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2011年のル・マン24時間レース
前年: 2010 翌年: 2012
アウディ2号車が2台のプジョーのレース・カーの前を先行して走行する。

2011年のル・マン24時間レース: 24 Heures du Mans 2011)は、フランス西部自動車クラブ (ACO) が統括する79回目のル・マン24時間レースであり、2011年6月11日から6月12日にかけてフランスサルト・サーキットで行われた。1992年に終了したスポーツカー世界選手権以来開催されることのなかった耐久レースの世界選手権の復活と見なされる2011年のインターコンチネンタル・ル・マン・カップの第3ラウンドでもある。本レースには、249,500人の観客が観戦した[1]

アウディ・スポーツチーム ヨーストのアウディ2号車に乗るブノワ・トレルイエが、アウディが2006年以来長らく獲得できなかった2度目のポールポジションをチームにもたらし、アウディ1号車とともに最前列(フロント・ロー)を独占した[2]。レース序盤での事故により3台エントリーしていたアウディ車の内2台はレースの舞台から退場することになったが、残った唯一のアウディ・R18 TDIに乗るトレルイエ、マルセル・フェスラーアンドレ・ロッテラーら3人が、3台のプジョー・908の追撃をかわし、13.8秒のリードで優勝を果たした。LMP2クラスでは、グリーブス・モータースポーツのザイテック-日産が優勝し、 GTE Proクラスでは、コルベット・レーシング が優勝を果たし、GTE Amクラスでは、ラルブル・コンペティションチームが(参戦するレース・カー2台のメーカーはそれぞれ異なるが、)コルベットの50号車とポルシェの70号車による1-2フィニッシュによってタイトルを獲得している[3]

なお、同年3月11日日本宮城県沖で発生した東日本大震災で、日本国内は深刻な被害を受けた。当然ながら日本のモータースポーツ界も、電力不足やガソリン不足などの社会的混乱等で、レースの開催中止や延期などが相次ぎ、大変大きな影響を受けることとなった[4]。(東日本大震災によるモータースポーツ界への影響の詳細は、東日本大震災によるスポーツへの影響#モータースポーツを参照のこと。)日本人ドライバーの参戦は中野信治ただ一人のみであり、日本メーカーはエンジンのみの提供で、シャシーを含めた自社製のプロトタイプレーシングカーを投入しての本格的なワークスチームによる参戦がなかっただけでなく欧米メーカーのGTカーを使用して参戦する日本チームさえ皆無であった。その中でACOは、本年のル・マン24時間に参戦する全ドライバーのサインを寄せ書きしたフランスの国旗を贈る[5][6]などの日本に対する支援を行ない、また一方で日本国内でも、マツダが被災した中高生をル・マンに招待するなど、ル・マン24時間レースと日本との関わり合いが絶えないように交流が続ける努力がなされた。

レギュレーションの変更点編集

2011年は、プロトタイプレーシングカー(LMP)カテゴリーとGTカー(GT)カテゴリーの両方で重要なレギュレーション変更がなされており、2007年以来となる大きなレギュレーションの改訂が行なわれたとして記録されるべき程のものとなった[7][8]

ACOが策定した新しいレギュレーションによれば、これまでのLMPカー(2007年-2010年)を旧式なものとし、新しいプロトタイプレーシングカー像を作り出すものであった。新しいLMP1カーのエンジンは2010年シーズンのLMP2カーにほぼ似通ったものとなり、大幅に排気量(2010年のLMP1カーのアウディ・R15 TDIプジョー・908 HDi FAPは共に5.5L)を抑制し、自然吸気(NA)エンジンの場合は最大排気量を3.4L(3,400cc)までとし、ターボの場合は2.0L(2,000cc)までとし、ディーゼル・ターボの場合は3.7L(3,700cc)とした。2011年のレースでも、一部の2010年規定の車がACOの認可を得て出走できるが、その場合はエア・リストリクターを小さなものにし、(ターボやディーゼル・ターボの)過給率を下げ、燃料タンクを小さくしたものにしなければならない。

LMP2カーのエンジンはそれまでのGT2クラスにほぼ似通ったものとなり、NAエンジンの場合は最大気筒数が8気筒で最大排気量を5.0L(5,000cc)までとし、ターボの場合は最大6気筒で3.2L(3,200cc)までとし、いずれも市販車のエンジンをベースとしなければならない。なお、ディーゼルエンジンの使用は一切許可されていない。市販車のエンジンと認められる条件は、連続した12ヶ月間に1,000基以上生産されていることである[9]。LMP2カーは更に低コストに抑えることにも焦点が当てられていて、製作費の上限として40万ユーロ(内訳はシャシーに32万5千ユーロ、エンジンに7万5千ユーロ)が定められた。ローラが最初のマニュファクチャラーとなり、(運転席が)オープンタイプのB11/40とクローズドタイプのB11/80の2つの異なるLMP2カーが発表され、BMWフォードホンダHPD)・ジャガー日産トヨタといった自動車メーカーのエンジンをB11/40に合わせることができるとしている[10]

(手動のプッシュボタン式は禁止され、あくまで操作は足によるアクセルペダルのみに限るとする)KERSを含むハイブリッド・ビークル・ドライブトレイン・システムも新しいレギュレーションで広範囲にわたって認められた[11]フライホイール方式も認められている。ハイブリッド・システムはパワーの増強のためではなく、あくまで燃料消費量の削減を目的としていなければならないとしている。前輪または後輪どちらかからの回生は認められているが[12]4WDは認められておらず、駆動方式は前輪または後輪どちらかのみであった[13]。LMP1カーもLMP2カーも重量は900kgと規定された。MP1カーのボディフレームは、エンジンカバーの頂点に、揚力を下げるためのシャークフィン(ヴァーティカルフィン))を付けることを義務付けられた[14]。これは1999年のル・マンでのメルセデス・ベンツ・CLRの3件にも及ぶ事故、特に最も有名なピーター・ダンブレックの事例のような「フリッピング」と呼ばれる浮き上がって宙を舞うクラッシュや2008年のル・マン・シリーズのモンツァ1000キロレースでのクラージュ-オレカ・LC70に乗っていたステファン・オルテッリのクラッシュを防止するためである。

クローズドボディのレース・カーについては換気/エアコン装備が義務付けられた[11]

以前のGT2クラスは、2011年シーズンでは単なる市販車ベースのカテゴリーとなり、「GT・エンデュランス(耐久)」カテゴリーと改称されて、「GTE・アマチュア(GTE Am)」と「GTE・プロフェッショナル(GTE Pro)」の2つのクラスに分割されて、それぞれに選手権がかけられる形に再編された。2011年のレギュレーションでは、GTE Amクラスに2010年のGT1規定の車も参戦できることになっていたが、1台もGT1規定での車のエントリーはなかった。

エントリー編集

前年の2010年のレースで56番目のエントリー枠が設けられた際に、56番目のピットガレージが建設され、2011年でもその枠が維持された。2010年の時と違い、2011年以降の56番目のエントリー枠では、それまでのLMPカーやGTカーによる一般的な参戦者向けのものではないとしている。ACOは56番目のエントリー枠を、ル・マン・シリーズ以外のACOのレース規定に基づかない車両で、自然環境に配慮した技術を使った走行をする車に適用されるものを求めるとした。ホープ・レーシングは、VW製2リットルエンジンにF1仕様のKERSを組み込んだエンジンで参戦した[15][16]

自動エントリー編集

自動エントリーされる権利は、前年に好成績を挙げたチームや、2010年のアメリカン・ル・マン・シリーズル・マン・シリーズ、プチ・ル・マン、アジアン・ル・マン・シリーズインターコンチネンタル・ル・マン・カップで活躍したチームに与えられた。自動招待枠は、ル・マン・シリーズのレースで経済的な燃料の使用をした順にポイントが付くミシュラン・グリーン・X・チャレンジで最もポイントを貯めたチームに与えられた[17]

エントリー条件 LMP1 LMP2 LMGT
前年度優勝   アウディスポーツ・ノースアメリカ   ストラッカ・レーシング   チーム・フェルバーマイヤー・プロトン
前年度2位   アウディスポーツ・ヨースト   オーク・レーシング   ハンコック チーム・ファルンバッヒャー
2010年のル・マン・シリーズ優勝   チーム・オレカ・マットムート   RML   チーム・フェルバーマイヤー・プロトン
2010年のル・マン・シリーズ2位   シグナチュール・プリュ   ストラッカ・レーシング   AFコルセ
2010年のプチ・ル・マン優勝   プジョースポール・トタル   パトロン ハイクロフト・レーシング   コルベット・レーシング
2010年のアメリカン・ル・マン・シリーズ優勝 出場辞退   パトロン ハイクロフト・レーシング   BMW レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング
インターコンチネンタル・ル・マン・カップ優勝   プジョースポール・トタル   オーク・レーシング   チーム・フェルバーマイヤー・プロトン
グリーン・X・チャレンジでの最多ポイント獲得チーム   オーク・レーシング

エントリーリスト編集

2011年2月9日に、ACOは出場する56台のレース・カーの正規登録と10台の予備登録の公式リストを発表した。

4月12日には、LMP2クラスにエントリーしていた「シグナテック」チームの2台目のレース・カーが出場辞退することと、予備登録されていた「エクストレーム・リミット・AM・パリ」チームのノルマM200Pが正式に出場枠を得たことが明らかにされた[18]

5月16日に、LMP1クラスにエントリーしていた「ハイクロフト・レーシング」は出場辞退することとなった、チームはスポンサー等の経済的支援が足りなかったことを理由として言及し、併せてホンダ及びHPDとのパートナーシップの終了も発表された。「クロノス・レーシング」のローラ-アストンマーティン車が正規エントリーに昇格した[19]

前年のル・マンより10台のレース・カーがリザーブ(予備要員)として選抜されている。10台は均等に5台ずつLMPカーとGTカーに分けられている。LMPカーのカテゴリーの補充にはLMPカーを充てる様にし、GTカーのカテゴリーの補充にはGTカーを充てる様に配慮するが、カテゴリー内の同一クラスの補充についてまで配慮されるとは限らない。例えばLMP1クラスで欠員が出たからといって代わりのLMP1カーを充てるとは限らず、LMP2カーを充てることもあり得るということである。

予選編集

LMP1クラスに出走するアウディは、前年まで運転席の部分が外部に露出されているオープンボディのアウディ・R15 TDIを使用していたが、運転席の部分が完全に覆われたクローズドボディのアウディ・R18 TDIを本シーズンより投入し、すでに2006年よりプジョー・908 HDi FAPでクローズドボディのLMP1カーに移行済みで本シーズンもクローズドボディのプジョー・908を投入したプジョーと併せ、2大メーカーによるLMP1クラスのワークス車両のクローズド化移行は本シーズンをもって達成された。(プライベーター製作のLMP1カーについては、依然オープンボディが主流である状態が継続する。)

本シーズンより排気量が3.7Lに引き下げられたのにもかかわらず、2006年にかつてディーゼルエンジン車初のル・マン総合優勝を遂げたアウディ・R10 TDIポールポジションで計測したラップタイムの3分30秒466より数秒速いタイムで新しいアウディ・R18 TDIやプジョー・908は走行した。新しいプロトタイプカーの予選のスピードは、2007年のアウディ・R10 TDIのものより速かった。また、排気量が3.7Lのプジョー・908が出したトップスピード時の時速341キロメートルというスピードは、排気量5.5LでV12のディーゼル・ターボエンジンを持つ前モデルのプジョー・908 HDi FAPよりわずか時速5キロメートル遅いに過ぎない程度のものであった。

予選順位は、アウディが1位、2位、5位、プジョーが3位、4位、6位となったが、トップから6位までのタイム差はわずか0.6秒であり、両陣営の実力は伯仲したものになった[20]

予選結果編集

 
予選でGTE-Proクラスのポールポジションを獲得したBMW・モータースポーツM3の55号車

各クラスのポールポジション太字で表示。

順位 No. チーム 車両 クラス タイム[21] グリッド
1 2 アウディ・スポーツチーム ヨースト アウディ・R18 TDI LMP1 3:25.738 1
2 1 アウディ・スポーツチーム ヨースト アウディ・R18 TDI LMP1 3:25.799 +0.061 2
3 9 チームプジョートタル プジョー・908 LMP1 3:26.010 +0.272 3
4 8 プジョースポール・トタル プジョー・908 LMP1 3:26.156 +0.418 4
5 3 アウディ・スポーツ ノースアメリカ アウディ・R18 TDI LMP1 3:26.165 +0.427 5
6 7 プジョースポール・トタル プジョー・908 LMP1 3:26.272 +0.534 6
7 10 チーム・オレカ・マットムート プジョー・908 HDi FAP LMP1 3:30.084 +4.346 7
8 12 レベリオン・レーシング ローラ・B10/60-トヨタ LMP1 3:32.883 +7.145 8
9 16 ペスカロロ・スポール ペスカロロ・01-ジャッド LMP1 3:33.066 +7.328 9
10 13 レベリオン・レーシング ローラ・B10/60-トヨタ LMP1 3:34.573 +8.835 10
11 15 オーク・レーシング オーク ペスカロロ・01-ジャッド LMP1 3:34.933 +9.195 11
12 22 クロノス・レーシング ローラ・アストンマーティン B09/60 LMP1 3:36.551 +10.813 12
13 20 クィフェル=ASM・チーム ザイテック 09SC LMP1 3:37.393 +11.655 13
14 26 シグナテック 日産 オレカ・03-日産 LMP2 3:41.458 +15.720 14
15 24 オーク・レーシング オーク ペスカロロ・01-ジャッド LMP1 3:41.908 +16.170 15
16 42 ストラッカ・レーシング HPD ARX-01d LMP2 3:42.615 +16.877 16
17 48 チーム・オレカ・マットムート オレカ・03-日産 LMP2 3:43.098 +17.360 17
18 39 ペコム・レーシング ローラ・B11/40-ジャッド BMW LMP2 3:43.223 +17.485 18
19 49 オーク・レーシング オーク ペスカロロ・01-ジャッド BMW LMP2 3:43.479 +17.741 19
20 41 グリーヴス・モータースポーツ Z11SN-日産 LMP2 3:43.802 +18.064 20
21 40 レース・パフォーマンス オレカ・03-ジャッド BMW LMP2 3:44.294 +18.556 21
22 007 アストンマーティン・レーシング アストンマーティン・AMR-One LMP1 3:45.918 +20.180 22
23 36 RML HPD ARX-01d LMP2 3:47.308 +21.570 23
24 5 ホープ・レーシング オレカ・スイス・HY・テック=ハイブリッド LMP1 3:47.691 +21.953 24
25 009 アストンマーティン・レーシング アストンマーティン・AMR-One LMP1 3:48.355 +22.617 25
26 44 エクストレーム・リミット・AM・パリ ノルマMP200P-ジャッド BMW LMP2 3:48.420 +22.682 26
27 35 オーク・レーシング オーク ペスカロロ・01-ジャッド BMW LMP2 3:48.665 +22.927 27
28 33 レベル5・モータースポーツ ローラ・B08/80-HPD LMP2 3:48.863 +23.125 28
29 55 BMW・モータースポーツ BMW M3 GT2 LM GTE Pro 3:57.592 +31.854 29
30 51 AFコルセ SRL フェラーリ・458イタリア・GT2 LM GTE Pro 3:58.040 +32.302 30
31 56 BMW・モータースポーツ BMW M3 GT2 LM GTE Pro 3:58.426 +32.688 31
32 74 コルベット・レーシング シボレー・コルベット C6.R LM GTE Pro 3:59.519 +33.781 32
33 89 ハンコック チーム・ファルンバッヒャー フェラーリ・458イタリア・GT2 LM GTE Pro 3:59.519 +33.781 33
34 73 コルベット・レーシング シボレー・コルベット C6.R LM GTE Pro 3:59.633 +33.895 34
35 77 チーム・フェルバーマイヤー・プロトン ポルシェ・997 GT3-RSR LM GTE Pro 3:59.662 +33.924 35
36 59 ラグジュアリー・レーシング フェラーリ・458イタリア・GT2 LM GTE Pro 3:59.901 +34.163 36
37 75 プロトン ポルシェ・997 GT3-RSR LM GTE Pro 3:59.962 +34.224 37
38 79 Jota アストンマーティン・ヴァンテージ GT2 LM GTE Pro 4:00.747 +35.009 38
39 66 JMW・モータースポーツ フェラーリ・458イタリア・GT2 LM GTE Pro 4:00.890 +35.152 39
40 80 フライングリザード・モータースポーツ ポルシェ・997 GT3-RSR LM GTE Pro 4:01.024 +35.286 40
41 58 ラグジュアリー・レーシング フェラーリ・458イタリア・GT2 LM GTE Pro 4:01.176 +35.438 41
42 61 AFコルセ SRL フェラーリ・F430 GTE LM GTE Am 4:01.282 +35.544 42
43 88 チーム・フェルバーマイヤー・プロトン ポルシェ・997 GT3-RSR LM GTE Pro 4:01.752 +36.014 43
44 71 AFコルセ SRL フェラーリ・458イタリア・GT2 LM GTE Pro 4:02.216 +36.478 44
45 76 IMSA・パフォーマンス・マットムート ポルシェ・997 GT3-RSR LM GTE Pro 4:02.548 +36.810 45
46 63 プロトン ポルシェ・997 GT3-RSR LM GTE Am 4:03.532 +37.794 46
47 81 フライングリザード・モータースポーツ ポルシェ・997 GT3-RSR LM GTE Am 4:03.648 +37.910 47
48 70 ラルブル・コンペティション ポルシェ・997 GT3-RSR LM GTE Am 4:03.918 +38.180 48
49 83 JMB・レーシング フェラーリ・F430 GTE LM GTE Am 4:04.640 +38.902 49
50 60 ガルフ AMR ミドルイースト アストンマーティン・ヴァンテージ GT2 LM GTE Am 4:04.825 +39.087 50
51 57 クローン・レーシング フェラーリ・F430 GTE LM GTE Am 4:05.211 +39.473 51
52 50 ラルブル・コンペティション シボレー・コルベット C6.R LM GTE Am 4:05.955 +40.217 52
53 62 CRS・レーシング フェラーリ・F430 GTE LM GTE Am 4:07.236 +41.498 53
54 65 ロータス ジェットアライアンス ロータス・エヴォーラ GTE LM GTE Pro 4:07.465 +41.727 54
55 68 ロバートソン・レーシング LLC フォード・GT-R マークVII LM GTE Am 4:08.208 +42.470 55
56 64 ロータス ジェットアライアンス ロータス・エヴォーラ GTE LM GTE Pro 4:12.569 +46.831 56

決勝編集

 
総合順位2位となったプジョー・908の9号車
 
GTE-Amクラス優勝したラルブル・コンペティションのコルベット50号車

レース開始前の時点で、多くのチームはすでにそれぞれ異なる戦略をとっていた。アウディ陣営は、アウディ・R18 TDIの燃料タンクは11周より長い周回分までは保たせられないため、燃費よりスピードとダウンフォースを優先する戦略を取ることを決断した。プジョー陣営は、プジョー・908がドラッグ(空気抵抗)を低くしたデザインのため、同じ容量の燃料タンクで12周走行することができた。1周あたりの燃費が劣ることにより、アウディ陣営はプジョー陣営より24時間で計算上ピットストップを2回多くこなさなければならなかった。この計算は、アウディが勝利するためには、アウディ陣営に1周平均0.5秒プジョー・908より速く走らせることを強いるものであった。2008年から2010年までのレースで、プジョーの速いペースに対してアウディが信頼性や燃費やタイヤに優しい走行により勝利してきたそれまでの歴史的構図が、そっくり逆になった。

レース開始10分足らずの時間帯で、ピットから出たばかりのアントニー・ベルトワーズが乗るGTE Proクラスのフェラーリ・458イタリア58号車がピットレーントラックにちょうど合流しようとした時、アラン・マクニッシュがドライブするアウディ3号車が衝突して、3号車がダンロップ・ブリッジ近くでバリアにぶつかり横転した[22]。マクニッシュは5番グリッドからスタートして、事故当時2周を周回して2位で走行中であった。事故は大変大きなもので、事故車のアウディ3号車はタイヤウォールにぶつかった後、空中に舞い上がり、グラベルトラップを超えて落下する程であった。アウディ3号車が実質的に破壊された後、マクニッシュは特にけがもなく車から出て歩き去り、ベルトワーズは車のボディフレームにダメージを受けながらもサーキットのトラックに合流していった[23]BMWM3勢がダンロップ・ブリッジに到達した時、グリップに問題を抱えていてもがいている最中だった。GTE Proクラスのシボレー・コルベット C6.Rの74号車に乗るオリバー・ギャビンはすでにクラス内のトップに上がっていた。マクニッシュの事故による早急なセーフティカーの導入は、ギャビンに大きなアドバンテージを与え、後続との差をほぼ1周まで拡げることになった。アウディ2号車はその間、不足分の1回のピットストップをこなしたが、まだプジョー勢にリードを保っていた。トータルで4分46秒というセーフティカーの導入時間は、結局プジョーが持っていたアウディに対する燃費面でのアドバンテージを打ち消す効果があった。

レース開始より8時間が経過し夜間セッションに入った時間帯、ミュルサンヌとインディアナポリス・コーナーの間の高速区間でアウディ1号車に乗るマイク・ロッケンフェラーが周回遅れのフェラーリ71号車を追い抜こうとした時に、71号車に追突後ガードレールに激突して大破するという大きな事故が起きた[22][20]。幸いにも今回の事故も、ドライバーのロッケンフェラーは1号車より歩いて現場から立ち去ることができた[24]。事故後、クラッシュでガードレールに大規模な損害が出たため2度目のセーフティカー導入となり、2時間以上ものセーフティカーの走行が続いた。夜間の長時間のセーフティカー走行は、タイヤの空気圧が維持されてタイヤ交換の頻度を抑えられ、燃費についても抑制効果をもたらした。

夜明けまで、コルベット74号車に乗るヤン・マグヌッセンはGTE Proクラス2位のAFコルセのフェラーリ51号車に2周以上の差を付けていて、首位の座を固めようとしていた。しかしながら8時頃、ポルシェ・カーブでマグヌッセンはトラクションを失って、プロトンポルシェ・997 GT3-RSR63号車に衝突した。両者は直ちにリタイアすることとなった。7時間に渡って、AFコルセのフェラーリ51号車はコルベット73号車に最大1周以上の差を付けて、首位の座を守っていた。レース終盤サーキットはかすかな霧雨で濡れた路面となったが、コルベットは1周あたり2秒を詰めてフェラーリに迫ってきた。フェラーリが2スティントでドライバー交代するのに対し、コルベットは3スティントまで保たせて追いかけてきた。コルベットの方が2倍燃費が悪いのに、73号車のチームのトータルでのピットストップ所要時間は2分55秒もAFコルセより早かった。これらのペースのアドバンテージを積み重ねは、コルベットにクラストップを奪わせるのに充分なものになった。最後のスティントをまかされて73号車に乗ったアントニオ・ガルシアは、コルベットに事実上のル・マンでの最初のGT2のクラス優勝を決めるゴールラインを駆け抜けた。

首位を走るアウディと3台から成るプジョー勢との差は全く変わらなかった。それは、アウディのR18がプジョーに勝る燃費での走行ができないせいでもあるが、アウディが3スティントしか保たせられないタイヤをアウディは4スティントまで保たせられるからである。4台の順位変動はピットストップによる一時的なものぐらいであった。だが、その4台の白熱したバトルの構図も、プジョー8号車がピットストップ時の作業規則違反から1分間のピットストップ・ペナルティを受けることにより、その一角が崩れることになった[20]。計算上のピットストップのサイクルによれば、アドバンテージはプジョー7号車にあるとなっていたが、アレクサンダー・ヴルツがインディアナポリス・コーナーでブレーキミスによりコースアウトしてバリアに激突してその計算を無駄にしてしまい、結果として3ラップも遅れをとることになった[20]。レース残り数時間の接近した戦いの後、レースの行方は最後のピットストップの対応に委ねられることになる。アウディ2号車に乗るアンドレ・ロッテラーにはピット作業に時間をかけてもプジョーに順位を奪われない程の充分に大きなリードがあった。アウディは直前(最後から2番目)のピットストップの後、40秒のリードがあったが、徐々に空気が抜けるスロー・パンクチャーでスタートしていた。最後のピットストップでアウディは、給油のほかにタイヤ交換も行なわれたが、プジョー陣営のプジョー9号車に乗るシモン・パジェノーの最後のピットストップでは給油のみであった。フレッシュタイヤで、ロッテラーは徐々にプジョーを引き離し、パジェノーに13秒854の差を付けて、ゴールラインを駆け抜けた。最終ラップを全速力で走行するのは1969年のレース以来であり、2位との差は、ル・マン24時間レースの歴代4番目に接近したものであった。最終ラップにマーシャルがトラック内で旗を振ってレースの終了を告げる伝統的な行為も、今回はなくなった。優勝車がスローダウンして最終ラップを周回するセレモニーも今回は見られなかった。

アウディは、通算10回目となる優勝を達成し、フェラーリの通算9回を抜いてポルシェの優勝16回に次ぐ優勝回数歴代2位となった[24]

決勝結果編集

各クラスの勝者は太字で表示。優勝ラップ数の70%(249周)に満たない車両は非完走 (NC) で表示[25]

順位 クラス 車番 チーム ドライバー シャシー タイヤ 周回数
エンジン
1 LMP1 2   アウディ・スポーツチーム ヨースト   マルセル・フェスラー
  アンドレ・ロッテラー
  ブノワ・トレルイエ
アウディ・R18 TDI M 355
アウディ TDI 3.7 L ターボ V6
(ディーゼル)
2 LMP1 9   チームプジョートタル   セバスチャン・ブルデー
  シモン・パジェノー
  ペドロ・ラミー
プジョー・908 M 355
プジョー HDi 3.7 L ターボ V8
(ディーゼル)
3 LMP1 8   プジョースポール・トタル   ステファン・サラザン
  フランク・モンタニー
  ニコラ・ミナシアン
プジョー・908 M 353
プジョー HDi 3.7 L ターボ V8
(ディーゼル)
4 LMP1 7   プジョースポール・トタル   アンソニー・デビッドソン
  アレクサンダー・ヴルツ
  マルク・ジェネ
プジョー・908 M 351
プジョー HDi 3.7 L ターボ V8
(ディーゼル)
5 LMP1 10   チーム・オレカ-マットムート   ニコラ・ラピエール
  ロイック・デュバル
  オリビエ・パニス
プジョー・908 HDi FAP M 339
プジョー HDi 5.5 L ターボ V12
(ディーゼル)
6 LMP1 12   レベリオン・レーシング   ニコラ・プロスト
  ニール・ジャニ
  イェロエン・ブレーケモレン
ローラ・B10/60 M 338
トヨタ RV8KLM 3.4 L V8
7 LMP1 22   クロノス・レーシング
  マルクVDSレーシングチーム
  バニーナ・イクス
  バス・レインダース
  マクシム・マルタン
ローラ・アストンマーティン B09/60 M 328
アストンマーティン 6.0 L V12
8 LMP2 41   グリーヴス・モータースポーツ   カリム・オッジェフ
  オリビエ・ロンバール
  トム・キンバー=スミス
ザイテック・Z11SN D 326
日産 VK45DE 4.5 L V8
9 LMP2 26   シグナテック 日産   ソエイル・アヤリ
  フランク・マイルー
  ルーカス・オルドネス
オレカ・03 D 320
日産 VK45DE 4.5 L V8
10 LMP2 33   レベル5・モータースポーツ   スコット・タッカー
  クリストフ・ブシュー
  ジョアン・バルボサ
ローラ・B08/80 M 319
HPD HR28TT 2.8 L ターボ V6
11 LMGTE
Pro
73   コルベット・レーシング   オリビエ・ベレッタ
  トミー・ミルナー
  アントニオ・ガルシア
シボレー・コルベット C6.R M 314
コルベット 5.5 L V8
12 LMP2 36   RML   マイク・ニュートン
  ベン・コリンズ
  トーマス・エルドス
HPD ARX-01d D 314
HPD HR28TT 2.8 L ターボ V6
13 LMGTE
Pro
51   AFコルセ SRL   ジャンカルロ・フィジケラ
  ジャンマリア・ブルーニ
  トニ・ヴィランデル
フェラーリ・458イタリア・GT2 M 314
フェラーリ 4.5 L V8
14 LMP2 49   オーク・レーシング   中野信治
  ニコラ・ド・クレム
  ヤン・チャロウズ
オーク ペスカロロ・01 D 313
ジャッド-BMW HK 3.6 L V8
15 LMGTE
Pro
56   BMW・モータースポーツ   アンディ・プリオール
  ディルク・ミューラー
  ジョーイ・ハンド
BMW・M3 GT2 D 313
BMW 4.0 L V8
16 LMGTE
Pro
77   チーム・フェルバーマイヤー・プロトン   マルク・リープ
  ヴォルフ・ヘンツラー
  リヒャルト・リーツ
ポルシェ・997 GT3-RSR M 312
ポルシェ 4.0 L フラット6
17 LMGTE
Pro
76   IMSA・パフォーマンス・マットムート   レイモン・ナラク
  パトリック・ピレ
  ニコラ・アルミンド
ポルシェ・997 GT3-RSR M 311
ポルシェ 4.0 L フラット6
18 LMGTE
Pro
80   フライングリザード・モータースポーツ   ヨルグ・ベルグマイスター
  ルーカス・ルーア
  パトリック・ロング
ポルシェ・997 GT3-RSR M 310
ポルシェ 4.0 L フラット6
19 LMP2 40   レース・パフォーマンス   ミシェル・フレイ
  ラルフ・マイクトリ
  マルク・ロスタン
オレカ・03 D 304
ジャッド-BMW HK 3.6 L V8
20 LMGTE
Am
50   ラルブル・コンペティション   パトリック・ボルンオーセ
  ジュリアン・カナル
  ガブリエル・ガルデル
シボレー・コルベット C6.R M 302
コルベット 5.5 L V8
21 LMGTE
Am
70   ラルブル・コンペティション   クリストフ・ブーレ
  パスカル・ギボン
  ジャン=フィリップ・ベロック
ポルシェ・997 GT3-RSR M 301
ポルシェ 4.0 L フラット6
22 LMGTE
Pro
65   ロータス ジェットアライアンス   ヨナタン・ヒルシー
  ジョニー・モウレム
  ジェームズ・ロシター
ロータス・エヴォーラ GTE M 295
トヨタ-コスワース 4.0 L V6
23 LMGTE
Pro
75   プロスピード・コンペティション   マルク・ホーセンス
  マルコ・ホルツァー
  ヤープ・ファン・ラーゲン
ポルシェ・997 GT3-RSR M 293
ポルシェ 4.0 L フラット6
24 LMGTE
Pro
66   JMW・モータースポーツ   ロバート・ベル
  ティム・サグデン
  ザビエル・マーセン
フェラーリ・458イタリア・GT2 D 290
フェラーリ 4.5 L V8
25 LMP2 35   オーク・レーシング   フレデリック・ダ・ロシャ
  パトリス・ラファルグ
  アンドレア・バルレシ
オーク ペスカロロ・01 D 288
ジャッド-BMW HK 3.6 L V8
26 LMGTE
Am
68   ロバートソン・レーシング LLC   デビッド・ロバートソン
  アンドレア・ロバートソン
  デビッド・マリー
フォード・GT-R マークVII M 285
フォード 5.0 L V8
27 LMGTE
Am
83   JMB・レーシング   マヌエル・ロドリゲス
  ジャン=マルク・メナエム
  ニコラ・マロック
フェラーリ・F430 GTE D 272
フェラーリ 4.0 L V8
NC LMP2 44   エクストレーム・リミット・AM・パリ   ファビアン・ロシエ
  フィリップ・アエゼブルック
  ジャン=ルネ・ド・フォルヌー
ノルマ M200P D 247
ジャッド-BMW HK 3.6 L V8
DNF LMP1 16   ペスカロロ・チーム   エマニュエル・コラール
  クリストフ・タンソー
  ジュリアン・ジュス
ペスカロロ・01 M 305
ジャッド GV5 S2 5.0 L V10
DNF LMGTE
Pro
55   BMW・モータースポーツ   アウグスト・ファルフス
  ヨルグ・ミュラー
  ディルク・ヴェルナー
BMW M3 GT2 D 276
BMW 4.0 L V8
DNF LMGTE
Pro
74   コルベット・レーシング   オリバー・ギャビン
  リチャード・ウェストブルック
  ヤン・マグヌッセン
シボレー・コルベット C6.R M 211
コルベット 5.5 L V8
DNF LMGTE
Am
81   フライングリザード・モータースポーツ   セス・ネイマン
  ダレン・ロー
  スペンサー・パンペリー
ポルシェ・997 GT3-RSR M 211
ポルシェ 4.0 L フラット6
DNF LMP2 48   チーム・オレカ・マットムート   アレクサンドル・プレマ
  デビッド・ハリデイ
  ドミニク・クライハメル
オレカ・03 M 200
日産 VK45DE 4.5 L V8
DNF LMGTE
Am
63   プロトン・コンペティション   ホルスト・フェルバーマイヤー・ジュニア
  ホルスト・フェルバーマイヤー・シニア
  クリスティアン・リート
ポルシェ・997 GT3-RSR M 199
ポルシェ 4.0 L フラット6
DNF LMP1 13   レベリオン・レーシング   アンドレア・ベリッチ
  ジャン=クリストフ・ブイヨン
  ガイ・スミス
ローラ・B10/60 M 190
トヨタ RV8KLM 3.4 L V8
DNF LMGTE
Am
61   AFコルセ SRL   ピエールジュセップ・ペラツィーニ
  マルコ・チョッチ
  ショーン・ポール・ブレスリン
フェラーリ・F430 GTE M 188
フェラーリ 4.0 L V8
DNF LMGTE
Pro
59   ラグジュアリー・レーシング   ステファン・オルテッリ
  フレデリック・マコヴィッキィ
  ジャイメ・メロ
フェラーリ・458イタリア・GT2 M 183
フェラーリ 4.5 L V8
DNF LMGTE
Pro
71   AFコルセ   ロバート・カウフマン
  マイケル・ウォルトリップ
  ルイ・アグアス
フェラーリ・458イタリア・GT2 M 178
フェラーリ 4.5 L V8
DNF LMGTE
Pro
88   チーム・フェルバーマイヤー・プロトン   ニック・タンディ
  アブドゥルアズィーズ・アール・ファイサル
  ブライス・ミラー
ポルシェ・997 GT3-RSR M 169
ポルシェ 4.0 L フラット6
DNF LMP2 42   ストラッカ・レーシング   ニック・リヴェンティス
  ダニー・ワッツ
  ジョニー・ケイン
HPD ARX-01d M 144
HPD HR28TT 2.8 L ターボ V6
DNF LMGTE
Am
60   ガルフ AMR ミドルイースト   ファビアン・ジロワ
  ロナルド・ゲーテ
  マイケル・ウォインライト
アストンマーティン・ヴァンテージ GT2 D 141
アストンマーティン 4.5 L V8
DNF LMP2 39   ペコム・レーシング   ルイス・ペレス・コムパンク
  マティアス・ルッソ
  ピエール・カーファー
ローラ・B11/40 M 139
ジャッド-BMW HK 3.6 L V8
DNF LMGTE
Pro
89   ハンコック チーム・ファルンバッヒャー   ドミニク・ファルンバッヒャー
  アラン・シモンセン
  レー・キーン
フェラーリ・458イタリア・GT2 H 137
フェラーリ 4.5 L V8
DNF LMGTE
Pro
58   ラグジュアリー・レーシング   アントニー・ベルトワーズ
  フランソワ・ジャクボウスキー
  ピエール・ティリエ
フェラーリ・458イタリア・GT2 M 136
フェラーリ 4.5 L V8
DNF LMGTE
Pro
64   ロータス ジェットアライアンス   オスカル・スリンヘルラント
  マーティン・リッチ
  ジョン・ハートショーン
ロータス・エヴォーラ GTE M 126
トヨタ-コスワース 4.0 L V6
DNF LMGTE
Am
57   クローン・レーシング   トレイシー・クローン
  ニクラス・ヨンション
  ミケーレ・ルゴロ
フェラーリ・F430 GTE D 123
フェラーリ 4.0 L V8
DNF LMP1 24   オーク・レーシング   リシャール・エイン
  ジャック・ニコレ
  ジャン=フランソワ・イヴォン
オーク ペスカロロ・01 D 119
ジャッド DB 3.4 L V8
DNF LMP1 1   アウディ・スポーツチーム ヨースト   ティモ・ベルンハルト
  ロマン・デュマ
  マイク・ロッケンフェラー
アウディ・R18 TDI M 116
アウディ TDI 3.7 L ターボ V6
(ディーゼル)
DNF LMP1 5   ホープ・レーシング   スティーブ・ザッキア
  ヤン・ラマース
  カスペル・エルガールド
オレカ・01 M 115
スイス・ハイテク 2.0 L ハイブリッド ターボ I4
DNF LMGTE
Am
62   CRS・レーシング   ピエール・エーレット
  ショーン・ライン
  ロジャー・ウィルス
フェラーリ・F430 GTE M 84
フェラーリ 4.0 L V8
DNF LMP1 15   オーク・レーシング   ジローム・モロー
  ピエール・ラゲ
  ティアゴ・モンテイロ
オーク ペスカロロ・01 D 80
ジャッド DB 3.4 L V8
DNF LMGTE
Pro
79   Jota   サム・ハンコック
  サイモン・ドゥーラン
  クリス・バンコンブ
アストンマーティン・ヴァンテージ GT2 D 74
アストンマーティン 4.5 L V8
DNF LMP1 20   クイフェル-ASM・チーム   ミゲル・アマラウ
  オリビエ・プラ
  ウォーレン・ヒューズ
ザイテック 09SC D 48
ザイテック ZG348 3.4 L V8
DNF LMP1 3   アウディ・スポーツ ノースアメリカ   トム・クリステンセン
  リカルド・カペッロ
  アラン・マクニッシュ
アウディ・R18 TDI M 14
アウディ TDI 3.7 L ターボ V6
(ディーゼル)
DNF LMP1 007   アストンマーティン・レーシング   ステファン・ミュッケ
  ダレン・ターナー
  クリスチャン・クリエン
アストンマーティン・AMR-One M 4
アストンマーティン 2.0 L ターボ I6
DNF LMP1 009   アストンマーティン・レーシング   アロルド・プリマー
  エイドリアン・フェルナンデス
  アンディ・メイリック
アストンマーティン・AMR-One M 2
アストンマーティン 2.0 L ターボ I6

東日本大震災におけるル・マン24時間レースと日本との関わり編集

序文でも触れたように、本年3月11日に発生した東日本大震災に関し、ル・マン24時間レースに関するの被災者へのチャリティの一環として、同年のル・マン24時間レースに参戦した全ドライバー168人が並んで日本に向けて祈りを捧げてからサインしたフランス国旗がACOからJAFに贈呈された後、オークションに出品されて、その売上金が東日本大震災で被災された方々への義援金として全額寄付されている[26][5][6]。また、マツダが、中学生ならびに高校生の被災者10名をル・マン24時間レースに招待した[27]。観戦当日の6月11日の決勝レース直前には、1991年のル・マン24時間レースで日本車初の優勝を果たしたマツダ・787Bサルト・サーキットをデモ走行している[28]。ル・マン郊外では、震災募金活動なども行なわれた[29]

脚注編集

  1. ^ Surely the most thrilling race in recent history”. lemans.org. フランス西部自動車クラブ (2011年6月15日). 2011年6月16日閲覧。
  2. ^ “Audi back on front row for Le Mans 24 Hours”. AFP. (2011年6月10日). http://www.google.com/hostednews/afp/article/ALeqM5ikxFTgOVDE0DXKGgxuzUurSVk4dw?docId=CNG.4facb82ec8689e5a037eb4e7286eff0b.3b1 
  3. ^ H24: Audi triumph in Le Mans classic”. Autosport.com. Haymarket Press (2011年6月12日). 2011年6月12日閲覧。
  4. ^ 辻野ヒロシ (2014年3月11日). “震災から3年、モータースポーツからの復興支援を振り返る。”. Yahoo! JAPAN. 2015年1月22日閲覧。
  5. ^ a b 震災応援の仏国旗、JAFに贈呈”. JAF (2011年6月16日). 2015年1月15日閲覧。
  6. ^ a b ル・マンのフランス国旗が震災オークションに”. オートスポーツ (2011年8月23日). 2015年1月15日閲覧。
  7. ^ The 2011 Le Mans 24 Hours Regulations”. lemans.org. フランス西部自動車クラブ (2010年6月10日). 2010年6月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年6月27日閲覧。
  8. ^ Le Mans: ACO announces future rules, pushes hybrid technology”. AutoWeek. Crain Communications (2010年6月14日). 2010年6月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年6月28日閲覧。
  9. ^ 2011年LMPレギュレーションVer.5 これで確定?”. Sport-Car Racing (2010年12月3日). 2015年1月15日閲覧。
  10. ^ Lola Group News: Lola launches B11/40 LMP2”. Lolacars.com. 2010年7月21日閲覧。
  11. ^ a b レギュレーション”. ミシュラン (2011年3月15日). 2015年1月15日閲覧。
  12. ^ ACO、2011年のル・マン規則変更について発表”. オートスポーツ (2010年12月22日). 2015年1月15日閲覧。
  13. ^ ガソリンエンジンとディーゼルエンジンが付き合う方法”. Sport-Car Racing (2011年5月7日). 2015年1月15日閲覧。
  14. ^ モータースポーツ至福の日〜2011年ルマン24時間レースとF1カナダGP〜”. 空いろの帆 (2011年6月14日). 2015年1月15日閲覧。
  15. ^ First LMP1 car test”. .flybridsystems.com (2014年4月25日). 2015年1月22日閲覧。
  16. ^ simacher”. twicsy.com (2014年6月4日). 2015年1月22日閲覧。
  17. ^ Michelin Energy Endurance Challenge”. Le Mans Series. 2008年7月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月21日閲覧。
  18. ^ La seconde Oreca/Signatech forfait; la Norma/Extreme Limite est admise”. Endurance-Info. 2010年4月12日閲覧。
  19. ^ Highcroft Racing – News: Highcroft Racing – Thanks and Farewell to Honda”. Highcroft Racing. 2010年5月16日閲覧。
  20. ^ a b c d 【2011ル・マン】 VOL3 アウディとプジョー 同一ラップでの歴史的な激闘”. Auto Prove (2011年6月20日). 2015年1月20日閲覧。
  21. ^ Qualifying 3”. lemans.org. フランス西部自動車クラブ (2011年6月10日). 2011年6月10日閲覧。
  22. ^ a b アラン・マクニッシュ、ル・マンの破滅的なクラッシュから生還: 写真動画”. markzu (2011年6月12日). 2015年1月20日閲覧。
  23. ^ “Huge crash sends McNish crashing out of Le Mans in first hour”. Auto Blog UK. (2011年6月11日). http://uk.autoblog.com/2011/06/11/audi-mcnish-crashes-out-of-le-mans-in-first-hour/ 
  24. ^ a b Audi Wins 10th Title At 24 Hours Of Le Mans”. National Public Radio (2011年6月12日). 2011年6月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月12日閲覧。
  25. ^ 24 Heures du Mans Provisional Classification (PDF)”. lemans.org. フランス西部自動車クラブ (2011年6月12日). 2013年3月7日閲覧。
  26. ^ ル・マン24時間耐久レースで日本を激励してくれました!”. 国土交通省 (2011年7月13日). 2015年1月22日閲覧。
  27. ^ マツダ、東日本大震災被災児童自立支援プロジェクトSupport Our Kids「第3回ホームステイプログラム」を支援”. マツダ (2011年6月13日). 2015年1月22日閲覧。
  28. ^ マツダの優勝マシン、再びルマンへ=震災で招待、レース前にデモ走行”. みんカラ (2011年5月20日). 2015年1月22日閲覧。
  29. ^ 松本尚子さん、ル・マン郊外で震災募金活動”. 東京新聞 (2011年5月17日). 2015年1月22日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集