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鶴岡市立荘内病院

鶴岡市立荘内病院(つるおかしりつしょうないびょういん)は、山形県鶴岡市に位置する医療機関。鶴岡市病院事業の設置等に関する条例(平成17年10月1日条例第152号)に基づき鶴岡市が設置する公立の病院である。酒田市日本海総合病院とともに庄内二次医療圏を支えている。地域医療支援病院の承認を受けるほか、地域周産期母子医療センターエイズ治療拠点病院医師の卒後臨床研修指定病院などの指定を受ける。

Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 鶴岡市立荘内病院
Tsuruoka Municipal Shonai Hospital 20140724.jpg
情報
英語名称 Shonai Hospital
前身 東・西田川郡組合立荘内病院→日本医科大学付属荘内病院
標榜診療科 内科、精神科、神経内科、呼吸器科、消化器科、循環器科、小児科、外科、整形外科、形成外科、脳神経外科、呼吸器外科、心臓血管外科、小児外科、皮膚科、泌尿器科、産科、婦人科、眼科、耳鼻いんこう科、リハビリテーション科、放射線科、歯科口腔外科、麻酔科、病理診断科
許可病床数

521床


一般病床:521床
機能評価 一般500床以上:Ver4.0
開設者 鶴岡市
管理者 三科武(院長)
地方公営企業法 全部適用
開設年月日 1913年6月
所在地
997-8515
山形県鶴岡市泉町4番20号
位置 北緯38度43分54秒 東経139度49分46秒 / 北緯38.73167度 東経139.82944度 / 38.73167; 139.82944
二次医療圏 庄内
特記事項 敷地面積31,842.41m2
建物延床面積 40,106.66m2
建設工期 2000年10月 - 2003年3月
PJ 医療機関
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目次

概要編集

1913年6月、東・西田川郡組合立荘内病院として当時の鶴岡町に開院する。1922年制の廃止に伴い鶴岡町に運営が移管され、1924年に町の市制施行によって市立病院となる。

昭和に入り、戦況が悪化した際には病院の運営もままならなくなったが、日本医科大学が鶴岡に疎開することとなったため、同大に運営を委託。1947年秋まで日本医科大学付属荘内病院として運営された[1]

日本医科大が東京に帰還後には、新潟大学医学部から支援を得て病院が運営され、1950年3月には市立荘内看護専門学校の前身となる甲種看護婦養成所も開設している[1]

2003年7月1日、総事業費約250億円を投じ建設した地上10階建ての新病院において診察を開始した。新病院の屋上にはヘリポートを設置したほか、新生児医療センター等も新たに設けた[2]。またIT化を推進するため電子カルテを中心とする統合医療システムを導入したほか、地元医師会との連携も進めた[3]

沿革編集

  • 1913年6月 -「東・西田川郡組合立荘内病院」開院。外来診療開始。
  • 1924年10月 -「鶴岡市立荘内病院」と改称する。
  • 1945年
    • 4月 - 日本医科大学医学部1-3学年が鶴岡に疎開。
    • 7月 - 日本医科大に運営を委託。「日本医科大学付属荘内病院」と改称する。
  • 1947年11月15日 - 運営が市に戻り、再び「鶴岡市立荘内病院」となる。
  • 1957年7月 - 総合病院に指定される。
  • 1982年10月 - 食療科優良集団給食施設として厚生大臣より表彰される。
  • 1997年4月 - 不妊治療としての「体外受精」が産婦人科で開始される。
  • 2003年7月 - 24診療科、病床数520床体制で、新病院が開院する。
  • 2007年1月 - 病院機能評価認定 (ver4.0)。

診療科など編集

歴代院長編集

  • 初代:野口秀一郎
  • 2代:中目哲男
  • 3代:和合平之助
  • 4代:石井十寸穂
  • 5代:筒井省二
  • 6代:館山忠雄
  • 7代:赤木勝雄
  • 8代:斎藤淏
  • 9代:家田三郎
  • 10代:渡部廣明
  • 11代:高橋権三郎
  • 12代:若林芳夫
  • 13代:太田秋郎
  • 14代:岡村俊一
  • 15代:鈴木伸男
  • 16代:奥村浩
  • 17代:松原要一
  • 18代:三科武

交通アクセス編集

脚注編集

  1. ^ a b c 『病院概要 平成28年度』
  2. ^ 「鶴岡に新荘内病院が完成 患者認証システムを導入」『読売新聞』山形版 2003年7月2日
  3. ^ 「地域の中核へ救急充実 鶴岡・荘内病院を退職する松原院長に聞く」『朝日新聞』山形版 2010年3月30日

外部リンク編集