P-MODEL

日本の音楽グループ

P-MODEL(ピー・モデル)は、日本音楽グループ1979年結成、2000年より無期限活動休止中。

ここでは、2004年より断続的に活動している核P-MODELについても扱う。

P-MODEL / 核P-MODEL
出身地 日本の旗 日本
ジャンル テクノポップ
ニューウェーブ
ポスト・パンク
プログレッシブ・ロック
サイケデリック・ロック
電子音楽
活動期間 1979年 - 1988年
1991年 - 1993年
1994年 - 2000年
2004年 - (核P-MODELとして)
レーベル CHAOS UNION / TESLAKITE
1997年 - )
事務所 CHAOS UNION
1997年 - )
公式サイト SUSUMU HIRASAWA
メンバー

概要編集

1979年1月1日、前身バンド「MANDRAKE」が解散、即日P-MODELが結成される。同年7月メジャーデビュー。

1988年に「凍結」と称して活動を休止。1991年「解凍」と称して活動を再開するも、1993年に「待機」と称し再び活動休止。翌1994年「改訂」と称して3回目の活動を開始するが、2000年より「培養」と称して活動を休止している。

2004年より、中心メンバーの平沢進が1人で核P-MODELとして活動している。[注 1]

メンバー編集

  • 個人記事のあるメンバーについてはそちらも参照。
氏名 パート 生年月日・出身地 在籍期間 他の所属グループ
現メンバー(P-MODEL / 核P-MODEL)
平沢 進
(ひらさわ すすむ)
ボーカル
ギター
シンセサイザー
(1954-04-01) 1954年4月1日(65歳)
東京都足立区
1979年1月 - 2000年12月
2004年10月 - (核P-MODEL)
元メンバー(P-MODEL)
秋山 勝彦
(あきやま かつひこ)
ベース
キーボード
シンセサイザー
(1959-04-11) 1959年4月11日(60歳)
東京都
1979年1月 - 1980年11月
1991年9月 - 1993年10月
CROSS
after the rain(ソロ活動)
田中 靖美
(たなか やすみ)
キーボード
シンセサイザー
(1953-12-05) 1953年12月5日(66歳)
東京都東久留米市
1979年1月 - 1983年3月
田井中 貞利
(たいなか さだとし)
ドラムス (1953-10-29) 1953年10月29日(66歳)
福岡県築上郡
1979年1月 - 1984年12月
1987年3月 - 1988年12月
菊池 達也
(きくち たつや)
ベース (1963-07-30) 1963年7月30日(56歳)
東京都
1980年11月 - 1984年8月
三浦 俊一
(みうら しゅんいち)
キーボード
(ギター)
(1964-08-18) 1964年8月18日(55歳)
東京都江戸川区
1983年3月 - 1985年12月 ケラ&ザ・シンセサイザーズ
Sonic Sky
横川 理彦
(よこがわ ただひこ)
ベース
バイオリン
(1957-01-29) 1957年1月29日(62歳)
鳥取県鳥取市
1984年8月 - 1985年12月 4-D mode1
After Dinner
メトロファルス
荒木 康弘
(あらき やすひろ)
ドラムス
パーカッション
(1959-01-22) 1959年1月22日(60歳)
新潟県柏崎市
1984年12月 - 1987年3月 ALLERGY
恒松正敏GROUP
中野 照夫
(なかの てるお)
ベース
キーボード
シンセサイザー
(1963-08-12) 1963年8月12日(56歳)
東京都
1986年1月 - 1988年12月 LONG VACATION
Sonic Sky
高橋 芳一
(たかはし よしかず)
キーボード
Systems
(1961-08-02) 1961年8月2日(58歳)
東京都
1986年1月 - 1987年9月 CROSS
ことぶき 光
(ことぶき ひかる)
キーボード
シンセサイザー
プログラミング
(1964-03-30) 1964年3月30日(55歳)
北海道沼田町
1987年11月 - 1988年12月
1991年9月 - 1993年10月
プノンペンモデル
藤井 ヤスチカ
(ふじい やすちか)
ドラムス
シーケンサー
プログラミング
(1967-11-21) 1967年11月21日(52歳)
広島県福山市
1991年9月 - 1993年10月 THE GROOVERS
福間 創
(ふくま はじめ)
キーボード
シンセサイザー
System-1
(1970-11-10) 1970年11月10日(49歳)
大阪府
1994年11月 - 2000年12月 YAPOOS
エレキバター
Soyuz Project(ソロ活動)
小西 健司
(こにし けんじ)
キーボード
System-2
ベース
(1955-10-20) 1955年10月20日(64歳)
大阪府
1994年11月 - 2000年12月 4-D mode1
縁側.jp
上領 亘
(かみりょう わたる)
ドラムス
Algorhythm
(1964-09-03) 1964年9月3日(55歳)
東京都
1994年11月 - 1997年5月 NeoBallad
GRASS VALLEY
CROW

時系列編集

 

その他企画バンド編集

此岸のパラダイス亀有永遠のワンパターンバンド
  • KERA有頂天)の呼びかけで結成されたP-MODELのコピーバンド。当時封印状態だった初期P-MODELの楽曲を演奏するために結成された。1987年に2回、1990年に1回ライブに出演している。
ボーカル ギター ベース キーボード ドラムス 備考
1987年 KERA 平沢進 秋山勝彦 三浦俊一 田井中貞利
1990年 ことぶき光 田井中貞利
荒木康弘
平沢は曲によってボーカルも担当
ドラムスは曲ごとに交代
亀有タワーズ
  • ファンクラブ主催のP-MODELコピーバンドコンテスト『Errors of P-MANIA!』にて結成された「P-MODELメンバー本人によるコピーバンド」。全員が本来の担当楽器と異なる楽器を演奏している。『Errors of P-MANIA!』は1993年 - 1995年の3回開催された。
ボーカル ギター ベース キーボード ドラムス その他のメンバー
1993年 加藤賢崇 秋山勝彦 ことぶき光
藤井ヤスチカ
横川理彦 平沢進 KERA(マラカス
1994年 加藤賢崇
TAKA
戸川純カズー
1995年 福間創 平沢進
Miburi:Syn)
横川理彦(Miburi:Snare)
中野テルヲ(Miburi:Kick)
小西健司(タンバリン

来歴編集

音楽性編集

時期によって激しく変遷しているため、大きく1980年代、解凍期、改訂期、核P-MODELと分けて記述する。

初期(1979年 - 1981年頃)
中期(1982年頃 - 1985年頃)
  • 過熱するテクノポップブームへの危機感から攻撃的、批評的な歌詞やテクノ的な音作りを捨て、奥行きを持たせた音の空間や、独自のリズム解釈、そして意味と音のバランスを作為的に崩した言葉の組み立てによる歌詞など実験的なアプローチへとバンドは大幅な路線変更を打ち出した。
  • Perspective』発売前に新宿ロフトにて行われた2部制シリーズライブ「カナリアの籠展開図ぐるりと回る360度期待は記憶気のどくだねオゾノコブラノスキー」では、第一部に前作を踏襲する未発表曲を数曲演奏。田井中が唯一作曲した表題曲や「LUCKY TIME」などが演奏されたが、P-MODELの音源として発売されることは無かった[注 10]
  • ライブでは「ヘブナイザー」などの自作楽器を用い、フレーズ・サンプリングの多用やドラムサウンドのホワイトノイズ加工が行われた。また、ステージ上から客席に鳥の餌を撒く、突然ヤマトのりを絞り出すなどのパフォーマンスで個性的なステージングを展開した。この頃から平沢は現在でも続く直立不動で演奏を行うようになる。
  • 田中の脱退後はメンバー、音楽性の変遷を繰り返し、その中で他バンドの経験者やローディーだった者がメンバーとして採用されるにつれて、次第に平沢のワンマン・バンドとしての要素が強くなっていく。後に平沢はこのことが活動休止の遠因であったと述べている[7]
後期(1986年頃 - 1988年)
  • 再びテクノポップ期の楽曲が演奏されるようになり、中野、高橋加入後にはMIDIギターやシンセサイザー、シーケンサーを導入した。封印していたテクノポップへ接近しているが、シーケンサー類が普及し画期的でも無くなった事により再び取り入れる事になった。
  • 高橋はシーケンサーやカセットデッキも担当する為、「Systems」とクレジットされた。しかし、ライブではシーケンサーは使用されず、同期を不得手としていた田井中に対する配慮のために全て手弾きしていた。また、ライブでは曲と曲との境界が無くなり、ほぼメドレー形式で演奏を行うようになる。
  • メンバーである中野と高橋が(高橋に関しては脱退によりお蔵入りとなったが)楽曲を提供するようになり、ワンマンバンド色は幾分かは薄くなっていった。
解凍期
  • 凍結前は意図的に避けていた「テクノポップ」を宣言し、よりサイバー感を高めたサウンドや、科学技術、特にコンピューター等をテーマにした歌詞、を展開している。また平沢ソロで培った、メロディやコンピュータのなかにプリミティヴな精神世界を見いだす姿勢が貫かれている。
  • メンバー選出に対し平沢は、「打ち込みができる人(=ことぶき)、楽器を弾けてルックスがいい人(=藤井)、そして秋山。」と語っている。藤井以外は元P-MODELメンバー兼平沢ソロバンド参加者であった。同じく平沢ソロバンドに参加していた砂原良徳にもオファーをしていたが、電気グルーヴ加入の話が先となりこの話は流れた。
  • この時代の楽曲は殆どことぶき光が編曲を担当し、ライブのオープニングSE(出囃子)や凍結前の楽曲のライブアレンジもことぶきが打ち込んでいた。
  • ライブでは、ことぶき光のキーボードセットは「砦」と呼ばれ、パソコンのキーボード、「魂」と呼ばれる球体などが飾られており、キーボードやシーケンサーが縦に立て掛けられたまま演奏した[注 11]。秋山はキーボード兼ダンス担当だったため、半裸でステージを縦横無尽に駆け巡る、常にマラカスを振りながら踊る、キーボードを蹴飛ばすなどのパフォーマンスを行った。
改訂期
  • インターネットを活動のキーワードとしており、P-MODEL加入の理由として小西はインターネットの発達により大阪に居ながら東京の平沢との楽曲制作が可能になったこと、福間はパソコン通信で小西に誘われたことを理由として挙げている。『音楽産業廃棄物~P-MODEL OR DIE』ではインターネット上でのやり取りのみで楽曲制作を行い、インターネット中継による公開ミックスダウンも行われた。また、各メンバーがホームページを開設し、メンバーとリスナーのやり取りが可能であった。
  • ライブでは「情報宇宙帆船P-MODEL号が旅に出る」というコンセプトの元、ホームページを活用した観客とのインタラクティブなやりとりや、ステージングひとつひとつに意味を持たせた独自の世界観を構築していった。この「情報宇宙帆船P-MODEL号」はアルバムによって「Black in White船団」「回収船P-MODEL号」と名称が変わっていった。
  • 平沢と旧来の付き合いがあり年齢も近かった小西の参加によって、平沢と小西の二頭体制が出来上がった。この時期に発表された楽曲の半数近くは小西のものである。楽曲はメンバーの個人製作が中心となり、また打ち込みや「Miburi(ミブリ)」、ファミリーコンピュータの周辺機器を改造した「パワー・グローブ」といった電子楽器群の比重が高まったため、解凍期から徐々に希薄化していたバンド色がこの時期にはさらに薄れ、ライブでも打ち込み音源がメインとなっていった。
  • 北欧、東洋的メロディやリズムといった平沢ソロの手法もより積極的に取り入れられ、解凍期とは異なる、アジアンテイストが加わった“アジアン・テクノ”なるサウンドを展開。「電子悲劇/〜ENOLA」ではタイでのレコーディングを行った。
  • ライブ演奏においても平沢はテレビカメラを持ち込み観客を映す、福間のシンセサイザーソロ、小西は指揮棒を振り回す、バナナを客席に投げるなど個性的なパフォーマンスも受け継がれた。また、バンド結成から平沢はボーカル・ギター担当であったが、上領が脱退した1997年よりボーカル・ギター兼シンセサイザーにパートチェンジした。
核P-MODEL
  • 改訂期と同じくコンセプト・アルバムが中心。2002年に発売されたボックスセット『太陽系亞種音』で「今までのP-MODELの活動はアシュオンと呼ばれる物体の大規模な実験のためだった」という内容が綴られ、『ビストロン』ではその物語の続編として位置付けられた。ライブでは「亜種音培養炉」と呼ばれる巨大なセットが鎮座している。この「培養炉」は2011年に起きた東北地方太平洋沖地震により破損し、そこから2ndアルバム『гипноза』の物語が始まる。その後アシュオンにまつわる話はライブ「パラレルコザック」、「HYBRID PHONON」を経て、平沢がプロデュースしたバンドPEVOのライブ「NEOZIC」で完結し、平沢ソロライブ「WORLD CELL 2015」へ繋がっていった。
  • 当初改訂期の平沢ソロ的手法は幾分抑えられ、解凍期や初期の頃の様なテクノポップサウンドとなっていたが、『回=回』ではソロの手法も解禁している。
  • 当初は平沢のソロプロジェクトであったが、2ndアルバムでは田中靖美とPEVO1号がゲストで参加した。2014年に行われた全てのライブではPEVO1号がサポートメンバーとして、「パラレル・コザック」では謎の毛糸帽の男(福間創)がゲストで登場した。
  • 2004年のライブ「トーキョー・ビストロン」では、P-MODEL時代の曲も演奏され、中でも「Solid Air」「フ・ル・ヘッ・ヘッ・ヘッ」は新たにリメイクされて演奏された。2014年の平沢ソロとのハイブリッドライブ「HYBRID PHONON」でもP-MODEL時代の楽曲が新たにアレンジされ演奏された。
  • 2013年時点でシンセサイザー音源は専らSynth1を使用しており、核P-MODELの曲でもメインの音源として多用されている。[8]
  • 2018年発表の「回=回」は、今敏の作品「OPUS」の映像化に際し、テーマ曲を核P-MODEL名義で作成するために、中期~改訂期の手法を踏襲した上で、作風をソロに寄せたと明言している。[9]

その他編集

  • MANDRAKE結成時からの「パート不問」の伝統を受け継いでいる。
    • この為元々キーボーディストだった秋山が田中の意向で未経験のベースを担当することになった他、もともとベーシストだった高橋はキーボード担当になっている。
    • また、横川がバイオリンを弾く際には平沢がベース、三浦がギターを弾く変則構成がとられた。ベース不在の解凍期以降も曲によっては秋山や小西がベースを弾いている。
  • メジャーデビューシングル「美術館で会った人だろ」の歌詞に“美術館に 火をつけるよ”というフレーズがある為、平沢は「消防士の父を持つにも関わらず放火予告でレコード会社と契約した」と後年ネタにしている。[10]
  • 活動再開こそ絶望視されているものの元メンバー同士の関係は現在でも良好である。2000年代以降は楽曲制作やライブ共にほぼ一人で行っていた平沢も2010年代から、かつて平沢がプロデュースしたShampoo、PEVOのメンバーも交えて共演、共作など盛んに交流が行われている。

ライブ・データ編集

ツアーライブ編集

  • P-TRICK PLAN vol.1 (1980年1月3日~1月26日)
  • P-TRICK PLAN vol.2 (1980年3月28日~4月13日)
  • 万物三つこぶらくだの旅(1981年6月5日~6月9日)
  • BAND in Perspective (1982年3月8日~3月20日)
  • ANOTHER GAME TOUR (1983年10月24日~12月27日)
  • ANOTHER GAME TOUR 2nd (1984年3月16日~3月25日)
  • SCUBA TOUR (1984年8月28日~11月3日)
  • SCUBA TOUR(II) (1984年12月16日~12月23日)
    • 12月21日「因果律ランダムパーティ LAST part1」、12月22日「part2」、12月23日「アトミック・カフェ・ミュージック・フェスティバル《冬の陣》」とサブタイトルが追加された。
  • P-MODEL TOUR (1985年10月26日~12月27日)
    • 最終公演では「“KARKADOR LIVE LAST”P-MODEL 2DAYS」として、2days公演となった。
  • “ONE PATTERN”TOUR (1986年7月19日~9月28日)
  • “ONE PATTERN”TOUR 2nd (1986年10月19日~10月25日)
  • Model House Presents tour (1987年5月8日~5月29日)
  • TOUR SENSONICS (1987年7月1日~7月26日)
  • P-MODEL TOUR'92 (1992年3月10日、3月18日)
  • TOUR ON GRID (1992年5月11日~5月19日、7月14日(振替公演))
  • 能率の予感 (1992年12月7日~12月11日)
  • BIG BODY TOUR (1993年5月26日~6月21日)
  • 電子舟訪日行脚 (1996年3月9日~4月26日)
  • LIVE 電子悲劇 (1998年1月21日~2月7日)
    • それぞれサブタイトルが『COLOR-7~0』と変更された。
  • 音楽産業廃棄物~P-MODEL OR DIE (1999年10月24日~10月28日、11月6日)
    • 追加公演は「音楽産業廃棄物 取扱技能者労働組合 総決起集会」に改題された。

ライブイベント編集

  • カナリアの籠展開図ぐるりと回る360度期待は記憶気のどくだねオゾノコブラノスキー (1981年10月18日「part1(Perspective)、10月31日「part2(Story)」、11月8日「part3(Canary)」)
  • 突拍子のためのLesson.1 BAND in Perspective (1982年3月26日)
  • MODEL HOUSE & office GIN-BAN presents VIDEO MUSIC (1982年11月21日「vol.1」、12月26日「vol.2 COOL INDEX」、1984年4月22日「vol.3」)
  • モデルハウス プレゼンツ 夏休み特別企画 NO GAMES NIGHT (1983年8月6日「vol.1」、8月7日「vol.2」)
  • SPECIALDAY&NIGHT (1984年4月15日)
  • “10MILES HIGH”P-MODEL 3DAYS (1985年5月26日~5月28日)
  • 埼玉県動説 重力過密地帯 (1986年4月28日)
  • MODEL HOUSE Presents Vol.1 (1986年5月9日)
  • ゼブラの日 (1986年11月26日)
  • 進化の軌跡 ガラパゴス島の待ち伏せ男 (1987年3月14日)
    • 「ガラパゴス島の待ち伏せ男」とはパーソネルに復帰した田井中のことを指す。
  • アトミック・カフェ (1987年4月24日)
  • 売上税黄金狂時代 (1987年4月25日)
  • Shoot the Monster (1987年6月20日)
  • 此岸のパラダイス亀有永遠のワンパターンバンド解散記念ライブ (1987年9月5日)
  • 埼玉県動説 II (1987年9月12日)
  • グレーテルの一撃? (1987年9月27日)
  • 逆さパラダイス恐竜図鑑のたくらみ (1987年11月1日)
  • 北から来たオルガン弾き (1987年12月4日)
  • 関西3DAYS“天国のANAGRAM” (1988年3月3日~5日)
    • それぞれサブタイトルが「ビーナスの知能指数」「ようこそ雛鳥王殿」「BAND IN PERSPECTIVE II」と変更された。
    • 最終公演「BAND IN PERSPECTIVE II」はバンド名を「Heaven」にしたシークレットライブ。
    • サブタイトルは最終公演以外アナグラムになっている。
  • DAY'S BRAVO!・NIGHT'S BRAVO! (1988年6月10日~6月11日)
    • 2daysとして開催。
  • FEAR'S BRAVO! (1988年7月29日)
  • 凍結ライブ (1988年12月28日)
  • ERROR FORCE (1990年9月23日)
    • 本来は平沢のソロライブであり、P-MODELとしてはシャレでのライブである。
    • この年より1996年までP-MODELと平沢ソロ含め、毎年日比谷野外音楽堂でライブイベントが行われるのが恒例となっていた。
  • ERROR OF UNIVERSE (1991年9月23日)
  • PLANET ERROR (1992年10月25日)
  • ERROR OF INFORMATION 待機 (1993年10月11日)
  • ENDING ERROR (1995年9月30日)
  • Branch-O (1996年10月5日)
  • Communo Hybridia (1996年11月15日)
  • 非局所性LIVE (1997年10月21日、10月22日)
  • ASIA FOR THAILAND (1997年12月6日)
  • 核P-MODEL LIVE トーキョー・ビストロン (2004年11月8日~11月13日)
  • 核P-MODEL LIVE パラレル・コザック (2014年1月11日~1月14日)
  • 平沢進×核P-MODEL HYBRID PHONON (2014年10月11日~10月13日)
  • 核P-MODEL LIVE 回=回 (2018年9月14日、15日、11月16日、17日、2019年1月14日(追加公演))
    • P-MODEL時代含めおよそ20年ぶりに追加公演が行われた。

作品編集

シングル・ソノシート編集

  • 美術館で会った人だろ(1979年7月25日)
  • KAMEARI POP(1979年12月25日)
  • ミサイル(1980年5月25日)
  • ジャングルベッドII(1981年3月25日)
  • P-0 (1983年8月25日)(非売品)
    ブックレット「ANOTHER PAPERS」付属ソノシート。
  • SOLID AIR DANCE VERSION (1983年10月25日)(非売品)
    ライブ会場限定で配布されたソノシート。
  • IKARI/NO PERSPECTIVE (1984年2月)
  • RE;(1985年5月)
  • PROT DRUM/D-SIDE'(1985年5月)
  • アナザー デイ(1986年5月)(非売品)
    プロモーション用シングル。
  • P-MODEL OPENING SE 1992 (1992年2月26日)(非売品)
  • P-MODEL demo (1994年5月25日)(非売品)
  • SAKISIT North Passage MIX (1996年2月29日)(非売品)
  • Rocket Shoot(1996年10月19日)
  • ASHURA CLOCK(1997年8月1日)
  • LAYER-GREEN(1997年8月30日)

アルバム編集

  • モンスター(未発表アルバム)
    収録予定だった一部の楽曲は平沢ソロ作品「時空の水」、ボックスセット「太陽系亜種音」、ライブDVD「三界の人体地図」に収録されている。
    「MONSTER A GOGO」
    『太陽系亜種音』には1987年当時のデモトラックと2002年当時の平沢によるスタジオレコーディングを混ぜたものが収録されている。
    「コヨーテ」「仕事場(仮題)」「げん(仮題)」
    平沢ソロ作品『時空の水』でセルフカバーをしている。「仕事場」は「仕事場はタブー」、「げん」は「デューン」と改題された。
    「MONSTERS A GOGO」
    凍結後に中野が参加したバンドLONG VACATIONが歌詞を変えて「LONG LONG VACATION」としてカバーしている。
    「CALL UP HERE」
    LONG VACATIONがカバー、中野ソロ作品『USER UNKNOWN』にてセルフカバーをしている。

ライブアルバム編集

その他のアルバム編集

  • PERSPECTIVE II(カセット版:1982年3月1日)(CD版:1991年8月25日)(再発:2007年4月25日)
    アルバム『PERSPECTIVE』別テイク集。カセットテープのみでの発売。あとにCD化。
  • 不許可曲集(オリジナル:1983年3月25日)(再編集版:1988年春)(再再編集版:1998年10月21日)
    平沢進の自宅録音・ボツ曲集。事務所直販のカセット。
  • SCUBA(1984年10月10日)
    宝島」発行のカセットブック。平沢進と三浦俊一の2人だけで録音されたアルバム。89年に再発されたCDとはミックスが異なる。
  • モアレ・カセット(1985年5月~1988年12月まで配布)
    当時のファンクラブ会員限定で定期的に配布されたカセットテープ。田井中と平沢の対談やデモ音源、ライブ音源、平沢・中野が作曲したジングル集などがある。
  • LIVEの方法(1994年7月23日)
    ことぶき光が凍結前の楽曲を解凍後のライブ用にアレンジしたスタジオ録音集。
  • Corrective Errors〜remix of 舟(1995年9月30日)
    小西健司と福間創によるリミックス。
  • SCUBA RECYCLE(1995年11月30日)
    『SCUBA』のリ・アレンジ集CD。ブックレットも変更されている。
  • P-PLANT CD Vol.1(2000年6月1日)
    1999年に配信されたサンプル集などがすべて収録。
  • 太陽系亞種音(オリジナル版:2002年5月10日 再発売版:2014年7月4日)
    クロニクル・アルバム集ボックス(バインダー)セット。オリジナル・アルバム12枚をはじめ、過去発表されたP-MODELの音源のほぼ全てを収録した「P-MODEL全集」とも言えるボックスセット。2010年にバインダー版の販売を終了し、装丁を変更して2014年7月に再発売された。

核P-MODEL名義でのアルバム・シングル編集

  • ビストロン(2004年10月7日)
  • アンチ・ビストロン[MecanoVersion](2005年6月30日) - (ショップメカノ限定販売)
  • BigBrother-可逆的分離態様(2008年5月20日) - (ショップメカノ限定販売)
  • Гипноза(2013年11月6日)
  • 導入のマジック(2014年5月21日) - (平沢進/核P-MODEL)
  • 回=回 (2018年9月5日)

ダウンロードコンテンツ編集

  • 不法投棄 (1999年)
    音楽産業廃棄物とVIRTUAL LIVEのサンプル集
  • VIRTUAL LIVE SAMPLE (1999年)
    VIRTUAL LIVEのサンプル集。すべての曲が転調、歌詞の改変がされておりJASRAC対策が施されている
  • VIRTUAL LIVE1 Live at Roppongi S-KEN Studio 1979(1999年)
  • VIRTUAL LIVE2 Live at Shibuya Nyron100% 1980(1999年)
  • VIRTUAL LIVE3 Live at 京大西部講堂 1982(1999年)
  • 音楽産業廃棄物~P-MODEL OR DIE (1999年9月)
  • 核P-MODELライブ達成記念 (核P-MODEL、2005年2月)
  • LIVE回=回 追加公演決定御礼無料配信(核P-MODEL、2018年9月22日)
    LIVE回=回で使用された音源を再編集したものとして「TRAVELATOR_PATYF」が配信された。「PATYF」は「Pay Attention To Your Feet」の意[11]
  • LIVE回=回 大阪公演メモリアル・パッケージカード (核P-MODEL、2018年11月7日)
    音源は「回INΓ◎ΓΞIII~ZEBRA2018」「遮眼大師_回=回大阪ver.」「ECHO-233_回=回大阪ver.」、その他にライブショットと、アルバムやライブの世界観を補完する映像「拝啓 HUMAN-LE殿」が同梱されている。
  • LIVE回=回 東京公演メモリアル・パッケージカード (核P-MODEL、2019年1月9日)
    音源は「遡及発信 ~ いまわし電話」「無頭騎士の伝言 回=回 東京ver.」「PLANET-HOME 回=回 東京ver.」、その他にライブショットと、アルバムやライブの世界観を補完する映像「禁断の会人図」が同梱されている。
  • LIVE回=回 豊洲公演メモリアル・パッケージカード (核P-MODEL、2019年3月29日)
    音源は「Grid Sea ~ 回収船」「幽霊飛行機 回=回 豊洲ver.」「HUMAN-LE 回=回 豊洲ver.」、その他にライブショットと、アルバムやライブの世界観を補完する映像「浮かぶ会人、沈む会人」が同梱されている。

ビデオ・DVD編集

  • MOIRE CLUB(1988年2月10日発売)ファンクラブ会員限定発売
    1987年に行われた「Shoot the Monster」「北から来たオルガン弾き」が収録されている。
  • 三界の人体地図(VHS版:1988年7月1日、再発:1996年12月10日)(DVD版:2005年4月1日)
    1988年に行われた「FUJI AV LIVE」が収録されている。未発売となってしまった「モンスター」収録曲も演奏されている。
    再発版・DVD版は「偉大なる頭脳」「ATOM-SIBERIA」が追加されている。DVD版では初期ロットに不具合があり、問い合わせれば修正版と交換できる。
  • BITMAP 1979-1992(VHS・LD版:1992年9月2日 再発:2000年12月 DVD版:2014年12月)再発版はFC会員限定発売
    1992年に行われた「P-MODEL TOUR'92」を中心に、過去のライブとプロモーションビデオを収録している。
    2014年には平沢ソロデビュー25周年を期してDVD版として再発売された。
  • ENDING ERROR(VHS版:1996年1月)(DVD版:2009年9月15日)どちらもFC会員限定発売
    1994年に行われた同名のライブが収録されているが、当日演奏された「Solid Air」のみカットされている。ラストにはメンバーのメッセージが入っている。
  • 非局所性LIVEビデオ(1997年12月)
    1997年に行われた「非局所性LIVE」が収録されている。
    当時の事務所が行っていたサービス、平沢定期便に加入または当時販売されていたP-MODEL特製PHSを購入すれば無料で配布されていたが、画像が荒く加工されており、カラーでフルなのは最初の一曲のみ、後はモノクロで全て曲のだいたい半分で終了する。(いわゆるブートレグに近い。)
  • LIVE VIDEO 音楽産業廃棄物〜P-MODEL OR DIE(VHS版:2000年4月4日)(DVD版:2011年3月15日)
    1999年に行われた同名のライブとプロモーションビデオ「論理空軍」の模様が収録されている。DVD版では「論理空軍」のディレクターズ・カット版も収録されている。
  • LIVE VISTORON核P-MODEL、2005年4月1日)
    2005年に行われた核P-MODELライブ「トーキョービストロン」の模様が収録されている。ボーナストラックとして初日、2日目にしか演奏されなかった曲も収録されている。
  • LIVE パラレル・コザック(核P-MODEL、2014年)
    2014年に行われた核P-MODELライブ「パラレル・コザック」の模様が収録されている。
  • Hybrid Phonon(平沢進核P-MODEL、2014年)
    2014年に行われた平沢進×核P-MODELの結合ライブ「Hybrid Phonon」の模様が収録されている。公演3日目の曲目を中心に、ボーナストラックとして日替わりで演奏されたすべての曲を含む全30曲が収録されている。

プロモーションビデオ編集

監督 曲名 備考
不明 偉大なる頭脳(1979年)
ASHURA CLOCK(discomuniactor)(1997年)
「偉大なる頭脳」は21stセンチュリーワンダーランド制作です。[12]
平沢裕一 I AM ONLY YOUR MODEL(1980年)
diffrent≠another(1981年)
ポプリ(1981年)
ナチュラル(1981年)
いまわし電話(1981年)
Heaven(1982年)
Perspective(1982年)
のこりぎりぎり(1982年)
HOKA NO KEIKAKU(1983年)
ECHOES(1983年)
ふるへっへっへ(1983年)
ATOM-SIBERIA(1984年)
HARM HARMONIZER(1984年)
「ふるへっへっへ」は『BITMAP』に収録。他作品は一般公開されていない。
ピーター・カラス Karkador 3min 1986 Australia(1986年) 「KARKADOR」をBGMに使った映像作品であり、公式なプロモーションビデオでは無い。
神尾明朗 Another Day(1986年) ACユニット制作。[12]このPVに納得が出来なかった平沢はAmigaを導入し、自分で制作するようになる。[13]
平沢進 2D or not 2D(1992年)
Grid(1992年)
Monotone Grid(1994年)
http (1996年)
平沢がAmigaで制作。「http」は当時ライブで流していた映像と同一。「2D or not 2D」「Grid」は『BITMAP』収録。「Monotone Grid」は平沢ソロビデオ『PHOTON』、「http」はシングル『Rocket Shoot』に収録。
ホッホー石田 夢見る力に(1995年) 全編CGで作成。P-MODELメンバーは写真のみ。
大和久マサル 論理空軍(1999年) 『音楽産業廃棄物 ~P-MODEL OR DIE』DVD版ではディレクターズ・カット版も収録されている。

書籍編集

  • P-model LANDSALE P-model RECORD COPY FULL SCORE(1980年)
  • ANOTHER PAPERS(1983年)
  • 三界の人体地図(1988年)
  • P-MODEL(1992年)
  • 音楽産業廃棄物 OPEN SOURCE/卓上のウロボロス(1999年12月)
    P-MODEL結成20周年、平沢進ソロ・デビュー10周年記念公式単行本。
  • 改訂復刻版 音楽産業廃棄物(2005年6月)
    2005年までのデータを収録した改訂復刻版。

電子書籍編集

  • 改訂DIGITAL復刻版音楽産業廃棄物(2010年)
    改訂復刻版のpdfファイルも付属。

脚注編集

[ヘルプ]

注釈編集

  1. ^ P-MODELとは明確に異なるものと定義されている。
  2. ^ テープエコーマシーンとキーボードを用いてサンプラーに似たシステムを構築したもの。当時のサンプラーは「1戸建ての家が買える」と言われた程高価であり、その後の音楽業界に「平沢進が宝くじを当てた(=当選金でサンプラーを導入した)らしい」との噂がしばらく立つ事になった。
  3. ^ 実際は一身上の都合で止む無く脱退となったもの。この後荒木は一時音楽活動を休止し、コンピュータプログラマーとして活動することになる。
  4. ^ このイベントの模様は後にテレビ放映されたが、TALBOを叩き付けるシーンはカットされている。
  5. ^ 公式サイトからは「風邪のため」と発表された。
  6. ^ 実際は「殺人的スケジュール」によってパニック障害を患っていたものと、後に新事務所設立時のコメントおよびTwitterで語っている。
  7. ^ 但し、ネット接続のないリスナーの為にインディーズレーベル「MAGNET」からCDでのリリースも行われた。
  8. ^ 高橋はオファーがあれば参加したい旨を述べている。小西も平沢が「(小西自身が)好きなだけドイツにいてもいい」と認めることを前提条件として述べているが再結成には前向きである。しかし平沢はインタビューやTwitterで再結成を否定している。
  9. ^ 『音楽産業廃棄物』内のインタビューにて、『メンバー全員「打倒・ピンクレディー」で行こうとしていた』と語っている。
  10. ^ 「LUCKY TIME」は後にIKARI名義で、ソノシートに収録された。「IKARI/NO PERSPECTIVE」を参照。
  11. ^ 『音楽産業廃棄物』のインタビューにて、ことぶきはトリガーを押しているだけで大半がパフォーマンスだったと語っている。

出典編集

  1. ^ 平沢進のツイート(2016年1月11日)2019年11月5日閲覧。
  2. ^ 平沢進のツイート(2016年1月11日)2019年11月5日閲覧。
  3. ^ ボックスセット『太陽系亞種音』ファンクラブ会員限定特典「田井中貞利伝説」より。
  4. ^ P-MODELディスコグラフィー・Corrective Errors平沢進公式サイト 2019年11月9日閲覧。
  5. ^ 平沢進のツイート(2018年4月3日)2019年11月9日閲覧。
  6. ^ NHK衛星第2テレビジョン「80年代ニューウェーブ特集 P-MODEL」、2001年11月28日
  7. ^ VHS『CG年賀状』(1989年)
  8. ^ HIRASAWA SUSUMU 激烈インタビュー(2013年11月13日)2019年11月10日閲覧。
  9. ^ 平沢進のツイート(2018年4月15日)2019年11月10日閲覧。
  10. ^ 平沢進のツイート(2019年7月14日)2019年10月24日閲覧。
  11. ^ Hirasawa, Susumu (2018年9月22日). “PATYF→Pay Attention To Your Feet” (日本語). @hirasawa. 2019年1月18日閲覧。
  12. ^ a b 「P-MODEL BOX」目録(1987年)
  13. ^ 『来なかった近未来』(2012年)

外部リンク編集