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ATi郡山(アティこおりやま)は、福島県郡山市JR郡山駅西口近くにあるファッションビル

ATi郡山
ATi Koriyama
ATi郡山(2015年4月撮影)
ATi郡山(2015年4月撮影)
店舗概要
所在地 963-8002
福島県郡山市駅前1-16-7
座標 北緯37度23分49.2秒東経140度23分15秒座標: 北緯37度23分49.2秒 東経140度23分15秒
開業日 2001年平成13年)5月25日
正式名称 TOHOピクス郡山駅前ビル
施設所有者 TOHOピクス株式会社
施設管理者 TOHOピクス株式会社
中核店舗 ヨドバシカメラマルチメディア郡山
店舗数 29店舗
営業時間 9:30 - 22:00(ヨドバシカメラ)
24時間営業(自遊空間のみ)
10:00 - 20:00(その他の店舗)
駐車台数 370台(契約駐車場、ヨドバシカメラのみ)
530台(契約駐車場、ヨドバシカメラ以外の店舗)台
前身 西友郡山店→郡山西武店
外部リンク http://www.ati-koriyama.net/
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かつて、西友郡山西武店(郡山西武)が出店していたビルを、閉店後に所有者の東邦精麦(現:TOHOピクス)がファッションビルとしてオープンさせたものである。

目次

概要編集

西友郡山店→郡山西武店編集

 
西友郡山西武店特約駐車場看板(2012年1月9日撮影、現在は撤去)

東邦精麦が、東北新幹線開業も踏まえて郡山市駅前一丁目の敷地を再開発する形で「東邦精麦郡山駅前ビル」を建設。その際に西武流通グループの中核会社であった西友ストアー(現:西友)をビルのキーテナントとして誘致し[1]1975年昭和50年)9月西友郡山店として開店。西武流通グループの店舗では、本格的に東北初進出となり[注釈 1][注釈 2]、西友ストアーとしてはGMS店舗ではなく"百貨店スタイル"の店舗だった[2]

しかし、ビル建設直前である1973年昭和48年)10月大規模小売店舗法が施行された影響で、郡山市の商業活動調整協議会(商調協)によって売場面積を36.12%カットされ、一部階が空きフロアの状態での開店となってしまった[1]。しかし翌年、商調協からカットされた売場面積の半分の増床が認められたため、これを機に11月に西友郡山西武店として業態転換した[3]

1975年(昭和50年)11月には、郡山市内には既存の商業施設のうすい百貨店[注釈 3]や、丸光、津野本店[注釈 4]、当時郡山市中町にあったイトーヨーカドーに加え、丸井ダイエーが同時期に進出し、新幹線開業を目前に競争が激化すると同時に、郡山駅から徒歩0分という立地に、西武百貨店のブランド力を生かした店舗として、東北地方の仙台市盛岡市の3大都市圏と並び、福島県の経済の中心地である郡山市を代表する商業施設として君臨した。

しかし、バブル崩壊を前後として、郡山市郊外には多くの住宅地や幹線道路が建設されると、ヨークベニマルなどといった商業施設が進出した。

郡山駅前周辺では、イトーヨーカドーが、1988年昭和63年)1月に閉店し、翌年6月に市内西ノ内に移転。 1980年(昭和55年)1月には丸光、1987年昭和62年)には津野、更には1994年平成6年)11月にはダイエーから転換したトポスが撤退した。

郡山西武店も、1991年平成3年)度に約170億円の売上をピークに売上が下落、また駐車場も駅前周辺に分散していたために郊外型商業施設に苦戦し始める[4]。そこに追い打ちをかけるようにうすいが、中町再開発ビルの核店舗として東北最大規模の売場面積を持つ都市型百貨店タイプの新店舗を開店したこともあり、1999年度の下半期の売上が初の赤字を記録[5]。また、西友側も、傘下のノンバンク「東京シティファイナンス」が多額の不良債権処理に伴う店舗整理や、西武百貨店と区別の付きにくかった「西武」の名称の付いた店舗を「LIVIN」(リヴィン)へ改称させる政策を進めており、着工が遅れていた市内長者の日東紡郡山工場跡地への「ザ・モール郡山」も2000年平成12年)1月に起工[6]、そして開業する目処が立ったこともあり、同年6月に郡山駅西口再開発ビル「ビッグアイ」完成を目前に郡山西武店の閉店を表明。同年10月15日をもって閉店した[7]

当初は、ザ・モールとの2店舗営業の予定であったが翻意し、事実上ザ・モールへ移転する形となった[注釈 5]

2000年9月までに、前橋西武店、水戸西武店、上田西武店の3店が、リヴィンへと改称したため、この郡山西武店の閉店をもって、西友が運営する「西武」名義の百貨店型店舗が消滅した。

アティ郡山編集

西武閉店後に空きビル化を懸念して、ビル所有者の東邦精麦と西友が閉店後にビル内を大幅に改装し、2001年平成13年)5月25日に若者向けのファッションビル「ATi郡山(アティ郡山) 」が開業した[8]。アティ開業時には、郡山駅西口駅前広場側には大型ビジョンが設置され、福島県初進出となるタワーレコードABCマートスターバックスコーヒーが誘致された。

その後も、郊外進出による地盤沈下やトポスの跡地ビルの利活用が進まない大町を中心に空洞化を迎え、商圏も新幹線高速バスなどで容易に行ける仙台や東京にシフトし、2003年8月にはうすいが産業再生機構支援入り、2008年2月には丸井が撤退すると郡山駅前近辺の衰退が鮮明となった。

その影響もあり、東邦精麦も西友側のテナント運営契約満了を機に、2010年11月にヨドバシカメラ郡山駅前店をビル内に誘致・移転させるなどのリニューアルを正式発表。一部テナントは営業を継続しながら改装を行う予定であったが2011年3月に発生した東日本大震災の影響でビル内も被害を受けごく一部のテナントを除き全館休業となったが同年9月29日に全館の営業を再開した。

歴史編集

  • 1975年(昭和50年)9月9日 - 西友郡山店(西友ストアー郡山店)が開店[2]6月9日には、日本信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)郡山支店も同ビル1階に入居[9]
  • 1976年(昭和51年)11月6日 - 西友郡山西武店として業態変更し、開店[3]
  • 2000年(平成12年)10月15日 - 西友郡山西武店が閉店[7]
  • 2001年(平成13年)5月25日 - 所有者の東邦精麦と西友がファッションビル『ATi郡山』としてビルを大幅に改装し開業させる[8]。同時に、同ビル裏手に24時間営業の立体駐車場『ティーワン郡山駅西口駐車場』も開設。
  • 2004年(平成16年) - 一部フロアの運営管理業務を丹青社の子会社・丹青モールマネジメントに委託(~2008年2月)。それに伴い4月には、西友の食品フロアだった地下1階と3階と4階のフロアをリニューアル。
  • 2008年(平成20年)3月 - 丸井郡山店閉店に伴い、一部ショップが移転。
3月11日 - 東日本大震災発生。強い揺れでビルが損傷[1]。補修と全館リニューアル工事を行うため、一時閉館。同時に大部分のテナントが撤退。
9月22日 - ヨドバシカメラなどの一部店舗が先行開店。
9月29日 - 全館リニューアルし営業再開。営業時間が休業前は午後9時までだったのが午後8時までに短縮された。
  • 2015年(平成28年) - 郡山西武閉店以来行われてこなかった屋上ビアガーデンが15年ぶりに再開。2019年(令和元年)は、耐震補強工事のため、実施されず。
  • 2018年(平成30年)9月10日 - 耐震補強及び外装のリニューアル工事開始[10]

主なテナント編集

その他編集

いずれも郡山西武時代から入居

2011年9月のリニューアル時に、正面左の正面入口からエレベーター側に移設。

撤退したテナント編集

◯は、郡山西武時代から入居していたテナントである。

ドムドムバーガー、ディッパーダンほか
  • 西友アティ郡山食品館 ○(地下1階、2003年ごろ撤退)
築地銀だこ
レピシエ(現・ルピシア) - 紅茶専門店
モンタボー - ベーカリー
日本一 - 焼き鳥専門店
お菓子のさかい - 後に、郡山駅食品館ピボットに出店している。
2011年3月撤退。同年8月4日に、うすい百貨店に移転。
  • 東大門市場・南大門市場
韓国系の雑貨マーケット、アティ開店から1ヶ月程度で撤退。
  • チケットセゾン ◯
  • 無印良品 ◯(7階→1階・2階)
東邦精麦のフランチャイズ運営店舗だった(エスパル移転後の店舗は、良品計画直営店)。
アティ開業当初は7階にあったが、後に日本信託銀行郡山支店が入居していた1階・2階のフロアに移転。
2011年(平成23年)3月11日撤退し、6月4日にエスパル郡山3階に移転。跡地は、ヨドバシカメラの売り場の一部。
2011年(平成23年)3月11日撤退。イオンタウン郡山内のおしゃれ館に、2011年(平成23年)5月出店。
  • 東日本学院 学問の杜郡山駅前校(地下2階)
  • メガネのトミタ
  • Hachi(3階、2009年撤退)
  • ラフィネ アティ郡山店(2階、2011年3月11日撤退)
  • リブロ(4階、2005年撤退)◯
アティ撤退後の2007年に、ザ・モール郡山に再出店。
福島県初出店のモルティに次いで福島県2号店。アティ1階東側にあった。
2011年3月11日撤退。10月に、エスパル郡山エキナカ1階に出店。

備考編集

  • ビル竣工当時、郡山駅西口側には、2階部分に店内入口とベランダのような空間、さらに2階の入り口部分に通じる階段が設置されてあったが、その後撤去され、売り場と側面看板部分に用途を変更し閉鎖。現在のアティでは店舗のショーケースとなっている。
  • 西友郡山店から郡山西武店への業態転換時に、西武流通グループ側が売り場に書店を7階に配置することとなり、周辺の書店が「死活問題」だとして、出店反対の決起大会が開かれるなど猛反発し、西武流通グループ側と激しく対立した[11]。その後、開店直前になって書店の売場面積をカットすることで和解が成立[12]。なお、書店自体は郡山西武店閉店まで営業され、アティでは「リブロ」が入居していた(後に撤退)。
  • 郡山駅前広場側の壁には、福島民報新聞社の子会社の民報アドにより大型ビジョン『民報ビジョン』がアティ開業から設置されていたが、2009年9月30日をもって放映が終了し、民報ビジョンは撤去された。
  • 開業当初は地下1階には西友がSM業態でアティ郡山食品館として再度出店したが、後に撤退した(その後ギャル系ファッションのフロア、そして現在は、ヨドバシカメラの売り場と業態が変遷)。この他にも旧セゾングループとしてのテナントに無印良品やリブロなどが出店していた。
  • 以前、郡山駅前広場の反対側に建っている郡山ビッグアイのショッピングモール『MOLTI』と共同で『Ti:s』(ティーズ)と称してフリーペーパーの発行やふくしまFMの番組提供などを行っていた。
  • ヨドバシカメラ入居にあたり地下2階から3階までのヨドバシカメラ専用エレベータが設置された。地下2階は店舗フロアではないがエレベータロビー付近にガチャガチャコーナーが設置されている。震災による閉館前は、地下2階には東日本学院学問の杜郡山駅前校があり、西武開店当初からしばらくは地下駐車場として営業していた。

アクセス編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 福島県には、1957年(昭和32年)2月から1960年(昭和35年)1月まで、平駅(現・いわき駅)前に西武ストアー平店が出店していた(「西武ストアーが閉鎖」『いわき民報』(いわき民報社)、1960年(昭和35年)2月2日、夕刊1面。)。
  2. ^ 1976年(昭和51年)の緑屋の西武流通グループ傘下入り、および、1982年(昭和57年)に、ams西武仙台店が開店するまでは、東北唯一の西武流通グループの店舗だった。
  3. ^ 当時は「第1うすい」と「第2うすい」の2館体制。
  4. ^ 創業時は呉服店として創業し、1967年(昭和42年)に大町一丁目に津野ビルを建設し、当初は百貨店、後年は呉服・家具専門店として営業した。1986年(昭和61年)3月の閉店。建物は解体され、現在はホテルクラウンヒルズ郡山の入るビルとなっている(「商都・郡山市の駅前通りと国道四号線が交差する一等地へ(みち)」『日本経済新聞』(日本経済新聞社)、1987年7月17日、地方経済面東北A 2頁。)。
  5. ^ 同様の事象は、米沢サティ一関サティの開業時にも発生している。

出典編集

  1. ^ a b 1975年9月6日 『福島民報』(福島民報社)朝刊2面(東邦製麦郡山駅前ビル落成記念による別刷り)。
  2. ^ a b 「郡山の商戦 一段と激化『「西友」、大型店のトップ切り開店』」1975年9月9日 『福島民報』(福島民報社)夕刊1面。
  3. ^ a b 「『郡山西武』が開店 "視察組"などでにぎわう」『福島民報』(福島民報社)1976年11月7日、朝刊14面。
  4. ^ 「西武閉店は10月9日 新SCに営業展開集約 西友が正式発表」『福島民友』(福島民友新聞) 2000年6月2日、朝刊1面。
  5. ^ 「リポート 市街地活性化に痛手「郡山西武」閉店の波紋」『福島民報』(福島民報社) 2000年6月16日、朝刊。
  6. ^ 福島民報 2000年1月22日「経済県都の商戦 一層激化へ 大型ショッピングセンター 「ザ・モール郡山」起工」より
  7. ^ a b 「郡山西武 25年間の歴史に幕 買い物客、閉店惜しむ声」『福島民友』(福島民友新聞) 2000年10月16日、朝刊
  8. ^ a b 「アティ郡山に5万人 西武跡に開店 駅西口の競争激化」『朝日新聞』福島面(朝日新聞社) 2001年5月26日、朝刊
  9. ^ 1975年9月6日 『福島民報』(福島民報社)朝刊3面(東邦製麦郡山駅前ビル落成記念による別刷り)。
  10. ^ TOPICS「耐震補強・外装リニューアル工事について」”. TOHOピクス. 2019年6月2日閲覧。
  11. ^ 「読書の秋 ホットな争い「郡山西友」に広い書籍部 地元書店が猛反対」『福島民報』(福島民報) 1976年10月3日、朝刊15面
  12. ^ 「"ブック戦争"が終結 郡山 売り場を3分の2に」『福島民報』(福島民報) 1976年11月2日、朝刊12面

関連項目編集

外部リンク編集