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概要編集

藤井システム以前のもの編集

1984年から約10年間、塚田泰明が得意としていた[2]。基本的な狙い筋は3筋から歩をぶつけることであるが、基本図からの後手の指し手で変わってくる。△5二金左には▲3八飛と寄るのが骨子で[3]、△4三銀には▲3五歩△同歩▲3八飛とし剛直に後手の角頭を狙っていき[4]、▲3八飛に△5四歩には▲6八銀上△1二香▲1六歩△1四歩に▲9七角と出るのが塚田泰明の新手で振り飛車の陣形を撹乱する狙いがある[5]。基本図から△5二金左に換えて△4三銀もあり[6]、▲4六銀から▲3七桂-▲2六飛-▲1六歩という形から動いていく例が多い。

藤井システム対策として編集

 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
 
対藤井システム基本図

1990年代、対四間飛車の作戦として猛威を振るっていた居飛車穴熊に対し、藤井猛は四間飛車から居玉で猛攻を仕掛ける藤井システムを発明[7]。穴熊に対する抑止力となった藤井システムへの対策として、居飛車穴熊と指し手が同じであるこの戦法が脚光を浴びた。藤井システムの居玉を急戦で咎めるという趣旨のもので、当初は▲3六歩の急戦志向には△6二玉(基本図)から玉を囲えば藤井システム側に分があるとされたが[8]、▲3五歩△3二飛▲4六歩と4筋も絡める仕掛けを佐藤義則が考案、郷田真隆が洗練した[9]。藤井システム側は玉を8二まで囲いきることが出来ないのが痛く先手が指しやすい。その後室岡克彦の新手で一時的に盛り返すものの、2007年現在後手藤井システムは指しつらいというのが結論になっている[10]。もっとも、この戦法は藤井システム「9五歩・4三銀型」の対策であり[11]、この戦法だけで藤井システムの全てのヴァリエーションに対応できるわけではない。

脚注編集

  1. ^ 『塚田流急戦の極意』p.6より引用。
  2. ^ 『塚田流急戦の極意』p.2を参照。
  3. ^ 『塚田流急戦の極意』p.8を参照。
  4. ^ 『塚田流急戦の極意』p.10を参照。
  5. ^ 『塚田流急戦の極意』p.20を参照。
  6. ^ 『塚田流急戦の極意』p.25を参照。
  7. ^ 『最新戦法の話』p.59を参照。
  8. ^ 『最新戦法の話』p.62を参照
  9. ^ 『最新戦法の話』p.68を参照。
  10. ^ 『最新戦法の話』p.293を参照。
  11. ^ 『最新戦法の話』p.69を参照。

参考文献編集