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来歴・人物編集

漫画家志望だったが、タツノコプロの子会社であるアニメフレンドに撮影スタッフとして入社し、『ヤッターマン』や海外合作アニメなどの撮影を担当。1年半程撮影の仕事が続いたが、スタジオぴえろに移籍した押井守と入れ替わる形で『ゼンダマン』の第36話「チャーンカムバック! ゼンダマン」の演出を担当したことを皮切りに、演出家としての活動を開始。その後も『タイムボカンシリーズ』などで演出を担当し、国際映画社制作の『ななこSOS』で監督デビューを飾る。

スタジオぴえろでは幾つも監督を務め、ぴえろD.A.Rの設立に携わり初代室長を務めた。2001年にはスタジオぴえろを退社し、フリーとしてアークトゥールスに在籍。その後はサンライズエー・ラインなどを渡って自身が代表が務めるアキラスタジオを設立した。

タツノコプロやぴえろ、シンエイ動画を中心に演出業・監督業を務め、『妖怪ウォッチ』や『LINE TOWN』などといった子供向けアニメの演出を手がけることが多い。

クレヨンしんちゃん』では絵コンテを初回放送「ママの朝は忙しいゾ」の1992年から現在まで担当している。2009年にシリーズ17作目劇場版『クレヨンしんちゃん オタケベ!カスカベ野生王国』で初の劇場作品監督を務め、2010年にも引き続きシリーズ18作目『クレヨンしんちゃん 超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁』を手がけた。『クレヨンしんちゃん 超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁』は2011年『第1回北京国際映画祭』にて放映。鴫野は同映画祭の舞台挨拶を務めた。

コミカルでテンポのよい演出が特徴で、ギャグアニメでは脚本になくとも思いついたギャグを入れているとのことでタツノコプロ時代から続けている。『クレヨンしんちゃん』では脚本・絵コンテを務めた「爆笑連発ギャグだゾ」(1996年4月12日放送)内の一幕「もしも野原家が宇宙家族だったら…」において、「しぎのゲージをあきらレベルまでインストールして」という自身をネタにした台詞を挿入している。

ちなみにクレヨンしんちゃんなどで使われたペンネームである義野利幸(ぎゃりこ)の由来は鴫野自身もファンであるアメリカ人作家ポール・ギャリコから来ている。

監督作品編集

テレビアニメ編集

OVA編集

劇場アニメ編集

Webアニメ編集

その他編集

  • アニメちゃんに会える国 (2016年)※アニメーション監督、しぎのあきら名義。

主な参加作品編集

テレビアニメ編集

OVAアニメ編集

劇場アニメ編集

Webアニメ編集

その他編集

  • チャレンジ1ねんせいで1ねんせいだいかつやくDVD なみだのそつえんスペシャル(2011年)絵コンテ ※しぎのあきら名義。

参考文献編集

  • 『タイムボカン全集2 悪の華道』P.89 鴫野彰インタビュー(ソフトバンク刊、1998年)

出典編集

  1. ^ がんばれ!キッカーズ”. ぴえろ公式サイト. 2016年6月22日閲覧。
  2. ^ 丸出だめ夫”. ぴえろ公式サイト. 2016年6月9日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集