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鹿島アントラーズ > 鹿島アントラーズのアカデミー

鹿島アントラーズのアカデミーは、鹿島アントラーズの選手育成組織[1][2]

目次

アカデミー全体の概要編集

アカデミーの構成編集

鹿島アントラーズのアカデミーでは年代別の選抜チームとして、第2種(U-18、高校生年代)の「ユース」、第3種(U-15、中学生年代)の「ジュニアユース」、第4種(U-12、小学生年代)の「ジュニア」がある。ユースはトップチームと同じく鹿島(鹿嶋市)を拠点とし、ジュニアユースとジュニアはそれぞれ、鹿島、ノルテ(日立市)、つくば(つくば市)と3拠点にチームがある[3]。また、「スクールコース」は幼稚園生以上を対象に週に1回から3回活動しており、2017年時点で17か所約3,000名の生徒がいる。こうしたユース、ジュニアユース、ジュニア、スクールコースは、次のようなピラミッド構造を形成している。

鹿島アントラーズ アカデミーの構成 2017年時点
カテゴリー 登録種別 年代 拠点
ユース 第2種 高校生 鹿島
ジュニアユース 第3種 中学生 つくば 鹿島 ノルテ
ジュニア 第4種 小学6〜4年生 つくば 鹿島 ノルテ
スクールコース 小学6〜1年生 幼稚園 県南・県西エリア 鹿島エリア 県北エリア

アカデミーの沿革編集

鹿島アントラーズ創設時の1992年に、育成組織としてユース、ジュニアユース、ジュニアの3チームが新規に活動を開始した[4]。開校当時のジュニアでは応募数が募集人数に満たないこともあった[5]。1995年には、週に1回サッカーを楽しむためのクリニックコースがスタートした。クリニックコースは2016年に、スクールコースと改称している。なおスタート時は、ユース以下の鹿島アントラーズの育成組織全体が「鹿島アントラーズスクール」と呼ばれていた。鹿島アントラーズの育成組織を管轄するスクールマスターは、小松義典があたった。

地域ハンディへの挑戦編集

鹿島アントラーズ強化部長の鈴木満は、ホームタウンの人口が少なく優れた人材が限られているためにアカデミーからトップで通用する選手が出てくるのがむつかしいという地域ハンディが鹿島にはあると述べている[6]。神奈川県のクラブであれば3万人から5人の選手を選べるのに対し、鹿島では50人から5人の選手を選んでいるという。こうした地域ハンディを克服するために鹿島アントラーズのアカデミーでは、ジュニアユースやジュニアの拠点を3ヶ所にしたり、ユースにおけるユース寮や毎日の食事、高校との連携などの改革を行ったりしている。

決算編集

鹿島アントラーズのアカデミーに関する決算は、つぎのとおり。

アカデミーの決算
年度 収入 経費 所得
2011 233 144 89
2012 270 173 97
2013 269 166 103
2014 266 159 107
2015 285 166 119
2016 283 149 134
2017 276 165 111

鹿島ユース編集

ユースは、第2種(U-18、高校生年代)の選抜チーム。アカデミーの最終カテゴリーであり、選手たちのトップチーム昇格を目指して活動している。ユースの選手は、鹿島、ノルテ、つくばという3つのジュニアユース出身者と、全国からスカウトされた選手、ユースチーム選考会で選ばれた選手からなる。

高円宮杯U-18サッカーリーグでは2017年時点で、日本の高校生年代の1部リーグであるプレミアリーグイーストに所属している。Bチームは、茨城県リーグ1部に所属している。 また毎年、日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会Jリーグユース選手権大会に全国大会優勝を目指して参戦しているほか、Jリーグ U-16チャレンジリーグ波崎ユースカップに参戦している。

沿革編集

1992年の活動開始からの10年編集

鹿島アントラーズユースは、鹿島アントラーズが誕生した1992年から活動を開始した[7]。1995年にGKの市川友也がチーム初となるトップチーム昇格を決め、1997年にはGKの曽ヶ端準がトップチーム昇格となった。

1998年、第6回Jリーグユース選手権大会で優勝。このときの優勝メンバーのうち、3年生の4選手はこの年に、2年生の野沢拓也根本裕一は翌1999年に、それぞれトップチームへの昇格を決めた。また、野沢は1999年に2種登録選手としてトップのリーグ戦に初出場した。このように昇格が相次いだ結果、2000年から2001年にかけて、トップチームにはユース出身選手が7名在籍することとなった。曽ヶ端と野沢は後年、トップチームの主力として活躍している。

ユース監督は、1993年は藤代伸世、1994年は椎本邦人がつとめた。1995年、椎本はスカウト部に転出し、後任は山崎勇次となった。山崎は2002年までユース監督をつとめた。

2002年から2010年まで編集

2001年以降、鹿島アントラーズユースでは2010年までの10年で9名の選手が昇格した。とくに第12回Jリーグユース選手権大会優勝などの実績を残した2004年は、3選手が昇格した。しかし、曽ヶ端と野沢に続いてトップチームの主力として活躍する選手は現れなかった[8]。こうした状況は、2010年に昇格が決定した土居聖真が2013年に主力となるまで続いた。

2003年に開始したプリンスリーグで鹿島ユースは当初、茨城県リーグに参戦。2004年に茨城県リーグ1部で優勝し、2005年からプリンスリーグ関東に参戦した。2011年に開始した高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグの初年度は、2部リーグ相当の関東プリンスリーグに参戦することになった。

ユースの監督は、2003年から2007年までは河崎淳一、2008年と2009年は古賀聡がつとめた。2010年は、監督が土田哲也、コーチが鹿島アントラーズでFWだった長谷川祥之という「トップ2」の体制となった[9]

この頃までのユースについて、ジュニアユースからユースに昇格しただけで満足したりクラブ活動のつもりでプレーしたりする選手もいたようだと、鈴木満強化部長は振り返っている[6]

2011年の改革編集

2011年、鹿島ユースは本年を「改革元年」と位置づけ、体制を刷新した[10][11]。「プロとユースの関係をスムーズにしたい。プロの監督がやっているブラジル流のやり方をユース以下にも導入したい」という理由から、ブラジル人キッカが新監督に就任した。また、鹿島アントラーズの元MFで前年まではスカウトだった熊谷浩二がコーチに就任した。

キッカ監督のもと、鹿島ユースは2011年のプリンスリーグで優勝。参入戦も勝ち抜き、翌2012年のプレミアリーグ昇格を決めた。2012年と2013年、プレミアリーグイーストのリーグ戦で残留し、キッカ監督は3年で退任した。後任として熊谷浩二がコーチから監督となった。この間、トップ昇格者は、2011年が3名、2013年が1名であった。

熊谷浩二監督のもと、鹿島ユースは2014年の第22回Jリーグユース選手権大会で優勝。2015年には高円宮杯U-18サッカーリーグ チャンピオンシップを初制覇した。また、アジア・チャンピオンズ・トロフィー U-18(ACT U-18)に日本のユースチームとして初参加し、優勝した[12]。トップ昇格者は、2014年は鈴木優磨ら2名、2015年は4名であった。

年表編集

  • 1992年 - ユースの活動開始
  • 1994年 - 市川友也がトップチーム昇格決定。初のトップチーム昇格
  • 1997年 - 曽ヶ端準がトップチーム昇格決定
  • 1998年 - 第6回Jリーグユース選手権大会優勝。4選手がトップチーム昇格決定
  • 1999年 - 野沢拓也、鹿島ユース在籍の2種登録選手で初のJリーグ戦出場、トップチーム昇格決定
  • 2003年 - プリンスリーグが開始。鹿島ユースは茨城県リーグに所属
  • 2004年 - 鹿島学園高校と提携開始
  • 2004年 - 第12回Jリーグユース選手権大会優勝。茨城県リーグ優勝、プリンスリーグ関東に昇格決定。3選手がトップチーム昇格決定
  • 2010年 - 土居聖真がトップチーム昇格決定
  • 2011年 - 高円宮杯U-18サッカーリーグ プレミアリーグが開始。鹿島ユースはプリンスリーグ関東1部に所属
  • 2011年 - キッカ監督就任
  • 2011年 - 明治製菓(のち、明治)と栄養管理の連携開始
  • 2011年 - プリンスリーグ関東優勝、参入戦勝利、プレミアリーグ昇格決定。3選手がトップチーム昇格決定
  • 2014年 - 熊谷浩二監督就任
  • 2014年 - 第22回Jリーグユース選手権大会優勝。鈴木優磨ら2選手がトップチーム昇格決定
  • 2015年 - ACT U-18に参加、優勝。高円宮杯U-18チャンピオンシップ獲得。4選手がトップチーム昇格決定
  • 2018年 - プレミアリーグイースト優勝。2選手がトップチーム昇格決定

年度別戦績と歴代監督編集

2002年度までの成績は、次のとおり。

鹿島アントラーズユース 年度別成績と歴代監督 1992-2002年
年度 高円宮杯U-18 クラブユース杯 Jユース杯 その他大会 監督
1992 不出場 - -
1993 不出場 - 藤代伸世
1994 不出場 - 椎本邦人
1995 不出場 - 山崎勇次
1996 不出場 -
1997 ベスト8 準優勝 -
1998 不出場 優勝 -
1999 不出場 関東予選敗退 ベスト8 -
2000 不出場 ベスト8 ベスト8 -
2001 不出場 ベスト8 1回戦敗退 -
2002 不出場 関東予選敗退 1回戦敗退 関東スーパーリーグ9位

JFAプリンスリーグU-18が開始した2003年度から2010年度までの成績は、次のとおり。

鹿島アントラーズユース 年度別成績と歴代監督 2003-2010年
年度 JFAプリンスリーグ 高円宮杯U-18 クラブユース杯 Jユース杯 Jリーグ U-16 監督
所属 勝点 順位 出場権または降格
2003 茨城県リーグ1部 不出場 ベスト8 1回戦敗退 - 河崎淳一
2004 茨城県リーグ1部 20 7 0 0 優勝 関東に昇格 不出場 3位 優勝 -
2005 プリンス関東 15 5 0 4 5位 不出場 関東予選敗退 ベスト16 -
2006 プリンス関東 17 5 2 2 3位 高円宮杯出場 ベスト8 GL敗退 ベスト8 -
2007 プリンス関東 3 1 0 8 9位 関東2部へ参入 不出場 GL敗退 1回戦敗退 -
2008 プリンス関東2部 12 4 0 1 優勝 関東1部に昇格 不出場 GL敗退 ベスト8 - 古賀聡
2009 プリンス関東1部 10 3 1 7 10位 関東2部へ降格 不出場 GL敗退 1回戦敗退
2010 プリンス関東2部 24 7 3 1 2位 関東1部に昇格 不出場 GL敗退 予選敗退 優勝 土田哲也

高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグが開始した2011年度からの成績は、次のとおり。

鹿島アントラーズユース 年度別成績と歴代監督 2011年-
年度 高円宮杯U-18サッカーリーグU-18 クラブユース杯 Jユース杯 Jリーグ U-16 その他大会 監督
所属 勝点 順位 出場権または降格
2011 プリンス関東1部 39 12 3 3 優勝 プレミアに昇格 ベスト8 ベスト8 -   キッカ
2012 プレミアイースト 23 6 5 7 7位 ベスト8 ベスト16 -
2013 プレミアイースト 21 6 3 9 8位 GL敗退 ベスト8 グループ優勝 -
2014 プレミアイースト 28 7 7 4 3位 ベスト16 優勝 - 熊谷浩二
2015 プレミアイースト 40 12 4 2 優勝 高円宮杯CS優勝 ベスト16 2回戦敗退 グループ優勝 ACT 優勝
2016 プレミアイースト 17 4 5 7 8位 関東予選敗退 ベスト16 グループ4位 -
2017 プレミアイースト 25 6 7 5 4位 ベスト16 ベスト8 中止 -
2018 プレミアイースト 42 13 3 2 優勝 高円宮杯CS準優勝 ベスト16 ベスト16 グループ優勝 -

鹿島アントラーズユースBチームの年度別成績は、次のとおり。

鹿島アントラーズユースBチーム 年度別成績
年度 所属 勝点 順位 出場権または降格
2012 茨城県東地区A 25 8 1 0 優勝 茨城2部へ昇格
2013 茨城2部A 39 13 0 1 優勝 茨城1部へ昇格
2014 茨城1部 24 7 3 8 7位
2015 茨城1部 28 8 4 6 3位
2016 茨城1部 25 7 4 7 5位
2017 茨城1部 26 7 5 6 5位
2018 茨城1部 35 11 2 5 2位

出典: 茨城県サッカー協会 第2種

ユース選手の生活編集

年間大会スケジュール編集

1年を通じて、高円宮杯U-18サッカーリーグ、日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会、Jリーグユース選手権大会などに参戦している。

鹿島ユースの年間大会スケジュール
大会
1
2
3 U-16リーグ
4 高円宮杯リーグ
5 クラブユース杯
6
7
8
9
10 Jユース杯
11
12 波崎ユース杯

出典: 『KASHIMA ANTLERS YEAR BOOK 2016』株式会社鹿島アントラーズ エフ・シー、2016年、106頁。

そのほかに、海外遠征への参加や、2015年のACT U-18などのような不定期の大会参戦もある。

練習編集

主な練習場はアントラーズクラブハウスグラウンド。 トップチームの練習や紅白戦にユースの選手が参加することもある。トップチーム春季キャンプには、何人かのユース選手が参加することが多い。 特に2013年にトップチームがトニーニョ・セレーゾ監督になってからは、トップチームとユースとの連携が密になった[13]

ユース寮編集

全寮制となっており、ユースの選手は全員がユース寮で生活する[2]。 ユース寮の建物はエア・ウォーター社の社員寮を利用している。各選手に1人部屋が割り当てられており、トレーニングルーム、ミーティングルーム、大浴場が備わっている。また、寮管理のためにアカデミーのコーチ陣が寝泊まりしている[6]

毎日の食事編集

ユース寮の毎日の食事は、2011年から明治と連携した栄養管理がされている[2]。また、体作りやコンディション維持のために食べるものを自分自身が選択する「技」を身につけることを目的に、ユース選手を対象とした栄養セミナーを開催している。

高校との連携編集

鹿島学園高校と2004年から提携しており、ユースの選手は全員、鹿島学園高校に通学する[2]。 授業の時間割を調整するなど、サッカーの練習との両立が配慮されている。

海外遠征編集

国際体験を積むために、積極的に海外遠征をしている。

2012年以降、2年に1度ずつ鹿島学園の修学旅行としてスペイン遠征を実施している。 スペイン遠征では、FCバルセロナアトレティコ・マドリードなどのユース年代チームと試合を重ねるほか、観光やリーガ・エスパニョーラの試合観戦をする[14]

また、韓国中国マレーシア香港などへも遠征して大会に出場している。

選手の進路編集

トップ昇格やJリーグに入団した選手は、アカデミー出身選手参照。トップ昇格しなかった選手は、大学に進学してサッカーを続けることが多い。ユースチーム卒業後、東京大学に進学した選手もいる[15]

ジュニアユース編集

ジュニアユースは、第3種(U-15、中学生年代)の選抜チーム。鹿島アントラーズのジュニアユースには、鹿島(鹿嶋市)、ノルテ(日立市)、つくば(つくば市)の3チームがある。

鹿島ジュニアユース編集

1992年に活動を開始した。練習場はアントラーズクラブハウスグラウンド新日鐵住金総合グラウンド関東ユース (U-15)サッカーリーグの1部リーグに所属している。

年度 所属 リーグ戦 高円宮杯 クラブユース選手権 Jリーグ U-14 Jリーグ U-13
U-13地域リーグ[† 1]
その他公式戦 監督
勝点 順位
1992 - -
1993
1994
1995
1996
1997
1998 関東予選敗退
1999 1回戦敗退 関東予選敗退   河崎淳一
2000 関東予選敗退 関東予選敗退
2001 関東予選敗退 3位
2002 優勝 関東予選敗退
2003 関東予選敗退 ベスト8   森島修
2004 関東予選敗退 県予選敗退
2005 県予選敗退 一回戦敗退
2006 関東予選敗退 関東予選敗退
2007 関東 2 0 2 3 12位 関東予選敗退 GL敗退   土田哲也
2008 19 6 1 4 4位 関東予選敗退 ベスト8
2009 7 2 1 8 10位 関東予選敗退 ベスト16
2010 関東1部 15 4 3 4 8位 関東予選敗退 ベスト8   森島修
2011 13 3 4 4 9位 関東予選敗退 関東予選敗退 メトロポリタンC 6位 メトロポリタンD 5位
2012 35 10 5 7 5位 関東予選敗退 GL敗退 メトロポリタンC 優勝   賀谷英司
2013 13 4 1 17 12位 関東予選敗退 ベスト16 メトロポリタンC 2位 メトロポリタンC 3位
2014 関東2部 51 15 6 1 2位 2回戦敗退 優勝 メトロポリタンC 4位 関東2部D 4位   中村幸聖
2015 関東1部 33 10 3 9 5位 ベスト4 1回戦敗退 メトロポリタンA 12位 関東2部D 5位
2016 25 6 7 9 9位 関東予選敗退 関東予選敗退 メトロポリタンA1 6位 茨城県1部 1位 JFAプレミアカップ 準優勝

ノルテジュニアユース編集

1999年に日立市を中心拠点として活動を開始した。茨城県の県北地域の生徒で構成されている。関東ユース (U-15)サッカーリーグに所属している。

年度 所属 リーグ戦 高円宮杯 クラブユース選手権 Jリーグ U-14 Jリーグ U-13
U-13地域リーグ[† 1]
その他公式戦 監督
勝点 順位
1999 - -
2000   土田哲也
2001
2002 関東予選敗退
2003 県予選敗退
2004 県予選敗退
2005 県予選敗退
2006 関東予選敗退
2007 県予選敗退 関東予選敗退   亀谷誠
2008 茨城県1部 16 5 1 1 2位 関東予選敗退 関東予選敗退
2009 16 5 1 1 優勝 関東予選敗退 関東予選敗退 メトロポリタンB 5位   小笠原賢二
2010 関東2部 16 5 1 1 優勝 関東予選敗退 GL敗退 メトロポリタンA 7位   賀谷英司
2011 関東1部 15 4 3 4 5位 関東予選敗退 ベスト16 メトロポリタンA 7位 メトロポリタンA 7位
2012 14 3 5 14 12位 関東予選敗退 関東予選敗退 メトロポリタンC 7位 メトロポリタンD 5位   小笠原賢二
2013 関東2部 30 9 3 10 7位 関東予選敗退 関東予選敗退 メトロポリタンA 8位
2014 24 6 6 10 9位 関東予選敗退 関東予選敗退 メトロポリタンC 3位 関東2部C 優勝
2015 33 10 3 9 6位 関東予選敗退 関東予選敗退 メトロポリタンB 5位 関東1部A 8位
2016 41 12 5 5 優勝 関東予選敗退 関東予選敗退 メトロポリタンB 4位 関東2部D 6位

つくばジュニアユース編集

2008年につくば市を中心拠点として活動を開始した。主な練習場はつくばアカデミーセンター。茨城県の県南地域の生徒で構成されている。関東ユース (U-15)サッカーリーグに所属している。

年度 所属 リーグ戦 高円宮杯 クラブユース選手権 Jリーグ U-14 Jリーグ U-13
U-13地域リーグ[† 1]
その他公式戦 監督
勝点 順位
2008 - - - - - - 県予選敗退 -   木村匡志
2009 茨城県2部 19 6 1 0 優勝 県予選敗退 県予選敗退 メトロポリタンC 6位
2010 茨城県1部 14 4 2 1 2位 関東予選敗退 関東予選敗退
2011 50 16 2 0 優勝 関東予選敗退 関東予選敗退 メトロポリタンC 4位 メトロポリタンE 優勝   土田哲也
2012 関東2部 49 15 4 3 2位 関東予選敗退 関東予選敗退 メトロポリタンA 4位 メトロポリタンA 5位
2013 関東1部 23 7 2 13 9位 関東予選敗退 関東予選敗退 メトロポリタンB 5位 メトロポリタンB 6位
2014 24 6 6 10 11位 関東予選敗退 関東予選敗退 メトロポリタンA 3位 関東1部A 5位
2015 関東2部 51 15 6 1 優勝 関東予選敗退 関東予選敗退 メトロポリタンB 優勝 関東1部B 6位
2016 関東1部 26 7 5 10 8位 関東予選敗退 ベスト8 メトロポリタンA2 6位 関東1部A 5位   根本裕一
  1. ^ a b c Jリーグ U-13は2007年〜2013年まで開催。U-13地域サッカーリーグ(U-13地域リーグ)は2014年より開催。

ジュニア編集

ジュニアユースは、第4種(U-12、小学生年代)の選抜チーム。鹿島、つくば、ノルテの3チームで構成されている。海外遠征を積極的に実施している。

鹿島ジュニア編集

練習場はアントラーズクラブハウスグラウンド新日鐵住金総合グラウンド

獲得タイトル

つくばジュニア編集

2007年につくば市を中心拠点として活動を開始した。主な練習場は、つくばアカデミーセンター。茨城県の県南地域の生徒で構成されている。

獲得タイトル
  • JFA 全日本U-12フットサル大会:1回
    • 2014年

ノルテジュニア編集

2017年に日立市を中心拠点として活動を開始した。茨城県の県北地域の生徒で構成されている。

スクールコース編集

スクールコースは、トップチームで活躍する選手を輩出するという育成と、「生活の中にアントラーズがある」ことを感じられる環境を提供する普及の両方を目標にしている[16]。2017年現在、茨城県内に16校、千葉県内に1校の計17のスクールが開校しており、幼稚園から大人までの男女が約3,000人活動している。スクールでは、通常のコースの他、選考された選手達で練習するスペシャルコースと強化コース、ストライカーコース、GKコースが用意されている[3]。指導は、スクールコーチが行うほか、トップチームOBの中田浩二が巡回コーチとして参加することもある。また、夏休みや冬休みを利用した国内やハワイなどの遠征を実施している。

 
 
鹿島校
 
神栖校
 
銚子校
 
行方校
 
鉾田校
 
高萩校
 
日立折笠校
 
日立校
 
ひたちなか校
 
常陸大宮校
 
内原校
 
つくば校
 
下妻校
 
結城校
 
常総校
 
美浦校
 
土浦校
鹿島アントラーズ スクール 2017年現在
鹿島アントラーズ スクール 2017年現在
エリア スクール 市町村
鹿島 鹿島校 茨城県 鹿嶋市
鹿島 神栖校 茨城県 神栖市
鹿島 銚子校 千葉県 銚子市
鹿島 行方校 茨城県 行方市
鹿島 鉾田校 茨城県 鉾田市
県北 高萩校 茨城県 高萩市
県北 日立折笠校 茨城県 日立市
県北 日立校 茨城県 日立市
県北 ひたちなか校 茨城県 ひたちなか市
県北 常陸大宮校 茨城県 常陸大宮市
県北 内原校 茨城県 水戸市
県南・県西 つくば校 茨城県 つくば市
県南・県西 下妻校 茨城県 下妻市
県南・県西 結城校 茨城県 結城市
県南・県西 常総校 茨城県 常総市
県南・県西 美浦校 茨城県 稲敷郡美浦村
県南・県西 土浦校 茨城県 土浦市

出典: アカデミー>>スクール”. 鹿島アントラーズ. 2017年7月11日閲覧。

アカデミー出身選手編集

鹿島アントラーズ アカデミー出身選手 2017年度卒業生まで
名前 生年 出身 Pos U-12 U-15 U-18 進学先 入団クラブ 現在の所属クラブ
市川友也 1976 茨城県鹿嶋市 GK 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退。鹿島ユース GKコーチ
曽ヶ端準 1979 茨城県鹿嶋市 GK 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 鹿島アントラーズ(元日本代表)
寺田武史 1979 茨城県 DF 鹿島JY 鹿島Y 阪南大学 ザスパ草津 現役引退
加藤慎也 1980 茨城県鹿嶋市 GK 鹿島Jr 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退
松島竜太 1980 茨城県神栖市 DF 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退
矢畑智裕 1980 茨城県鹿嶋市 DF 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退。松本山雅FC U-15コーチ
中嶋譲 1980 埼玉県さいたま市 FW 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退
小林康剛 1980 茨城県那珂郡東海村 FW 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退
根本裕一 1981 茨城県鹿嶋市 DF 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退。鹿島つくばJY 監督
大和田真史 1981 茨城県高萩市 DF 鹿島JY 鹿島Y 明治大学 水戸ホーリーホック 現役引退。モンテディオ山形 コーチ
野沢拓也 1981 茨城県笠間市 MF 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) FCティアモ枚方
高須洋平 1981 埼玉県さいたま市 MF 鹿島Y 水戸ホーリーホック 現役引退
  大友慧 1981 千葉県印旛郡栄町 FW 鹿島Y ベガルタ仙台   JPボルテスFC(元フィリピン代表
木戸康史 1982 茨城県 DF 鹿島JY 鹿島Y ベガルタ仙台 現役引退
阿部直人 1982 茨城県神栖市 FW 鹿島Y 国士舘大学 三菱水島FC
首藤慎一 1983 大分県 GK 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退。新潟レディース GKコーチ
田中翔太 1983 茨城県水戸市 FW 鹿島Y 中央大学 アルテ高崎
三栗寛士 1984 茨城県鹿嶋市 GK 鹿島Y 駒澤大学 FC町田ゼルビア FCアンテロープ塩尻
藤田豊 1984 茨城県 DF 鹿島Y ザスパ草津 現役引退
川原達也 1985 茨城県潮来市 DF 鹿島Jr 鹿島JY 鹿島Y 東洋大学 大宮アルディージャ 現役引退
高野耕平 1985 千葉県 MF 鹿島Y 東京学芸大学 AC長野パルセイロ 現役引退
鈴木修人 1985 千葉県船橋市 MF 鹿島Jr 鹿島JY 市立船橋高校 早稲田大学 鹿島アントラーズ 現役引退。明治学院大学サッカー部監督
後藤圭太 1986 茨城県坂東市 DF 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) ファジアーノ岡山
滝川敬祐 1986 茨城県鹿嶋市 DF 鹿島JY 鹿島Y 日本大学 ツエーゲン金沢
野本泰崇 1986 茨城県鹿嶋市 DF 鹿島JY 鹿島Y 筑波大 FC岐阜
鈴木寿毅 1986 茨城県潮来市 DF 鹿島Jr 鹿島JY 鹿島Y 駒澤大学 FC琉球
吉澤佑哉 1986 栃木県日光市 MF 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退
山本拓弥 1986 茨城県神栖市 MF 鹿島Jr 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退。FCティアモ枚方 コーチ
関野達也 1986 茨城県那珂郡東海村 FW 鹿島Jr ノルテJY 鹿島Y 青山学院大学 横河武蔵野FC
桜井正人 1986 茨城県 FW 鹿島JY 柏ユース 浜松大学 カターレ富山 現役引退
宮尾勇輝 1986 茨城県 FW 鹿島JY 仙台育英高校 立命館大学 V・ファーレン長崎 現役引退
大道広幸 1987 茨城県古河市 MF 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退
木村純哉 1987 茨城県日立市 MF ノルテJY 水戸葵陵高校
水戸ユース
水戸ホーリーホック
佐々木竜太 1987 茨城県鹿嶋市 FW 鹿島Jr 鹿島JY 鹿島学園高校 鹿島アントラーズ 南葛SC
小峯拓也 1988 福島県いわき市 DF 鹿島Y 日本大学 福島ユナイテッドFC 現役引退。福島ユナイテッドFC フロント
小谷野顕治 1988 茨城県潮来市 MF 鹿島Jr 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退。明治学院大学 コーチ
山本啓人 1988 茨城県神栖市 MF 鹿島JY 鹿島Y 日本大学 ザスパ草津
佐伯大成 1988 富山県 MF 鹿島Y 専修大学 佐川印刷SC 富山新庄クラブ
川俣慎一郎 1989 静岡県御殿場市 GK 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 鹿島アントラーズ
大津祐樹 1989 茨城県水戸市 FW ノルテJY 成立学園高校 柏レイソル 横浜F・マリノス(元日本代表)
忰山翔 1989 福島県 FW 鹿島Y 青山学院大学 横河武蔵野FC
藤井航大 1990 富山県 DF 鹿島Y 東京学芸大学 カマタマーレ讃岐 FC町田ゼルビア
島田譲 1990 茨城県水戸市 MF 鹿島JY 鹿島Y 早稲田大学 ファジアーノ岡山 V・ファーレン長崎
八木直生 1991 群馬県桐生市 GK 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退
望月理人 1991 栃木県足利市 DF 鹿島Y 早稲田大学 FC町田ゼルビア
土居聖真 1992 山形県山形市 MF 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 鹿島アントラーズ(日本代表)
鈴木隆雅 1993 宮城県仙台市 DF 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 栃木ウーヴァFC
宮内龍汰 1993 千葉県銚子市 MF 鹿島Jr 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退
西室隆規 1993 山梨県 MF 鹿島Y 法政大学 カターレ富山 ヴェルスパ大分
中川義貴 1993 茨城県常総市 FW 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 現役引退
鈴木翔大 1993 千葉県 FW 鹿島Jr 鹿島JY 日本航空高校 神奈川大学 ソニー仙台FC ソニー仙台FC
岡田明久 1994 茨城県水戸市 GK ノルテJY 鹿島Y 水戸ホーリーホック 鈴鹿アンリミテッドFC
清永丈瑠 1994 山口県周南市 MF 鹿島Y 関西大学 レノファ山口FC レノファ山口FC
橋本龍馬 1994 茨城県 MF 鹿島Jr 鹿島JY 鹿島Y 中央大学 つくばFC 東京武蔵野シティFC
柳育崇 1994 千葉県 FW 鹿島JY 八千代高校 専修大学 新潟シンガポール アルビレックス新潟
原田大輝 1994 茨城県 GK 鹿島JY 常総学院高校 亜細亜大学 スタリオン・ラグナFC ヴァンラーレ八戸
小泉勇人 1995 茨城県神栖市 GK 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) ザスパクサツ群馬
川上盛司 1995 茨城県神栖市 DF 鹿島Jr 鹿島JY 鹿島Y 仙台大学 栃木SC SC相模原
吉田康也 1995 茨城県石岡市 MF ノルテJY 水戸葵陵高校 JSC 新潟シンガポール
大橋尚志 1996 茨城県つくば市 MF つくばJY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) ツエーゲン金沢
鈴木優磨 1996 千葉県銚子市 FW 鹿島Jr 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 鹿島アントラーズ
町田浩樹 1997 茨城県 DF つくばJY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 鹿島アントラーズ
平戸太貴 1997 茨城県ひたちなか市 MF 鹿島Jr 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 鹿島アントラーズ
田中稔也 1997 群馬県 MF 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) ザスパクサツ群馬
垣田裕暉 1997 群馬県 FW 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) ツエーゲン金沢
沖悠哉 1999 茨城県 GK 鹿島Jr 鹿島JY 鹿島Y 鹿島アントラーズ(昇格) 鹿島アントラーズ
  • 各国の全国リーグ(日本の場合、J1、J2、J3、JFL)に所属した選手。「所属」列に、最初に所属した全国リーグのクラブを記載
  • この背景色の選手は、「現在の所属」が「鹿島アントラーズ」
  • この背景色の選手は、「鹿島アントラーズ」から他チームに期限付き移籍中
  • 「現在の所属クラブ」列には、2018年度所属チームを記載

脚注編集

出典編集

  1. ^ アカデミー”. 鹿島アントラーズ. 2016年9月1日閲覧。
  2. ^ a b c d 『KASHIMA ANTLERS YEAR BOOK 2016』株式会社鹿島アントラーズ エフ・シー、2016年、104-113頁。
  3. ^ a b 『KASHIMA ANTLERS YEAR BOOK 2017』株式会社鹿島アントラーズ エフ・シー、2017年、104-113頁。
  4. ^ 『鹿島アントラーズ―ファースト・ウイナー狙うジーコ・ファミリー! (Jリーグ・ファン・ガイドブック)』集英社、1993年4月。ISBN 4087801837
  5. ^ 『KASHIMA ANTLERS YEAR BOOK 1996』、1996年、82頁。
  6. ^ a b c 鈴木満『血を繋げる』幻冬舎、2017年。ISBN 4344031261
  7. ^ 『鹿島アントラーズ 栄光の10年 FOOTBALL DREAM 1992-2001』株式会社鹿島アントラーズ エフ・シー、2001年、102-107頁。
  8. ^ 『KASHIMA ANTLERS YEAR BOOK 2010』株式会社鹿島アントラーズ エフ・シー、2010年、70頁。
  9. ^ 『KASHIMA ANTLERS YEAR BOOK 2010』株式会社鹿島アントラーズ エフ・シー、2010年、71頁。
  10. ^ 『KASHIMA ANTLERS YEAR BOOK 2011』株式会社鹿島アントラーズ エフ・シー、2011年。
  11. ^ 『KASHIMA ANTLERS YEAR BOOK 2012』株式会社鹿島アントラーズ エフ・シー、2012年、66頁。
  12. ^ “鹿島ユースが「アジア・チャンピオンズ・トロフィー」初制覇”. 講談社. (2015年11月18日). http://web.gekisaka.jp/news/detail/?176755-176755-fl 2016年9月2日閲覧。 
  13. ^ 『フットボールサミット第25回 鹿島アントラーズ サッカー王国のつくりかた』カンゼン、2014年、102-113頁。
  14. ^ 鹿島アントラーズ アカデミーレポート 2016年3月
  15. ^ 山口 遼 - 選手・学生スタッフ”. 東京大学ア式蹴球部. 2017年1月26日閲覧。
  16. ^ アカデミー>>スクール”. 鹿島アントラーズ. 2017年7月11日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集