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TAM航空3054便オーバーラン事故(TAMこうくう3054びんオーバーランじこ、ポルトガル語: TAM Linhas Aéreas Vôo 3054)とは、2007年7月17日ブラジルサンパウロ市内に位置するコンゴーニャス空港で発生した航空事故である。サルガド・フィーリョ国際空港サンパウロ国際空港行きのTAM航空(JJ/TAM)(現・LATAM ブラジル)3054便(エアバスA320-233)が、コンゴーニャス空港到着時にオーバーランし、ガソリンスタンドに衝突し炎上した。

TAM航空3054便オーバーラン事故
TAM Linhas Aéreas Flight 3054.jpg
事故機の残骸
出来事の概要
日付 2007年7月17日
概要 逆推力装置の誤操作によるオーバーラン
現場 ブラジルの旗 ブラジル コンゴニャス国際空港
南緯23度37分11秒 西経046度39分44秒 / 南緯23.61972度 西経46.66222度 / -23.61972; -46.66222座標: 南緯23度37分11秒 西経046度39分44秒 / 南緯23.61972度 西経46.66222度 / -23.61972; -46.66222
乗客数 181
乗員数 6
負傷者数
(死者除く)
13(地上のみ)
死者数 199(全員、地上含む)
生存者数 0
機種 エアバスA320-233
運用者 ブラジルの旗 TAMブラジル航空
機体記号 PR-MBK
出発地 ブラジルの旗 サルガド・フィーリョ国際空港
目的地 ブラジルの旗 コンゴニャス国際空港
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この事故で199人が死亡し、南アメリカ諸国で起きた航空事故では史上最多の死亡者を出した。

事故当日の3054便編集

 
事故機と同型機のA320
 
2004年に撮影された事故機

最初はエルサルバドルTACA航空で運航され、その後パシフィック航空で運航されていた。旅客機はペガサスアビエーションが所有し、TAM航空では2006年12月から運航が開始された。事故機は2007年4月20日現在、飛行回数9,313サイクル、総飛行時間20,379時間であったという。

概略編集

 
3054便のオーバーランの過程

TAM航空3054便は、ブラジル南部のポルト・アレグレからサンパウロを結ぶ国内線として運航されていた。乗客181名、乗員6名が搭乗していた[1]。3054便はポルト・アレグレの空港を現地時間17時19分(協定世界時20時19分)に離陸した[1]。3054便は現地時間18時54分に雨が降りしきるなかをサンパウロのコンゴニャス国際空港の滑走路35Lへ着陸したが、その直後に滑走路を左にそれてオーバーランし、滑走路から空港敷地外へ飛び出した[1]。その後道路を横切り、TAM航空の貨物取扱場がある建物とガソリンスタンドに高速で衝突し、炎上した[1]。ガソリンスタンドの地下燃料貯蔵庫への引火による爆発は避けられたものの、この事故で乗員乗客187名全員と地上の12名の199名が犠牲となり[1]、地上にいたTAM航空の職員13名が負傷した[2]

この事故による犠牲者数はブラジルだけでなく南アメリカ諸国では最悪の航空事故となった[1]ブラジル大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァは事故発生から3日間、国中が喪に服することを宣言した。

事故原因編集

調査の結果、滑走路の水はけの悪さとパイロットがエンジンの操作を誤ったことが原因と判明した[3]。事故機は当日第2エンジンの逆噴射装置が不作動の状態で運行されており、普段より着陸時の制動力が弱まっていた。それに加えて短い滑走路として有名な35Lに着陸することが機長にとって精神的な負担となった[要出典]。片方のエンジンの逆噴射装置が不作動の際の着陸手順の一つに、まず両方のエンジンをアイドル推力にしてから正常なエンジンのみを逆噴射するというものがある。この方法は短い距離で停止できるため、3054便の機長はこれを行おうとした[要説明]。しかし機長は手順を誤り、正常な第1エンジンのみをアイドルにした後逆噴射にし、逆噴射装置が不作動の第2エンジンの方は推力レバーを動かし忘れて、最大推力[要出典]のままにした[要説明]。着陸後減速できないことに焦った機長は、右エンジンの推力レバーがフルスロットルの位置にあることに気付けなかった。また操縦室内が暗かったため副操縦士が推力レバーを確認することもできなかったと思われる[誰によって?]。第2エンジンが最大推力だったために機体は滑走路を左に逸れてしまい、建物に激突した。

事故の背景編集

この空港では過去にも度々オーバーラン事故や周辺地への墜落事故が発生しており、2007年2月にはブラジルの裁判所はフォッカー 100ボーイング737NGなど4機種に対してブレーキ性能上問題があるとして飛行禁止を命令していた。だが、ブラジル航空当局とTAM航空は多くの利用者に影響を与えるとして異議を申し立て、上級裁判所において、経済効果を理由に逆転判決が出され、この命令は取り消されていた。

空港の滑走路はこれ以上拡張の余地がないため、滑走路の路面に溝をつけるなどの工夫をしており、その改善のために滑走路が数週間閉鎖されたこともあった。また3054便の着陸した滑走路には舗装し直された箇所があり、コンクリートが固まった後の7月28日に溝をつける工事が予定されていたという。この空港では1996年にTAM航空のフォッカー100が離陸直後に住宅地に墜落する(TAM航空402便離陸失敗事故)など、航空事故が度々発生しており、7月16日にも旅客機がオーバーランする事故を起こしているなど、危険性が指摘されていた。

同空港の滑走路はかねてより特に水はけの悪いことで知られており、事故の前日にも降雨中に着陸した2機がスリップしている。また平行滑走路の全長は1,940メートルと1,435メートルで、これは今日の大型ジェット旅客機(ボーイング747エアバスA340)が安全な離着陸を行うために必要とされる2,500メートルはおろか、中型機(ボーイング767エアバスA300)・小型機(ボーイング737エアバスA320)に必要とされる2,000メートルにも満たない。しかもパイロットたちが「空母」とあだ名するこの空港は都心に近く利便性が高い反面、住宅地の中に取り残された陸の孤島のような立地で、滑走路の先に緩衝地帯やアレスター・ベッドを設けるための土地の余裕もない。このため過去にもオーバーラン事故や周辺住宅地への墜落事故が数回起きており、安全性の疑問はこれまでにも幾度となく指摘されていた。しかし同空港にはこれ以上の拡張工事が望めないこと、また同空港から現在就航しているジェット旅客機を閉め出すことは地元経済へ大きな打撃となることなどから(前述のように2007年2月に地元地裁が出した飛行禁止判決を上級審が覆している)、こうした問題は今日まで棚上げにされてきた。

画像編集

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g ASN Aircraft accident Airbus A320-233 PR-MBK São Paulo-Congonhas Airport, SP (CGH)” (英語). Aviation Safety Network. 2018年4月7日閲覧。
  2. ^ Mikevis, Dayanne (2007年7月17日). “"Tem 200 mortos aí", diz coronel dos bombeiros sobre acidente da TAM” (Portuguese). Folha de S. Paulo. 2007年7月17日閲覧。
  3. ^ 青木 2015, p. 76.

参考文献編集

  • 青木謙知『飛行機事故はなぜなくならないのか』講談社〈ブルーバックス〉、2015年。ISBN 978-4-06-257909-4

映像化編集

関連項目編集

外部リンク編集