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MORAL』(モラル)は、日本ロックバンドであるBOØWYのファーストアルバム。

MORAL
BOØWYスタジオ・アルバム
リリース
録音 1981年
STAR SHIP STUDIO
STUDIO BIRDMAN
ジャンル ロック
時間
レーベル ビクター音楽産業Invitation
プロデュース 渡辺モリオ(マライア
チャート最高順位
BOØWY アルバム 年表
MORAL
1982年
INSTANT LOVE
1983年
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目次

背景編集

1979年、ヤマハ主催のアマチュアロックバンドコンテスト「EAST WEST」にて、氷室狂介松井恒松らと結成したバンド「デスペナルティ」が関東・甲信越大会にて優勝し、中野サンプラザで開催される全国大会に出場するため上京する。同時期に、楽器店主催のコンテスト「A・ROCK」にて、布袋寅泰が後にBOØWYのマネージャーとなる土屋浩等と結成したバンド「BLUE FILM」で優勝し、日本青年館で開催される全国大会に出場するため上京する[1]。この当時、氷室と布袋はお互いに面識はあったものの、直接の交流はあまりない状態であった。

その後、全国大会にて入賞を果たした氷室は、音楽事務所ビーイングと契約。しかし、バンドとしての活動は中止となり、事務所の意向により既に活動していたバンド「スピニッヂ・パワー」のボーカリストとしての参加を余儀なくされる。

1980年9月5日、シングル「HOT SUMMER RAIN」をリリース、 TBS平日の歌謡番組「11時に歌いましょう」や「NTY紅白歌のベストテン」にテレビ出演を果たすなどプロとしての活動を行っていたが、記録的な冷夏の影響もありヒットに至らず、メンバーと事務所間との協議の末、解散となった。

その後、事務所にロックバンド結成を申し出て、許可を得るも、メンバーを自分で選定するよう要求された氷室は、それまで交流のなかった布袋に連絡をし、バンド結成の話を持ちかける。当時布袋も自身のバンドが空中分解し宙ぶらりんの状態であった為、バンド結成に同意する。その後、オーディションを行うもメンバーとして相応しい人材が見つからず、かつてのバンド仲間である松井恒松からのバンド参加への連絡を機に、氷室、布袋それぞれの人脈からの選定へと変更し、ギターとして諸星アツシ、サックスとして深沢和明の参加が決定する。ドラムスには「スピニッヂ・パワー」から木村マモルが参加し、バンド名を「暴威」と名付け活動を開始した。

バンドとしてのリハーサルを何度も行い、デモテープを作成しては事務所に対し交渉を行い、ついにはアルバムのレコーディングが決定、暴威として初のレコーディング作業が開始することとなった。

しかし、レコーディングの終盤になり、ドラムスの木村マモルから「プレイヤーではなくプロデューサーとして活動したい」との申し出があり、バンドを脱退する意向を示される。そのため、知人を介して、高橋まことが新たなドラマーとして参加することとなる。

録音編集

プロデュースは当時「マライア」というグループで活動していた渡辺モリオが担当した。マライアとはビーイング所属のスタジオ・ミュージシャンによって結成されたグループであり、他に清水靖晃笹路正徳山木秀夫らが参加していた。渡辺はマライアメンバーとして、『YEN TRICKS』でデビューを果たし、様々なアルバムに参加していたが、当時パンク・ロックに傾倒していたため暴威のアルバムプロデュースを任される事となった[2]

レコーディング作業は1981年にスターシップスタジオとスタジオバードマンにて行われた。

音楽に関する技術的な事を暴威メンバーが認識できていなかったため、レコーディングは困難を極めた[2]。当時陣内孝則率いる「ザ・ロッカーズ」が寺院で一発録りでレコーディングした事が話題となるなど一発録りが流行していたこともあり、本作も楽曲はほとんどが一発録りで行われ、歌入れも同時に行われている。レコーディングを繰り返し、レコード会社へ音源を持ち込むも、理解されずにリリースが決定するまでに時間がかかっている[2]

布袋は後に「アマチュアのミュージシャンがスタジオで練習しているのをそのまま録ったようなアルバム」と評し、「俺もとりあえず初めから最後まで間違えなきゃいいというノリでプレイしていた」と語っている[3]

また、本アルバムの大半の曲のドラムは初代ドラマーの木村マモルが叩いており、高橋まことが演奏しているのは「MASS AGE」と「WATCH YOUR BOY」の2曲のみとなっている。2曲目に収録されている「IMAGE DOWN」のイントロ等もライブではサックスによるもので、深沢は全曲で演奏しているが、レコーディングでは「MASS AGE」しか演奏していない(コーラスでは多数の曲に参加している)。

音楽性編集

音楽情報サイト『CDジャーナル』では、「サウンドはモロにニュー・ウェイヴ仕様、現代でいうとハイブリッド・ポップの範疇に入るのかも」、「当初から氷室&布袋はメロディ重視で楽曲制作していたことがよくわかる」と記している[4]

音楽情報サイト『ローチケHMV』では、「ギラついたパンクサウンド」、「ジャケットのルックスからもわかるように完全にパンクバンド」、「過激な歌詞が詰まったパンクサウンドが展開される」と記している[5]

スタッフの月光恵亮は歌詞に関して、「メッセージ性が強いのは、当時のムーブメントの影響もあるけれど、スピニッヂ・パワーやってた時の氷室の不満が積もり積もって言葉に出てきてるんだと思う。彼の書く言葉は群馬弁とかも入ったままなんだけど、リアリティーがあってそれも面白いんじゃないかって、ほとんど手直しをしなかった」と述べている[3]

プロモーション編集

パンク・ロック色が強く、歌詞のイメージが汚いとレコード会社側がリリースをためらっていたため、1981年の夏に全てのレコーディングが終了しているにも関わらず、同年に本作はリリースされなかった[6]。 当初は、日本フォノグラム(現:ユニバーサルミュージック)よりデビューアルバムは発売予定だったが、1982年3月にビクターよりようやくリリースされる事となった。 その直前にバンド名を「暴威」から「BOØWY」に変更した。レコード会社側はBOØWYを当時流行していたパンク・ロックバンドの一つとして売り出そうとしていたが、メンバーは本格的なパンクを目指しているわけではなく、またアルバムがリリースされるまでの半年間で音楽性が変化していたこともあり、精神的に落胆することとなった[7]

氷室は後に「俺らとレコード会社とのコンタクトの取り方も下手だったと思う。全然コミュニケーションうまくいかなかったから」と語り、「"ラスト・パンク・ヒーロー"っていうコピーが付いたことによって、誤解して集まってくる客に対して責任取らなきゃいけないわけじゃない。その頃、俺はウルトラヴォックスとかの物憂いマイナー・メロディアスっていうのをやりたくてしょうがなかった。布袋もそうだった」と述懐している[3]

アートワーク編集

当時は6人編成であり、アルバムジャケットは6人で写ったものになっている。

ボーカルの氷室は改名前の為、クレジットされている名前は「氷室狂介」となっている。

批評編集

専門評論家によるレビュー
レビュー・スコア
出典評価
別冊宝島1322
音楽誌が書かないJポップ批評43
21世紀のBOØWY伝説
肯定的[8]

音楽評論家市川哲史は「『NO N.Y.』の下世話だけどロマンティックな世界観、がなりや調子っ外れとは無縁の、氷室の『日本独自の正統派』ボーカルの艶っぽさ、布袋の英国ニューウェイヴへの『真摯な愛情』に満ちたスマートなアレンジ。そのどれもが日本パンク・ロック史上初であり、決して粗野なだけじゃない『文系』感を持っていたからこそ、スタイリッシュな香りが漂っている」と述べている[8]

リリース履歴編集

No. 日付 レーベル 規格 規格品番 最高順位 備考
1 1982年3月21日 ビクターInvitation LP VIH-28076 -
2 1985年9月5日 ビクター/Invitation LP VIH-6077 -
3 1986年2月5日 ビクター/Invitation CD VDR-1149 -
4 1989年2月21日 ビクター/Invitation CD
CT
VDR-5281
VCF-1617
2位
5 1990年4月21日 ビクター/Invitation CD VICL-2011 88位
6 1991年12月24日 東芝EMI/イーストワールド CD TOCT-6390 2位 CD-BOXBOØWY COMPLETE LIMITED EDITION』収録
7 1993年3月3日 東芝EMI/イーストワールド CD TOCT-6390 3位 CD-BOX『BOØWY COMPLETE REQUIRED EDITION』収録
8 2002年3月29日 東芝EMI/イーストワールド CD TOCT-24790 14位 CD-BOX『BOØWY COMPLETE 21st CENTURY 20th ANNIVERSARY EDITION』収録
デジタルリマスター
9 2004年9月22日 ビクター/Invitation CD VICL-41147 - デジタルリマスター盤
10 2007年12月24日 ビクター/Invitation CD VICL-62670 - リマスターなし(93年以前と同じ音源)[注釈 1]紙ジャケット仕様、LP盤のレーベルを再現
11 2012年12月24日 ビクター/Invitation SHM-CD VICL-70099 92位
12 2017年3月8日 ビクター/Invitation CD VICL-64747 - K2HD PROマスタリング、紙ジャケット仕様、完全生産限定盤

収録曲編集

A面:1 - 6曲目、B面:7 - 13曲目

No.タイトル作詞作曲編曲時間
1INTRODUCTION
イントロダクション
布袋寅泰布袋寅泰0:35
インストゥルメンタル曲。布袋の意向により、最後に作られた曲[9]
2IMAGE DOWN
イメージ・ダウン
氷室狂介布袋寅泰布袋寅泰3:03
詳細は「IMAGE DOWN」の項を参照。
3SCHOOL OUT
スクール・アウト
氷室狂介氷室狂介布袋寅泰2:31
タイトル通り、退学を示唆する楽曲。当時、ライブハウスなどで実際に退学を報告に来た若者がおり、疑問を感じた氷室が一時期ライブでの演奏を封印していた事もある。
中期にも、出来のいいライブの最後に特別に演奏される事があった。
4ÉLITE
エリート
氷室狂介氷室狂介布袋寅泰2:19
5GIVE IT TO ME
ギヴ・イット・トゥー・ミー
氷室狂介氷室狂介布袋寅泰2:44
原題は「PLEASE TELL ME」。アマチュア時代に演奏していた「男の言い草」がモチーフ。
ライブでの氷室による曲前のMCは「かわいい女の子に贈ります」。また、初期のライブでは早急とも言えるテンポの8ビートにアレンジされ、アルバムのように演奏される事は少なかった。
8ビートですらなくなった最終アレンジ版は、3rdシングル「わがままジュリエット」のB面に収録されている。1986年頃までセットリストに残った。
6NO N.Y.
ノー・ニューヨーク
深沢和明布袋寅泰布袋寅泰3:32
詳細は「NO.NEW YORK」の項を参照。
7MASS AGE
マス・エージ
氷室狂介布袋寅泰布袋寅泰3:11
タイトルは「メッセージ」ではなく「マスターベーション・エイジ」の意味[10]
8WATCH YOUR BOY
ワッチ・ユア・ボーイ
深沢和明布袋寅泰布袋寅泰2:38
当時起きた金属バットによる両親殺害事件をテーマにした曲。
9RATS
ラッツ
氷室狂介氷室狂介布袋寅泰2:42
洋楽のバンド、ブームタウン・ラッツの影響を受けて作られた曲。中期まではセットリストに残った。
10MORAL
モラル
氷室狂介氷室狂介布袋寅泰2:20
人間の二面性をテーマにした曲。氷室の同級生であった山田かまちの死を元に作られた歌詞であると言われる。
11GUERRILLA
ゲリラ
BOØWY布袋寅泰布袋寅泰2:24
サラリーマンに対するアンチテーゼを表した曲。途中に布袋の「僕、今けっこう幸せだな」というMCが挿入されている。
もう一つのMC「夕べ、徹マンでまだ眠いんだよね」は松井によるもの。1986年頃までセットリストに残った。
12ON MY BEAT
オン・マイ・ビート
氷室狂介布袋寅泰布袋寅泰2:19
BOØWYの信条を表した曲。ライブにおいても「BOØWYの歴史に欠かせない曲」とMCで言われている。
2010年に、コブクロがアルバム『ALL COVERS BEST』でカバーしている。
13ENDLESS
エンドレス
MOONLIGHT布袋寅泰布袋寅泰1:29
作詞にクレジットされている「MOONLIGHT」とは、当時のスタッフであった月光恵亮のこと。
氷室からの依頼で、歌詞の内容を英語に訳詞した[10]。英詞の意味は、「いくつの列車を乗り継いで、旅を続けなければいけないのだろう」という意味。
なお、月光はヘヴィメタルバンド「BLIZARD」の作詞を手がけている。

スタッフ・クレジット編集

BOØWY

スタッフ

  • 録音
    • 渡辺モリオ(マライア) - サウンド・プロデュース
    • 星加哲 - ディレクター
    • 小野誠彦 - レコーディング、リミックス・エンジニア
    • 月光恵亮 - イメージング・コーディネーター
    • 東元晃 - エグゼクティブ・プロデューサー
  • アートワーク
    • 月光恵亮 & MOONSHINE PROJECT - アートディレクション
    • 月光恵亮 - デザイン
    • KAZUNORI ISAKA - 撮影
    • TAMA CHAN - メイクアップ
  • 長戸大幸(ビーイング) - エグゼクティブ・プロデューサー

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 当初CDアルバム『MORAL』とCDシングル「DAKARA」との2枚組での発売予定であったものの、最終的にはCDアルバム『MORAL』のみでの発売になった。

出典編集

  1. ^ 紺待人「ライナーノーツ」『BOØWY COMPLETE』、東芝EMI、1991年。
  2. ^ a b c 「HISTORY」『B to Y THERE'S NO BEGINNING AND THE ENDS.』宝島社、2004年9月20日、117頁。ISBN 9784796642408
  3. ^ a b c 「HISTORY」『B to Y THERE'S NO BEGINNING AND THE ENDS.』宝島社、2004年9月20日、119頁。ISBN 9784796642408
  4. ^ BOφWY / モラル [SHM-CD]”. 音楽出版. 2017年1月8日閲覧。
  5. ^ MORAL : BOOWY”. ローソンHMVエンタテイメント. 2017年1月8日閲覧。
  6. ^ 「ALL OF ALL」『BOØWY写真集 RENDEZ-VOUS』CBS・ソニー出版、1989年7月31日、164頁。ISBN 4789704661
  7. ^ 「ALL OF ALL」『BOØWY写真集 RENDEZ-VOUS』CBS・ソニー出版、1989年7月31日、166頁。ISBN 4789704661
  8. ^ a b 「PART4 Sound of BOØWY アルバム&楽曲総力レヴュー」『別冊宝島1322 音楽誌が書かないJポップ批評43 21世紀のBOØWY伝説』宝島社、2006年7月27日、93頁。ISBN 9784796653497
  9. ^ 「WORKS」『B to Y THERE'S NO BEGINNING AND THE ENDS.』宝島社、2004年9月20日、67頁。ISBN 9784796642408
  10. ^ a b 「WORKS」『B to Y THERE'S NO BEGINNING AND THE ENDS.』宝島社、2004年9月20日、68頁。ISBN 9784796642408