川 いずみ(あゆかわ いずみ、1951年3月8日 - )は、日本の元女優実業家。本名、玉尾 千枝(たまお ちえ)。旧姓:加藤。

鮎川あゆかわ いずみ
本名 玉尾 千枝(たまお ちえ)
(旧姓:加藤)
別名義 鮎川 いづみ
生年月日 (1951-03-08) 1951年3月8日(68歳)
出生地 日本の旗 日本東京都港区榎坂町
血液型 O
職業 実業家、元女優、元歌手
ジャンル 映画舞台テレビドラマ
活動期間 1967年 - 1992年
活動内容 1967年:映画『また会う日まで 恋人の泉』でデビュー
1968年ミス宝くじ・幸運の女神
1970年:『お荷物小荷物
1971年:『春の坂道
1973年:『江戸を斬る・梓右近隠密帳
1975年:『元禄太平記
1978年:『江戸プロフェッショナル・必殺商売人』、『翔べ! 必殺うらごろし
1979年:『長七郎天下ご免!』、『必殺仕事人』(以来、同シリーズで何でも屋の加代役)
1987年:『ザ・ハングマン6』→『ハングマンGOGO
配偶者 玉尾 豊光
主な作品
テレビドラマ
江戸を斬る』シリーズ
必殺シリーズ
京都殺人案内
『ザ・ハングマン』シリーズ
バラエティー番組
三枝の愛ラブ!爆笑クリニック
料理バンザイ!
テンプレートを表示

来歴・人物編集

東京都港区榎坂町(現:赤坂1丁目)出身。

当初は「鮎川いづみ」という芸名だった。1967年、映画『また会う日まで 恋人の泉』に出演し、芸能界入り。1968年にはミス宝くじ・幸運の女神のメンバーとなって活躍。

その後、1980年に「いづみ」から「いずみ」に芸名を改め、朝日放送金曜日の看板番組として長らく親しまれた『必殺シリーズ』、『ザ・ハングマンシリーズ』をはじめ、テレビドラマを中心に活躍。1982年に放送された『必殺仕事人III』ではテーマソング「冬の花」も歌い日本有線大賞新人賞を受賞した。「冬の花」は20万枚近い売上を記録した[1]

大岡越前』の準レギュラーだった1992年、プライベートで事故に遭い、足を骨折して3ヶ月入院し途中降板。その後、突如芸能界を引退した。演技に関しては努力しなかったわけではなく、むしろ相当な努力をしていたのだが、後に本人がインタビューで語ったところによれば「自分は芝居が下手だって気持ちがどこかにあって、芸能界には向かないと思い、決心をした」とのこと。[2]

その後広告代理店を経営する[2]かたわら、1995年には野村総合研究所元専務・玉尾豊光と再婚。また2004年より化粧品「rich-lamella(リッチ・ラメラ)」を立ち上げる。芸能界は完全に引退したが、かつての『必殺シリーズ』についての取材などには応じている。

出演編集

映画編集

テレビドラマ編集

舞台編集

  • 女沢正あほんだら一代(1970年)
  • 庖丁(1972年)
  • 夫婦坂(1976年)
  • 大川橋蔵特別公演(1980年)
  • 納涼必殺まつり(1981年 - 1986年、京都南座
  • 里見浩太朗特別公演「浮さま乱れ舞/長七郎江戸日記」
  • 水戸黄門
  • 北島三郎特別公演「男の情炎」
  • 森進一特別公演「伝七捕物帳」(1991年)

バラエティー番組編集

ラジオ編集

CM編集

ディスコグラフィー編集

※いずれもCBSソニー(現・ソニー・ミュージックレコーズ)から発売。

シングル編集

発売日 規格品番 タイトル 作詞 作曲 編曲 備考
1982年10月21日 07SH-1231 A 冬の花 石坂まさを 平尾昌晃 竜崎孝路 必殺仕事人Ⅲ』主題歌。
B 小さな罠
1983年9月 07SH-1405 A 花の涙 中西冬樹 平尾昌晃 竜崎孝路 必殺仕事人Ⅳ』主題歌。
B 夢おんな 中村啓二郎
1985年11月21日 07SH-1718 A 女は海 京本政樹 京本政樹・大谷和夫 必殺仕事人Ⅴ・激闘編』主題歌。京本政樹がプロデュース。
B 昨日までの影 大谷和夫

脚注編集

[ヘルプ]
  1. ^ 三上泰生『6chは上方文化や』大阪書籍、1987年、188頁。ISBN 4-7548-1835-0
  2. ^ a b 表舞台から姿を消して20年になる女優の鮎川いずみさん 日刊ゲンダイ 2012年6月11日(キャッシュ

関連項目編集

外部リンク編集