tert-ブチルヒドロキノン(ターシャリーブチルヒドロキノン、TBHQ、tertiary butylhydroquinone)は、酸化防止剤として使用される場合のある化合物である。工業用以外に、食品用にも用いる場合もある。ただし、有害性が疑われるとして、食品への使用が禁止されている地域も存在する。

tert-ブチルヒドロキノン
識別情報
CAS登録番号 1948-33-0
PubChem 16043
ChemSpider 15235
日化辞番号 J2.135K
E番号 E319 (酸化防止剤およびpH調整剤)
DrugBank DB07726
ChEMBL CHEMBL242080
特性
化学式 C10H14O2
モル質量 166.22 g mol−1
外観 黄褐色の粉末
密度 1.050 g/mL
融点

127-129 °C, 400-402 K, 261-264 °F

沸点

273 °C, 546 K, 523 °F

への溶解度 僅かに溶ける
酸解離定数 pKa 10.80±0.18
危険性
安全データシート(外部リンク) External MSDS
主な危険性 有害
Rフレーズ R22
Sフレーズ S26 S27 S28
引火点 171 °C
関連する物質
関連物質 ブチルヒドロキシアニソール (BHA)
4-tert-ブチルカテコール (TBC)
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

構造・化学的性質 編集

ヒドロキノンとは、フェノールの4位の水素が、水酸基に置換した化合物、すなわち、1,4-ヒドロキシベンゼンの慣用名である。このヒドロキノンの2位の水素が、いわゆるtert-ブチル基に置換した化合物が、tert-ブチルヒドロキノンである[注釈 1]

したがって、tert-ブチルヒドロキノンはフェノール性水酸基を有している。しかし、tert-ブチルヒドロキノンは、フェノール性水酸基を有しているのにもかかわらず、鉄イオンが存在しても、変色が起こらない[1]

また、ベンゼン環の1位と4位に水酸基を有しているため、この部分は酸化され易く、容易に水酸基は水素を失って、この部分がケトン基に変化し、いわゆるベンゾキノンの形に変化する。これは芳香族性を失ってでも、酸化され易いという、ヒドロキノンが持つ、やや特殊な性質である。ただ、この性質を有するため、tert-ブチルヒドロキノン自身が酸化して、周囲の物資を酸化させないようにする酸化防止剤として使用し得る。

利用 編集

tert-ブチルヒドロキノンは、酸化防止剤として有用とされる[1]

食品添加物 編集

tert-ブチルヒドロキノンは食品添加物としてE番号E319が与えられている。

食品では、不飽和脂肪酸や動物性油脂の酸化防止剤として使われる場合がある[2][注釈 2]tert-ブチルヒドロキノンを添加しても、香料や食品の風味も変えないとされる[1]。さらに、鉄イオンが含まれていても、変色しないという意味でも使い易いとされる[1]

また、tert-ブチルヒドロキノンは、ブチルヒドロキシアニソールなど他の酸化防止剤と一緒に使う事も可能である。

工業的用途 編集

工業的にtert-ブチルヒドロキノンは、その酸化防止剤としての性質を利用して、化合物の安定化剤として使わる。

例えば、ワニスラッカーなどにも酸化防止剤として添加される。さらに、有機過酸化物には自家重合を抑制するために添加される。

また、バイオディーゼルの燃料として植物油などを使用する際にtert-ブチルヒドロキノンを添加しておくと、燃料の酸化による変質を防止するだけでなく、ディーゼルエンジンなどの腐食も防げる[3]。さらに、燃料に添加されたtert-ブチルヒドロキノンは、その構造から明らかなように、そのまま自身も燃料として燃えてくれる。

これ以外に、香水の固定剤としても使われ、香料の蒸発速度を低下させ、香水の安定性を向上させる。

規制 編集

欧州食品安全機関 (EFSA) とアメリカ食品医薬品局 (FDA) の両方がtert-ブチルヒドロキノンを評価し、例えば、冷凍魚と魚製品で許可されている添加の上限濃度を、1000 mg/kgと定めている。また例えばFDAは、油脂または食品に含まれる油脂含有量の0.02パーセントを、添加の上限と定めている[4]。この許可している添加量であれば、ヒトが摂取しても安全であると、EFSAとFDAは断定しており、上限濃度を定めた上で、食品添加物としての利用が認めている[5]。これに対して、日本は安全性に疑念があるとして食品添加物としての利用を認めておらず、TBHQを含む食品の輸入・販売を禁止している[6]

危険性 編集

tert-ブチルヒドロキノンを高用量で投与した場合、実験動物に対して、胃ガンの前駆細胞の生成や、DNAの損傷など、健康への悪影響を引き起こした[7]。 また、多くの研究では、高用量の長期暴露により発ガン性[8]、特に胃ガンを発生させる可能性が示唆された[9]

しかしながら、tert-ブチルヒドロキノンには、複素環アミンが体内で代謝されて発ガン物質へと活性化する事を抑制する効果が出るとして、複素環アミンが誘発する発ガンを抑制する効果が有る事が、ラットによる動物実験で示唆された[10]。ただし、tert-ブチルヒドロキノンの複素環アミンによる発ガン抑制の効果は、効果が出るとしても、非常に低いとの注釈が付けられた[10]。また、欧州食品安全機関は、tert-ブチルヒドロキノンを非発ガン性であると判断している[5]

ただし、tert-ブチルヒドロキノンの毒性に関する1986年の科学文献のレビューでは、ヒトによる摂取量と、動物実験において毒性が発現する量との間には、大きな差が存在するとされた[11]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ この「tert-ブチル基」という言い方は、IUPAC名でも許容されているものの、厳密にIUPAC名で言うと「1,1-ジメチルエチル基」とでも言う置換基である。
  2. ^ なお、この「油脂の酸化防止」とは「油脂の変敗の防止」や「油脂の酸敗の防止」などと言い換える事もできる。

出典 編集

  1. ^ a b c d Fats and oils: formulating and processing for applications, Richard D. O'Brien, page 168
  2. ^ Tert-BUTYLHYDROQUINONE (TBHQ), International Programme on Chemical Safety
  3. ^ Almeida, E.S., et al (2011). “Behaviour of the antioxidant tert-butylhydroquinone on the storage stability and corrosive character of biodiesel.”. FUEL 90 (11): 3480-3484. doi:10.1016/j.fuel.2011.06.056. 
  4. ^ 21 C.F.R. § 172.185
  5. ^ a b Opinion of the Scientific Panel on food additives, flavourings, processing aids and materials in contact with food (AFC) on a request from the Commission related to tertiary-Butylhydroquinone (TBHQ)” (html). European Food Safety Authority(欧州食品安全機関). 2004年7月12日閲覧。
  6. ^ 輸入食品からTBHQ(t-ブチルヒドロキノン)が検出 神奈川県衛生研究所
  7. ^ Tert-Butylhydroquinone - safety summary from The International Programme on Chemical Safety
  8. ^ Gharavi N.; El-Kadi A. (2005). “tert-Butylhydroquinone is a novel aryl hydrocarbon receptor ligand.”. Drug Metab Dispos 33 (3): 365–372. doi:10.1124/dmd.104.002253. PMID 15608132. 
  9. ^ Hirose, Masao et al.; Yada, Hideaki; Hakoi, Kazuo; Takahashi, Satoru; Ito, Nobuyuki. “Modification of carcinogenesis by -tocopherol, t-butylhydro-quinone, propyl gallate and butylated hydroxytoluene in a rat multi-organ carcinogenesis model”. Carcinogenesis (イギリス: Oxford University Press) 14 (1): 2359–2364. doi:10.1093/carcin/14.11.2359. PMID 8242867. http://carcin.oxfordjournals.org/content/14/11/2359.abstract 2010年2月2日閲覧。. 
  10. ^ a b Hirose M, Takahashi S, Ogawa K, Futakuchi M, Shirai T, Shibutani M, Uneyama C, Toyoda K, Iwata H (1999). “Chemoprevention of heterocyclic amine-induced carcinogenesis by phenolic compounds in rats.”. Cancer Lett 143 (2): 173–178. doi:10.1016/S0304-3835(99)00120-2. PMID 10503899. 
  11. ^ Vanesch, G. (1986). “Toxicology of tert-butylhydroquinone (TBHQ)”. Food and Chemical Toxicology 24 (10–11): 1063–1065. doi:10.1016/0278-6915(86)90289-9. PMID 3542758.