2014年ウクライナ騒乱

独立広場および周辺の通りに集うデモ参加者たち
バリケードを築くデモ参加者たち

2014年ウクライナ騒乱(2014ねんウクライナそうらん、英語:2014 Ukrainian revolution)とは、ウクライナ国内で生じた、EU派市民によるヴィクトル・ヤヌコーヴィチ大統領への抗議デモ(ユーロマイダン)である。

このデモの結果、ヤヌコーヴィチはウクライナ国外へ脱出し、翌日、最高会議の与野党全会派の信任により、野党第一党の副会派長であったでオレクサンドル・トゥルチノフが大統領代行に就任した[1]

目次

事件の概要編集

2014年2月18日、反体制派の市民と警察の間に武力衝突が発生し、数日間で13人の警察官を含む、少なくとも82人が死亡し、1100人以上が負傷した。

2月18日の暴動は、キエフにて2万人ものデモ隊が大統領を含む政権の交代および2004年憲法の復活を求めて独立広場に集結、それを排除しようとした治安部隊が軽火器を用い、衝突が激化した。治安部隊はゴム弾と実弾(自動火器とスナイパーライフルを含む)の両方を発射し、催涙ガスや閃光手榴弾を用いた。対するデモ側は手製の武器、猟銃、火炎瓶、足下の石畳から取り出した石を投げる等して対抗した[2]

デモ隊の一部が与党・地域党の本部を攻撃し、その結果職員一名が死亡。治安部隊はキエフ独立広場のデモ隊本拠地を襲撃した[3]

影響編集

ソチオリンピックアルペンスキー回転に参加していたボグダナ・マツォツカは、デモ隊を排除するヤヌコーヴィチ政権に抗議し、コーチである父と相談した上で、オリンピック競技への参加を棄権した[4]

関連項目編集

脚注編集