946年白頭山噴火(946ねんはくとうさんふんか)は、946年(中国北部では代前期の会同9年、朝鮮半島では高麗前期、日本では平安時代中期の天慶9年)に起きた白頭山噴火で、千年紀の終わりに起きたことから、「ミレニアム噴火(the Millennium Eruption)」とも呼ばれる。火山の噴火規模(VEI)は7。

946年白頭山噴火[1]
Millenium-Eruption-map.jpg
火山噴出物推定分布図
火山白頭山
年月日946年
噴火様式プリニー式
場所定安後渤海
北緯41度59分35秒 東経128度4分37秒 / 北緯41.99306度 東経128.07694度 / 41.99306; 128.07694
火山爆発指数7
プロジェクト:地球科学プロジェクト:災害

噴火は大きく分けて2フェイズあり、フェイズ1が白色のアルカリ流紋岩、フェイズ2では黒灰色の粗面岩マグマと、組成の異なるマグマによる二段階の過程に分けられる。両者の間には1年程度の時間間隙が推定され、フェイズ1・2ともにプリニー式及び準プリニー式噴火からクライマックスの火砕流噴火に至る[2]

噴火の総噴出量は約100~120km3で、西暦紀元後では232年タウポ英語版 (110km3)、450年イロパンゴ英語版 (84-104km3)、1257年サマラス英語版 (100km3)、1452年クワエ (108 km3)、1815年タンボラ (110km3)と並ぶ、世界最大規模の噴火であったと考えられている[3]

この噴火により、白頭山山頂に天池カルデラを形成した。火山放出物は日本海と北日本の約150万km2を覆い、これは白頭山-苫小牧火山灰層(B-Tm)と呼ばれている。

高麗史』や『朝鮮史』におけるこの年についての記述に「是歳、天鼓鳴、赦」(この年、天鼓が鳴ったため罪人を赦免した)という噴火を裏付けるものがみられ、また『興福寺年代記』に記録された946年11月3日奈良の白色の降灰は、白頭山由来のものである可能性が指摘されている[3]。また926年に滅亡した渤海の遺民や王族が遼(契丹)に対して抵抗していたが、この噴火の影響で旧渤海領の平定が長引いたと言われている。

脚注編集

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  1. ^ 小山真人 (1995年7月20日). “日本被害噴火総覧(10)(通史編) 中国東北部・朝鮮の歴史噴火 (PDF)”. 日本火山学会史料火山学WGニュースレター「歴史噴火」10号. 日本火山学会史料火山学. p. 2-4. 2018年11月17日閲覧。
  2. ^ 宮本毅, 中川光弘, 奥野充, 菅野均志, 金旭, 谷口宏充「中国東北部・白頭山火山の噴火史の再検討」『日本地質学会学術大会講演要旨』第115年学術大会(2008秋田)O-55、2008年、 doi:10.14863/geosocabst.2008.0.113.02022年1月10日閲覧。
  3. ^ a b 早川由紀夫, 小山真人「日本海をはさんで10世紀に相次いで起こった二つの大噴火の年月日 : 十和田湖と白頭山」『火山』第43巻第5号、日本火山学会、1998年、 403-407頁、 doi:10.18940/kazan.43.5_403ISSN 0453-4360NAID 1100030411452022年1月1日閲覧。