12ポンドグリボーバル野砲

12ポンドグリボーバル野砲(仏:Canon de 12 Gribeauval)は18世紀後半から19世紀前半にかけてフランスが使用した、グリボーバル・システムの12ポンド野砲ジャン=バティスト・ヴァケット・ド・グリボーバル が設定したシステム(砲体系)は、1765年にジャスティン・ド・ムスティーブ(Justin Amedee Ethan de Musteve)が改良し機動性が向上した砲車の概念を取り入れたものであった。

12ポンドグリボーバル野砲
Gribeauval cannon de 12 An 2 de la Republique.jpg
12ポンドグリボーバル野砲、共和国暦2年(1793-1794)、 オテル・デ・ザンヴァリッド
原開発国 フランスの旗 フランス
運用史
配備先 フランスの旗 フランス
関連戦争・紛争 アメリカ独立戦争
フランス革命戦争
ナポレオン戦争
開発史
開発者 ジャン=バティスト・ヴァケット・ド・グリボーバル
諸元
重量 880 kg
銃身 229 cm (7 ft 6 in)
要員数 砲手15名、馬6頭

砲弾 118.1 mm
口径 121.3 mm
銃砲身 1
有効射程 球形弾:900-1,000 m
ぶどう弾:500-700 m
キャニスター弾:500 m
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12ポンドグリボーバル野砲、共和国暦2年(1793-1794)
12ポンドグリボーバル野砲、共和国暦2年(1793-1794)。側面
12ポンドグリボーバル野砲、共和国暦2年(1793-1794)。砲尾

12ポンドグリボーバル野砲が最初に実戦で使用されたのはアメリカ独立戦争であった。ジャン=バティスト・ド・ロシャンボー将軍が率いるフランス陸軍アメリカ派遣部隊が1780年から1782年後期まで使用したが、特に1781年のヨークタウンの戦いが有名である[1]フランス革命戦争ナポレオン戦争でも大いに使用された。

12ポンドグリボーバル野砲の操作には15名が必要で、6頭の馬により牽引された[2]

参考資料編集