JASON(ジェイソン)とは、主に機密性のある科学技術に関する問題についてアメリカ合衆国連邦政府に助言を行う、エリート科学者たちの独立したグループである。このグループは、当初は政府に助言を行う若い世代の科学者たち(ロスアラモス国立研究所の科学者とMIT放射線研究所の卒業生よりも若い世代)を集めるために1960年に設立され、30~60名のメンバーが在籍している。その功績は、最初は ベトナム戦争におけるマクナマラ・ラインの電子バリア英語版を生み出したとして世間から悪評を得た。JASONの研究の大半が軍事に焦点が置かれているが、彼らは地球温暖化酸性雨の初期の科学的研究も行った[1]。現在の機密扱いではない研究的興味として、健康情報学サイバー戦争再生可能エネルギーが挙げられている。

活動 編集

JASONの活動は、経営上の理由により、アメリカ合衆国連邦政府のために7つの連邦研究開発センター英語版を運営するバージニア州マクリーンの非営利団体であるマイター・コーポレーション英語版によって運営されている[2]

JASONは通常、毎年夏のサマー・スタディの間に研究の大部分を行う。そのスポンサーには、アメリカ国防総省アメリカ合衆国エネルギー省米国インテリジェンス・コミュニティーが挙げられる。JASONの研究結果報告のほとんどは機密扱いである。

「JASON」という名称は、会員が集まる期間である「7月、8月、9月、10月、11月(’’July August September October November’’)」、もしくは皮肉交じりに「若き達成者。今はやや年を取ったが。(’’Junior Achiever, Somewhat Older Now’’)」を意味する頭字語であると説明されることがある。しかしどちらの説明も正確ではない。実際は頭字語ではなく、ギリシア神話に登場するイアーソーン(’’Jason’’)に関係している。創設者の一人の妻(ミルドレッド・ゴールドバーガー)が、国防総省が付けようとした「Project Sunrise」という名前をつまらないものと思い、グループの名前として英雄とその冒険にちなんだ名前を提案した[3]

JASONの研究には、極超長波を使用して潜水艦と交信するシステム(現在は使用されていないProject Seafarer英語版Project Sanguine英語版)、大気の揺らぎを解決するための天文学技術(補償光学)、ミサイル防衛に関する多くの問題、核実験の禁止条約の順守を検証する技術、CO2による地球温暖化を述べた1979年のレポート、現代の電子戦の先駆けであるベトナム戦争の間に開発された、コンピューターと連係したセンサー・システムであるマクナマラ・ラインの電子バリア英語版が挙げられる。

会員 編集

非公式に「ジェイソンズ(’’Jasons’’)」として知られるJASONの会員には、物理学者、生物学者、化学者、海洋学者、数学者、コンピューター科学者が含まれ、最も多いのは理論物理学者である[4]。彼らは在籍している会員によって選ばれ、後に11名がノーベル賞を受賞、数十名が米国科学アカデミー会員となった[5]。すべての会員は、研究を行う上で必要な幅広い機密情報へのアクセス権を持っている。

JASONの創設者としてジョン・ホイーラーチャールズ・タウンズが挙げられる。その他の初期の会員には、マレー・ゲルマンS・コートニー・ライト英語版ロバート・ゴマー英語版ウォルター・ムンクマービン・レオナード・ゴールドバーガーハンス・ベーテニコラス・クリストフィロス英語版フレッド・サッカリアセン英語版マーシャル・ローゼンブルースエドワード・A・ファイヤーマン英語版ハロルド・ルイス英語版サム・トリーマン英語版コンラッド・ロングマイヤー英語版スティーヴン・ワインバーグロジャー・ダッシェン英語版フリーマン・ダイソンが挙げられる[1][6][7]

その他にノーベル賞を受賞したJASONの会員には、ドナルド・グレーザーヴァル・フィッチマレー・ゲルマンルイス・ウォルター・アルヴァレズヘンリー・ケンドールスティーヴン・ワインバーグが挙げられる[8][9]

会長 編集

年代順

初期の歴史 編集

1958年、物理学者のジョン・ホイーラーユージン・ウィグナーオスカー・モルゲンシュテルンによって、プロジェクト137と呼ばれる軍事に関する物理学のサマー・スタディ・プログラムが開始された。参加者には、マーフ・ゴールドバーガーケネス・ワトソン英語版ニコラス・クリストフィロス英語版キース・ブルックナー英語版などがいた。

そのプログラムとは別に、国防総省のために先端科学を研究するための常設機関である国防研究所の設立が提案された。DARPAハーバート・ヨーク英語版はホイーラーに研究所での地位を提示したが、プロジェクト137の開設に尽力していたホイーラーはその申し出を辞退した。マーフ・ゴールドバーガーもまた、依頼を辞退した。

しかし、1959年12月、マーヴィン・スターン英語版チャールズ・タウンズキース・ブルックナー英語版、ケネス・ワトソン、マーフ・ゴールドバーガーたちが、その内の何人かが核ロケットの研究で働いていたロスアラモスに集まり、国防分析研究所による財務と経営上の支援のもと、サマー・スタディ・プログラムを継続する形でJASONを発足した。1960年代の初めには、JASONには約20名の会員が在籍していた。同年代の終わりには、大統領科学諮問委員会英語版との緊密な関係により、会員数は40名を超えた。1970年代の初めには、JASONの支援団体は国防分析研究所からスタンフォード研究所へと変わった[10]

ベトナム戦争 編集

ベトナム戦争はJASONの会員と研究の焦点に大きな影響を与えた。JASONの主要な研究構想はマクナマラ・ライン英語版の電子バリアとなり、タカ派によって推進された。1966年頃までに、チームは政治と倫理の線引きにより二分された。1967年3月、フリーマン・ダイソン、ロバート・ゴマー、スティーヴン・ワインバーグ、S・コートニー・ライトは「南アジアにおける戦術核兵器」と題した報告書を作成し、ロバート・マクナマラ 国防長官によって承認された[18]情報公開法のもとノーチラス研究所英語版によって公開されたこの文書は、南アジアの人々と環境同様、アメリカの世界的な利益にとっても破滅的結末がもたらされることを予測していた。報告書は、核の使用について楽観的なランド研究所やその他のグループのシナリオ研究に対して強く反論していた[19][20]。後に共著者のライトは、報告書の主な結論は、「米国による核兵器の使用は、広く分布している敵に対してはほとんど役に立たないが、敵によってコピーされた場合は災害になる」ということだと述べた[21]。 米軍に対する核による報復攻撃における最悪の状況は、「ベトナムにおける米軍の戦闘能力が根絶やしにされる」ことであると報告書は結論付けている[18]。共著者のワインバーグは、著者たちの政治的観点と増大する政治的分裂を次のように示した。

その結論は我々が最初に期待したものとほぼ同じであることを私は認めなければならない。もしこれらの結論に達することを期待していなければ、我々が報告書から除外した倫理的理由によって、私が共著に加わることはなかったであろう[22]

国防分析研究所に28年以上所属した国家防衛コンサルタントのセイモア・ダイチマンは、「私の知る限り、あの戦争で核兵器を使用する話は、JASONの報告書が出た後に止まった」と語った[23]。国防分析研究所の当時の副所長だったゴードン・J・F・マクドナルド英語版は、1998年にJASONの報告書を回顧した。マクドナルドは、報告書に書かれた「悲観的展望」は、ジョンソン大統領マクナマラに大きな影響を与えたと語った。マクナマラと核の使用を楽観的にとらえていたアメリカ統合参謀本部との相違点は明白になり、最終的にはマクナマラの辞任につながった。ランド研究所もまた、報告書の信用性を認めていた[24]

ウィリアム・ハッパー英語版エドワード・テラーウィリアム・ニーレンバーグ英語版などのタカ派のJASON会員と、マクドナルド、シドニー・ドレルリチャード・ガーウィン英語版などの他の会員たちとの間には溝ができていた。ベトナム戦争へのJASONの関与に対する世間の関心は、国民による批判と攻撃へとつながり、タカ派ではないJASON会員もその対象となった。例えば、マクドナルドのガレージは焼き払われ、リチャード・ガーウィンは「赤ん坊殺し」と呼ばれた[1][25]

この頃になると、フリーマン・ダイソンのようなベトナム戦争に批判的な会員は去り、他の会員たちはアメリカ合衆国エネルギー省のために、地球温暖化酸性雨のような、機密扱いではない非軍事的な問題にJASONの研究を向かわせた。

近況 編集

2002年、DARPAはJASONとの提携を断つことを決定した。DARPAはJASONの主要なスポンサーの一つであっただけでなく、JASONがその他のスポンサーからの資金を受け取るための窓口でもあった。DARPAの決定は、JASONの新しい3人の会員をDARPAが選定することをJASONが拒否した後に行われた。JASONの設立以来、新しい会員は必ず在籍している会員たちによって選定されていた。多くの交渉と文書のやりとり(ニュージャージー州ラッシュ・ホルト英語版 下院議員の文書等[26])を経て、その後の資金提供は国防ヒエラルキーの高位の国防研究技術局長(2011年に国防研究技術次官補に改名)の局により保証された[27]

2009年、JASONは将来の米国の核兵器保有量英語版についての極秘の提言書を出し、新しい世代の核兵器は不必要であると結論付けた[28][29]。2010年、JASONは国防総省に対してサイバー・セキュリティー研究を支援するよう勧告書を提出した[30]。2011年、JASONは米国政府による温室効果ガスの国際的なモニタリングの共同分析と提言書を発表した[31]。2014年、JASONは医療情報交換英語版に焦点を当てた2013年のサマー・スタディの研究結果を発表した[32]

2019年4月、JASONは国防総省との契約を失った。3月28日、下院軍事委員会英語版の戦略部隊小委員会の委員長を務めるジム・クーパー英語版下院議員は、JASONの契約を管理しているバージニア州マクリーンの非営利団体であるマイター・コーポレーション英語版が、国防総省から4月30日までに研究室を閉鎖するよう命じる文書を受け取ったことを明らかにした[33][34]。しかし、2019年4月25日、エネルギー省の国家核安全保障局がJASONに8カ月の契約を申し出た[35]

研究 編集

JASONの研究の約半数は機密扱いであり、米国の核兵器保有量とミサイル防衛、電子監視とサイバー・セキュリティといった様々な内容がある。

JASONの公的な研究の多くは、化石燃料の燃焼がいかなる工業的冷却効果をも上回る危険な地球温暖化をもたらすであろうという確信をゴードン・マクドナルドに与えた気候変動をモデル化するプロジェクトのような、エネルギーと環境に関するものである。数十年にもわたり、マクドナルドは気候変動への対策に関する有名な科学的提唱者であった[36][37]。現在のJASONのエネルギー研究では、戦略的かつ環境的な理由による先進バイオ燃料の生産と国防総省の二酸化炭素排出量の削減方法についての報告書が挙げられる。しかし、元会長のニーレンバーグ、ハッパー、クーニンといったその他のJASONの会員の何人かは、化石燃料の使用を制限しようとする気候科学と政策に疑問を投げ掛けている[38][39][40]

下記はJASONの研究の例である[41]

脚注 編集

  1. ^ a b c Aaserud, Finn (1986年4月16日). “Oral History Transcript ? Dr. Gordon MacDonald”. American Institute of Physics. 2019年9月24日閲覧。
  2. ^ MITRE: We Operate FFRDCs”. MITRE. 2018年1月22日閲覧。
  3. ^ Jacobsen, Annie (September 2016). The Pentagon's Brain: An Uncensored History of DARPA, America's Top Secret Military Research Agency. Little, Brown. ISBN 978-0-316-37176-6 
  4. ^ The Jasons, p. 128
  5. ^ The Jasons, p. xiv
  6. ^ Aaserud, Finn (1991年6月28日). “Oral History Transcript ? Dr. Steven Weinberg”. American Institute of Physics. 2019年9月24日閲覧。
  7. ^ Aaserud, Finn (1986年7月2日). “Oral History Transcript ? Dr. Roger Dashen”. American Institute of Physics. 2019年9月24日閲覧。
  8. ^ Aaserud, Finn (1986年4月26日). “Interview with Dr. Francis Low”. American Institute of Physics. 2019年9月24日閲覧。
  9. ^ Aaserud, Finn (1986年12月18日). “Interview with Dr. Val Fitch”. American Institute of Physics. 2019年9月24日閲覧。
  10. ^ a b Aaserud, Finn (1986年2月12日). “Oral History Transcript ? Dr. Marvin Goldberger”. American Institute of Physics. 2019年9月24日閲覧。
  11. ^ Aaserud, Finn (1991年6月24日). “Oral History Transcript ? Dr. Richard Garwin”. American Institute of Physics. 2019年9月24日閲覧。
  12. ^ Happer biography at AIP, undated
  13. ^ Curtis Callan”. American Institute of Physics. 2015年4月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月24日閲覧。
  14. ^ William H. Press CV”. 2019年9月24日閲覧。
  15. ^ Steven E. Koonin”. Department of Energy. 2019年9月24日閲覧。
  16. ^ Lecture Series presents Roy Schwitters, 7/19/2011 : "He has been the Chair of the JASON Steering Committee since 2004."
  17. ^ Gerald Joyce”. 2015年3月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月24日閲覧。
  18. ^ a b Dyson, F.; Gomer, R.; Weinberg, S.; Wright, S.C. (March 1967). Tactical Nuclear Weapons in Southeast Asia (Study S-266).. Institute for Defense Analyses, JASON Division. http://nautilus.org/wp-content/uploads/2011/12/dyson67.pdf 2017年2月1日閲覧。 
  19. ^ Borzo, Greg (2017年1月11日). “Robert Gomer, chemist, longtime teacher and cherished colleague, 1924-2016”. UChicagoNews (University of Chicago). https://news.uchicago.edu/article/2017/01/11/robert-gomer-chemist-longtime-teacher-and-cherished-colleague-1924-2016 2019年9月24日閲覧。 
  20. ^ Would nukes have helped in Vietnam?”. Restricted Data: The Nuclear Secrecy Blog. Restricted Data. 2017年2月1日閲覧。
  21. ^ What is JASON? Author S. Courtenay Wright”. "Essentially Annihilated". Nautilus Institute for Security and Sustainability. 2017年2月1日閲覧。
  22. ^ What is JASON? Author Steven Weinberg”. "Essentially Annihilated". Nautilus Institute for Security and Sustainability. 2017年2月1日閲覧。
  23. ^ An Insider's Account: Seymour Deitchman”. "Essentially Annihilated". Nautilus Institute for Security and Sustainability. 2017年2月1日閲覧。
  24. ^ Fleming, James Roger (March 21, 1994). “Oral Histories: Gordon MacDonald”. American Institute of Physics Oral History Interviews. https://www.aip.org/history-programs/niels-bohr-library/oral-histories/32156 2017年2月1日閲覧。. 
  25. ^ Finkbeiner, Ann (April 6, 2006). The Jasons: The Secret History of Science's Postwar Elite. Viking/Penguin. ISBN 0-670-03489-4. https://archive.org/details/jasonssecreth00fink 2019年9月24日閲覧。 
  26. ^ Rep. Holt Expresses Concern Over DOD Decision to Disband JASON”. Aip.org. 2010年3月2日閲覧。
  27. ^ The Jasons, pp. 196?199
  28. ^ Grossman, Elaine (2009年11月9日). “JASON Panel Offers Secret Nuclear Warhead Upkeep Recommendations”. Global Security Newswire. http://www.nti.org/gsn/article/jason-panel-offers-secret-nuclear-warhead-upkeep-recommendations/ 2019年9月24日閲覧。 
  29. ^ Broad, William (2009年11月19日). “Panel Sees No Need for A-Bomb Upgrade”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2009/11/20/science/20nuke.html 
  30. ^ “JASON on "Science of Cyber Security," Recommends New Centers”. Computing Research Associates. (2010年12月14日). http://cra.org/govaffairs/blog/2010/12/jason-on-science-of-cyber-security-recommends-new-centers/ 
  31. ^ Morello, Lauren (2011年1月28日). “Elite Scientific Advisory Panel Says New Technology is Needed to Verify Emissions Cuts”. Climatewire. http://www.scientificamerican.com/article/jason-greenhouse-gas-monitoring/ 2019年9月24日閲覧。 
  32. ^ DeSalvo, Karen (2014年4月16日). “A Robust Health Data Infrastructure”. Department of Health and Human Service's Office of the National Coordinator for Health Information Technology. 2019年9月24日閲覧。
  33. ^ Update: Legislator asks Pentagon to restore contract for storied Jason science advisory group, Jeffrey Mervis, Ann Finkbeiner; Science (magazine), 2019-04-11
  34. ^ Pentagon’s Jason group is not worth mourning, Jill Aitoro; DefenseNews, 2019-04-13
  35. ^ Update: Nuclear weapons agency moves to save Jason advisory group from immediate extinction”. Science Magazine. 2019年4月26日閲覧。
  36. ^ James, Fleming (1994年3月21日). “Oral History Transcript ? Dr. Gordon MacDonald”. American Institute of Physics. 2019年9月24日閲覧。
  37. ^ Weiss, Michael J. (1979年10月8日). “CO2 Could Change Our Climate and Flood the Earth?Up to Here”. People Magazine. http://www.people.com/people/archive/article/0,,20074765,00.html 
  38. ^ Oreskes (2008) p. 113
  39. ^ Happer, William (2009年2月25日). “Climate change”. U.S. Senate Committee on Environment and Public Works. 2009年9月25日閲覧。
  40. ^ Climate Science Is Not Settled by Steven E. Koonin, Wall Street Journal, Sept. 19, 2014
  41. ^ selected JASON reports”. 2019年9月24日閲覧。