ロールス・ロイスPWR

PWR2から転送)

ロールス・ロイスPWR(Rolls-Royce PWR)は、イギリス海軍原子力潜水艦に搭載されている加圧水型原子炉ロールス・ロイス社の子会社ロールス・ロイス・マリン・パワー・オペレーションズが製造し、1966年に就役したヴァリアント級原子力潜水艦以来、イギリス海軍の原子力潜水艦の動力として用いられてきた。イギリス最初の原子力潜水艦ドレッドノートはアメリカ・ウエスティングハウス社製S5W原子炉を動力源としていた[1]

PWR1 編集

 
イギリスで3隻目の原子力潜水艦ウォースパイト(HMS Warspite)。PWR1原子炉を装備した2番目の原子力潜水艦

イギリスで最初に建造された海軍用原子炉であるPWR1は、ロールスロイス社が建造した。ただし、その設計は米国によるものであり[2][3]、同時期のS5W型原子炉の派生型である[4]。そのため、イギリス海軍は、1958年に締結されたイギリス海軍とアメリカ海軍の間の取り決めに従ったすべての手続きと保安規定を甘受しなければならない[4]

この原子炉は計画よりも4年遅く、1965年に臨界に達した[5]アメリカ・イギリス相互防衛協定のもとでの技術移転によってアメリカから提供された潜水艦設計と静粛化技術に関する「相当な量の」情報と引き換えに、ロールスロイスは自力で原子炉を建造することができた[6]

この原子炉の燃料には、93%から97%の高濃縮ウラン (HEU)が用いられている。いずれの炉心も10年の寿命があり、潜水艦の命数の間に2度の燃料交換を行う[7][8]

ダービーロールス・ロイス・マリン・パワー・オペレーションズが建造の中心となり、ドーンレイ原子力開発施設にあるイギリス国防省ヴァルカン海軍原子炉試験施設(Vulcan Naval Reactor Test Establishment、HMS Vulcan)で原子力潜水艦への組み込みに先立って試験が行われた。

PWR1を搭載する原子力潜水艦 編集

PWR1を搭載した原子力潜水艦としては以下のものがあり、装荷した炉心別に示す[9]

運用歴 編集

PWR1の直接的な技術的ルーツであるS5Wを含め、アメリカ海軍の潜水艦用原子炉が少なくとも公式には無事故記録を連続させている[10]のと比較すると、PWR1は、複数回の1次冷却系配管の亀裂や冷却水漏洩が公式に報告されており、良好とはいいがたい。

PWR1を初めて搭載したヴァリアント級およびその準同型艦チャーチル級は、1991年、ヴァリアント級2番艦ウォースパイトの核燃料交換工事の際に1次冷却系配管に亀裂が発見されたことから、同じ設計の機関部を持つ両級計5隻が1994年までに早期退役を余儀なくされた[11][12]。ヴァリアント級およびチャーチル級の後継であるスウィフトシュア級においても1番艦スウィフトシュアが2度目の燃料交換工事の際にやはり1次冷却系配管に亀裂を発見されたために燃料交換を断念し、退役が決定された[13]

また、トラファルガー級原子力潜水艦においても、3番艦タイアレス2000年シチリア島沖の地中海で航海中に1次冷却水漏洩事故を起こした。タイアレスは原子炉を停止してディーゼルエンジンとバッテリーでジブラルタルに帰投せざるを得なかった[14]。タイアレスにおける1次冷却材漏洩事故はこの1度だけでなく、2013年にも再発している[15]。他にも1番艦トラファルガーは、デヴォンポート海軍基地内において、280リットルの汚染された冷却水を艦外に漏出させる事故を起こしている[16]

PWR2 編集

PWR2はイギリス海軍の潜水艦動力用に設計された初の純イギリス産の原子炉[2]。PWR2はトライデント・ミサイルを搭載したヴァンガード級弾道ミサイル原子力潜水艦のために開発された、PWR1の発達型である。最初のPWR2原子炉は1985年に竣工し、1987年6月にヴァルカン海軍原子炉試験施設でテストが開始された。

PWR2の最新の設計はコア H(Core H)である。コア Hでは燃料の交換周期が炉心の設計寿命(=艦の運用寿命)と等しくなっており、艦の就役期間中に燃料交換を行う必要がない。従来は燃料交換のために高額な予算をかけて艦体を切断・再接合する必要があり、長期間のドック入りを余儀なくされていたが、これが不要となることで艦の稼働率が向上し、ライフサイクルコストも低減される。ヴァンガード(HMS Vanguard, S28)は、姉妹艦3隻に引き続いて改修時に新しい炉心を装備する。アスチュート級原子力潜水艦は、艦自体と等しい寿命を持つこのコア H炉心を装備する。PWR2は弾道ミサイル潜水艦用に開発されたため、現行のイギリス海軍の攻撃型原子力潜水艦用の原子炉に比べてかなり大きく、そのためアスチュート級の船殻はPWR2に適合させるため大型化された。

情報の自由法英語版のもと、国防原子力安全査察官(Defence Nuclear Safety Regulator)によるPWR2の設計に対する安全評価が2011年3月に公開された[17]。このレポートはイギリス国防省の高位の意思決定機関である国防理事会(Defense Board)[18]2009年11月に提出されたもので[17]、PWR2は構造的な欠陥による脆弱性を抱えており、冷却水喪失事故にさらされた場合に放射性物質を炉心外部に放出する危険があると指摘し、潜水艦用原子炉と民生用原子炉を比較すると安全性に乏しく[19]、現在のイギリスの慣行は「基準に合致した適切で良好な慣行」(benchmarked relevant good practice)に著しく及ばないと指摘した[17]。また、同レポートは原子炉に問題があるため、原子炉緊急停止後の水面への浮上の妨げとなり、そうした深度制御の喪失が複数の致命的な事態をもたらすリスクがあるとも指摘している[17]

PWR2を搭載する原子力潜水艦 編集

PWR2を搭載した原子力潜水艦としては以下のものがあり、装荷した炉心別に示す[9]。PWR2の炉心はPWR1より炉心寿命が大幅に伸び、25から30年におよぶ就役期間において燃料交換は不要である[9]

PWR3 編集

ヴァンガード級の後継となるトライデント弾道ミサイル搭載艦の推進機関として3つのオプション、すなわちPWR2、PWR2b(性能を改善したPWR2派生型)、PWR3があった[20] 。PWR3はアメリカの設計を元にしつつイギリスの原子炉技術を用いた新しいシステムである。PWR2bとPWR3のコストはほぼ同等だが、PWR3はPWR2派生型よりもシンプルで安全な設計になっておあり、寿命も長く維持整備も少なく済む[20]

2011年3月リアム・フォックス国防大臣は、PWR3の方がより好ましい選択肢であると述べた。「なぜなら、これらの原子炉の方がよりよい安全への見通しを与えてくれるからです」[21][22]。2ヵ月後、イギリス国防省は30億ポンドの予算でPWR3を後継に選定したと発表した[21][23][24]。国防省によれば、PWR3はPWR2と比較して性能および保守性に優れ、原子炉に求められる高い安全性要求にも合致する。PWR3を搭載した潜水艦の取得には1隻当たり5千万ポンドを要し、これはPWR2を装備した潜水艦を購入し25年間運用する場合と比較すると高価であるが、PWR3はより長い寿命を持つよう設計されており、より長期間にわたって運用するのであれば割安になる[20]

アスチュート級7番艦のエイジャックス(HMS Ajax)にPWR3が搭載される、という紛らわしいプレスリリース[25]があるが、2012年10月時点ではエイジャックスは他のアスチュート級と同じくPWR2を搭載するとされている[26]

製造会社 編集

PWRを製造しているロールス・ロイス・マリン・パワー・オペレーションズ(Rolls-Royce Marine Power Operations Limited)はロールス・ロイスのかつて存在した子会社で、ヴィッカーズ、フォスター・ホイーラー、のちにバブコックス・アンド・ウィルコックスが参画して1954年に設立された合同会社ロールス・ロイス・アンド・アソシエーツ(Rolls-Royce and Associates)が、1999年1月15日に現社名に改称するとともにロールス・ロイス社の海洋ビジネス部門の一部となったものである。

同社は2008年8月1日に、ロールス・ロイス・サブマリンズ(Rolls-Royce Submarines Limited)と再び改名した [27]

核物質取り扱いの免許を得た3つの地区で操業しており、そのうち2つはダービーのレインズウェイにある。製造地区(Manufacturing Site)は1960年8月に免許交付され、イギリス海軍の潜水艦向けのウラン燃料処理及びPWR原子炉炉心を製造している。ネプチューン放射性部品施設地区(The Neptune/Radioactive Components Facility Site)は1961年11月に免許交付され、原子炉炉心の実験を実施するためのネプチューン試験原子炉が設置されている 。もうひとつはヴァルカン海軍原子炉試験施設である。

脚注 編集

  1. ^ Ritchie, Nick (February 2015). The UK Naval Nuclear Propulsion Programme and Highly Enriched Uranium (PDF) (Report). Federation of American Scientists, Washington, D.C.: University of York, UK. p. 3. {{cite report}}: 名無し引数「access-2021-09-19」は無視されます。 (説明)
  2. ^ a b クランシー(1996: 211)
  3. ^ クランシー(1996: 208)
  4. ^ a b クランシー(1996: 235)
  5. ^ Daniels, R.J, p.135-136, The End Of An Era: The Memoirs of a Naval Constructor, Periscope Publishing Ltd, 2004, ISBN 1-904381-18-9
  6. ^ p.529, Conway's All The World's Fighting Ships, US Naval Institute Press, Annapolis, 1996, ISBN 1-55750-132-7
  7. ^ Ritchie 2015, pp. 3–6.
  8. ^ King, S J; Putte, D Vande (July 2003). Identification and Description of UK Radioactive Wastes and Materials Potentially Requiring Long-term Management. Nirex Report N/085. UK Nirex Ltd: Didcot. pp. 17–19. ISBN 1840293306. https://tools.nda.gov.uk/publication/015-identification-and-description-of-uk-radioactive-waste-and-materials-potentially-requiring-long-term-management-2003/ 2021年9月21日閲覧。 
  9. ^ a b c 60 Years of Marine Nuclear Power: 1955 -2015Part 4: Other Nuclear Marine Nations”. Lynceans.org. 2021年3月18日閲覧。(p14/190)
  10. ^ 小林正男、2019、『現代の潜水艦』、海人社〈世界の艦船2019.5増刊〉 p. 88
  11. ^ 60 Years of Marine Nuclear Power: 1955 -2015Part 4: Other Nuclear Marine Nations”. Lynceans.org. 2022年11月5日閲覧。(p20/190)
  12. ^ HMS Valiant / Churchill”. Post Cold War Era Royal Navy Equipment. GlobalSecurity.org. 2022.Nov.04閲覧。
  13. ^ Swiftsure”. Post Cold War Era Royal Navy Equipment. GlobalSecurity.org. 2022.Nov.04閲覧。
  14. ^ Large, John H. (2005年3月). “Forensic Assessments of the Nuclear Propulsion Plants of the Submarines HMS Tireless and RF Northern Fleet Kursk”. Institution of Mechanical Engineers seminar: Forensic Investigation of Power Plant Failures. 2007年9月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月4日閲覧。
  15. ^ Ricks, Rebecca (2013年2月19日). “Devonport submarine HMS Tireless back in Plymouth after reactor coolant leak”. Plymouth Herald. オリジナルの2013年5月5日時点におけるアーカイブ。. https://archive.today/20130505063753/http://www.thisisplymouth.co.uk/Devonport-submarine-HMS-Tireless-Plymouth-reactor/story-18190113-detail/story.html 2013年2月20日閲覧。 
  16. ^ Trafalgar”. Post Cold War Era Royal Navy Equipment. GlobalSecurity.org. 2022.Nov.04閲覧。
  17. ^ a b c d Rob Edwards (2011年3月10日). “Flaws in nuclear submarine reactors could be fatal, secret report warns”. The Guardian. http://www.guardian.co.uk/world/2011/mar/10/royal-navy-nuclear-submarine-reactor-flaws 2011年3月28日閲覧。 
  18. ^ 山崎元泰「英国防省による研究開発強化への試み -国防行政の改革と民間活力の導入を通じて-」(pdf)『防衛大学校紀要(社会科学分冊)』第117輯(30.9)別刷、防衛大学校、12頁、2019年9月27日閲覧 
  19. ^ Joseph Watts (2011年3月11日). “Expert warned MoD on safety of Rolls-Royce nuclear sub reactors”. Derby Telegraph. http://www.thisisderbyshire.co.uk/news/Expert-warned-MoD-safety-Rolls-Royce-nuclear-sub-reactors/article-3319943-detail/article.html 2011年3月28日閲覧。 
  20. ^ a b c The United Kingdom’s Future Nuclear Deterrent: The Submarine Initial Gate Parliamentary Report” (pdf). Ministry of Defence. p. 5 (2011年5月). 2013年10月12日閲覧。
  21. ^ a b “Fox wants new reactors for Trident”. defencemanagement.com. (2011年3月15日). http://www.defencemanagement.com/news_story.asp?id=15779 2011年3月28日閲覧。 
  22. ^ Severin Carrell (2011年3月23日). “Navy to axe 'Fukushima type' nuclear reactors from submarines”. The Guardian. http://www.guardian.co.uk/uk/2011/mar/23/navy-submarines-nuclear-reactors 2011年3月28日閲覧。 
  23. ^ “PWR3 Reactor chosen for Trident”. defencemanagement.com. (2011年5月18日). オリジナルの2011年7月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110722100732/http://www.defencemanagement.com/news_story.asp?id=16337 2011年6月17日閲覧。 
  24. ^ “CSA: Safety paramount for RN nuclear submarine reactors”. Defence News (Ministry of Defence). (2011年6月9日). http://www.mod.uk/DefenceInternet/DefenceNews/EquipmentAndLogistics/CsaSafetyParamountForRnNuclearSubmarineReactors.htm 2011年6月17日閲覧。 
  25. ^ Royal Navy submarine contract awarded”. UK Ministry of Defence (2012年6月18日). 2013年10月12日閲覧。
  26. ^ House of Commons - Written Answers Column 311W”. UK Parliament (2012年10月17日). 2013年10月12日閲覧。
  27. ^ Office for Nuclear Regulation – Rolls-Royce Submarines Limited”. 2022年11月5日閲覧。

参考文献 編集

  • トム・クランシー、1996、『トム・クランシーの原潜解剖』、新潮文庫 ISBN 4-10-247205-3

外部リンク 編集