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BADBOY非道(バッドボーイひどう、1969年10月19日 - )、本名:高山 秀男(たかやま ひでお)は、日本の男性プロレスラー大阪府大阪市出身。

BADBOY非道
BADBOY非道の画像
プロフィール
リングネーム BADBOY非道
ウィリー高山
刃(やいば)
非道
高山 秀男
本名 高山 秀男
ニックネーム ビビッチ
身長 188cm
体重 100kg
誕生日 (1969-10-19) 1969年10月19日(49歳)
出身地 大阪府大阪市
所属 フリー
デビュー 1993年1月20日
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目次

経歴編集

東京に出てきて一時事業を始めるが失敗し、ホームレス生活を経て1993年1月20日、W★INGでデビュー。邪道外道に見出され、非道と改名する。邪道、外道がW★ING離脱後もW★INGに残り、金村ゆきひろ(現:金村キンタロー)とライバル関係となった。W★ING崩壊直前に離脱し、青柳政司が興した新格闘プロレスに本名で参加したり、WARに相撲軍団の一員として、「刃(やいば)」と名乗るマスクマンで登場(高山は相撲の経験はない)するも、目立った活躍はなし。その後、ミスター・ポーゴ率いるW★ING同盟の一員として、FMWに参戦し、大仁田厚ら正規軍と争う。大仁田引退後は、エースのハヤブサと抗争。しかし、首の負傷で受身を取るのが厳しい状況になり(この時期、2桁以上の連敗をしてしまい「日本一負けっぷりがええ男になったる」と発言したことがある。)、1999年横浜アリーナウィリー・ウィリアムスに敗れたのを機に、ウィリーらとウィリー軍団を結成。空手家というギミック(ギミック変更の際には「俺はプロレスは弱いが格闘技は強い」と発言)で、ウィリー高山に改名。

やがて長期の米国遠征に突入。その間にはIWAミッドサウスキング・オブ・ザ・デスマッチに参戦し画鋲デスマッチを戦うなどした。[1] この時期にはIWAミッドサウスヘビー級王座を獲得している。[2]

2001年にFMWを退団し、当時CZW軍との抗争下にあった大日本プロレスに登場。CZW派につき、またCZW撤退後の2002年には葛西純ジ・ウインガーとともに、「赤まむし」という軍団を結成してやりたい放題に暴れまわっていた。

その後WEWの主要メンバーとして活躍し、ZERO-ONE(現ZERO1)に侵攻をかけたりもした。冬木弘道の死去の後、WEWは冬木軍に名を改め、冬木軍プロモーションという名義で興行を開催していたが、冬木軍プロモーションの解散後は、アパッチプロレス軍のメンバーとして大日本プロレスをはじめとするインディー団体に参戦。

大日本ではマッドマン・ポンド2・タフ・トニーマイク・サンプラスといった外国人レスラー達とつるんだり、伊東竜二BJW認定デスマッチヘビー級王座を巡る抗争を繰り広げたりもした。

2005年、金村キンタロー長州力に敗れて長州の軍門に下った後、非道が代わりにアパッチプロレス軍を仕切っていたが、後に金村とは和解。2006年初頭からは、金村、黒田哲広らとともに、新日本プロレスに参戦。獣神サンダー・ライガー(鬼神ライガー)と抗争した。

しかし、その後、「葛西純のかませ犬ではない。葛西とデスマッチやらせろ」という理由から、アパッチプロレス軍を裏切り、佐々木貴率いる「たかし軍団」へ寝返る。

彼曰く自分が負けを認める時は、自分が死んだ時だけらしい。いつも有刺鉄線バットを携帯していたが、最近はハサミをトレードマークにするようになった。

最近では頭文字を取りBBHと略されている。

2007年末ごろから内臓疾患で欠場。酒をよく飲むせいか、このように肝機能障害で欠場することが多い。金村の発言や未だに酒を飲んでいるため復帰は絶望的かと思われたが、2007年10月、Hi69の重傷による11月12日新木場大会「Hi69AID」開催に際しての金村キンタローの来場要請に応え、石井智宏を有刺鉄線バットで襲撃。2008年春頃を目途に復帰すると発表していたが、金村が起こした不祥事の影響で、2008年3月23日付けでアパッチを退団。6月、MAKEHEN興行で復帰し、8月22日に赤まむしの一員としてアパッチプロレス軍に復帰したが、それ以降金村キンタローと共に活動する。

2010年4月から長期欠場をしていたが、FFFプロレスリングで2012年6月29日に復帰。

得意技編集

タイトル履歴編集

入場曲編集

  • 「SHARP DRESSED MAN」ZZ TOP

その他編集

  • プライベートでは、元FMW女子のエースである工藤めぐみと結婚している。
  • プライベートではリング上のキャラクターとは一転する大の愛犬家

出典編集

外部リンク編集