鳥原 ツル(とりはら ツル、1895年(明治28年)1月8日[1] - 1981年(昭和56年)11月24日[1])は、日本の教員。日本で最初の女性校長であったとされる[1][2]

経歴 編集

宮崎市出身。宮崎県最初の訓導の一人である鳥原定静を父として生まれる[2]

1915年大正4年)、宮崎県立宮崎県師範学校女子部(のちの県立宮崎女子師範学校→官立宮崎師範学校、現在の宮崎大学教育文化学部の前身)を卒業し、教員となる[2]。25歳であった1920年(大正9年)7月3日に、宮崎県師範学校附属小学校(現・宮崎大学教育文化学部附属小学校)訓導から大淀町立古城尋常小学校(現・宮崎市立古城小学校)の校長に着任した[2]。校長在任2年で関東州にあった旅順高等女学校に転任した[2]

のちに医師と結婚、戦後は日本に引き揚げて宮崎で暮らした[2]

脚注 編集

  1. ^ a b c 鳥原ツル - コトバンク(講談社『日本人名大辞典』)
  2. ^ a b c d e f 鳥原ツル - みやざきの101人(宮崎県庁ウェブサイト)

関連項目 編集

  • 木内キヤウ - 1931年に東京府で尋常小学校長となった女性。「日本最初の女性小学校長」とする文献がある。