Wikipedia:コメント依頼/アイバー 20101125

利用者:アイバーさん会話 / 投稿記録 / 記録の行動についてコメントを求めます。

経緯編集

利用者:アイバーさんは2008年11月より約2年間Wikipediaの活動を続けられている利用者さんで、自らヘビーユーザーと称されている[a 1]方です。標準名前空間の直近500件を見ていただくと分かるように、ゲーム、漫画、アニメ分野での活動がやや多く、今回コメントを求めたい事柄についての主案件も、ゲーム分野(ゲーム制作分野)におけるノート議論となっています。私の認識では、以下に示されるアイバーさんの行動が議論進行の妨げとなっていると考えておりますので、特定記事のコメント依頼ではなく、利用者のコメント依頼として提出しております。その点を含め、議論が成立しない原因について第三者の立場でコメントをお願いしたく、コメント依頼を提出致します。

議論に対するアイバーさんの考え方

  1. もっと議論を中心に考えたほうが、よろしいのではないでしょうか?[a 2]
  2. 確認したい時には見ますし、言いたい時には意見を言いますし、そうでない時は傍観します。[a 3]
  3. 互いの意見を出し合い、相手の意見に納得するか、合意を得るための場である[a 3]
  4. 同じ人がずっと議論に参加するよりは、多くの人が1~2回程度コメントする形のほうが、より民主主義的で望ましいはずです。[a 1]

アイバーさんの議論姿勢が議論進行の妨げとなっていると私が考える点

  1. 期限を切らずに意見を出し合う場においては、最低限の説明のみに留め、それに対して他者が疑問を感じて質問を投げかけている場合においても、それ以上の説明をしようとしないと、私は理解しています。その行動の根底には前記4[a 1]があるようです。しかしその行動は、前記1[a 2]や前記3[a 3]の、議論を中心に考えること、意見をちゃんと出し合うことという観点からは遠いと感じます。
  2. 説明を求めても説明がないようだから異論がなさそうだと判断して、期限を切って合意確認を行う場においては、期限ギリギリに反対の意を表明するという状況です[a 4][a 5]。なお、2度目の合意確認においては、その期限を事前に会話ページで通知しており[a 6]、その後、他の案件に対しては会話ページへの即答があるにもかかわらず、この案件については期限ギリギリでコメントがあるという状況でした。意図的ではないのかもしれませんが、結果として議論の引き延ばしになってしまっていると私は感じてます。なお、今回の依頼提出においても事前には期限を伝えておらず、期限を通知した途端に反対コメントがあるという状況[a 7]でした。しかし、その回答コメントについても、結局議論を進めるための回答ではありませんでした。
  3. 反対の意を表明はするものの、結局1と同じ説明の繰り返しであるためにそこから議論が進行しない状況だと、私は認識しています。

議論の場所:「ノート:吉里吉里2

結局のところ、IPさんが発言されている≪「今の一覧は残せ。議論はしない。だが私の意見を無視するな。」これじゃ話になりません。≫[a 8]に集約されるところが、議論進行の妨げとなっているように感じています。もっとも、その後段に「どのような出典がどのような情報を担保できるか」「一覧から作品へのリンクを除去することと、作品記事が削除するに値することは同列か」など、議論者間でのいくつかの認識の相違についても議論の妨げの要素であると思いますが、そもそもそこに至る前の段階で適切に議論できる状態になっていないというのが、より問題の根本ではないかと、私は考えています。また、「非ログインユーザーは都合が悪くなれば逃げれば済むわけだし、そもそも議決権もなく、公平な議論にはなりえません。」[a 9]といった、議論内容ではなく議論者の属性に基づく発言の差別化についても、議論成立を妨げる要素と考えていますが、議論相手がIPさんでなくログインユーザーであっても同じように議論進行が成立しないと感じましたので、今回のケースにおいては問題の根本ではないと私は考えています。

以上、議論が成立しない原因がどこにあるのかという観点で、コメントを宜しくお願いいたします。--NISYAN 2010年11月24日 (水) 22:40 (UTC) 文意は変えていないつもりですが意味が判りにくいところを訂正、他者コメントがまだなのでins/delは省略 --NISYAN 2010年11月25日 (木) 00:26 (UTC)Reply[返信]

経緯に関する参考リンク編集

なお、時刻はいずれもUTCです。

依頼内容に対する補足説明編集

コメントの方向性について、思うところから外れるものがあるので、依頼内容に対する補足説明を入れます。

ここは、記事の改善のために設けた場ではありません。記事の改善のために設けられた場(記事のノート)で行われている議論進行の妨げとなっている要因を、第三者的視点で確認(あるいは当事者に第三者的視点で再確認)いただき、最終的にはその要因を改善したいという主旨で設けた場です。それは≪議論が成立しない原因について第三者の立場でコメントをお願いしたく≫という表現で表しているつもりです。ですので、記事の改善に直結した話をここで行っていただくことは本意ではありません。多数の人から「ここでよい」「ここで行うほうが議論の見通しが良い」という意見があればここで続けるのもありと思いますが、そういう意見が集まっていない現状では、記事の改善に直結した話については記事のノートにコメントいただきたいと考えています。依頼者の考えは左記の通りですが、ここにコメントいただくか、記事のノートにコメントいただくかは、各発言者にお任せします。

議論進行の妨げとなる要因について、アイバーさんの議論姿勢に依る部分が大きいと私が考えているがために、利用者のコメント依頼として提出しているわけです。他案件を持ち出していただくのは本コメント依頼の範囲から外れているわけではありませんが、「他案件でこういう議論姿勢だった。本案件でも同様のようであり、そこが議論進行の妨げに見える」という形でコメントいただくと、より本コメント依頼の主旨に近いものになる(本案件の議論進行の妨げとなる要因を改善に結びつける糸口になる)と考えます。

議論進行の妨げとなっている主要因がアイバーさんの議論姿勢以外、例えば私の議論姿勢などにある、ということであれば、その旨ご指摘ください。それは≪議論が成立しない原因について第三者の立場でコメントをお願いしたく≫という本依頼の主旨に沿ったものです。そういう意見が多数集まってくるようであれば、別節を設けて、私のコメント依頼を行える場をここに追加する、依頼ページの改名を行うなど、内容に沿った形に適宜依頼ページを変えるつもりです。--NISYAN 2010年11月28日 (日) 00:48 (UTC)Reply[返信]

被依頼者のコメント編集

私としましては、他の多くの記事での常識を無視して、少人数でのみ議論を行い、疑問をもっている者がいるにも関わらずに、議論を強引に進行しようとするから、反対せざるを得ない…という考えです。まず、私自身はこの議論が始まるまでは、たしか一覧の編集は行っていなかったかと思います。なので、「自分の編集した記事への固執」というものは一切ありません。議論開始後、リンク先に記事のない赤リンクを削除しましたが、なぜかこれを咎められました。(全削除を推し進めて、自ら有用性を唱えているのに、赤リンクの部分削除は駄目?)

主要ソフト一覧の有用性
まず、この一覧がないと、このソフトが「何をするソフト」なのかが、一般人には理解することが困難であると考えます。私自身、仕事の関係でこのソフトの使用を検討したことがあり、その際にも一覧は非常に有用でした。結局、採用には至りませんでしたが、対抗ソフトの選定も、これらの一覧のソフトを使用体験したり、内部のプログラムを見て制作方法を学んだりしました。主だった使用作品が5~10並んでいることは、一般人やソフト利用検討者・ソフト制作者にとって、間違いなく有用であると考えます。
その上で、全作品へのリンクを設置することは、有用でしょう。しかし、主要作品が分からない状態で全作品を並べただけでは、実際の利用者にとっては、まったく意味のない羅列でしかありません。ルール優先で、実際の利用者の利益につながらないのでは、まさしく本末転倒です。
ノートでも書いておりますが、まずウィキペディアにその作品の単独記事があることを前提に、「コンテスト受賞暦」「年間ランキング上位」「メディアミックス化」などを条件に、一覧に掲載する作品を選定してはどうかと提案しています。受賞暦・販売数上位・メディアミックス化などは過去における立派な実績であり、それは記事における有用性でもあります。それはリンク先の各作品の記事を見れば分かることであり、出典は不要と考えます。そこに出典が必要と考えるならば、各記事で出典要求を行うべきです。そうでなければ、半ば無限に出典が必要になったり、記事が出典タグだらけになったりして、容量・手間の無駄となるでしょう。
主要性について
メインとなる記事において、それを使用した作品を列挙することがNGとなることは、他の記事への影響があまりに大きい…と考えます。例えば、ある芸能人が関わった作品一覧や、一映画制作者が作った作品の一覧はどうでしょうか? 現状、主だった作品はほぼ全一覧が掲載されています。でも本記事が公式ルールとなれば、全削除になります。
もっと分かりやすく、「レトルト食品」の一覧はどうでしょうか? レトルトを利用した一覧は主観ということであれば、これも全削除です。「主要」「主な」という表現は、すべて「主観」なのであれば…ですが。ということは、主要人物一覧・著名人一覧も、即削除にはならないとしても、すべて修正の必要があります。なにせ、何をもって主要・著名・人気かは、各ユーザーの主観なのですから。削除推進派の方々は、主要・著名・人気などを表す「コンテスト受賞暦」「年間ランキング上位」「メディアミックス化」を認めておりませんから、回避のしようがありません。
私はこうした「主要・著名」という表現も、長期間・多人数の査読により、ある程度の正確性を獲得することが出来ると思っています。それこそが、多人数でウィキペディアを編集することのメリットの、大きな柱の一つであると思います。
上記の理由から、あまりにウィキペディア全体への影響が大きすぎると考え、本記事だけに限定するよう「ローカルルール作成」を促しましたが、これも完全に無視されている状態です。上記の「コンテスト受賞暦」「年間ランキング上位」「メディアミックス化」という条件が飲めない理由とは、いったいどこにあるのかが最大の疑問です。
箇条書き
「文章内で主要ソフトを記述するならよくて、箇条書きでは駄目」という主観的なルールを、平然と持ち込んでいるのも疑問を感じています。下記に挙げるルール作りのない作品選定は、結局は「主観」でしかありません。箇条書きより文章が好ましい…というルールもあったかと思いますが、ケースバイケースであり、今回のように「内容が変化せず、並列にしたい場合」には、一覧ですっきり簡潔に説明することが好ましい場合も多々あると考えます。
引き伸ばしなのか?
最後に、私が「引き伸ばし」をしているとの意見ですが、私が2~3回書いていたコメントを見ることなく、私にコメント要求したり、何度も何度も同じことを書かされるのは、正直私としても苦痛でありストレスです。二度ほど書いて無視され、催促されてせっかく書いた意見も、議論することなく軽視されただけです。同じ意見しか書きようがないのに、それを引き伸ばしと呼ばれるのは、まったく心外です。(私からすれば、そちらこそ引き伸ばしです)
私は意見する必要があればしますし、傍観したい時にはしますし、投票が必要であればします(実際にコメント依頼があれば、できるだけ発言するようにしています)。また、時間が空いたときには書き込みますし、逆に仕事が多忙なとき、精神的に気が向かないときには休みます。多くの人の意見が必要と思えば、発言を控えて待つ場合も少なくありません。これらは、ごく当たり前な「ユーザーの権利」でしょう。これを議論拒否と非難するのは、いかがなものでしょうか? はっきり言って、他人への思慮が足りないのではないかと感じます。
私は、自分のライフスタイルの範囲で編集に参加しますし、適当と思えるペースで議論に参加します。それを間違っているとは思っておりませんので、変えるつもりもありません。逆に、あまりに積極的すぎる過度な議論姿勢こそ、問題となる場合も少なくないと感じます。もっとコメント数を抑えて、多人数で民主的に議論を行うべきだと思います。私一人をつるし上げるようなマネをする前に、記事ノートに対して、コメントを求めるべきでしょう。--アイバー 2010年11月27日 (土) 17:57 (UTC)Reply[返信]
追記
ノートでの議論を見てもらえれば分かりますが、最初の方では私は、かなり丁寧に回答しております。しかし、二度も三度も同じことを書かされ、さらには自分から質問していながら、それを軽視した返答をされれば、さすがに誰だって面白くないでしょう。そんな自分の話をまともに聞かない相手が、「自分の質問には答えろ」と言って来たら、どうお思いますか? 現実でもネットでも、普通は相手にもされないでしょうし、よくて適当にしか返事してもらえないでしょう。
また、自分のした質問を、ネット上の相手が100%返してくれる…なんて、なかなかありえない事だと思います(現実でも同じでしょうが)。ほとんどの相手は、自分の読んだ内容から「必要と思われること」を考えて、(受け手にとって)必要最低限の返事しかしないでしょう。その100%を要求されるのは、受け手にとって苦痛です。だからこそ、多人数で考える多角的に考える必要性があるのだと思います。
こうした経緯もあり、それでも感情的にならないように、すこし距離を置きながら生あったかく見守っていましたが、あまりに強行に少人数で結論を推し進めるので、反対票を入れてストップをかけた次第です。正直言えば、私のほうも訴えられた内容を、そっくりそのままお返ししたい気分です。他人に質問をしたいなら、人の意見を聞いてくださいね…。まず、そこからでしょう。
あと、私は出典を軽視しておりません。あくまで議論の底辺に「有用性の是非」の問題があるので、まずそれについて話し合い、そこをクリアした後に、「出典のある作品のみを掲載すればいいのではないか?」と条件設定を提示しているだけです。最初から最後まで、ただそれだけです。それらをすっ飛ばして、一覧削除にしか話が進まないから、反対票を入れてざるを得ないのです。
とりあえず、クリスマス商戦も本格的になって、非常に忙しいので(現状でも1日14時間くらい仕事してますし、この先は連日16時間以上になりそうなので…)、頭を冷やす意味でも、しばらくウィキブレイクします。これ以上は、さすがに肉体的にも精神的にも、欝になりそうなので…。--アイバー 2010年11月29日 (月) 15:05 (UTC)Reply[返信]

コメント編集

  コメント アイバー氏は「今まで誰も出典を気にしてこなかった記事なのに、何故今更出典を気にし、除去しようとするのか」というようなことを仰っています。つまり、削除してしまえばそれで終わりだが、残しておいて{{出典の明記}}でも付けておけば誰かが出典を付けてくれるかもしれない、とお考えなのではないかと。誰かが何かを考えてリストに入れたわけで、その加筆者にとっては何らかの「これは『吉里吉里2』である」という考えがあったのでしょう(それが「著名雑誌記事」か「エンディングロール」か「画面の見た感じの印象」かは解りませんが)。
アイバー氏が率先して出典探しに駆けずり回っていれば「ああ、出典探し頑張っているな、もう少し除去は待ってみようかな」とも思いますが、実際に当該議論で出典をあたっていたのはNISYAN氏でした。私は文句だけ言って何もしない人は軽視、あるいは無視します。--ラッキースター・キッド ◆Luck.w.AEQ 2010年11月26日 (金) 21:57 (UTC)Reply[返信]
出典の必要・不必要は、本議論において私は重視しておりません。まず、「一覧の有用性」を問うべきであり、出典があるから一覧掲載する…という性質の議題ではないからです。それをクリアした後に、出典のある作品のみを掲載すればいいと考えています。逆に、出典があるから何を書いてもいいという考え方は危険でしょう。また、削除を検討している段階で、出典を貼っていく作業は、時間と労力の無駄であると思います。--以上の署名のないコメントは、アイバー会話投稿記録)さんが 2010年11月27日 (土) 17:57 (UTC) に投稿したものです(NISYANによる付記)。Reply[返信]
ふむ。特に網羅を目指しているわけでもないのですな。現時点で「一覧の有用性」を皆に説明・納得してもらおうという活動・気概は一切感じず、ただ頑迷に反対しているだけにしか見えないので、申し訳ないが今のところ私はアイバー氏を軽視したままにしておくことにします。
あと、面倒くさいので署名訂正はご自分でなさってください(上記アイバー氏のコメントに署名無し)。--ラッキースター・キッド ◆Luck.w.AEQ 2010年11月27日 (土) 21:22 (UTC)Reply[返信]
  コメント 岩見と申します。森喜朗の編集においても発言欄にのみ一方の側を煽るような見出しの貼付を実施し、検証性への配慮は全くありませんでした。氏は過去にゲームやアニメでの編集が多く、政治家の編集において、全くその種の下調べは実施されていない様子で、ノート:森喜朗での議論でも
>気に食わない部分があれば、部分的に修正で対処すればいいだけ。物事を「レッテル張り」してるのは、あなたの方だと思いますが…。あなたの長々したコメント、なんとかなりませんか?
といった調子です。私のコメントが長いのは事実ですが、それでも要点に対しては根拠があるなら主張すれば良いことでは無いでしょうか。非常に不誠実なユーザーであると思います。岩見浩造 ◆Pazz3kzZyM 2010年11月27日 (土) 10:56 (UTC)Reply[返信]
他記事での恨み・不満をここに持ち込み、本議論について考えていない、あなたのやり方は誠実なのですか? レッテル張り扱いしてきたのは、あなただったかと思いますが? あなたは、自分が言われたら不愉快なことを、他人には言うのですね。--アイバー 2010年11月27日 (土) 17:57 (UTC)Reply[返信]
  コメント(上記アイバーさんへ)利用者の行為に対するコメント依頼として出されており、そこで主題になっているのはアイバーさんの姿勢です。アイバーさんの編集姿勢は安易なレッテル張り以外の何者でも無いでしょう。上述のやり取りから察するに検証可能性を軽視されているようですが、その行為のほうが余程危険です。
>自分が言われたら不愉快なことを、他人には言うのですね。
私は出典重視ですので自分のしていることをレッテル張りとは思いません。またその言葉、貴方の編集した内容と共に是非森喜朗事務所や後援会にでも示してみてください。ブーメランて、知ってますか?岩見浩造 ◆Pazz3kzZyM 2010年11月28日 (日) 03:54 (UTC)Reply[返信]
追記
>他記事での恨み・不満
貴方が森喜朗の編集をされたのは2010年8月の祐喜氏の不祥事の時です。当時少し議論してそのまま終わりかと思っていたら、3ヶ月経った11月下旬になって上記「気に食わない~」云々と書き込まれており、内容が伴っていない為、判断に苦慮していました。それこそ「恨み」なんじゃないのかな。
この2件の記事以外に何か上がって来ることも、当然考えられるわけですし。岩見浩造 ◆Pazz3kzZyM 2010年11月28日 (日) 04:03 (UTC)Reply[返信]
本議題と関係ないことを、ネチネチとここで語る必要があるんですか? それが、あなたのいう「誠実さ」なんですね…。これ以上は、皆さんの迷惑になるかと思いますので、あとはご自身のノートにでも、不平不満を書いて下さい。拝見させてもらいますので…。--アイバー 2010年11月29日 (月) 14:00 (UTC)Reply[返信]
  コメント(上記アイバーさんへ)いやいや、関連なら大いにありますよ。ここは「利用者の行為に対するコメント依頼」なのですから。また、上述から分かるように私は依頼者の提示したノートについて読んだ上で書き込みをしています。貴方は吉里吉里2でも記事のジャンルを理由にして出典の明記を放棄する姿勢をとりましたが、貴方の場合実のところジャンルと編集姿勢に相関が無いので、私にはこれもその場しのぎの言い訳にしか見えないですね。NISYANさんとのやり取りも読みましたが、貴方は具体的な論証のことになるとすぐはぐらかそうとする傾向がある。例えば、どうしても「名作である」とか、「受賞歴がある」と書きたいのなら貴方がソースを探してくるのがスジです。Wikipedia全般として問題のある記述が存在することを理由に「みんなで渡れば怖くない」を堂々と主張するのは論外です。個人的な事情で追記できないなら諦めるしかないでしょう。誰も貴方の実生活の経営を邪魔したりしません。後、例えば
>他人の編集にとやかく言うなら、せめてログインしてから議論参加してはどうでしょうか? ハッキリ言って、気分悪いですし、IPユーザーとの議論は相手をしていて馬鹿馬鹿しいです。ルールはご存じのようなので、おそらくIDはお持ちなのでしょう。
こういう挑発的言動はお止めになった方が良いですよ。「おそらくIDはお持ちなのでしょう」とも書かれてますが、状況証拠すらないのにこんな断定をしても妄想でしかありません。また、アカウントの有無が個別の事例での投稿者の信用に直結する訳ではありません。アカウント持ちでも問題を起こして処分される人は幾らでも居る。アイバーさんは当該のノートで「Wikipediaは書いたもの勝ちではありません。」とも忠告を受けてますが、自分の経験から申し上げても同感です。これらの件、すべて依頼者に理があります。意識を変えないとまた同じ問題を起こすだけです。岩見浩造 ◆Pazz3kzZyM 2010年11月30日 (火) 15:19 (UTC)Reply[返信]
  コメントアイバーさんは、『Wikipedia:検証可能性』や『Wikipedia:独自研究は載せない』などの基本方針を遵守していないから[1][2][3]議論が成立しないのだと思います。
方針に基づいた意見や質問に、方針に基づいた説明や反論ができない。だから議論で質問されても無視し、気が向いたときに言いたいことだけ言い、独自のルールを作り出す。現にノート:吉里吉里2では、アイバーさんは方針を示しての反論を一度もされませんでした。まずは基本方針とガイドラインに目を通し、理解していただきたいです。--119.228.88.61 2010年11月29日 (月) 12:28 (UTC)Reply[返信]
一覧は独自研究ではありませんし、検証可能な「受賞暦」などを実績を認めない…という一方的な独自理論を展開していたのは、IP氏のほうだったかと思いますが…。他の記事での一覧では、こんな事ってそうそうないと思いますが…。--アイバー 2010年11月29日 (月) 14:00 (UTC)Reply[返信]
  コメント まず根本的な点から。他者の意見を正しく理解しましょう、「網羅した一覧」は独自研究ではありませんが「基準の不明瞭な一覧」は独自研究ではないか、と問題となった訳です。ウィキペディアとしての記述の根拠足りえない「受賞暦」と言った独自理論を認められなかったからといって、それは反対者側が独自理論を展開している訳ではないでしょう。ウィキペディアでの記述に当たってウィキペディアのルールに則った主張をしてくださいと、こういった反論が独自理論となるのではウィキペディアの利用に際して著しく支障をきたす事でしょう。ルールに則れば、検証可能性のある出典を提示するのは記述を望む側です。「受賞暦」が検証可能であるとするのならばその出典を提示しなければなりません。また、「検証可能な」というからには提示できてしかるべきでしょう。提示されて始めて検証可能なものとなるのです。--はぬまん 2010年12月2日 (木) 11:43 (UTC)Reply[返信]