1911年の相撲(1911ねんのすもう)は、1911年の相撲関係のできごとについて述べる。

1910年-1911年-1912年

できごと編集

1月場所直前、力士の待遇改善を巡って協会と力士が対立、力士側は場所のボイコットに及んだ(新橋倶楽部事件)。1月23日に両者和解が成立、場所は1か月遅れで開催された[1]。しかし場所の2日目の勝負判定を巡って西方力士が検査役不信任を突き付けたため、場所中にも2日間の中断が起こった[2]

本場所など編集

脚注編集

注釈編集

出典編集

  1. ^ 酒井, p. 240.
  2. ^ a b 酒井, p. 244.
  3. ^ 酒井, pp. 240-244.
  4. ^ 酒井, pp. 245-247.
  5. ^ 酒井, p. 248.

参考文献編集

  • 酒井忠正『日本相撲史 中巻』ベースボール・マガジン社、1964年6月1日。