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概要編集

 
μITRON4.0仕様に準拠したOSをコントローラー(Joy-Con)に搭載したゲーム機、Nintendo Switch(2017年発売)。μITRONは家電製品で広く使われるTRON系のリアルタイムOSである

TRONとは、「The Real-time Operating system Nucleus」の頭字語である。組込み向けのリアルタイムオペレーティングシステム(RTOS)の仕様の策定をプロジェクトの中核としているが、本来はパーソナルコンピュータGUIやハードウェアの仕様策定など、様々なサブプロジェクトを含む。

TRONプロジェクトの中心人物である坂村健は、TRONプロジェクトが開始した1984年頃より、リアルタイムカーネル(組み込み向け)のITRONと、より大きなシステム(パソコン向け)のBTRON、それらを統合するシステムであるMTRON、といったロードマップを示していたが[3]、1987年に発表した論文『The Objectives of the TRON Project』[4]において、HFDS(Highly Functionally Distributed System、超機能分散システム)と言う構想を発表。未来の地球人類社会では、日常生活のあらゆる部分(電球1個、壁パネル1枚)にまでマイコンが入り込み何らかの形で人間と関わりを持つようになると予想し、それらのコンピュータをそれぞれの機器別にバラバラに扱うのではなく、標準によってうまく連携させるのだというビジョンが提示され、TRONはその実現に向け準備するプロジェクトだ、と規定された[5]。すなわち、μITRON3.0仕様書の言葉を借りれば「コンピュータ組み込み機器をネットワーク接続し、それらに積極的に環境を演出させる」という「電脳強化環境(Computer Augumented Environment)」の実現こそがTRONプロジェクトの目標であると提示され、これを一般向けに解りやすく言い換えて「どこでもコンピュータ」とも称していた[6]

1980年代にTRONプロジェクトの中核とされたサブプロジェクトのうち、組み込み向けOSのITRON以外は2000年代を迎える前に頓挫したものの、2000年頃には身の回りのほとんどの電気/電子機器に組込みシステムが応用されるような時代となった[7]。TRONプロジェクトはこのような「ユビキタス社会」において、組込みシステム用のリアルタイムカーネルのデファクト標準仕様としてのμITRONを中心として、「どこでもコンピュータ環境、ユビキタスネットワーク社会」[8]をゴールとして掲げた。例えば任天堂が2017年に発売したゲーム機「Nintendo Switch」にμITRON4.0が、セイコーエプソンが2008年に発売したプリンター「カラリオ EP-901F」にeT-Kernel Multi-Core Editionが搭載されているなど[9]、TRON系OSは2000年代以降も、主に炊飯器・洗濯機・カメラ・ゲーム機などと言った日本メーカーの家電製品に搭載されたマイコンを制御するための組み込み用OSとして、広く使われている[10]

坂村は2015年、身の回りのあらゆるものがローカルのネットワークでつながる「ユビキタスコンピューティング」の次の段階として、身の回りのあらゆるものがクラウドを通じてつながるという「アグリゲート・コンピューティング」という構想を発表[11]。TRONは2010年代以降のIoT時代においても、IoTを実現する様々なデバイスを制御するための組み込み用リアルタイムOSの一つとなるべく、開発が行われている。

TRONプロジェクトは「オープンソース」「オープンデータ」「オープンAPI」を標榜しており、その成果物についてはOSのソースコード仕様書などを含めて一般向けに無償で公開されており、その使用に際しては実施料を要求されず、実装・商品化は誰でも自由に行える。TRONのライセンスであるT-Licenseは、主なユーザーである組み込みメーカーに配慮して、GPLBSDなどと比べてかなり緩く設定されており、派生物においては全てをオープンにする義務が課されず、オープンにしてもしなくても自由で、また一部をオープンにして一部をクローズドにするといったことも可能である[12]。かつてのTRON系OSはトロンフォーラムのみが配布元であり、ユーザーはそれをダウンロードして自前のシステムで使用できるように自由に改変して使用することはできても、その改変したソースコード本体を再配布することはできず、自分で改変した部分だけをパッチとして配布できるだけであった。しかし2011年策定のT-License2.0においては、ucodeによるトレーサビリティが保障されたことによって、トロンフォーラムが著作権を持つオリジナルのソースをユーザー側で再配布したり、オリジナルのソースに改変を加えたものを再配布したり、オリジナルのソースを第三者が改変して再配布したものに、さらに自分で改変を加えて再配布したりすることも可能となった[13]。TRON系OSの仕様書やT-LicenseといったTRONプロジェクトのオリジナルの成果物の著作権者はトロンフォーラムあるいは坂村健となっている。

TRONプロジェクトは1984年の開始以来、日本の坂村健が中心となって推進しているが、この活動をサポートする組織としては、2019年現在、坂村が会長を務める「トロンフォーラム」が存在する[14]。2017年には、IoT時代においてTRONのさらなる世界的普及を目指して、坂村健とトロンフォーラムはTRON系の組み込み向けリアルタイムOS「μT-Kernel 2.0」の著作権を米電気電子学会IEEEに譲渡。2018年9月11日、μT-Kernelベースの「IEEE 2050-2018」が、IEEE標準として正式に成立した[15]。これによってTRON系OSが、IEEEによって標準化されるOSの国際標準規格の一つとなった。

サブプロジェクト編集

 
BTRON(μBTRON)準拠のOSを搭載した携帯情報端末(PDA)、BrainPad TiPO(1996年発売)。TRONプロジェクトではOSだけでなくハードウェアやインターフェースも策定された

「TRONプロジェクト」とは、OSの開発だけでなく、ハードウェアやインターフェースの開発も含めた様々なサブプロジェクトを総称するための名称であり、その下に様々なサブプロジェクトが存在する。

1984年に坂村が開始し、1986年発足のTRON協議会(1988年に「トロン協会」に改称)が中心となって推進した初期のTRONプロジェクトにおいては、組み込み向けOSの「ITRON」、ビジネス向け(現代で言うパソコン向け)OSの「BTRON」、メインフレーム向け(現代で言うサーバー向け)OSの「CTRON」、TRONにおけるヒューマンインターフェイスをデザインする「トロン電子機器HMI研究会」、TRON構想を実現するためのハードウェアを策定する「トロンチップ」、これらを統括する(現代で言う分散コンピューティングに相当する)「MTRON」、の6つが主なプロジェクトとされていた。これらのプロジェクトのうち、実用的なプロジェクトとしては、組み込み向けOSのITRON系のサブプロジェクトのみが2000年代以降まで生き残った。

ITRONプロジェクトの成功(それ以外のプロジェクトの頓挫)を受け、坂村は2000年に開かれたトロン協会の第12回通常総会において、TRONプロジェクトが第2ステージに入ったことを宣言。2001年に次世代のTRONプロジェクト「T-Engineプロジェクト」が発足。2002年発足のT-Engineフォーラムが推進する初期のT-Engineプロジェクトおいては、TRONプロジェクトにおけるサブプロジェクトの「ITRON(μITRON4.0)」を継承し、組込みOSの「T-Kernel」とその開発環境の「T-Engine」の2つが主なサブプロジェクトであった。

2011年、T-Kernel2.0の発表と同時にT-Kernelプロジェクトの「Step2」が宣言され、それ以前のT-Engineプロジェクトが「Step1」、μITRON4.0が「Step0」と位置付けられた。2015年にT-Engineフォーラムは「トロンフォーラム」と改称され、IoT時代を見据えてTRON本来の役割に立ち返るべく、再び各種のサブプロジェクトの構想が活発化している。

なお、T-Engineプロジェクトの開始後も、レガシー向けに旧来のITRONの需要がまだ残っていたことから、ITRONを推進するトロン協会とT-Kernelを推進するT-Engineフォーラムはしばらく併存していた。トロン協会は2010年に解散したが、ITRONは未だ広く使われており、サポートはT-Engineフォーラム(現・トロンフォーラム)が継承している。

TRONプロジェクト第1ステージ編集

 
JTRON(μITRON)を搭載し、Javaアプリケーション(iアプリ)に対応した初の携帯電話、P503i(2001年発売)。ITRONは2000年代の携帯電話で広く使われた

坂村健が1984年に開始した、初期のTRONプロジェクトである。1986年発足のTRON協議会(1988年に社団法人トロン協会に改称)が中心となって推進していた。

BTRON編集

Business TRON 」の略。ちなみに「BTRON」とはOSの名称ではなく、仕様の名称であり、BTRON仕様に準拠したOSが各社からリリースされる形式となる。

OA機器(オフィスなどで使われることが想定されるコンピューターで、現代で言うパソコンに相当する)向けのOSの仕様で、1985年に開発がスタートした。16ビット機向けシステムのBTRON1と、32-64ビット機向けのBTRON2が存在し、それぞれTRONプロジェクトで開発されたチップ「TRONチップ」での動作を前提とした(Intel 80286での動作を前提とする「BTRON/286」も存在)。

1986年には、学校教育へのコンピュータの導入を目指して旧通商産業省と旧文部省が設立したCEC(財団法人コンピュータ教育開発センター)によって日本の学校教育における標準OSとして検討され、それに日本の大手家電メーカー11社が賛同し、日本の小学校の教育用パソコンへの導入が決まりかけた。しかし、1989年に米国によってスーパー301条の対象として挙げられるなど、日米貿易摩擦を背景とした米国からの圧力にさらされた。

その結果(経緯の詳細はBTRON#通商問題を参照)、賛同したほとんどのメーカーが手を引き、小学校への導入は当初の予定どおりには実現しなかった。BTRON1(BTRON/286)準拠のOSを採用した教育用コンピュータが「PanaCAL ET」(1990年、松下通信工業)として発売自体はされたので、それを選択して導入した学校は存在するが、ほとんどの学校はマイクロソフト社のMS-DOSをOSとして採用した機種を選択した。

「PanaCAL」以外では、教育市場向けではない一般ユーザー向けとして、パーソナルメディア株式会社からBTRON系OSを搭載したパソコンの「電房具」シリーズが販売された。さらに、1994年にはPC/AT互換機で動くBTRON1に準拠したOS「1B/V1」が単体で発売され、一般のパソコンユーザーでもBTRON準拠のOSを利用できるようになった。BTRON系OSを搭載したワークステーションの「MCUBE」も販売され、ITRONの開発用マシンや業務用ハードウェアの制御用などに利用された。当時の競合OS(Windows3.1)とは実用面で比較にならないものの、「実身」「仮身」モデルに代表されるBTRON独特のシステムの熱烈な支持者がいたほか、組み込み用でよく利用されるTRON系OSでありながら曲がりなりにもGUIが利用できることから、開発用OSとしてもある程度の支持者がいた。

その後、BTRONはITRON(μITRON3)ベースのカーネルとなり、PC/AT互換機での動作を前提とする「BTRON3」が策定された。1999年にはBTRON3仕様を満たしたOSの『超漢字』も発売され、1年間で7万本を超える売り上げとなったが[16]、普及率としてはマイクロソフト社のOS(当時の競合OSはWindows98)と競合するOSとはなりえず、2006年発売の『超漢字V』においてはWindows上で動くPCエミュレーター上で動作する前提で、事実上Windowsの1アプリケーションとして動作する前提となっている。

パソコン用OSとしては競合製品に対抗できないものの、一方でBTRON3はμITRONをベースとしているため、一般的なGUIベースのOSが動かないような極めて貧弱な環境においても、μITRONが動いている限りはBTRON準拠のGUIを動かすことができるという特徴があった。そのため、1995年頃より、モバイルでの動作を前提とするサブプロジェクト「μBTRON」の仕様の策定が開始される。

μBTRON編集

携帯情報端末(PDA)向けのBTRON。BTRONのサブプロジェクトで、μITRON3ベースのBTRON3をベースに、キーボード未搭載のハードウェアへの対応や、タッチペンへの対応など、モバイル向けの仕様を追加したもの。セイコーの販売する業務用PDA「TiPO」シリーズの3代目で、1996年発表の「BrainPad TiPO」への搭載を前提として策定された。

1996年当時の一般的なモバイル端末は、GUIベースのOSは実用的ではなく、セイコーの「TiPO」シリーズもそれまではOSとしてMS-DOSを積んでいたが、「BrainPad TiPO」ではμBTRONベースのシステムを用いることで、当時の極めて貧弱なモバイル用ハードウェアにおいても実用的な解像度と稼働時間を維持しながらGUIのマルチウィンドウシステムを動かすことができた。「BrainPad TiPO」は1997年開催のなみはや国体の競技記録システムや博物館の案内システムなどの業務用で採用されたほか、1997年には「電房具TiPO」として一般向けにも市販された。TiPOは単三アルカリ乾電池1本でハーフVGA(640x240)の解像度と50時間の連続稼働時間を誇りながら、NetFront Browserを搭載してインターネットの閲覧も可能であった。

μBTRONを搭載したPDAとしては唯一の市販製品となる「電房具TiPO」は、使い勝手がそれほど良くなく、ユーザーの声を聞きながらインターネットを通じたプログラムのアップデート(当時としては極めて画期的)を繰り返しつつも、1999年に販売を終了する。しかし「TiPO」を始めとするμBTRON搭載機器の開発で得られたノウハウは、1999年より販売されることになるITRONを搭載したインターネット対応の携帯電話(2010年代においてはガラパゴスケータイと呼ばれている)に生かされた。

TRON-GUI編集

TRONを搭載した組み込み向けのGUIの規格。1999年より策定開始。

1990年代後半より、組み込み向けハードウェアでもGUIが動かせるほど性能が向上してきたこともあり、コピー機やVTR機と言った一般の家電にもGUIが搭載され始めたが、ハードによってGUIがバラバラであったため、プログラムを制作する技術者の負担が非常に大きかった。そのため、1999年に「TRON-GUI仕様研究会」が発足し、組み込み向けGUIの標準化が試みられた。

BTRONにおいて策定されているようなGUIの「作法」を、組み込み向けのITRONにおいても確立しようとしたものであるが、2000年にT-Engineプロジェクトが開始するとともに自然消滅した模様。

CTRON編集

「Communication and Central TRON」の略。メインフレーム向け(現在で言うサーバーに相当する)のTRON OSで、1985年にプロジェクトを開始し、1986年に第1版が公開された。日本電信電話公社(現在のNTT)の電話交換機での使用を前提として設計され、同時にCTRON上で動くアプリケーションも制作された。

電電公社の電話交換機の納入元は、従来はすべて日本メーカー(いわゆる「電電ファミリー」)で構成されていたため、米国より「機器納入の自由化」への圧力がかけられたが、CTRONプロジェクトでは機器納入元としてNEC、富士通、沖電気、日立製作所という「電電ファミリー」4社に加え、海外メーカーとして米AT&Tと加ノーザンテレコムを加えることで外圧を乗り切った。

CTRONプロジェクトは成功し、1990年代には日本の電話交換機のほとんどがCTRONベースのシステムとなったほか、沖電気などのATMにも採用された。

ITRON(μITRON)編集

組込みシステム向け(を重視した)リアルタイムOS。1984年にプロジェクトを開始し、1987年に初版を公開。1989年には大規模組み込みシステム向けの「ITRON2」の公開と同時に、小規模組込みシステム向けのITRON2のサブセットとして「μITRON2」も公開された。

μITRONは、元々はITRONのワンチップマイコンのROMに内蔵するなどごく小規模な実装のためのサブセットだったが、ITRONよりもμITRONの使用が主流となったことから、ITRON系OSはμITRONに一本化し、μITRON3.0以降のμITRON仕様はITRON全体の新バージョンとして、ITRONのほぼ全てに相当する機能を持っている。民生用機器では、デジタル家電で広く使用されている他、日本ではフィーチャー・フォンにおいても広く使われていた。

ITRONの仕様は1999年公開のμITRON4が最終となり、それ以後のTRONプロジェクトのメインはT-Engineに移行することとなったが、2010年代以降においても小規模システムにおいてはμITRONが広く使われている。なお、μITRON4.0の仕様策定の中心人物であり、坂村健の監修のもとでμITRON4.0の仕様書を編纂した東大坂村研究室出身の高田広章は、T-Engineプロジェクトに移行せず、μITRON4.0仕様に準拠した「TOPPERS/JSPカーネル」をベースとするTOPPERSプロジェクトを独自に立ち上げた。

JTRON編集

μITRONのタスクと Java仮想マシンのインタフェースを定めた規格。1997年策定。

μITRONにJavaを導入することで、μITRONにおいてGUIやネットワーク機能などのリッチな機能を利用することが可能となる。また、ライブラリーが揃っており、ソフトウェアの移植性が高いJavaを利用することで、開発期間を削減し、開発コストを削減することができる。

一方、リアルタイム制御やハードウェアの直接制御などと言ったJavaの不得手な部分はμITRONで行う。このように、μITRONとJavaで不得手な部分を互いに補完しあうことができる。

主な実装としては、アプリックス社の「JBlend」が挙げられる。日本で2001年以降に普及した「Java対応携帯電話」においては、ドコモでは503iシリーズ以降において、J-フォンとauにおいては全ての製品でJBlendが採用されていた[17]

トロン仕様チップ(TRONCHIP)編集

TRONプロジェクトにおけるチップ(マイクロプロセッサ、現在で言うCPUに相当)の設計を目的とするサブプロジェクト。1986年開始。

アーキテクチャはCISCを採用している。チップの設計においては、坂村は命令セットの設計のみを行い、実際の回路の設計は生産に当たる各社で行う、と言う形式を取った。そのため、同じアーキテクチャの製品が複数のメーカーから発売された。この方式は、後に組み込みCPU市場を寡占するARM社でも採用されることになる。

チップの開発は1989年より行われ、各社の製品は1990年より順次発売された。主な実装としては富士通三菱電機、日立(GMICROグループ)によるGMICROシリーズなどが開発・設計・製造された。当初は主にパソコン向けを予定しており、OSとしてはBTRONの搭載を前提としていたが、BTRONプロジェクトが失敗に終わり、当時の競合機のOSに対してあまりに力不足な状態であったため、TRONチップを搭載したパソコンを出荷することができなくなった。そのため、組み込み向けのチップとして主に使用されることとなった。ただし、そうなると敢えてCISCで行く意義は薄れてしまい、各社とも32ビット以降のプロセッサではTRONチップの採用を取りやめ、RISCによる独自アーキテクチャで開発が行われることとなった。

TRONチップは元々パソコン向けを前提としていたこともあって、組み込み向けとしては規模が大きすぎるため、あまり普及しなかったものの、NTTの交換機や日本の人工衛星などで採用されている。また、日本の電機メーカーは、TRONチップの開発を通じてマイコン開発のノウハウを蓄積した。三菱・Mシリーズや日立・SHシリーズなど、後の各社の32ビットマイコンの命令セットにいくらかの影響がみられる。

トロンヒューマンインタフェース仕様編集

TRONにおけるヒューマンインタフェース仕様の策定を行うサブプロジェクト。略称は「トロンHMI仕様」、あるいは「トロン作法」ともいう[18]

トロンアーキテクチャが考える電子機器や家電製品などのヒューマンインターフェイスの仕様を提示したもので、その成果は1993年に『トロンヒューマンインタフェース標準ハンドブック』[19]として書籍化され市販された。

TRONイネーブルウェア研究会編集

障害者や高齢者などのための「TRONイネーブルウェア仕様」(現代で言う「ユニバーサルデザイン」に相当)を定めるサブプロジェクト。1987年に開始。

「イネーブル(enable)」とは「可能にする」と言う意味で、「イネーブルウェア」とは、障害者や高齢者など「何か」ができなくなっている人に、その「何か」を可能にするためのハードウェア群・ソフトウェア群を指す、TRONプロジェクトによる造語である。

MTRON編集

「Macro TRON」の略。ITRON、BTRON、CTRONなどのTRON系OSで構成される、超機能分散システム(HFDS)全体を対象とするようなOS(の構想)である。1984年に提唱された。

上記のように、HFDS(どこでもコンピュータ)な社会が実現し、身の回りに存在するあらゆるものにTRON系OSが搭載されることになると、それらを統括するネットワークシステムが必要となる。別々に設計された機器を、MTRONを介して相互に接続することが可能になる。MTRONの存在によって、開いたネットワーク(現在で言う分散コンピューティング)環境が実現すると想定された。

これがTRONプロジェクトの最終目標であるとされたが、結局ITRON以外は普及しなかったため、MTRONは構想だけで終わった。

T-Kernelプロジェクト(TRONプロジェクト第2ステージ)編集

 
T-Kernel仕様に準拠したOS(イーソル株式会社製作のeT-Kernel)を搭載したカメラ、Pentax K3(2013年発売)。T-KernelはITRONに引き続いて家電で広く使われている

坂村健が2000年に開始した、TRONプロジェクトの第2ステージであるT-Kernelプロジェクトである。2002年発足のT-Engineフォーラムが中心となって推進していた。

eTRON編集

ICカード、特に非接触のものの通信や、認証などのセキュリティなどの規格。2000年発表。

T-Engineを搭載したチップ同士が安全に通信を行うための公開鍵基盤(PKI)である。全てのモノがネットワークで接続されるユビキタス・コンピューティング社会においてはセキュリティを守るため、利用される全てのT-EngineボードにはeTRONが搭載されることが前提となる。

T-Engine編集

ハードウェアやソフトウェアなどを含む、T-Kernelの開発環境。2001年発表。

T-Kernel(μT-Kernel)編集

ITRONをベースに設計された、組み込み向けリアルタイムOS。2002年公開。

ITRONでは1980年代当時のハードウェアの性能による制限から、仕様書だけ策定されており、実装はハードウェアに合わせて各自で行なう「弱い標準化」の方式となっていたため、最小のシステムから大規模システムにまで対応できるスケーラビリティを持つ一方、それぞれの実装で細かい違いがあり、ソフトの再利用などが困難だった。その反省から、T-Kernelでは2000年代のハードウェアの性能に合わせて「強い標準化」を目指し、仕様書だけでなくソースコードもオープンとなっており、それによって細かな実装上の違いをなくし、デバイスドライバやミドルウェアの再利用が促進できるようになっている。

T-Kernelと互換性を持ちつつ最小のシステムでも利用できる「μT-Kernel」も策定された。このように、ソフトの再利用性やミドルウェアの利用による開発の容易さと言った特徴を持ちつつも、リアルタイムOSとして小規模なシステム開発から大規模なシステム構築用途にまで対応する「フルスケーラビリティ」を持つ。

μITRONのソフトウェアをT-Kernel上で再利用することも容易とされている。

T-Engineボード編集

T-Engineの標準プラットフォームで、T-Kernelが動作するハードウェア。eTRONを搭載している。ソフトウェアの移植性が高く、異なるCPUを搭載したボードでも同一のソースでソフトウェアが使用できる。

2019年現在、パーソナルメディア株式会社よりトロンフォーラム公認のT-Engineリファレンスボード(U00B0021-02-CPU)が販売されており、T-Kernelの評価ができる。標準価格 49,800円。

T-KernelプロジェクトStep2編集

 
宇宙航空向けTRON系OSの「T-Kernel 2.0 AeroSpace」を搭載した準天頂衛星「みちびき(初号機)」を載せて宇宙へ飛び立ったH-IIAロケット18号機(2010年打ち上げ)。

坂村健が2015年より提唱している「アグリゲート・コンピューティング」を実現するための、T-KernelプロジェクトのStep2である。2015年発足のトロンフォーラムが中心となって推進している。

IoT-Engine編集

IoTのためのオープンな標準プラットフォーム環境を構築するためのプロジェクト。2015年発表。

坂村が2015年に提唱し、2016年発売の著書『IoTとは何か 技術革新から社会革新へ』において詳細に記述された「アグリゲートコンピューティング」構想を実現させるためのもの。「アグリゲートコンピューティング」とは、モノとモノがローカルのネットワークで相互に接続される「ユビキタス・コンピューティング」の次の段階で、モノとモノがクラウドを介して相互に接続される世界である。ネットワークの通信速度が高速化した2010年代において現実化した。

実装は協賛企業の各社によって行われるが、OSにはμT-Kernel 2.0を搭載し、クラウドサービスに接続する機能を必須要件とする。製品のOSとして非常に低いリソースでも動くTRONを利用し、高度な処理はクラウドに任せるようにすることで、製品の低コスト化・低消費電力化を図ることができる。またTRONと言うオープンなプラットフォームを各社の製品で採用することで、各社の製品で連携を取ることができるようになる。

TRON Safe Kernel編集

T-Kernel2.0をベースに、機能安全規格のIEC 61508 SIL3に対応したTRON。2017年策定。

2000年代以降、特に欧州に製品を輸出する際はIEC 61508の認証が必要となる場合が増え、その他の国に輸出する場合にも規格適合を条件とする場合が増えた。そのため、IEC 61508の認証を得た「TRON Safe Kernel」をOSとして採用することで、海外に製品の輸出がしやすくなり、またメーカーの実装ごとに独自に認証を受けた場合にかかる費用も無くすことができる。

安全水準の異なるソフトウェアを分離して実行するためのドメイン管理機能を備えており、機能安全水準を満たさないアプリケーションを動かす場合はT-Kernel2.0として動作する。

IEEE 2050-2018編集

米電気電子学会IEEEによる、リアルタイムオペレーティングシステムの国際標準規格である。2018年策定。

2013年発表のμT-Kernel2.0が、2018年にIEEEによって標準化されたもの。これに準拠したOSとして、2018年発表のμT-Kernel 3.0が存在する。

その他編集

シンボル編集

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1989年のデザイン[20]。「 」(大漢和 5-13536、GT 17106、U+23091「𣂑」)をモチーフとしたもの。「斗」の古字で「」の意があり、升=計器=規格に通じる、といった考えがある。中央の「十」の部分がTRONの頭文字「t」を模してもいる。

また、この字を使い、TRONを漢字で「 論」と当て字したりもする。中国で篆刻してもらおうとしたところ、この字は国字であるために中国でも通用する「斗」にされてしまい、さらに篆書体のために、まるで「毛」という字のような、当初の意図とは全くかけ離れたものが出来上がってしまった、というエピソードがある[21]

TRONキーボード編集

TRONプロジェクトでは、コンピュータ用として新しくデザインし直されたキーボードも製作した。放射状の配列を採用した「TRONキーボード」と、ノートPC等での使用を考慮し、矩形内に配列した「μTRONキーボード」がある。

プロジェクトの当初の時期に設計・試作(一部製品化)されたキーボードは、英字系がDvorak配列ベース、日本語系がプロジェクトでの調査にもとづく独自配列(物理形状としては、M式等との類似もあるが中迫勝らの研究を参考・反映したもの。日本語入力方式はシフトによりひとつのキーに割り当てられた複数のかなを切り替えるという点は親指シフトに類似している)というものであった。

掌に合わせた物理形状であることから、掌の大きさに合わせないと使い辛くなることが予想でき、それに対応するためS・M・Lの複数サイズを最終的には用意することとしていた[22]が、沖による試作品やTK1などでMサイズ以外のものは作られなかった(後述する、2017年初頭現在製造市販されているμTRONキーボードは、左右セパレート型にすることである程度のポジションの違いに対応している)。

μTRONキーボード」という商品名で2017年初頭現在製造・市販(ユーシーテクノロジ(株)製造・パーソナルメディア(株)販売)されているものは、QWERTYJISかな配列になっており、TRON本来の配列は添付の厚紙製トレーナーと、ドライバソフトウェアによるサポートとなっている。「TRON配列モード」に切り替えるとUSBから一瞬論理的に切り離され、USBプロダクト IDが変化して再接続する。

HFDS編集

坂村が1982年に発表したプレゼンテーションスライド「未来のオフィス」で大枠が示され、1987年の論文『The Objectives of the TRON Project』において明確なビジョンとして示された。

未来の地球人類社会では、日常生活のあらゆる部分(電球1個、壁パネル1枚)にまでマイコンが入り込み何らかの形で人間と関わりを持つようになると予想し、それらのコンピュータをそれぞれの機器別にバラバラに扱うのではなく、標準によってうまく連携するシステムを「超機能分散システム」、Highly Functionally Distributed System(HFDS)と呼んだ。そして、TRONをその実現に向け準備するプロジェクトと位置付けるものである。

対談などではくだけた表現として「どこでもコンピュータ」などと呼ぶこともあったり、2000年ごろよりマーク・ワイザーによるユビキタスコンピューティングの概念が広まってからは、そちらを使うことが多くなった。2000年代後半以降は「IoT」と呼んでいる。


トリビア編集

  • 1982年のヒット映画「トロン」との関連は曖昧にされており、プロジェクト発足直後にあたる時期の坂村の著書『電脳都市』の映画「トロン」の章の注には、よく映画から採ったのか、と聞かれるのだが「そうでもないし、そうでもある、というところで実のところ全く関係ない。でも、このプロジェクトを始める前に映画を見た記憶はある。TRONThe… の略である。」[23]と書かれている。
  • 坂村はUnicode、特にCJK統合漢字のために行われた Han unification英語版を、漢字文化圏の文化を破壊するものとして、強く批判した。主要な主張は日本電子工業振興協会発行の『未来の文字コード体系に私達は不安をもっています』(全国書誌番号:20985671)にある(このパンフレットは1993年に発行されており、坂村らの以後の主張が指す「Unicode」は、当時の規格である、Unicode 1.1 と、Unicode との共通性を強く指向したISO/IEC 10646-1:1993を基としている)。
  • TOPPERSプロジェクトは、豊橋技術科学大学助教授(のち名古屋大学教授)の高田広章が2003年に開始した、組込みシステム開発のためのプロジェクトである。μITRON4.0仕様に準拠したリアルタイムOSである「TOPPERS/JSP」カーネルをベースとして、これを独自に拡張した各種のカーネルを開発している。東大を拠点とする坂村に対して、高田は名古屋を拠点とすることから、TOPPERS系OSは主に中京地方の自動車メーカーなどで使われており、車載向けにOSEK/VDX仕様を満たした「TOPPERS/ATK」カーネルなどが存在する。高田は東大坂村研究室の出身で、1999年にはμITRON4.0の仕様策定の中心人物として仕様書の編纂も担当し、また1997年より豊橋技術科学大学にITRON開発の拠点を築いたことでも、当時はTRONプロジェクトにおける主要な人物の一人とされていたが、2003年にTOPPERSプロジェクトを立ち上げて以降は、TRONプロジェクトとは無関係の人物と言うことになっている。具体的に言うと、2004年発表のμITRON(Ver. 4.02.00)の仕様書は高田広章が編纂したことになっているが、2006年発表のμITRON(Ver.4.03.00)の仕様書は「社団法人トロン協会 」が編纂したことになっている。

脚注編集

  1. ^ 坂村 1987c, p. 2.
  2. ^ 「6月」というのが具体的に何をした時なのかはよくわからない。サーベイ等はもっと前から行っており、前月の5月に研究集会での発表も行っている。
  3. ^ 先頭のアルファベットを並べると「IBM」ではないか、という冗談があった。後にCTRONが加わり「ICBM」と、より物騒になった、というオチが付く
  4. ^ The Objectives of the TRON Project doi:10.1007/978-4-431-68069-7_1
  5. ^ 坂村健「TRONの目指すもの」、『TRONプロジェクト'87-'88』pp. 3~19
  6. ^ 『μITRON3.0 仕様 Ver. 3.02.02』p.5、 監修 坂村健、編集/発行 社団法人トロン協会、1997年
  7. ^ 『μITRON4.0仕様 Ver. 4.02.00』p.7、(社)トロン協会ITRON仕様検討グループ、2004年
  8. ^ 『μITRON4.0仕様書 Ver. 4.03.03 』p.1、T-Engineフォーラム、2010年
  9. ^ リアルタイムOS・ツール・ミドルウェア ユーザ事例”. イーソル株式会社. 2019年8月30日閲覧。
  10. ^ 『μITRON4.0仕様書 Ver. 4.03.03 』p.7、T-Engineフォーラム、2010年
  11. ^ 『IoTとは何か 技術革新から社会革新へ』坂村健、KADOKAWA、2016年
  12. ^ T-Licenseの考え方”. トロンフォーラム (2004年10月5日). 2019年8月30日閲覧。
  13. ^ T-License 2.0 FAQ”. トロンフォーラム (2011年). 2019年8月30日閲覧。
  14. ^ 2015年4月1日に「T-Engineフォーラム」から「トロンフォーラム」に名称変更。さらに以前は社団法人トロン協会が中心となっていたが、2010年1月15日付けで解散し、2000年頃から併存していたT-Engineフォーラムに吸収された
  15. ^ μT-Kernel 2.0がベースのIEEE 2050-2018がIEEE標準として正式に成立”. www.tron.org. トロンフォーラム (2018年9月11日). 2019年2月25日閲覧。
  16. ^ 美崎薫『超漢字超解説』、工作舎 、2000年
  17. ^ ケータイ用語 第100回:JBlend とは - ケータイWatch
  18. ^ 『トロンヒューマンインタフェース標準ハンドブック』、はじめに(p. XIV)
  19. ^ トロンヒューマンインタフェース標準ハンドブック - パーソナルメディア書籍サイト
  20. ^ 『TRON DESIGN』p. 4
  21. ^ 『TRONWARE』Vol. 36 p. 7
  22. ^ 坂村 1987c, p. 171.
  23. ^ 『電脳都市』岩波版(ハードカバー版)p. 290

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集