Wikipedia:秀逸な記事の選考/エドゥアール・マネ

エドゥアール・マネ - ノート編集

賛成/条件付賛成/保留/反対 3/0/0/0 この項目は選考基準の「賛成票が3票以上」かつ「賛成票が全体票数の3/4以上」を満たしています。2019年8月14日 (水) 15:07 (UTC)(2019年8月15日 (木) 00:07 (JST))までに異論が無ければ、この項目は秀逸な記事となります。

(推薦理由)自薦です。時系列的に画家の生涯と主要作品を並べ、対応関係が分かるようにしています。出典の表示にも留意しました。一般向けに刊行されている日本語の文献は概ね網羅した上で執筆したつもりであり、一定の完成度合いに達したと考え、審査をお願いします。--ゴーヤーズ会話) 2019年6月15日 (土) 00:44 (UTC)

  • (賛成):よくまとまった優れた百科事典記事だと思います。賛成です。d(・∀<)
  1. 出典にされている下記の参考文献といくつかのウェブサイトについて、本文中の短縮脚注241個と、注釈中のハーバード参照12個を検証しました。高階秀爾『近代絵画史』は2017年増補版で確認しました。記事中記述と出典中記述に、齟齬はないようです。
    • 尾関幸、陳岡めぐみ、三浦篤『西洋美術の歴史 (7) 19世紀――近代美術の誕生、ロマン派から印象派へ』中央公論新社、2017年。ISBN 978-4-12-403597-1
    • フランソワーズ・カシャン『マネ――近代絵画の誕生』藤田治彦監修、遠藤ゆかり訳、創元社〈「知の再発見」双書〉、2008年(原著1994年)。ISBN 978-4-422-21197-8
    • 木村泰司『印象派という革命』集英社、2012年。ISBN 978-4-08-781496-5
    • 島田紀夫『印象派の挑戦――モネ、ルノワール、ドガたちの友情と闘い』小学館、2009年。ISBN 978-4-09-682021-6
    • ジャポニスム学会編『ジャポニスム入門』思文閣出版、2000年。ISBN 978-4-7842-1053-4
    • 高階秀爾『近代絵画史――ゴヤからモンドリアンまで』中央公論新社〈中公新書〉、1975年。(上)ISBN 4-12-100385-3 (下)ISBN 4-12-100386-1
    • 高階秀爾『フランス絵画史――ルネサンスから世紀末まで』講談社〈講談社学術文庫〉、1990年。ISBN 4-06-158894-X
    • 高橋明也『もっと知りたいマネ 生涯と作品』東京美術〈アート・ビギナーズ・コレクション〉、2010年。ISBN 978-4-8087-0867-2
    • バーナード・デンヴァー編『素顔の印象派』末永照和訳、美術出版社、1991年(原著1987年)。ISBN 4-568-20141-1
    • シルヴィ・パタン『モネ――印象派の誕生』高階秀爾監修、渡辺隆司・村上伸子訳、創元社〈「知の再発見」双書〉、1997年(原著1991年)。ISBN 4-422-21127-7
    • 三浦篤『名画に隠された「二重の謎」』小学館〈小学館101ビジュアル新書〉、2012年。ISBN 978-4-09-823023-5
    • 三浦篤『西洋絵画の歴史3――近代から現代へと続く問いかけ』高階秀爾監修、小学館〈小学館101ビジュアル新書〉、2016年。ISBN 978-4-09-823028-0
    • 三浦篤『エドゥアール・マネ――西洋絵画史の革命』KADOKAWA〈角川選書〉、2018年。ISBN 978-4-04-703581-2
    • 吉川節子『印象派の誕生――マネとモネ』中央公論新社〈中公新書〉、2010年。ISBN 978-4-12-102052-9
    • ジョン・リウォルド『印象派の歴史』三浦篤、坂上桂子訳、角川学芸出版、2004年(原著(1st ed.) 1946)。ISBN 4-04-651912-6
  2. ただし二点だけ、カシャン (2008: 98-99)、島田 (2009: 111)をもとに、「しかし、背景のセーヌ川の描き方が青い壁のようだなどと酷評を浴びた」という記述がなされていますが、「青い壁」という批評の出所が担保できているか不明でした。カシャン (2008: 98-99)のイラストでそのようなセリフの掛け合いが書かれていますが、これが史実なのか作者の寓話なのか判別不明です。
  3. また、「これを改訂したのがダニエル・ウィルデンシュタインらの1975年のカタログ・レゾネである」という記述がありますが、出典としているウェブサイトではこの内容は確認できませんでした。少しウェブ上で調べてみましたが、1975年は日本版の出版年のような気がしますが。
  4. 細かい点ですが、出典#221が上巻なのか下巻なのか記された方がいいと思います。
  5. 私の方で直しましたが、引用するときは出典の表現のままで引用することをお勧めします。送り仮名の変更や句読点の変更といったものでも、同一性保持権の侵害という判決が下されています(法政大学懸賞論文事件)。記事中で表記や呼称を統一したいなどの事情があったのかもしれませんが、軽微なものでも引用時の表現の変更はお勧めできません。明らかな誤植でも引用するならそのまま書くようにとは、著作権の解説書などでもよく説明される点だと思います。もしそのようなことは百も承知の上で変更していたのであれば、強いて止めませんのでご自由に差し戻しください。
  6. また、引用に対して2個の出典を記している箇所が1,2か所ぐらいありましたが、これも引用上の出所の明示を不明確にするので止めたほうがいいと思います。引用に頼らずに出典内容を自分の言葉で再構成する分には、複数の出典にもとづいていても全く構いませんが。
  7. 各節の終わりで<gallery>を使って各絵画を表示していますが、私は、gallery mode="nolines"を使うと枠無しできれいに大きめに画像を掲示できるので、ギャラリー表示であればこっちが好きです(^^)(e.g. Wikipedia:秀逸な画像/動物の画像)。気に入ったら試してみてください。以上です。--Yapparina会話) 2019年6月21日 (金) 07:01 (UTC)
    •   コメント ご検討ありがとうございます。第2点は、同書179頁の注に「1875年のサロンにおける『アルジャントゥイユ』に関する風刺画の部分と文章 国立図書館 パリ」とあるので、当時の論評であると読み取れます。第3点は、当該ウェブサイト上に"The two-volume catalogue raisonné published under the leadership of Denis Rouart and Daniel Wildenstein in 1975 is an update of Paul Jamot and Georges Wildenstein’s 1932 catalogue critique of the œuvre of Édouard Manet (1832–1883)."とあることに基づきます。第4点、修正しました。第5点は、私なりの考え方はありましたが、差し戻すつもりはありません。--ゴーヤーズ会話) 2019年6月21日 (金) 13:41 (UTC)
  • (その他)興味深く読ませていただきました。いくつか気になった点があるのですが、私自身が秀逸な記事の選考基準に明るくないので、現時点では投票は控えさせていただきます。
  1. Infobox 芸術家について。これはマネの記事だけではないのですが、このinfoboxには「現地語名」というパラメータがあって、そこに「Édouard Manet」と記入すれば、画像の下に「原語名」として表示されます。しかし、ほとんどの記事で「名前」パラメータに日本語と原語の表記を両方書いて、間に</ br>を入れ、画像の上に両方が表示されるようになっています。秀逸入りしているフィンセント・ファン・ゴッホでもそうなっています。こういうテンプレートの使い方が秀逸な記事の選考基準に影響するのかどうか、私としては判断しかねるので、ちょっと他の方のご意見をお聞きしたいところです。
  2. 導入部について。秀逸な記事の選考通過時点のフィンセント・ファン・ゴッホと比べて、導入部が短すぎると思います。次の概要節が割と長いので、美術史上の位置付けや代表作など、マネがどのように素晴らしい画家なのかが端的に分かる記述が導入部にあるといいなと思います。
  3. マネが「近代絵画の創始者」であることについて。おそらくこのマネを「近代絵画の創始者」とみなすパラダイムが、現在のマネの評価を非常に高いものにしている最大の要因だと思いますが、この点についての記述がちょっと不足していると思います。「この傾向は、絵画が三次元空間の中で主題や物語性を伝えるという役割を捨て去り、二次元の画面上で造形自体の表現性を追求していくフォーマリズム(英語版)、モダニズムにつながるものであった。」というように若干触れられてはいますが、もうちょっと分かりやすく文量を割くと同時に、この言説を提唱者に帰属させた方がいいと思います。この点について「19世紀にドラクロワやクールベを経たうえでなお、マネが近代絵画の創始者とみなされることが多いのは、美術批評家グリーンバーグのモダニズム論に依拠する部分が大きい。フォーマリズムの立場に立つグリーンバーグは(後略)」(小川知子執筆部分『ヨーロッパ美術史』昭和堂、1997年、p.276)、「『マネが近代絵画の起源だ』という説は、20世紀半ばに非常な影響力を持ったアメリカの批評家クレメント・グリーンバーグによって普及した見方ですね。(中略)今日ではグリーンバーグに従って、マネを近代絵画の起源とする見方が定説化しているけれども(後略)」(谷川渥の発言『現代アート事典』美術出版社、2009年、p.13)とあるように、グリーンバーグの影響を大きく見る見方が結構あります。ただ、フランス人のカシャンだと、「近年のドイツやイギリスの美術史家たち(サンドブラッド、1954年。ホフマン、1959年。ハンソン、1962年)とは異なり、フランスではすでに1940年代から1960年にかけて、作家と批評家たちがマネのことを『最初の近代画家』であり、主題を重視しない「純粋絵画」の先駆者であるとみなしていた。たとえば、アンドレ・マルロー(1947年)やジョルジュ・バタイユ(1955年)の次のような分析を、そうした例としてあげることができる」(フランソワーズ・カシャン『マネ』創元社、2008年、p.163)と、アメリカ人のグリーンバーグを無視してくる訳ですが。言い出したのはマルローやバタイユが早く、影響力はグリーンバーグが大きかったというところかと思います。
  4. 記述の帰属化について。先に述べた部分もそうですが、全体的に評価に関する部分において、Wikipedia:中立的な観点偏った記述は帰属化・明確化するがちょっと不十分なのではないかと思います。例えば、一例を挙げれば「『オランピア』は、ブルジョワ社会に冷や水を浴びせる作品であった。『鉄道』や『バルコニー』では、近代社会における人間同士の冷ややかな関係や、人間疎外の様子を、冷徹に描いた。このように、近代化・都市化する時代をありのままに描くことがマネの本質であった」というような記述が、マネ自身がそう思っていたのか、それとも吉川がマネの作品をそのように評価しているのかが分かりづらくなってしまっていると思います(ここは「対象に無関心な画家」という同時代評を吉川が「現実をありのままに描く画家」として積極的に再評価し、美術史の中に置き直しているということですよね。ただ、こういうマネの無関心さを「近代生活の画家」として評価したのがボードレールで、「主題の意味作用を抹殺した」と見て「モダニズムの先駆者」と位置付けるのがバタイユだったりします)。他にも「マネからセザンヌ、ピカソにも受け継がれていく」という部分は、セザンヌやピカソが意識的に受け継いだというようにも読めてしまいますが、そうではなく、三浦がこのように評価しているということですよね。これらの部分以外にも、色々な部分で画家自身の意識と後世の評価を切り分ける必要があるように思われます。
  5. マネの引用について。マネの作品に先行絵画の引用(借用)が多い点は、マネ論の中で大きな問題ですが(三浦篤『エドゥアール・マネ 西洋絵画史の革命』はそれをメインテーマにした本ですよね)、それを単に「影響」とまとめるのはちょっと違うかなと思います。三浦のこの本の裏表紙に「伝統絵画のイメージを自由に再構成するその手法こそ(中略)絵画史の革命だった」というのは、流石に大言壮語かもしれませんが、こういう見方があるからこそでかい問題でもあるわけで。なんでマネがこんなことをしたのか、マネのこの行為は後世にどんな影響を与えたのか、その評価は割と大事なんじゃないかなと私は思う訳です。
  6. 画像の位置について。『道化師パブロ・デ・ヴァリャドリード』と『笛を吹く少年』がくだんの引用関係にあるわけですが、ちょっと位置が遠いかなと。ただ、これは記事の構成上、仕方ないことかもしれません。

色々注文をつけましたが、「記述の帰属化について」は、そこまでしなくてもいいんじゃないの?という見方もあるかもしれません。「マネの引用について」は、個別の作品論に踏み入りすぎるから、画家の記事ではさらっと流して済ますので十分という見方もあるかもしれません。私としても迷う部分がありますので、他の方のご意見をお聞きしたいところです。--Focaccia会話) 2019年7月2日 (火) 09:44 (UTC)

    •   コメント 私のとりあえずの考えの及ぶ範囲でコメントします。
      • 第3点について、フォーマリズム批評にそこまで「乗っかって」よいのか、躊躇があったこともあり、フォーマリズム的位置付けは控えめにしている面があるかもしれません。グリーンバーグなのかバタイユなのかといったマネをめぐる言説史に、生半可な調査で足を踏み入れるのは危うく感じられ、これに正面から取り組むのは私の現在の実力を超えるというのが正直なところです。
      • 第4点について、「~と評される」「~と指摘されている」といった表現に書き換えていってもよいとは思うのですが、それをしだすと「作品」の項目は大半がその表現になりかねないようにも思われ、悩みがあります。出典文献の著者による評価が入っていることは、現状の表現でも伝わらないでしょうか。いずれにしても、広くご意見をお聞きしたいと思います。--ゴーヤーズ会話) 2019年7月3日 (水) 14:23 (UTC)
  •   賛成 うまくまとめられて記事になっているものと思います。上記で記述の帰属化について話をされていますが、ウィキペディアの本来の原則上は帰属化した方が良いことは確かだと思います。一方で、文章としてはあまりにうるさくなるように感じられますし、厳密にいえば今度はその帰属した出典元の人を評価者として選んだ妥当性をどう示すかといった問題もありますし、私としてはあまりそこまで踏み込まなくてよいかなと考えています。その人が言っていることが、世の中一般に比べてかなり特異であるというなら帰属化しないとまずいでしょうけど、今回の場合は一般的な評価として書いたのでしょうし、出典が示されていればその人の意見だと読めると思います。--Tam0031会話) 2019年8月1日 (木) 15:15 (UTC)
  •   賛成 非常によくできた記事になっていると思います。上の指摘にあるような点(記述の帰属化について、マネの引用について、など)は仮に改善すべき問題点であると判定したとしても、秀逸な記事として十分ではないかと思います。記述の帰属化についていえば、明確に後世の評価を分離した節に配置するなど整理の余地はあると思いますが、読んだ感想としては現時点でも画家自身の意識と外部からの評価が、問題になるようなレベルで判別しづらいということはないと思います。--TEN会話) 2019年8月7日 (水) 15:07 (UTC)

  選考基準を満たし1週間、反対票がありませんでしたので、この項目は秀逸な記事となりました。--totti会話) 2019年8月14日 (水) 15:30 (UTC)