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北大西洋条約機構

NATOから転送)

北大西洋条約機構(きたたいせいようじょうやくきこう)は、北大西洋条約に基づき、アメリカ合衆国を中心とした北アメリカ(=アメリカとカナダ)およびヨーロッパ諸国によって結成された軍事同盟である。29カ国が加盟し、日本など非加盟国とも協力関係にある[1]。前身はブリュッセル条約 (1948年)ベルギー首都ブリュッセルに本部を置く[2]

北大西洋条約機構
: North Atlantic Treaty Organization
: Organisation du Traité de l'Atlantique Nord
Flag of NATO.svg
略称 NATO、OTAN
設立年 1949年4月4日
種類 軍事同盟
地位 北大西洋条約
本部 ブリュッセル
座標 北緯50度52分34.16秒 東経4度25分19.24秒 / 北緯50.8761556度 東経4.4220111度 / 50.8761556; 4.4220111座標: 北緯50度52分34.16秒 東経4度25分19.24秒 / 北緯50.8761556度 東経4.4220111度 / 50.8761556; 4.4220111
メンバー 29カ国
事務総長 イェンス・ストルテンベルグ
軍事委員会議長 クヌート・バーテルス英語版
ウェブサイト nato.int (英語)

略称は頭字語が用いられ、英語圏では、North Atlantic Treaty Organization を略した NATO(ネイトー)と呼ばれ、日本やドイツ語圏では NATO(ナトー)、フランス語圏・スペイン語圏・ポルトガル語圏等では OTAN(オタン)と呼ばれる。

目次

歴史編集

設立の経緯編集

 
2002年、NATOのサミット
 
2004年、NATOのサミット

第二次世界大戦が終わり、東欧を影響圏に置いた共産主義ソビエト連邦との冷戦が激しさを増す中で、イギリスアメリカが主体となり、1949年4月4日締結の北大西洋条約により誕生した。結成当初は、ソ連を中心とする共産圏(東側諸国)に対抗するための西側陣営の多国間軍事同盟であり、「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む[† 1]反共主義封じ込め)というヘイスティングス・イスメイ初代事務総長の言葉が象徴するように、ヨーロッパ諸国を長年にわたって悩ませたドイツ問題に対する一つの回答でもあった[† 2]。加盟国は集団的安全保障体制構築に加えて、域内いずれかの国が攻撃された場合、共同で応戦・参戦する集団的自衛権発動の義務を負っている。

当初はアメリカなどの一部でドイツの徹底した脱工業化・非ナチ化が構想されていた(モーゲンソー・プランも参照)。また連合軍占領下ではドイツは武装解除され、小規模な国境警備隊機雷掃海艇部隊以外の国軍を持つことは許されず、アメリカ、イギリス、フランス、ソ連の4カ国が治安に責任を担っていた。しかし冷戦の開始とともに西ドイツ経済の復興が求められ、主権回復後の1950年には西ドイツドイツ連邦共和国)の再軍備検討も解禁された。西ドイツは新たな「ドイツ連邦軍」の創設とNATOへの加盟の準備を始めたが、フランスなどはドイツ再軍備とNATO加盟に反対し、欧州防衛共同体構想で対抗した。この構想は1952年に西ドイツを含む西欧各国間で調印されたが、ド・ゴール主義者達の反対によりフランス議会で否決され、批准に至らなかった。この結果、フランスもドイツ再軍備を認め、ドイツ連邦軍が1955年11月12日に誕生し、西ドイツはNATOに加盟した。一方、この事態を受けてソ連を中心とする東側8か国はワルシャワ条約を締結してワルシャワ条約機構を発足させ[† 3]、ヨーロッパは少数の中立国を除き、2つの軍事同盟によって分割されることとなった。

1949年から1954年まで、パウル・ファン・ゼーラントがベルギー政府とNATO双方の経済顧問を務めた。

冷戦中編集

 
冷戦期のヨーロッパ勢力図。青がNATO、赤がワルシャワ条約機構、白が両同盟に属さない国家である。濃い色は発足時の加盟国、薄い色はその後の加盟国を指す。

第二次世界大戦から冷戦を通じて、西欧諸国はNATOの枠組みによってアメリカの強い影響下に置かれることとなったが、それは西欧諸国の望んだことでもあった。二度の世界大戦による甚大な被害と、1960年代にかけての主要植民地の独立による帝国主義の崩壊により、それぞれの西欧諸国は大きく弱体化した。そのため各国は、アメリカの核抑止力と強大な通常兵力による実質的な庇護の下、安定した経済成長を遂げる道を持とうとした。

東側との直接戦争に向け、アメリカによって核兵器搭載可能の中距離弾道ミサイルが西欧諸国に配備され、アメリカ製兵器が各国に供給された(ニュークリア・シェアリング)。途中、フランスは米英と外交歩調がずれ、独自戦略の路線に踏み切って1966年に軍事機構から離脱[3]、そのため、1967年にNATO本部がフランス首都パリからブリュッセルに移転した[4]。一方、戦闘機などの航空兵器分野では、開発費増大も伴って、欧州各国が共同で開発することが増えたが、これもNATO同盟の枠組みが貢献している。航空製造企業エアバス誕生も、NATOの枠組みによって西欧の一員となった西ドイツとフランスの蜜月関係が生んだものと言える。

西欧はアメリカの庇護を利用する事によって、ソ連をはじめとする東欧の軍事的な脅威から国を守ることに成功した。「冷戦」の名の通り、欧州を舞台とした三度目の大戦は阻止された。つまり、NATOは冷戦期間中を通じ、実戦を経験することはなかった。

冷戦終結後と東方拡大編集

1989年のマルタ会談で冷戦が終焉し、続く東欧革命と1991年のワルシャワ条約機構解体、ソ連崩壊によりNATOは大きな転機を迎え、新たな存在意義を模索する必要性に迫られた。1991年に「新戦略概念」を策定し、脅威対象として周辺地域における紛争を挙げ、域外地域における紛争予防および危機管理(非5条任務)に重点を移した。また域外紛争に対応する全欧州安保協力機構(OSCE)、東欧諸国と軍事・安全保障について協議する北大西洋協力評議会(NACC)を発足させた。

1992年に勃発したボスニア・ヘルツェゴビナにおける内戦では、初めてこの項目が適用され、1995年より軍事的な介入と国際連合による停戦監視に参加した。続いて1999年のコソボ紛争ではセルビアに対し、NATO初の軍事行動となった空爆を行い、アメリカ主導で行われた印象を国際社会に与えた。

一方で、ソ連の崩壊によりソ連の影響圏に置かれていた東欧諸国が相次いでNATOおよび欧州連合(EU)への加盟を申請し、西欧世界の外交的勝利を誇示したが、拡大をめぐる問題も発生した。旧東側諸国の多くがソ連の支配を逃れてNATO加盟を希望する一方、ソ連崩壊より誕生したロシア連邦は国力を回復するとともに、NATO東方拡大に警戒・反発を表明しているためである。1994年、「平和のためのパートナーシップ」(PfP)によって、東欧諸国との軍事協力関係が進展。1999年に3カ国(ポーランドチェコハンガリー)、2004年に7カ国(スロバキアルーマニアブルガリア、旧ソ連バルト三国および旧ユーゴスラビア連邦のうちスロベニア)、2009年に2カ国(アルバニアと旧ユーゴスラビア連邦のクロアチア)が加盟。2017年には旧ユーゴスラビア連邦のモンテネグロが続いた。

こうして旧ワルシャワ条約機構加盟国としては、バルト三国を除く旧ソ連各国(ロシアベラルーシウクライナモルドバなど)を残し、他は全てNATOに引き込まれた。

ロシアがクリミア危機・ウクライナ東部紛争などで見られるように、東欧・北欧諸国に対して威嚇や挑発を強めているため(「新冷戦」参照)、他の国々にもNATO加盟を模索する動きがある。政府がNATO加盟を希望する国としてはウクライナ[5]ジョージア[6]、旧ユーゴスラビア連邦のマケドニア共和国[7]がある。

スウェーデンフィンランドでもNATO加盟を求める世論が台頭している[8]。両国はNATOの軍事演習に参加している[9]

対テロ戦争編集

 
NATO軍

2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件への対応については、10月2日に北大西洋条約第5条を発動し、共同組織としては行動しなかったものの、アフガニスタン攻撃(アフガン侵攻、イスラム武装勢力タリバンをアフガン政府から追放した作戦)やアメリカ本土防空、領空通過許可等の支援を実施している[10]。その後の対テロ戦争には賛同しつつも、各国が自主的に参戦するに留め、新生アフガン軍の訓練にNATOの教官が参加することで協力した。

しかし、2003年のイラク戦争にはフランスとドイツが強硬に反対したために足並みは乱れ、アメリカに追従するポーランドなど東欧の新加盟国と、独仏など旧加盟国に内部分裂した。

2005年にはアフガニスタンでの軍事行動に関する権限の一部が、イラク戦争で疲弊したアメリカ軍からNATOに移譲され、NATO軍は初の地上軍による作戦を行うに至った。2006年7月にはアフガンでの権限を全て委譲され、NATO加盟国以外を含む多国籍軍である国際治安支援部隊(ISAF)を率いることとなった。

新冷戦編集

2000年代後半に入り、アメリカが推進する東欧ミサイル防衛問題や、ロシアの隣国であるジョージア、ウクライナがNATO加盟を目指していることに対し、経済が復興してプーチン政権下で大国の復権を謳っていたロシアは強い反発を示すようになった。2008年8月にはグルジア紛争が勃発、NATO諸国とロシアの関係は険悪化し、「新冷戦」と呼ばれるようになった。ロシアは2002年に設置されたNATOロシア理事会により準加盟国的存在であったが、2008年8月の時点ではNATOとの関係断絶も示唆していた。だが、2009年3月には関係を修復した。

しかしロシアはウクライナ、ジョージアのNATO加盟は断固阻止する構えを見せており、ロシアのウラジーミル・プーチン首相は、もし2008年のNATO-ロシアサミットでウクライナがNATOに加盟する場合、ロシアはウクライナ東部(ロシア人住民が多い)とクリミア半島を併合するためにウクライナと戦争をする用意があると公然と述べた[11]。そして、プーチンの言葉通りウクライナにおいて親欧米政権が誕生したのを機に、クリミア半島及びウクライナ東部でロシアが軍事介入を行い、ウクライナ東部では紛争となっている(クリミア危機・ウクライナ東部紛争)。

費用負担編集

2018年7月11日アメリカ合衆国ドナルド・トランプ大統領は、NATO総長との朝食会の場で、ドイツなどに対して軍事費負担の少なさについて不満を展開。「こんな不適なことに我慢していくつもりはない」と主張した[12]

介入した紛争編集

NATOが介入したのはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争コソボ紛争マケドニア紛争アフガニスタン紛争 (2001年-)2011年リビア内戦である。2011年リビア内戦においては、2011年3月17日にリビア上空の飛行禁止区域を設定した国連安保理の国際連合安全保障理事会決議1973が採択されたにも拘らず、3月19日よりNATO軍が空爆を開始し[13]、反体制派のリビア国民評議会を支援。リビアが崩壊する最大の要因となった。

日本との関係編集

冷戦時代には、かつての「列強」であった日米欧の三極が西側陣営の主軸を構成していた。日米や欧米の関係が緊密なものだったのに比べ、地理的・歴史的な要因もあって日欧の連携は比較的疎遠なものであった。それでも自衛隊では在日米軍が使用する武器・弾薬の相互運用性を確保するために、小銃NATO弾[† 4]を使用しているほか、兵器に様々なNATOとの共通規格を採用している。近年では、2005年にNATO事務総長が訪日、また2007年には安倍晋三首相が欧州歴訪の一環としてNATO本部を訪問しており、人的交流の面でも新たな関係が構築され始めている。この時、安倍首相が来賓として演説を行った北大西洋理事会 (NAC) では、それに続くNATO加盟各国の代表との会談の中で主要国が軒並み日本との緊密な協力関係を構築することに賛意を表したことが注目された[14]。これ以降、NACの下部組織である政治委員会と自衛隊との非公式な協議が開催されたり、ローマにあるNATO国防大学の上級コースへ自衛官が留学するようになったり、NATOの災害派遣演習へ自衛官がオブザーバーとしての参加するようになったり、実務レベルでの提携も行われるようになった。 2014年5月6日にも、安倍首相が欧州歴訪の際にNATOのラスムセン事務総長と会談[15]海賊対策のためのNATOの訓練に自衛隊が参加することや国際平和協力活動に参加した経験を持つ日本政府の女性職員をNATO本部に派遣することなどで合意[15]。さらに日本とNATOとの間で具体的な協力項目を掲げた「国別パートナーシップ協力計画」(IPCP)に署名した[15]

またNATOはアフガニスタンにおける活動の中で、現地の日本大使館が行っている人道支援や復興活動に注目しており、軍閥の武装解除を進める武装解除・動員解除・社会復帰プログラム (DDR)の指導者的立場にある日本との連携を模索している。

さらには、日本をNATOに加盟させようとする動きもある。これはNATOを北大西洋地域に限定せずに世界規模の機構に発展させた上で、日本のほかオーストラリアシンガポールインドイスラエルを加盟させるべきだという意見である。ルドルフ・ジュリアーニニューヨーク市長、ブルッキングス研究所アイボ・ダールダーシニアフェローなどが提唱している。

2018年5月、北大西洋理事会は、ブリュッセルの在ベルギー日本大使館にNATO日本政府代表部を開設することに同意[16]。2018年7月1日、NATO日本政府代表部を開設した[17]

具体的な協力編集

2008年10月時点、日本政府はアフガニスタンで国際治安支援部隊ISAF)を展開するNATOに対し財政支援を行っており、NATO・ISAF側は広報センターを通じてこの事実をファクトシートの形で公表している[18]。日本の対NATO協力の変遷は次のとおり。

  • 2007年1月、安倍首相が北大西洋理事会で演説。
  • 2007年3月、アフガニスタンでの人道支援プロジェクトのために約20億円の財政支援を実施。
  • 2007年12月、NATO文民代表部との連絡促進のため常勤の連絡調整員を指名[19]
  • 2010年6月25日、「日・NATO情報保護協定」を締結(日本が情報保護協定を結ぶのは、「日米軍事情報包括保護協定」(2007年にアメリカとの間で締結)に次ぎ2例目である)[20]

NATOのアフガニスタンでの活動に対する日本の財政支援は、政府の「草の根無償・人間の安全保障資金協力 (GAGP) スキーム」[21]の範囲内で行われている。2008年10月2日現在、日本政府はGAGPの方針に従い29のプロジェクト支援を実施しており、その総額はおよそ260万ドル[† 5]に及んでいる。NATOによれば、政府はさらに39のプロジェクトへの追加資金協力を検討しているという。

加盟国編集

 
加盟国
 
加盟国の拡大

2017年時点で29カ国[1]

加盟した年
1949年   アイスランド  アメリカ合衆国  イギリス  イタリア  オランダ  カナダ  デンマーク  ノルウェー  フランス  ベルギー  ポルトガル  ルクセンブルク
1952年   ギリシャ  トルコ
1955年   ドイツ
1982年   スペイン
1999年   チェコ  ハンガリー  ポーランド
2004年   エストニア  スロバキア  スロベニア  ブルガリア  ラトビア  リトアニア  ルーマニア
2009年   アルバニア  クロアチア
2017年   モンテネグロ
  • ドイツは当初西ドイツとして加盟、1990年ドイツ再統一(より厳密には東ドイツの連邦加盟、事実上は西ドイツによる東ドイツ編入)に伴い、旧東ドイツ区域にも拡大。
  • フランスは1966年にNATOの軍事機構から離脱した(政治機構には継続して加盟)。1992年に軍事委員会への復帰を表明、1995年にはシラク大統領が軍事機構への復帰も示唆したが、実現しなかった。だが、親米路線を強調するサルコジ大統領は2007年11月に再び復帰を示唆し、2008年6月にNATO創設60周年(2009年4月)に合わせて復帰するとし、2009年3月11日に復帰の意向を表明[22]2009年4月4日の首脳会議でNATO軍事機構への43年ぶりの完全復帰を宣言した。
  • ギリシャはキプロス紛争を機に1974年にNATO軍事機構を脱退したが、1980年に再加盟している。
  • ロシアは2002年5月に結成したNATOロシア理事会によって準加盟国扱い。

国際関係編集

ヨーロッパにおけるNATOおよび同盟関係 NATO同盟関係の世界地図
   

NATOは加盟国以外にも様々なパートナーシップ協定を非加盟国との間に締結しており、多くの国と協力関係や友好関係を築いている。まず1994年には平和のためのパートナーシップがNATO諸国と旧ソビエト連邦諸国・旧ユーゴスラビア諸国・欧州の中立国との間に締結され、アイルランドアゼルバイジャンアルメニアウクライナウズベキスタンオーストリアカザフスタンキルギス、ジョージア、スイス、スウェーデン、セルビアタジキスタントルクメニスタン、フィンランド、ベラルーシ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、マルタ、モルドバ、ロシアの21か国が加盟している。これら21か国とNATO加盟29か国、あわせて50か国によってEAPC(欧州・大西洋パートナーシップ理事会)が設立され、政治上・安全保障上の問題について会合を開いている。このほか、ヨーロッパ・旧ソ連の諸国とは「加盟のための行動計画」(MAP)や「個別的パートナーシップ行動計画」(IPAP)なども締結されている。北アフリカ中東諸国に対しては1994年に地中海対話(Mediterranean Dialogue)を締結し、NATO諸国とアルジェリアエジプトイスラエルヨルダンモーリタニアモロッコチュニジアの7か国との間で協力体制を築いている。同様に、ペルシャ湾岸地域に対しても2004年にイスタンブール協力イニシアティブ(ICI)を提唱し、クウェートバーレーンカタールアラブ首長国連邦の湾岸4か国と協力体制をとっている[23]。このほかにも、個別の協力関係が日本やオーストラリア、ニュージーランドなどと結ばれている。

組織構成編集

NATOには超国家的な中央機構は存在しておらず、その盟主は「各加盟国の政府それぞれ」であり「各国政府の権利は平等」とされている。そのため中央機関であり、加盟国の政府代表が参加する北大西洋理事会(NAC[† 6])においては、あらゆる議案が「全会一致」によって承認・決定されている。多数決の制度は採用されていない。

理事会ではNATOが抱えるあらゆる問題が協議され、各加盟国からの代表によって週一回行われる「常設理事会」と、慣例上年2回行われる外相・国防相など閣僚クラスの理事会、さらに臨時で行われる首脳会合などによって意思決定が行われる。この席上においてNATO事務総長は理事会の実施する各種会議の議長としての役職を担い、事務総局はその補佐を行う。

また一時期フランスがNATO軍事機構からの脱退、およびその理由として挙げられた「アメリカ主導による軍事計画の進行」という事由から、特に軍事関係の意思決定は理事会ではなく各国の国防担当大臣により構成される「防衛計画委員会」によって行われる。また核問題に関しては専門の「核計画グループ」も存在しており、核に関連する項目に関しては理事会と同等の権限が付与されている。

これら理事会・防衛計画委員会の下にはさらに、この二つの組織を支援するための常設委員会が設置されており、また必要にあわせて臨時の委員会も設置が可能となっている。

軍事機構に関しては、「軍事委員会」が理事会と防衛計画委員会の決定のもとでNATO軍の各級司令部を統制する。この軍事委員会は任期制の委員長と各加盟国軍の参謀総長クラスの将官によって構成され、下部組織として加盟国の大将・中将により構成される『常設軍事代表委員会』、各国軍の派遣幕僚による「国際参謀部」が付設されている。

  • 北大西洋理事会(各種問題の協議)
  • 防衛計画委員会(軍事問題の協議 2010年にNACに吸収)
  • 核計画グループ(核問題に関する審議)
    • NATO事務総長(理事会主催の会合での議長役)
      • 国際事務総局
    • 軍事委員会(軍事機構の統括)
      • 常設軍事代表委員会
      • 国際参謀部
    • 常設委員会(理事会の支援)

機構軍編集

当初は軍事計画の立案を実施する「常設グループ」(ワシントンに設置)と「地域計画グループ」(各地域に設置)のみが設置されており、本格的な軍事機構が設置されるのは旧西ドイツが加盟して以降であった。 軍事機構の成立後、NATOの各級司令部は概して欧州方面とアメリカ方面とに分かれており、その組織機構の大半は欧州に集中している。これらの組織は地域レベルの司令部や特定種類の部隊・集団の統括組織としての役割をもつが、平時において下部組織に対しては査察権限のみを有し、指揮統制権は戦時にのみ発生するものとされている。ただし、航空関係の各部隊は即応性を求められることもあり、その大半が既に各級司令部の指揮下に収められている。

 
1980年代のNATO中欧連合部隊の管区。

発足当初の機構編集

  • 常設グループ(米国首都ワシントン
    • 北大西洋・カナダおよびアメリカ、西欧、北欧、南欧および地中海の5個地域計画グループ

1960年代以降の組織機構編集

現在(2010年代)の機関・部隊編集

歴代事務総長編集

北大西洋条約機構(NATO)を題材にした作品編集

脚注編集

注釈編集

  1. ^ : Keep the Americans in, the Russians out, and the Germans down.
  2. ^ 第二次大戦後のドイツ問題は、
    1. ドイツを復興させてソ連の影響力を排除する。
    2. 再びドイツがヨーロッパを蹂躙することがないように歯止めをかける。
    3. ドイツを誰が守るのか。
    という3点に集約された。上記のイスメイ事務総長の言葉は、ロシアを排除してアメリカによってドイツを守らせ、同時に歯止めをかけるという処方箋を端的に示している。
  3. ^ 同時に東ドイツも、1952年に編成された兵営人民警察を格上げする形で、1956年に正式に国家人民軍を創設した。
  4. ^ 一般には7.62x51mm NATO弾のこと。
  5. ^ 264万7927米ドル。
  6. ^ : North Atlantic Council
  7. ^ : Allied Command, Europe
  8. ^ : Allied Command, Atlantic
  9. ^ : Allied Command, Channel
  10. ^ : Allied Command, Mediterranean

出典編集

  1. ^ a b 北大西洋条約機構(NATO)日本国外務省ホームページ、2018年10月17日閲覧。
  2. ^ 「NATO本部が移転、雨漏りする旧軍病院から未来的な建物に」フランス通信社(2018年4月20日)2018年10月17日閲覧。
  3. ^ 『現代国際関係の基礎と課題』内第1章「第二次世界大戦後の国際関係」河内信幸 p8 建帛社 平成11年4月15日初版発行
  4. ^ NATO Update - 1967”. NATO. 2017年7月1日閲覧。
  5. ^ ウクライナ/外交・国防日本国外務省ホームページ(2018年10月17日閲覧)。
  6. ^ ジョージア/外交・国防日本国外務省ホームページ(2018年10月17日閲覧)。
  7. ^ マケドニア旧ユーゴスラビア共和国/外交・国防日本国外務省ホームページ(2018年10月17日閲覧)。
  8. ^ 「中立かNATO加盟か、スウェーデンの安保政策」岡崎研究所Wedge Infinity(2017年10月30日)2018年10月30日閲覧。
  9. ^ 「NATO、冷戦後最大の軍事演習 北欧中心に5万人規模」日本経済新聞ニュースサイト(2018年10月25日)2018年10月29日閲覧。
  10. ^ 福田毅 (2003年). “対テロ戦とNATO 集団的自衛権発動とその影響 (PDF)”. レファレンス 平成15年3月号. 国立国会図書館. 2016年7月2日閲覧。
  11. ^ Імперські комплекси братів росіян Або Не розсипайте перли перед свинями (ロシア語)
  12. ^ “トランプ氏、独はロシアの「捕らわれの身」と批判 メルケル氏は反論”. AFPBB News. フランス通信社. (2018年7月11日). http://www.afpbb.com/articles/-/3182069 2018年7月11日閲覧。 
  13. ^ “米英仏軍がリビアに対地攻撃、カダフィ大佐は国民に抗戦呼び掛け”. ロイター日本語ニュース (ロイター). (2011年3月20日). http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPnJS886805620110320 2011年3月20日閲覧。 
  14. ^ “北大西洋理事会(NAC)における安倍総理演説「日本とNATO:更なる協力に向けて」(仮訳)” (プレスリリース), 外務省, (2007年1月12日), https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/19/eabe_0112.html 
  15. ^ a b c “安倍首相:中国軍拡,名指し批判 NATO演説で”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2014年5月5日). オリジナル2014年5月7日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20140531001309/http://mainichi.jp/select/news/20140507k0000e010105000c.html 2014年5月18日閲覧。 
  16. ^ “NATOに日本政府代表部 理事会で開設同意”. 共同通信. https://this.kiji.is/372920906697163873 2018年5月31日閲覧。 
  17. ^ “NATO日本政府代表部を開設”. Qnewニュース. (2018年7月3日). https://qnew-news.net/news/2018-7/2018070302.html 2018年7月8日閲覧。 
  18. ^ NATO広報センターファクトシート(2008年10月) (PDF)
  19. ^ “NATO文民代表部に対する連絡調整員について” (プレスリリース), 外務省, (2007年12月13日), https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/h19/12/1176620_818.html 
  20. ^ 福島良典 (2010年6月26日). “NATO:日本政府と情報保護協定締結 情報交換円滑化で”. 毎日jp (毎日新聞社). オリジナル2010年6月27日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20100627221051/http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100626k0000e030024000c.html 2010年6月26日閲覧。 
  21. ^ 草の根・人間の安全保障無償資金協力 - 外務省
  22. ^ “フランス、NATO完全復帰へ サルコジ大統領が表明”. AFPBB News. フランス通信社. (2009年3月12日). http://www.afpbb.com/articles/-/2580872 2016年3月13日閲覧。 
  23. ^ 「冷戦後のNATO ハイブリッド同盟への挑戦」p231 広瀬佳一・吉崎知典編著 ミネルヴァ書房 2012年11月10日初版第1刷
  24. ^ NCI Agency”. NATO. 2017年12月20日閲覧。
  25. ^ 「サイバー攻撃1日500件検知 NATO責任者に聞く」『日経産業新聞』2017年11月30日(エレクトロニクス・ネット・通信面)
  26. ^ エストニア国防相ユリ・ルイク氏(52)「サイバー防衛 国際協力で」『読売新聞』朝刊2018年10月12日(解説面)。
  27. ^ “ロシアの欧米サイバー攻撃「内政揺さぶり狙う」NATO所長”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2016年12月26日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM20H60_V21C16A2FF8000/ 

参考文献編集

  • 佐瀬昌盛『NATO――21世紀からの世界戦略』(文春新書
  • 軍事同盟研究会編『最強の軍事同盟NATO』(アリアドネ企画)
  • 防衛法学会編『新訂 世界の国防制度』(第一法規出版
  • NATO概要 (PDF) 平成27年1月 外務省(図解あり)
  • 北大西洋条約1949年にNATOを設立した基本条約の全文(日本語訳)

関連項目編集

外部リンク編集