NEMSエンタープライズ

NEMS(ネムズ)エンタープライズ (NEMS Enterprise)は、1962年6月26日、ブライアン・エプスタインが弟クライブを共同経営者に、ビートルズのマネージメント実務を処理する組織として設立した会社である。

NEMS(通称=ネムズ)は、エプスタインの父が電気製品の販売するために作った店の名前で、North End Music Storesの略。後に『NEMSエンタープライズ』は、シラ・ブラックビリー・J・クレイマージェリー&ザ・ペースメイカーズビージーズなどとも、マネージメント契約を結ぶ。

成り立ち編集

ブライアン・エプスタインはNEMSのレコード部門の責任者でレコード店をまかされていた(クライブは電気および家庭用品部門の担当)が、1961年にビートルズと出会い、その魅力に取りつかれ同年12月マネージャーになることを申し出てマネージャーとなる。

1962年6月ビートルズがパーロフォン・レーベルとレコーディング契約を結び、レコード店経営との間に合わせのマネージメントでは不十分であると、ビートルズをマネージメントする会社『NEMSエンタープライズ』を設立した。父親の助言から弟クライブが株の50パーセントを保有する共同経営者となった。

略歴編集

  • 1962年6月26日、『NEMSエンタープライズ』設立。
  • 1962年10月5日、ビートルズデビュー。
  • 1963年3月9日、リヴァプールの本部とロンドンの広報部門を統合して、ロンドンのソーホーに6階全フロアが事務所の本部をかまえる。
  • 1967年5月、ビージーズをポリドール・レコードよりデビューさせるがブライアン・エプスタインの死後はマネージャーであるロバート・スティッグウッドがRSO(ロバート・スティッグウッド・オーガニゼーション)を設立し彼らは移籍する。
  • 1967年8月27日、ブライアン・エプスタイン死去。ビートルズは「ブライアンの代わりがつとまる人間などいない」と自分達で自らのマネージメントを行うことを決め、NEMSとの契約は更新せず1968年に『アップル・コア』を設立。
  • 1967年12月31日、ブライアンの株は母親クイーニー名義に書き換えられ、1968年2月に『ネンペラー・ホールディングス』と改名。
  • 1969年4月24日、弟クライブと母クイーニーは自身の持ち株を『トライアンフ・インベストメント・トラスト』に売却。
  • 1975年10月24日、トライアンフは臨時総会で解散を宣言した。