鰻屋(うなぎや)は古典落語の演目の一つ。原話は、安永6年(1777年)に刊行された『時勢噺綱目』の一遍である「俄旅」。

主な演者として、東京の5代目古今亭志ん生6代目三遊亭圓生上方では初代桂春団治橘ノ圓都などがいる。

あらすじ 編集

新しく開業した鰻屋の主人が、上手に鰻を捌けないどころかつかむこともできずに四苦八苦している。それを聞いた若い者二人が「おっさん、鰻ようつかまえんと困ってるの肴に一杯飲んだろ」とやってくる。

「どの鰻にしまひょ」「そやなあ。あ。あの鰻でかくて油乗ってそうや。あれしてんか」「……あ、あれでっか。あれはあきまへん」「何でや」「さあ、店開いたときからいてよりまんねん。額に傷おまっしゃろ。あれ『光秀鰻』いうて、主人に害をなす……」「あほなこといいないな。浄瑠璃の『太功記十段目』みたいなこというとる」「どっちかやったらあこの、腹浮かべてよるのなんかどないだす。すぐに作れまっせ」「あほ言いやがれ、あれ死んでるやないか」

仕方なく主人は注文された通り、鰻を捕まえようとするがなかなかうまいこといかない。「……こないしまっしゃろ……ソオレ! ……あ、逃げた」「これ、逃がしたらあかんやないか」

主人は前に出る鰻を捕まえながら表に出てしまう。「だれぞ、下駄出してんか」「あれ! おやっさん、表出て行ったで」

そこへ帰ってきた女房「もし、うちの人はどこぞにいきました」「おやっさん。鰻つかんで表出てしもたで」「ええっ! またでっかいな! あの人この前もおんなじことして、から和歌山まで行ってしもたんだっせ」「そら、何するのや」

ようよう主人が鰻と格闘しながら帰ってくる。「おいおい。町内一回りしてきよったで。おやっさ~ん! こっちや! こっちや! ……あ、店の前行き過ぎよった……おやっさん。どこへ行くねん」「前回って、鰻に聞いてくれ」

様々な演出 編集

  • 春団治は、鰻をつかんだ男が最後に電車に飛び込むという破天荒なオチで有名だった。
  • この噺独特の所作で鰻を追っていく様子を表すのが大きな見せ所。握った手から、鰻の頭に見立てた親指をにゅるにゅると突き出し、慌ててもう一方の手でそれを掴む。と、今度はその手から親指をにゅるにゅる出してまた反対の手で掴み…。これを繰り返してふらふらと「鰻を追って」行く様を表す。
  • 圓都は『鰻谷』という地名の由来を語った(もちろん虚実ない交ぜの落語特有のもの)噺とつなげて一本の落語にしている。
  • 九代目馬風は鰻を蛇に変える演出をとって「大蛇屋」という演目で演じていた。が首にまとわりついて大騒ぎになるという奇想天外なストーリーで、馬風本人はかなり気に入っていたらしく、五代目小さんや、まだ若手であった立川談志(当時は柳家小ゑん)、三遊亭圓楽(当時は三遊亭全生)に教えようとしたが、皆あまりのアクの強さに嫌がった。
  • 5代目古今亭志ん生は傷だらけの鰻を「淀五郎と名付けた」と店主に言わせ、鰻の料理人がいなくて困っている店主とのやりとりを聞かせどころにしている。
  • 桂枝雀 (2代目)は、鰻屋でごちそうしようという男の前日談として、10日前にごちそうされる側の男が大阪中を引き回されたあげく、道頓堀川の水を飲まされた話を語り、また鰻のさばき方に関して店主に指導するというクスグリを入れている。

類似の話 編集

  • 『鰻屋』に類似したものに、『素人鰻』と『月宮殿』がある。『素人鰻』は明治初期、秩禄処分によって慣れない商売に失敗する士族を主題としている。また『月宮殿』は鰻をつかんだ男が宇宙に昇る奇想天外な構成で、その前半部は「鰻屋」と同じである。どれも、ほぼ同じ時期に造られた小噺からなり、『素人鰻』は『軽口大黒柱』(安永2)収録の『かば焼』より、『月宮殿』は『軽口花笑顔』(延享4)収録の『鰻の天上』からなり、それぞれ関連性は薄い。

なお、柳派の落語家や古今亭一門(5代目古今亭志ん生以下弟子)は、この噺を『素人鰻』と呼んで演じている。

出典・参考 編集

関連事項 編集