黒田長敬
経歴編集
筑前福岡藩最後の藩主黒田長知の五男。筑前秋月藩最後の藩主で子爵の黒田長徳の養子となる。1892年(明治25年)、長徳の死去により家督を継いだ。同年7月22日に長敬と改名した[2]。1906年(明治39年)7月、学習院高等科を卒業する。その後、アメリカ・コーネル大学に留学する。帰国後、大正天皇の侍従となる。1946年(昭和21年)5月、貴族院子爵議員に補欠選挙で当選し[3]、研究会に所属し、1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[4]。
親族編集
栄典編集
出典編集
参考文献編集
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』上巻、霞会館、1996年。
日本の爵位 | ||
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先代: 黒田長徳 |
子爵 (秋月)黒田家第2代 1892年 - 1947年 |
次代: 華族制度廃止 |