1995年のオールスターゲーム (日本プロ野球)
PJ:BASE#NPBポストシーズンに準じた対応をとるべき記事であるため、ランニングスコアの記載等ご遠慮ください。(2022年5月) |
1995年のオールスターゲームは、1995年7月に行われた日本プロ野球のオールスターゲーム。
1995年のNPBオールスターゲーム | |||
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1995サンヨーオールスターゲーム | |||
ゲームデータ | |||
スポンサー | 三洋電機 | ||
セ監督 | 長嶋茂雄 | ||
パ監督 | 東尾修 | ||
セ投票最多 | 江藤智 | ||
パ投票最多 | イチロー | ||
第1戦 | |||
日程 | 7月25日 | ||
開催地 | 横浜スタジアム | ||
スコア | パリーグ | 4-4 | セリーグ |
MVP | 落合博満 | ||
第2戦 | |||
日程 | 7月26日 | ||
開催地 | 広島市民球場 | ||
スコア | パリーグ | 6-7 | セリーグ |
MVP | 松井秀喜 | ||
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試合概要
編集前年、10.8決戦でセ・リーグ優勝し、日本選手権シリーズも制した読売ジャイアンツの長嶋茂雄監督が17年ぶりに全セ(オールセントラル・リーグ)の指揮をとり、パ・リーグは前年優勝の西武ライオンズの森祇晶監督が全パ(オールパシフィック・リーグ)が退団したため、この年から西武の監督になった東尾修が全パの指揮をとった(東尾が優勝監督として全パを指揮するのは1998年になってからだった)。当初コーチを務める予定だった高木守道が成績不振を理由に監督を辞任し、徳武定祐監督代行も成績不振を理由に退任、最終的には木俣達彦がコーチを務めた。なお、オールスターゲームに先立ち、この年の1月17日に発生した阪神・淡路大震災被災者支援のためにボビー・バレンタイン監督(ロッテ)率いる外国人選抜チーム対王貞治監督(ダイエー)監督率いる日本人選抜チームによる「ドリームゲーム」が開催された。
「ハマの大魔神」として抑え専門で活躍した佐々木主浩が全セの先発を担った第1戦は1点を争う好ゲームとなり、全セが1点ビハインドで迎えた8回裏、主砲・落合博満の1発で同点に追いつき、そのまま引き分けに持ち込んだ。続く第2戦も1点を争う展開となるも松井秀喜(巨人)、金本知憲(広島)のバットで7-6でからくも勝利をもぎ取った。
なおこの年からは、従来審判6人制であったオールスターゲームにおいても審判4人制で行われることとなった(1998年まで、1999年以降は6人制が復活)。
第一戦は横浜スタジアムで行われたが、これに対し横浜球団社長らは、ゲームを盛り上げるためにファンに対してファン投票への参加を呼びかけた。ところが、これが大量の「組織票」を発生させる結果となってしまい、本拠地開催となった横浜からは佐々木主浩と駒田徳広、ロバート・ローズ、佐伯貴弘、グレン・ブラッグス、畠山準の6人が選ばれたため、批判の的となった(他の3名は古田敦也と江藤智、野村謙二郎)。特に佐伯と畠山に至ってはノミネートこそされていたものの、選出時点ではスタメンを波留敏夫や鈴木尚典に譲ることが多くレギュラーとは言えなかった。なお、巨人の選手が1人もファン投票で選出されなかったのは、史上初の出来事となった。
広島市民球場でのオールスターゲームの開催はこの年の第2戦が最後となった。
選出選手
編集セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | ||||||
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監督 | 長嶋茂雄 | 巨人 | 監督 | 東尾修 | 西武 | ||
コーチ | 中日 | コーチ | 仰木彬 | オリックス | |||
木俣達彦▲ | 中日 | 鈴木啓示 | 近鉄 | ||||
三村敏之 | 広島 | ||||||
投手 | 佐々木主浩 | 横浜 | 3 | 投手 | 伊良部秀輝 | ロッテ | 2 |
斎藤雅樹 | 巨人 | 5 | 潮崎哲也 | 西武 | 初 | ||
今中慎二 | 中日 | 4 | |||||
山内泰幸 | 広島 | 初 | 郭泰源▲ | 西武 | 4 | ||
チェコ | 広島 | 初 | 長谷川滋利 | オリックス | 初 | ||
山部太 | ヤクルト | 初 | 星野伸之 | オリックス | 5 | ||
吉井理人 | ヤクルト | 2 | 平井正史 | オリックス | 初 | ||
藪恵壹 | 阪神 | 2 | 工藤公康 | ダイエー | 5 | ||
古溝克之 | 阪神 | 初 | 小宮山悟 | ロッテ | 3 | ||
盛田幸希 | 横浜 | 2 | 成本年秀 | ロッテ | 初 | ||
西崎幸広 | 日本ハム | 7 | |||||
捕手 | 古田敦也 | ヤクルト | 6 | 捕手 | 伊東勤 | 西武 | 12 |
村田真一 | 巨人 | 2 | 中嶋聡 | オリックス | 4 | ||
関川浩一 | 阪神 | 初 | 古久保健二 | 近鉄 | 初 | ||
一塁手 | 駒田徳広 | 横浜 | 4 | 一塁手 | 清原和博 | 西武 | 10 |
二塁手 | ローズ | 横浜 | 初 | 二塁手 | 小久保裕紀 | ダイエー | 初 |
三塁手 | 江藤智 | 広島 | 2 | 三塁手 | 松永浩美 | ダイエー | 11 |
遊撃手 | 野村謙二郎 | 広島 | 5 | 遊撃手 | 浜名千広 | ダイエー | 2 |
内野手 | 落合博満 | 巨人 | 14 | 内野手 | 中村紀洋 | 近鉄 | 初 |
立浪和義 | 中日 | 4 | 堀幸一 | ロッテ | 初 | ||
土橋勝征 | ヤクルト | 初 | 初芝清 | ロッテ | 2 | ||
和田豊 | 阪神 | 5 | フランコ | ロッテ | 初 | ||
久慈照嘉 | 阪神 | 2 | 田中幸雄 | 日本ハム | 6 | ||
石井琢朗 | 横浜 | 初 | |||||
外野手 | ブラッグス | 横浜 | 2 | 外野手 | イチロー | オリックス | 2 |
佐伯貴弘 | 横浜 | 初 | 秋山幸二 | ダイエー | 11 | ||
畠山準 | 横浜 | 3 | 田口壮 | オリックス | 初 | ||
松井秀喜 | 巨人 | 2 | 佐々木誠 | 西武 | 6 | ||
金本知憲 | 広島 | 初 | ジャクソン | 西武 | 初 | ||
垣内哲也 | 西武 | 初 |
- 太字はファン投票で選ばれた選手。▲は出場辞退選手発生による補充選手。数字は出場回数。
試合結果
編集第1戦
編集オーダー
編集
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第2戦
編集オーダー
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阪神大震災復興支援チャリティードリームゲーム
編集オールスターゲームに先駆けてこの年の1月17日に起きた阪神・淡路大震災の支援を目的として開催されたドリームマッチ。日本人選抜で構成された「ジャパンドリームチーム」と外国籍選手選抜及び野球留学経験のある日本人捕手で構成された「フォーリンドリームチーム」が対決。選手は一切のギャランティを受け取らず、球場使用料も無料という完全なるチャリティーに終始した試合だった。試合はジャパンドリームに2本塁打が出たものの、本場メジャーリーグ仕込のプレーを見せ付けたフォーリンドリームが勝利し、試合収益約1億円を寄付した。
7月24日 福岡ドーム 開始19:00(試合時間:2時間32分) 観衆数/32,000人
オーダー
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スコア
編集- ※定詰は「ジョー」、大久保は「デーブ」と名乗ってマスクを被った。というのも、当時外国人捕手がいなかったための特例である(捕手ができる外国人選手としてティム・マッキントッシュがいたが、6月に解雇)。
テレビ・ラジオ中継
編集テレビ中継
編集- 第1戦:7月25日
- 第2戦:7月26日
- 阪神大震災復興チャリティ・ドリームゲーム:7月24日
ラジオ中継
編集- 第1戦:7月25日
- 第2戦:7月26日
- 阪神大震災復興チャリティ・ドリームゲーム:7月24日
関連項目
編集- 1996年のオールスターゲーム (日本プロ野球)
- 1994年のオールスターゲーム (日本プロ野球)
- オールスターゲーム (日本プロ野球)
- 野球
- 日本プロフェッショナル野球組織
- 日本野球機構(主催)
- 三洋電機(特別協賛)
- JOMO CUP Jリーグドリームマッチ(同年より開催されたJリーグの日本人対外国人対抗戦)