オーストリア北部鉄道

オーストリア北部鉄道(オーストリアほくぶてつどう。独語;Österreichische Nordbahn、英称;Austrian Northern Railway)とは、オーストリア帝国最初の蒸気機関鉄道であり、のちに現在に続くオーストリア連邦鉄道の鉄道線のひとつである。路線番号は901。オーストリアとドイツ・チェコ・ポーランドを結ぶ南北連絡列車として機能している。

オーストリア北部鉄道
Nordbahn.png
基本情報
 オーストリア
所在地 ウィーンニーダーエスターライヒ州
起点 旧ウィーン北駅
終点 ブルジェツラフ駅
路線記号 114 01
路線番号 901
開業 1837年11月23日
全通 1838年1月6日
所有者 オーストリア連邦鉄道
路線諸元
路線距離 77.9 km
軌間 1435 mm(標準軌
線路数 複線
複線区間 全区間
電化区間 全区間
電化方式 15000 V / 16.7 Hz(交流
架空電車線方式
最大勾配 5 ‰
最小曲線半径 455 m
最高速度 140 km/h
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停車場・施設・接続路線
BS2c1 BS2+r
ウィーン市内線 中央駅方面
BHF
ウィーン・プラーターシュテルン
exKBHFa eBHF
0.0 旧ウィーン北駅
eBS2l BS2r
eABZgl
連絡線 北西駅方面
HST
1.2 ウィーン・トライゼン通り
eHST
2.3 旧ウィーン・フォアガルテン街
THSTo
2.7 ウィーン・ハンデルスカイ、ドナウ河岸線 (ウィーン)
hKRZWae
北部鉄道橋、ドナウ川
eHST
3.7 旧ウィーン・野外水泳場
hKRZWae
旧ドナウ川
BHF
4.8 ウィーン・フロリドスドルフ
ABZgl
北西線 プラハ方面
LSTR
HST
7.0 ウィーン・ジーメンス街
LSTR
BHF
9.2 ウィーン・レオポルダウ
LSTR
LSTR
BHF
12.0 ウィーン・ジューセンブルン
LSTR
STR+GRZq
ウィーン / 下オーストリア州
BHF
18.2 ドイチュ・ヴァーグラム
HST
20.8 ヘルマーホーフ
HST
23.6 シュトラスホーフ
LSTR
HST
27.1 ジルバーヴァルト
BHF
31.3 ゲンゼルンドルフ S1 Wien.png終着駅
ABZgl
G-M線 グロース・シュヴァインバルト方面
ABZgr
ゲンゼルンドルフ - マルヒェク線 マルヒェク方面
HST
33.5 グリル通り駅
HST
36.2 タレスブルン
BHF
39.8 アンゲルン
ABZgr
Anschluss Lagerhaus Angern
HST
43.4 シュティルフリート
BHF
50.2 デュルンクルト
HST
53.3 イェーデンシュパイゲン
HST
55.2 ジールンドルフ(マルヒ)
BHF
58.5 ドロェージング
ABZgl
ドロェージング - ツィスタースドルフ線
ABZg+l
コルノイブルク - ホーエナウ線
ABZgr
Anschluss an ABID AG
BHF
64.9 ホーエナウ
BRÜCKE1
国道49号
HST
71.0 ラーベンスブルク
DST
73.9 Bernhardsthal Frachtenbahnhof
HST
75.2 ベルンハルツタール
WBRÜCKE1
Bernhardsthaler Teich
Ende ETCS L2
ELCa GRENZE
オーストリア / チェコ
STR
電圧・周波数変更 15 kV / 25 kV
WBRÜCKE1
Thaya-Entlastungskanal
ABZg+l
ブルジェツラフ - レドニツェ線 レドニツェ方面
ABZg+r
ブラチスラヴァ - ブルジェツラフ線 (1929-)
hKRZWae
ディイェ川
BHF
83.2 ブルジェツラフ
DST
Břeclav přednádraží
eABZgr
ブラチスラヴァ - ブルジェツラフ旧線 1929年まで
ABZgl
PB線BB線

歴史編集

 
ウィーン北駅(1908年)

フェルディナント皇帝北部鉄道及びオーストリア帝国鉄道編集

北部鉄道にはボヘミア(チェコ)方面へ延伸され工業地帯も通る主要路線として性格があった。しかし同時にウィーンを供給する為の路線としての一面もあり、プロイセン(のちにドイツ)のオシフィエンチムを経由してクラクフボフニアまで通じていた。地質学者で鉱山専門家であったフランツ・リープル(Franz Xabier Riepl, 1790~1857)は1830年ウィーンからクラクフまで鉄道の建設するこのを構想した。ザーロモン・マイアー・フォン・ロートシルトマイアー・アムシェル・ロートシルトの息子で、オーストリアにおけるロスチャイルド財閥の祖)は投資者として探し出された。リープルは鉄道建設の経験を積むためにイギリスへ派遣された。リープルの帰国以後、ロートシルトは初めにフランツ2世に建設許可を請願したが、皇帝はそれに関して否定的に答えた。それでもロートシルトは準備作業を続いて、相当ルートの馬車鉄道を買い取って、リープルは鉄道施設を設計した[1]

フランツ2世の死後、ロートシルトは建設許可を再び申し込んで、メッテルニヒ侯爵とコロヴラト伯爵(Franz Anton Graf von Kolowrat-Liebsteinsky, 1778~1861)の支援によってフェルディナント1世から許可を獲得した。1836年3月4日にロートシルトはウィーン - ボフニャ区間に蒸気機関車鉄道敷設のための無期限の特権(Privileg)を獲得して、「皇帝フェルディナント北部鉄道(Kaiser-Ferdinands-Nordbahn, KFNB)」という路線名を提案した。約600 kmの路線距離はイギリス以外で最も長い距離の一つであった[2]。鉄道建設の特権はブルノ、オロモウツ、オパヴァ方面鉄道路線の場合にも含まれていた。

1837年3月スティーブンソン工場とテイラー工場で製作された6機の機関車は部品の形態でトリエステ港に船舶編で到着した。機関車部品はゼメリング峠を経てウィーンまで輸送されて、スチーブンソン工場の技術チームはウィーンの試験線路でオーストリア技術者の教育や技術指導を担当した。1837年11月フロリドスドルフ - ドイチュ=ヴァグラムの13 km区間で列車の試運転が行って、最後の日であった11月23日は蒸気機関鉄道のオーストリアで最初に開通された日であると考えられている。1838年1月6日からウィーン北駅で旅客列車の運行が開始された。1839年7月7日にドイチュヴァグラム - ブルジェツラフ区間及ブブルジェツラフ - ブルノ区間が開通された。

北部鉄道は1906年10月にオーストリア側議員で構成された帝国議会で可決された法案により、1906年1月1日の遡及適用で国家の所有となった[3]。北部鉄道の運営は1907年1月1日に帝国鉄道により引き受けられた。国有化の際は、関連企業の所有したオストラヴァ周辺の多数の鉱山鉄道や炭鉱などは北部鉄道の所有として残った。1918年11月より北部鉄道はオーストリア国営鉄道(Österreiche Staatsbahnen, ÖStB)の所属となって、国営鉄道はまた1923年連邦鉄道と改称された。

オーストリア連邦鉄道編集

オーストリア=ハンガリー帝国の解体とチェコスロバキア共和国の成立により北部鉄道は多い領域を失った。1918年オーストリア側の路線はベルンハルトスタール北側の国境線まで短縮された。ブルノとクラクフ方面の路線が分岐するブルジェクラフ駅はその時からチェコスロバキア領となって、国境統制が行われた。オーストリアとチェコスロバキア間の列車通行は経済的関係と同盟関係のため保存された。国境線の南側に三角線は転車台無しに蒸気機関車を回転する目的で設置された。

第三帝国時代にシュトラスホーフ駅舎は、急増する通行量のため拡張される予定であった。工事は1944年始まったが、戦争のため駅舎は機能できなかった。駅舎は現在に鉄道博物館として使用されている。

1945年以後「鉄の幕」が下りて、下オーストリア州の区間は1955年までソ連軍の点領下にあった。通行量は急激に減少し重要度も下げられて、1945年戦災で酷く破壊されたウィーン北駅を復旧する計画さえも構想されないほどであった。1945年4月に破壊されたドナウ河鉄道橋は1957年通行可能となった。旧北駅に至る区間はその橋梁と1959年に連結された。通行不能の間に列車は北西線の「ロシアループ」と通行可能であった他の鉄道橋(現在市内アウトバーンの橋梁)を経由した。長距離列車は1945年以後ウィーン南駅から発着していた。

1959年ウィーン - ゲンゼルンドルフ区間のSバーン計画によりプラーターシュテルン駅はウィーン北駅廃墟の隣に新設された。通勤鉄道(Schnellbahn)の運営は同年6月1日フロリドスドルフ - 中央税関駅区間で始まった。1962年1月17日にSバーン市内線はマイドリング駅まで延伸され、同じ日にトライゼン通り駅が新設された。1980年代にウィーン地下鉄の建設が進行され、幾つかの地下鉄の乗り換え駅は生成された。北部鉄道はレオポルダウ駅とジュースブルン駅の間でラー線と交差している。Sバーン市内線は南駅よりウィーンの公共交通と良く連結されていたので、その案件はラー方面のSバーン路線を市内線から導き、北部鉄道から二本の曲線線路でラー線を連結することに決定された。1983年9月25日ラー線のSバーン路線はこの連結線でミステルバッハまで延長された。

ÖBB持ち主グループ編集

チェコが2004年欧州連邦の加盟国となって、2007年12月21日にシェンゲン協定はチェコ国境にも有効となった。それで旅券検査はオーストリアからチェコ方面の列車ではもう行われない。2014年12月からヨーロッパ列車制御システムのレベル2はジューセンブルン - ベルンハルツタール区間で採用されている。

ウィーン北駅の給水塔は正方形の煉瓦造りコンテナとピラミッド形屋根の構造で文化財として保存されている。2012年給水塔の小屋組(Dachstuhl)部分が改築された[4]。倉庫建物として使用された「北部鉄道館(Nordbahnhalle)」では2017年から2019年まで文化行事が開いた。長期間使用の可否は論議された。2019年11月10日に大きな火災によりその会館は損傷を相当に受けた[5]

年表編集

  • フロリツドルフ―ドイチュ・ワグラム開通(1837年)
  • ウィーン北―ゲンゼルンドルフ開通(1838年)
  • ゲンゼルンドルフ―ブジェツラフ開通(1839年)。チェコ初の鉄道となる。
  • ブヅェツラフ―ブルノ開通(同年)
  • ブヅェツラフ―ホドニーン―プラハ旧市街―プシェロフ開通(1841年)
  • プシェロフ―オモロウツ開通(同年)
  • プシェロフ―ライプニック開通(1842年)
  • ライプニック―フラニツェ・ナ・モラヴィェオストラヴァボフミン開通(1847年)
  • ボフミン―チェコ・ポーランド国境開通(1848年)
  • オストラヴァ―オパヴァ開通(1855年)
  • ボフミン―カルヴィネ―オシフィエンチム(1855年)
  • オシフィエンチム―クラクフ(1856)
  • 国有化(1907年)

運行形態編集

ウィーン - ベルンハルツタール区間は東部地域運輸連合(Verkehrsverbund Ost-Region, VOR)の運賃システムの適用区間である[6]

ユーロナイト(EN)・ナイトジェット(NJ)編集

ヴィーン - ブルジェツラフ - ベルリン/ワルシャワ間に、一日1往復が運行されている。列車種別は、ベルリン方面の車両がナイトジェット、ワルシャワ方面の車両がユーロナイトである。ヴィーン市内は、ジンメリンクを経由する。ブルジェツラフ以北はチェコ国鉄330号線に直通する。

2018年以前は、全車両がユーロナイト(EN)として運行し、ブルジェツラフ以北でチェコ国鉄250号線経由でプラハに直通する車両を連結していた。

レールジェット(RJ)編集

グラーツ - ヴィーン - ブルジェツラフ - プラハ間に、2時間に1本の運行。ヴィーン市内は、ジンメリンクを経由する。ヴィーン以南は510号線に、ブルジェツラフ以北はチェコ国鉄250号線に直通する。

ユーロシティ(EC)編集

  • ポルタ・モラヴィツァ号: グラーツ - ヴィーン - ブルジェツラフ - プシェミシル
    一日1往復の運行。ヴィーン市内は、ジンメリンクを経由する。ブルジェツラフ以北はチェコ国鉄330号線に、ヴィーン以西は510号線に直通する。
    2019年末に運行を開始した。
  • ソビェスキ号: ヴィーン - ブルジェツラフ - グディニャ
  • ポロニア号: ヴィーン - ブルジェツラフ - ワルシャワ
  • モラヴィア号: ヴィーン - ブルジェツラフ - カトヴィツェ
    それぞれ一日1往復ずつ、合わせて3往復の運行。ヴィーン市内は、ジンメリンクを経由する。ブルジェツラフ以北はチェコ国鉄330号線に直通する。ソビェスキ号の北行1本のみ、シュタドラウに停車する。
    過去の運行状況
    2017年以前は、「モラヴィア」号のみ、モスクワ発着のシュネルツーク(D)として運行していた。また、全列車シュタドラウを通過していた。
    2017年末に、「モラヴィア」号がユーロシティ(EC)に格上げとなった。
    2019年末に、ソビェスキ号の北行のみシュタドラウ停車となった。

レギオジェット編集

  • (ブダペスト - ) ヴィーン - ブルジェツラフ - プラハ
    一日4往復、4時間間隔で運行されている。ヴィーン市内は、ジンメリンクを経由する。ブルジェツラフ以北はチェコ国鉄250号線に直通する。うち2往復が、マイドリングから700号線に直通する。
    2017年末に運行を開始した。当時はヴィーン - プラハ間のみの運行で、ジンメリングを通過していた。
    2019年末に、2往復がブダペストまで延伸された。また、停車駅にジンメリングが追加された。

レギオナルツーク(R)編集

下記2つの系統に分かれる。

  • パイヤーバッハ/ノイシュタト - ヴィーン - ブルジェツラフ
    平日1~2時間に1本、休日2時間に1本の運行。ヴィーン市内は900号線を経由する。
    2019年以前は、大部分がベアンハーツタル発着で、ブルジェツラフまで乗り入れるのは平日4.5往復、休日5.5往復に限られていた。
  • ゲンザーンドルフ~マーヘク
    平日1時間に1本、休日2時間に1本の運行。ゲンザーンドルフでヴィーン方面普通、マーヘクで910号線ブラチスラヴァ方面の列車に接続する。

Sバーン(S1)編集

  • ヴィーン・マイドリンク - ゲンザーンドルフ
    30分間隔での運行。ヴィーン市内は900号線に直通する。

過去の運行種別編集

  • シュネルツーク(D)
    ヴィーン - ブルジェツラフ - モスクワ/サンクトペテルブルク間に、一日1往復が運行していた。ヴィーン市内は、ジンメリンクを経由していた。ブルジェツラフ以北はチェコ国鉄330号線に直通し、チェコ国内は特急(Ex)として運行していた。2017年末に、ユーロシティ(EC)に格上げとなった。

駅一覧編集

以下では、オーストリア国鉄901号線の駅と営業キロ、停車列車、接続路線などを一覧表で示す。

ヴィーン - ブルジェツラフ間編集

路線名 駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ EN RJ EC RG R S 接続路線 所在地
900 ウィーン中央駅 - 本駅から
0.0
旧北駅から
-5.4

111号線(ザルツブルク方面)、500号線(グログニッツ方面)
511号線(エーベンフルト方面)
700号線(ブルック方面)、910号線(マーヘク方面)
ウィーン地下鉄
  1号線(アラウダ通り方面、シュテファン広場方面)

ウィーン市 ファーフォリテン区
ベルヴェデーレ地区駅 0.6   -4.8           ラントシュトラセ区
レン通り駅 1.8   -3.0 907号線(空港方面)
ウィーン・ミッテ駅 1.1   -1.9

ウィーン地下鉄
  U3号線(ジンメリンク方面、オッタクリンク方面)
  U4号線(ヒュッテルドルフ方面、ハイリゲンシュタット方面)

901 プラーターシュターン駅 2.0   0.1

ウィーン地下鉄
  U1号線(カーグラン方面、シュテファン広場方面)
  U2号線(アシュパーン方面、博物館地区方面)

レオポルトシュタット区
トライゼン通り駅 1.1   1.2   ブリギッテナウ区
ハンデルスカイ駅 1.5   2.7

945号線(ヒュッテルドルフ方面)
ウィーン地下鉄U6号線(新ドナウ方面、西駅方面)

フローリツドルフ駅 2.1   4.8 903号線(ホラブルン方面)、ウィーン地下鉄U6号線(新ドナウ方面) フローリツドルフ区
ジーメンス通り駅 2.2   7.0  
レオポルダウ駅 2.2   9.2 902号線(ミステルバッハ方面)、ウィーン地下鉄1号線(カーグラン方面)
ズューセンブルン駅 2.8 18.3 12.0 910号線(ウィーン本駅方面)(*1)
ドイチュ・ヴァーグラム駅 6.2 24.5 18.2   ニーダーエスターライヒ州 ゲンザーンドルフ郡
ヘルマホフ駅 2.6 27.1 20.8  
シュトラスホフ駅 2.8 29.9 23.6  
ジルバーヴァルト駅 3.5 33.4 27.1  
ゲンザーンドルフ駅 4.2 37.6 31.3 マーヘク方面、912号線(オーバースドルフ方面)
ヴァイケンドルフ・デアフレス駅 2.2 39.8 33.5    
タレスブルン駅 2.7 42.5 36.2  
アンガーン駅 3.6 46.1 39.8  
シュティルフリート駅 3.6 49.7 43.4  
デュアンクルト駅 6.8 56.5 50.2  
イェーデンシュタイゲン駅 3.1 59.6 53.3  
ジアンドルフ・アン・デア・マーハ駅 1.9 61.5 55.2  
ドレージンク駅 3.3 64.8 58.5  
ホーエナウ駅 6.4 71.2 64.9  
ラーベンスブルク駅 6.1 77.3 71.0   ミステルバッハ郡
ベアンハーツタル駅 4.2 81.5 75.2  
ブルジェツラフ駅 8.0 89.5 83.2

チェコ国鉄
  246号線(ズノイモ方面)
  250号線(プラハ方面)、330号線(ワルシャワ方面)
スロバキア国鉄
  110号線(ブダペスト方面)

南モラヴィア州 ブルジェツラフ郡

(*1) 優等列車は全てジンメリンク経由でヴィーン市内に直通する。なお、ズューセンブルン~カール大帝通り間は6.9km。

ゲンザーンドルフ - マーヘク編集

全て各駅停車。

路線名 駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線 所在地
901 ゲンザーンドルフ駅 - ヴィーンから
31.3
ゲンザーンドルフから
0.0
ヴィーン方面、ベアンハーツタル方面、912号線 ニーダーエスターライヒ州 ゲンザーンドルフ郡
ヴァイケンドルフ駅 2.4 33.7 2.4  
オーバーヴァイデン駅 6.7 40.4 9.1  
マーヘク駅 9.1 49.5 18.2 910号線

参考文献編集

  • Alfred Horn: Die Kaiser-Ferdinands-Nordbahn; Band 2 aus: Die Bahnen Österreich-Ungarns 1970 Bohmann Verlag (ドイツ語)
  • „Ansichten der Ferdinands-Nordbahn“, „die bibliophilen Taschenbücher“, Harenberg Verlag 1980 (ドイツ語)

外部リンク編集

脚注・出展編集

  1. ^ Niall Ferguson: The House of Rothschild. Money’s Prophets. 1798–1848. Penguin Books, London/New York 1998, ISBN 0-14-024084-5, S. 411–412.
  2. ^ Die Verkehrsmittel in Volks- Staatswirthschaft Band 2 abgerufen am 27. Juni 2009: Google Books
  3. ^ RGBl. Nr. 212 / 1906 (= S. 1047 ff.)
  4. ^ Besuch im Wasserturm Lebenswerter Nordbahnhof : Bürgerbeteiligung – Vernetzung – Nachhaltigkeit, nordbahnhof.wordpress.com, 1. Dezember 2013, 2019年11月10日閲覧.
  5. ^ Brand in der Nordbahn-Halle: wien.orf.at. オーストリア放送協会の記事
  6. ^ オーストリア東部地域運輸連合の鉄道路線図(Pläne Bahnnetz): VORの資料