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黄震(こう しん、1213年1281年)は、宋代中国儒学者。字は

生涯編集

慶元府慈渓県(現在の浙江省慈渓市)出身。1256年宝祐4年)に進士となる。呉県尉より1267年咸淳3年)に史館検閲に昇進、寧宗理宗の実録編修に携わる。百姓の困窮と兵力の弱体化、財政悪化の現状を上奏した際には度宗の逆鱗に触れ、判広徳軍に左遷され、知撫州となって善政を施した。提挙常平倉史・定点刑獄になった後も貧民救済のための政策を行うが、富人の怨みを買ったことからその地を去る。

宋朝が滅亡すると隠居をし著作と教育に専心する。朱子学を宗として門人に教え、没後に門人達が文潔先生と諡している。

著書編集

  • 『古今紀要』
  • 『黄氏日鈔』
  • 『戊辰修史伝』
  • 『礼記集解』
  • 『春秋集解』

参考文献編集

  • 『明史』列伝第197·儒林8
  • 『宋元学案』巻86
  • 張偉『黄震与東発学派』(北京:人民出版社,2001年)