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2001年の野球(2001ねんのやきゅう)では、2001年野球界における動向をまとめる。

競技結果編集

プロ野球編集

この年度から年140試合(28回総当たり)に変更。セ・リーグは引き分け再試合廃止に伴う代替処置として、順位決定を勝ち星の多い順番とし、それで同じ場合は勝率によって決定する方式(勝率・勝ち星が異なる場合に限り3戦2勝制のプレーオフ)とした。

2001年セントラル・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 ヤクルトスワローズ 76 58 6 .567 -
2位 読売ジャイアンツ 75 63 2 .543 3.0
3位 横浜ベイスターズ 69 67 4 .507 8.0
4位 広島東洋カープ 68 65 7 .511 7.5
5位 中日ドラゴンズ 62 74 4 .456 15.0
6位 阪神タイガース 57 80 3 .416 20.5

*順位は勝率に関係なく勝利数順で決定

2001年パシフィック・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 大阪近鉄バファローズ 78 60 2 .565 -
2位 福岡ダイエーホークス 76 63 1 .547 2.5
3位 西武ライオンズ 73 67 0 .521 6.0
4位 オリックス・ブルーウェーブ 70 66 4 .515 7.0
5位 千葉ロッテマリーンズ 64 74 2 .464 14.0
6位 日本ハムファイターズ 53 84 3 .387 24.5

日本シリーズ編集

2001年 日本シリーズ
日付 試合 ビジター球団(先攻) スコア ホーム球団(後攻) 開催球場
10月20日(土) 第1戦 ヤクルトスワローズ 7-0 大阪近鉄バファローズ 大阪ドーム
10月21日(日) 第2戦 ヤクルトスワローズ 6-9 大阪近鉄バファローズ
10月22日(月) 移動日
10月23日(火) 第3戦 大阪近鉄バファローズ 2-9 ヤクルトスワローズ 明治神宮野球場
10月24日(水) 第4戦 大阪近鉄バファローズ 1-2 ヤクルトスワローズ
10月25日(木) 第5戦 大阪近鉄バファローズ 2-4 ヤクルトスワローズ
優勝:ヤクルトスワローズ(4年ぶり5回目)

個人タイトル編集

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
タイトル 選手 球団 成績 選手 球団 成績
最優秀選手 R.ペタジーニ ヤクルト   T.ローズ 近鉄  
最優秀新人 赤星憲広 阪神   大久保勝信 オリックス  
首位打者 松井秀喜 巨人 .333 福浦和也 ロッテ .346
本塁打王 R.ペタジーニ ヤクルト 39本 T.ローズ 近鉄 55本
打点王 R.ペタジーニ ヤクルト 127点 中村紀洋 近鉄 132点
最多安打 石井琢朗 横浜 171本 小笠原道大 日本ハム 195本
盗塁王 赤星憲広 阪神 39個 井口資仁 ダイエー 44個
最高出塁率 R.ペタジーニ ヤクルト .466 中村紀洋 近鉄 .434
最優秀防御率 野口茂樹 中日 2.46 N.ミンチー ロッテ 3.26
最多勝利 藤井秀悟 ヤクルト 14勝 松坂大輔 西武 15勝
最多奪三振 野口茂樹 中日 187個 松坂大輔 西武 214個
最高勝率 入来祐作 巨人 .765 田之上慶三郎 ダイエー .650
最優秀救援投手 高津臣吾 ヤクルト 37SP R.ペドラザ ダイエー 38SP

ベストナイン編集

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
守備位置 選手 球団 選手 球団
投手 藤井秀悟 ヤクルト 松坂大輔 西武
捕手 古田敦也 ヤクルト 城島健司 ダイエー
一塁手 R.ペタジーニ ヤクルト 小笠原道大 日本ハム
二塁手 E.ディアス 広島 井口資仁 ダイエー
三塁手 江藤智 巨人 中村紀洋 近鉄
遊撃手 石井琢朗 横浜 松井稼頭央 西武
外野手 稲葉篤紀 ヤクルト 礒部公一 近鉄
金本知憲 広島 谷佳知 オリックス
松井秀喜 巨人 T.ローズ 近鉄
指名打者   F.ボーリック ロッテ

アマチュア野球編集

メジャーリーグ編集

国際大会編集

できごと編集

1月編集

2月編集

3月編集

4月編集

5月編集

  • 5月1日
    • 日本ハムファイターズは対近鉄戦(大阪ドーム)で井出竜也高村祐から初回先頭打者初球本塁打。試合はそのまま1対0で日本ハムが勝利、先頭打者本塁打による1-0は日本プロ野球史上4度目、初球だったのは同史上初[9]
    • 巨人対中日戦(東京ドーム)で中日のショーゴーがプロ初打席初本塁打。試合は17-0で中日が勝利し、巨人は最多得点差試合の球団ワースト記録[6]
  • 5月6日 - ヤクルトの池山隆寛が対広島戦(広島市民球場)で山崎健から日本プロ野球通算300本塁打、史上24人目[3]
  • 5月8日 - 中日の益田大介が金銭トレードで近鉄に移籍[6]
  • 5月11日 - ロッテは対近鉄戦(大阪ドーム)で日本プロ野球タイ記録の1試合4犠飛[7]
  • 5月24日 - 中日の野口茂樹は対阪神戦(石川県立野球場)でセ・リーグタイ記録の16奪三振[6]
  • 5月30日 - ロッテの小林雅英が5月25日の対日本ハム戦(東京ドーム)からこの日の対ダイエー戦(千葉マリン)まで、パ・リーグ史上初のチーム6試合連続セーブ[10]
  • 5月31日
    • ヤクルトの稲葉篤紀が神宮球場での対巨人11回戦の9回裏に條辺剛から11号サヨナラ満塁本塁打を打つ。セ・リーグ史上26度目[11]
    • 中日は李鍾範の退団を発表[12]

6月編集

  • 6月2日 - 日本ハムの中村隼人グリーンスタジアム神戸での対オリックス14回戦に先発し、パ・リーグ史上9人目のプロ入り初登板完封勝利を挙げる[13]
  • 6月7日 - 近鉄の球団社長の永井充が大阪ドームにて記者会見し、サンディエゴ・パドレス傘下の3A所属のジェルミー・パウエルとロサンゼルス・ドジャース傘下3A所属のショーン・ギルバートを獲得したと発表[14]
  • 6月8日 - 今年11月1日から開幕する元プロ野球選手による「マスターズ・リーグ」の日程と主な出場内定選手が発表される[15]
  • 6月13日 - 近鉄の中村紀洋が福岡ドームでの対ダイエー12回戦の七回表に23号本塁打を打ち、プロ通算200号本塁打を達成[16]
  • 6月16日 - 西武の鈴木健が福島での対日本ハム12回戦の一回表に左前安打を打ち、プロ通算1000本安打を達成[17]
  • 6月17日 - 巨人の清原和博がナゴヤドームでの対中日15回戦の一回表に三振を喫し、プロ通算1500三振となる[18]
  • 6月18日 - 西武のアレックス・カブレラが西武ドームでの対近鉄14回戦の四回裏に30号本塁打を打ち、1976年の巨人・王貞治の64試合と並ぶ64試合での30号本塁打の最速記録[19]
  • 6月19日 - プロ野球実行委員会が開かれ、来年の開幕戦は3月30日に行い、1994年以来8年ぶりにセ・パ両リーグが同時に開幕することを決定。またコミッショナーの川島廣守の提案で、開幕戦の6試合をセ・リーグが東京ドーム、ナゴヤドーム、広島市民球場、パ・リーグは札幌ドーム、大阪ドーム、福岡ドームの全国6都市で行うことを決定[20]
  • 6月20日 - ロッテの小林雅英がグリーンスタジアム神戸での対オリックス13回戦に登板し今季20セーブ目を挙げパ・リーグ新記録の11試合連続セーブを達成[21]
  • 6月26日
    • 札幌ドームでの初のプロ野球公式戦の巨人対中日16回戦が行われ、初回先頭打者の中日の福留孝介ダレル・メイの初球を同球場第1号となる本塁打。試合は6対5で巨人が勝利[22]
    • 横浜の斎藤隆が長野での対ヤクルト12回戦の九回裏に岩村明憲を三振に打ち取り、プロ通算1000奪三振を達成[23]
  • 6月27日 - ヤクルトが神宮球場での対横浜13回戦に3-1で勝利し、球団通算3000勝を達成[24]高津臣吾が今季16セーブ目を挙げ、プロ通算200セーブポイント[25]
  • 6月28日
    • 巨人は札幌ドームでの対中日18回戦に6-0で勝ち、監督の長嶋茂雄が監督通算1000勝を達成[26]
    • ヤクルトのロベルト・ペタジーニが神宮球場での対横浜14回戦の三回裏に20号2点本塁打を打ち、日本プロ野球通算100号本塁打を達成[27]
  • 6月30日 - ヤクルトの土橋勝征が甲子園球場での対阪神15回戦に8番・二塁で先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成[28]

7月編集

  • 7月4日 - ロッテの小林雅英が大阪ドームでの対近鉄16回戦で敗戦投手となり、連続試合セーブのパ・リーグ記録が12で止まる[29]
  • 7月7日 - 広島の金本知憲が広島市民球場での対阪神14回戦の三回裏に10号本塁打を打ち、プロ通算200号本塁打を達成[30]
  • 7月8日
    • 西武の松井稼頭央がグリーンスタジアム神戸での対オリックス18回戦の六回表に中前適時安打を打ち、プロ通算1000本安打。818試合目での達成は日本プロ野球史上歴代5位(当時)[31][32]
    • 横浜の小宮山悟が横浜スタジアムでの対巨人18回戦に先発し8回まで投げ今季5勝目を挙げ、プロ通算100勝を達成[33]
    • 巨人の松井秀喜が横浜スタジアムでの対横浜18回戦の九回表に安打を打ち、セ・リーグタイ記録の50試合連続出塁[34]
  • 7月9日 - ロッテのフランク・ボーリックが千葉マリンスタジアムでの対ダイエー18回戦の十回裏に20号サヨナラ満塁本塁打、パ・リーグ通算28度目[35]
  • 7月10日
    • 巨人の松井秀喜が東京ドームでの対ヤクルト14回戦の九回裏に左前安打を打ち、セ・リーグ新記録の51試合連続出塁を達成[36]
    • ヤクルトの古田敦也が東京ドームでの対巨人14回戦の六回表に9号2点本塁打を打ち、プロ通算150号本塁打を達成[37]
  • 7月11日 - ヤクルトの古田敦也が東京ドームでの対ヤクルト15回戦の一回表に10号本塁打を打ち、プロ通算1500本安打を達成[38]
  • 7月12日 - 巨人の江藤智が東京ドームでの対ヤクルト16回戦の四回裏に20号3点本塁打を打ち、プロ通算300号本塁打を達成[39]
  • 7月20日 - フレッシュオールスターゲームはイースタン・リーグが10-4でウエスタン・リーグに勝利、MVPはロッテの里崎智也[40]
  • 7月28日 - オリックスの谷佳知が7月7日からの連続四球試合を11として球団記録を更新[41]

8月編集

9月編集

  • 9月2日 - 広島の金本知憲が広島市民球場での対巨人25回戦の八回裏に中前適時打を打ち、プロ通算1000本安打を達成[49]
  • 9月4日 - 巨人の入来祐作が倉敷スポーツ公園野球場での対横浜24回戦の五回裏の第2打席で三振に倒れセ・リーグ新記録となる開幕から54打席連続無安打。次の打席の七回裏の第3打席で右前安打を打ち記録を止めた[50]
  • 9月10日 - 近鉄のタフィー・ローズが大阪ドームでの対ダイエー27回戦の七回裏に53号本塁打を打ち、パ・リーグの年間最多本塁打の新記録となる[51]。。
  • 9月16日 - 中日の紀藤真琴がナゴヤドームでの対巨人26回戦で清原和博から三振を奪い、プロ通算1000奪三振を達成[52]
  • 9月23日 - オリックスの谷佳知が福岡ドームでの対ダイエー27回戦の六回表に二塁打を打ち、プロ野球新記録となる1シーズン49二塁打[53]
  • 9月24日 - 近鉄のタフィ・ローズが大阪ドームでの対西武28回戦の五回裏に松坂大輔から55本塁打を打ち、シーズン最多本塁打の日本プロ野球タイ記録[54][55]
  • 9月25日 - 中日の監督の星野仙一がナゴヤドームでの中日対ヤクルト25回戦の試合前に記者会見し、今季限りで辞任すると表明[56]
  • 9月26日 - 大阪ドームでの近鉄対オリックス26回戦で近鉄が6-5でサヨナラ勝ちし、12年ぶり4度目のパ・リーグ優勝を決める。北川博敏が2-5とリードされた九回裏無死満塁の場面で代打で登場し史上6人目の代打逆転サヨナラ満塁本塁打[57]
  • 9月28日
    • 巨人は東京ドームホテルにて記者会見し監督の長嶋茂雄が退任し球団の経営母体の「株式会社よみうり」常務から専務取締役に昇格し「終身名誉監督」に、ヘッドコーチの原辰徳が新監督に就任すると発表[58]
    • オリックスは監督の仰木彬が今季限りで辞任すると正式に発表[59]
    • 広島の金本知憲が2000年5月12日からこの日まで日本プロ野球記録の1002連続打席無併殺打[45]
  • 9月30日
    • ダイエーは対近鉄戦でタフィ・ローズに対し敬遠策を取る。試合後ダイエーのバッテリーコーチの若菜嘉晴が監督の王貞治のシーズン本塁打記録を守るために敬遠を指示したとコメント[60]
    • オリックスの藤井康雄がグリーンスタジアム神戸での対ロッテ27回戦の九回裏二死満塁の場面で代打で登場しプロ野球史上7人目の代打逆転サヨナラ満塁本塁打となる14号を打つ[61]
    • 西武の監督の東尾修が西武ドームにてオーナーの堤義明と会談し、今季限りで退任することが正式に決定[62]

10月編集

  • 10月1日 - 西武の西崎幸広が今季限りでの現役引退を表明[63]
  • 10月2日 - 巨人の2軍監督の高田誠が今季限りでの辞任を申し入れ、了承される[64]
  • 10月3日
    • 横浜の谷繁元信が広島市民球場での対広島27回戦の二回表に17号2点本塁打を打ち、プロ通算100号本塁打を達成[65]
    • 巨人は二軍打撃外野守備コーチの淡口憲治が2軍監督に就任すると発表[66][67]
  • 10月4日 - 日本ハムの一軍投手コーチの森繁和が退団[68]
  • 10月5日 - 西武は伊東勤に対し来季の監督就任を要請したが、伊東は現役続行したい意向を伝える[69]
  • 10月6日
    • ヤクルトが横浜スタジアムでの対横浜戦26回戦に4-3で勝利し、4年ぶり6度目のセ・リーグ優勝を達成[70]
    • プロ野球コナミ・ファー日本選手権が松山ぼっちゃんスタジアムで行われ、イースタンリーグ優勝の西武がウエスタンリーグ優勝の阪神に5-0で勝利し、ファーム初の日本一を達成[71]
    • 西武のミゲール・デルトロがメキシコ・オブレゴン市近郊にて交通事故で死亡[72]
  • 10月7日 - 横浜が横浜スタジアムでの対ヤクルト27回戦に7-2で勝利し、球団通算3000勝を達成[73]
  • 10月9日
    • オリックスは神戸市のホテルにて記者会見し、野球評論家の石毛宏典が監督に就任すると正式に発表[74]
    • 横浜の谷繁元信が横浜スタジアムでの対中日27回戦の三回裏に中前安打を打ち、プロ通算1000本安打を達成[75]
  • 10月11日
    • 西武は球団事務所にて守備走塁コーチの伊原春樹に対し監督就任を要請し、伊原は承諾[76]
    • 神宮球場でのヤクルト対広島27回戦で、広島の菊地原毅が七回裏から登板し、セ・リーグタイ記録のシーズン77試合[77]。ヤクルトの宮本慎也が七回裏に犠打を決め、シーズン最多犠打のプロ野球タイ新記録となる66犠打[78]。広島の町田公二郎が八回表に代打で9号満塁本塁打を打ち、プロ野球タイ記録となる通算代打本塁打4本[79]
  • 10月12日
    • 神宮球場でのヤクルト対広島28回戦で、ヤクルトの宮本慎也が四回裏に犠打を決め、シーズン最多犠打のプロ野球新記録となる67犠打[80]。広島の菊地原毅が六回裏から登板し、プロ野球タイ記録のシーズン78試合[81]
    • セ・リーグは全日程を終了[82]
  • 10月17日
  • 10月18日
  • 10月22日 - 沢村栄治賞の選考が都内のホテルで行われ、西武の松坂大輔を選出[87]
  • 10月25日 - 日本シリーズの第5戦が神宮球場で行われ、ヤクルトが近鉄に4-2で勝利し、4勝1敗で4年ぶり5度目の日本シリーズ優勝[88]
  • 10月31日

11月編集

  • 11月1日 - 近鉄はオリックスから五十嵐章人を金銭トレードで獲得[90]
  • 11月4日 - 【MLB】ワールドシリーズの第7戦がバンクワン・ボールパークで行われ、ダイヤモンド・バックスがニューヨーク・ヤンキースに9回3対2で逆転サヨナラ勝ちし、初のワールド・チャンピオン。球団創設4年目での達成はメジャー史上最速[91][92]
  • 11月10日 - 中日の今中慎二が名古屋市内で記者会見し、今季限りでの現役引退を正式に発表[93]
  • 11月11日
    • 元南海の杉浦忠が午前、マスターズ・リーグのため宿泊していた札幌市内のホテルで急性心筋梗塞で死去[94]
    • セントルイス・カージナルスのマーク・マグワイアが「球団が支払う年俸に見合うだけのプレーが出来そうにない」として現役引退を発表[95]
  • 11月15日 - プロ野球実行委員会が開かれ、横浜ベイスターズの筆頭株主がマルハからニッポン放送に替わることを承認[96]
  • 11月16日 - 巨人のオーナーの渡辺恒雄が、ニッポン放送が横浜の筆頭株主となったことがプロ野球実行委員会で承認された事に対し、一つの球団が他球団の株式を持つことを禁じる野球協約に違反するとの見解を示す。ニッポン放送はフジテレビの筆頭株主でヤクルト・スワローズ球団の株を20パーセント保有しており、この資本関係が野球協約183条に違反し、「フジがヤクルトの株を売却するしかない」と指摘した[97]
  • 11月17日 - プロ野球コミッショナーの川島廣守は、巨人のオーナーの渡辺恒雄がニッポン放送が横浜の筆頭株主となるのは野球協約に違反するとの指摘に対し「そのような状況にあるように思える」と述べる[98]
  • 11月20日
    • ドラフト会議が東京の新高輪プリンスホテルにて行われる[99]
    • 【MLB】全米野球記者協会によるアメリカン・リーグの最優秀選手を決定する記者投票でシアトル・マリナーズのイチローが選出される。日本人選手の選出は史上初[100]
  • 11月28日 - ロッテは松本尚樹が現役引退しスカウトに就任すると発表[101]
  • 11月29日 - 日本野球機構は臨時のプロ野球実行委員会を開き、15日に承認した横浜の筆頭株主がマルハからニッポン放送への移行を白紙に戻すと決定。また、問題を検討するため野球協約で11月30日が期限となっていた「参加球団の変更」について3月29日までに延期することを決定[102][103]
  • 11月30日 - オリックスのジョージ・アリアスの退団が決定[104]

12月編集

誕生編集

死去編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b セリーグHistory Archived 2013年11月19日, at the Wayback Machine. セ・リーグ公式サイト
  2. ^ a b c パシフィック・リーグ略史(2001年~) Archived 2014年02月16日, at the Wayback Machine.パ・リーグ公式サイト
  3. ^ a b c 球団のあゆみ2000年代”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト. 2016年1月9日閲覧。
  4. ^ 読売新聞2001年4月4日20面「近鉄・杉山と横浜・関口の交換トレード」読売新聞縮刷版2001年4月p194
  5. ^ 『王貞治監督 ホークス14年の軌跡』福岡ソフトバンクホークスマーケティング〈SOFTBANK MOOK〉、2008年、36頁。ISBN 9784797348309
  6. ^ a b c d e f 『中日ドラゴンズ70年史』中日ドラゴンズ 編、中日新聞社、2006年、192頁。ISBN 4806205141
  7. ^ a b チームヒストリー 2001”. 千葉ロッテマリーンズ公式サイト. 2016年1月9日閲覧。
  8. ^ 【4月30日】2001年(平13) 危なかったけど…史上初!岡島秀樹のセーブ記録”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2009年4月11日). 2016年1月9日閲覧。
  9. ^ 【5月1日】2001年(平13) 井出竜也 初球先頭打者本塁打で史上初の“スミ1球”勝利”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2008年4月22日). 2016年1月9日閲覧。
  10. ^ 記録メモ(個人投手編) Archived 2013年12月12日, at the Wayback Machine. パ・リーグ公式サイト
  11. ^ 読売新聞2001年6月1日27面「『自分が決める』」読売新聞縮刷版2001年6月p27
  12. ^ 読売新聞2001年6月1日27面「中日・李が退団 他球団入りを希望」読売新聞縮刷版2001年6月p27
  13. ^ 読売新聞2001年6月3日22面「中村隼 初登板で完封 "投壊"ハムに救世主誕生」読売新聞縮刷版2001年6月p146
  14. ^ 読売新聞2001年6月8日22面「近鉄に2新外国人」読売新聞縮刷版2001年6月p448
  15. ^ 読売新聞2001年6月9日25面「プロ野球OBのリーグ戦実施へ 11月1日開幕」読売新聞縮刷版2001年6月p511
  16. ^ 読売新聞2001年6月14日23面「近鉄・中村が通算200本塁打」読売新聞縮刷版2001年6月p767
  17. ^ 読売新聞2001年6月17日20面「西武・鈴木が1000本安打」読売新聞縮刷版2001年6月p956
  18. ^ 読売新聞2001年6月18日17面「巨人・清原が通算1500三振」読売新聞縮刷版2001年6月p1001
  19. ^ 読売新聞2001年6月19日25面「問題は四球攻め」読売新聞縮刷版2001年6月p1071
  20. ^ 読売新聞2001年6月20日25面「来季は両リーグ3月30日に開幕」読売新聞縮刷版2001年6月p1133
  21. ^ 読売新聞2001年6月21日20面「小林雅リーグ新連続11S」読売新聞縮刷版2001年6月p1190
  22. ^ 【6月26日】2001年(平13) “サッポロ1号”は福留孝介 なんとプレーボール本塁打”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2010年6月12日). 2016年1月9日閲覧。
  23. ^ 読売新聞2001年6月27日23面「斎藤が1000K」読売新聞縮刷版2001年6月p1561
  24. ^ 読売新聞2001年6月28日25面「ヤクルトが球団通算3000勝」読売新聞縮刷版2001年6月p1625
  25. ^ 読売新聞2001年6月28日25面「ヤクルト・高津が通算200セーブポイント」読売新聞縮刷版2001年6月p1625
  26. ^ 読売新聞2001年6月29日24面「長嶋監督が監督通算1000勝目」読売新聞縮刷版2001年6月p1690
  27. ^ 読売新聞2001年6月29日19面「ヤクルト・ペタジーニが通算100本塁打」読売新聞縮刷版2001年6月p1691
  28. ^ 読売新聞2001年7月1日17面「ヤクルト・土橋が1000試合出場」読売新聞縮刷版2001年7月p17
  29. ^ 読売新聞2001年7月4日21面「中村サヨナラ弾 10回 近鉄特急、貯金11 小林雅救援失敗」読売新聞縮刷版2001年7月p245
  30. ^ 2001年7月7日、通算200号本塁打を放った広島時代の金本”. スポーツニッポン新聞社 (2012年9月12日). 2016年1月9日閲覧。
  31. ^ 【7月8日】2001年(平13) 後に大リーグへ 1000本安打の松井稼頭央と100勝小宮山悟”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2012年7月8日). 2016年1月9日閲覧。
  32. ^ 読売新聞2001年7月9日夕刊5面「西武・松井1000安打」読売新聞縮刷版2001年7月p481
  33. ^ 読売新聞2001年7月9日夕刊5面「小宮山が100勝」読売新聞縮刷版2001年7月p481
  34. ^ 読売新聞2001年7月9日夕刊5面「巨人・松井が50試合連続出塁のセ・リーグタイ」読売新聞縮刷版2001年7月p481
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