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Cīvis rōmānus sumラテン語発音: [ˈkiːwɪs roːˈmaːnʊs ˈsʊm]、「私はローマ市民である」の意)は、マルクス・トゥッリウス・キケロウェッレス弾劾演説英語版の一文である[1]

ローマ共和国内ではこの成句を言えば安全が保障されるという。新約聖書使徒言行録によれば、パウロは逮捕されて拷問を受けるとき、ローマ市民としての権利を主張したため、パウロがローマへ連行されるまで中断しなければならなかった[2]

彼の言葉をここまで聞いていた人々は、このとき、声を張りあげて言った、「こんな男は地上から取り除いてしまえ。生かしておくべきではない」

人々がこうわめき立てて、空中に上着を投げ、ちりをまき散らす始末であったので、千卒長はパウロを兵営に引き入れるように命じ、どういうわけで、彼に対してこんなにわめき立てているのかを確かめるため、彼をむちの拷問にかけて、取り調べるように言いわたした。

彼らがむちを当てるため、彼を縛りつけていた時、パウロはそばに立っている百卒長に言った、「ローマの市民たる者を、裁判にかけもしないで、むち打ってよいのか」。百卒長はこれを聞き、千卒長のところに行って報告し、そして言った、「どうなさいますか。あの人はローマの市民なのです」。

そこで、千卒長がパウロのところにきて言った、「わたしに言ってくれ。あなたはローマの市民なのか」。パウロは「そうです」と言った。これに対して千卒長が言った、「わたしはこの市民権を、多額の金で買い取ったのだ」。するとパウロは言った、「わたしは生れながらの市民です」。

そこで、パウロを取り調べようとしていた人たちは、ただちに彼から身を引いた。千卒長も、パウロがローマの市民であること、また、そういう人を縛っていたことがわかって、恐れた。

このように、Civis romanus sumという成句は文字そのままの意味以上に「どこにいようとも、ローマ国家の庇護を受ける」「ローマ市民としての誇り」などの意味も持ち、さまざまな演説で引用された。

1850年6月25日イギリス首相パーマストン子爵ドン・パシフィコ事件をめぐっての答弁でこの成句を引用した[3]

古のローマ市民が『私はローマ市民である』と言えば侮辱を受けずにすんだように、イギリス臣民も、彼がたとえどの地にいようとも、イギリスの全世界を見渡す目と強い腕によって不正と災厄から護られていると確信できるべきである。

1963年6月26日、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディ西ベルリンで行った演説Ich bin ein Berliner」でこの成句を引用した。

2000年前は、最も誇り高き言葉は『私はローマ市民だ』であった。今日、この自由な世界において、最も誇り高き言葉は『私はベルリン市民だ』である。

1994年3月31日ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争サラエヴォ包囲の最中、アメリカ合衆国国連大使を務めるマデレーン・オルブライトはこの成句をもじって、「私はサラエボ市民だ」と演説した[4]

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ Cicero, Marcus Tullius. “In Verrem” (English, Latin). Latin Texts and Translations. 2016年2月29日閲覧。 “...except these words, 'I am a citizen of Rome.' He fancied that by this one statement of his citizenship he could ward off all blows.”
  2. ^ 使徒行伝第22章参照。
  3. ^ 川本静子松村昌家(編著) 『ヴィクトリア女王 ジェンダー・王権・表象』 ミネルヴァ書房〈MINERVA歴史・文化ライブラリー9〉、2006年(平成18年)。ISBN 978-4623046607
  4. ^ Albright, Shalikashvili Signal U.S. Ties to Bosnia、2016年2月29日閲覧。