コウイカ目

頭足綱に属する目

コウイカ目 Sepiidaは、(イカタコオウムガイが属する)頭足に属するである。底生で甲を持つイカの仲間が属し、この分類群に属する動物は、総称としてコウイカ甲イカ甲烏賊: Cuttlefish)と呼ばれるが、この名はその中の一種コウイカ Sepia esculentaも指す。最近の研究によると、コウイカ類は無脊椎動物の中でももっとも知能が高い部類に属する[1]。さらに、全身に占める脳のサイズが無脊椎動物の中で最も大きいと指摘されている[1]。別名スミイカ

コウイカ目
分類
: 動物界 Animalia
: 軟体動物門 Mollusca
: 頭足綱 Cephalopoda
上目 : 十腕形上目 Decapodiformes
: コウイカ目 Sepiida
和名
コウイカ目
亜目

"cuttlefish" という名前は、古英語cudele に由来するかもしれない。その語はさらに、座布団や睾丸を意味する1400年代のノルウェー語 koddi、およびコウイカ類の形状を小袋と文字通り表現した中世ドイツ語 kudel から由来している。"fish"が付くため、英語圏では魚と誤解する者もいる。ギリシャ・ローマ世界英語版では、コウイカ類が驚いた時に漏斗から排出する独特の茶色い顔料を得るため、珍重された。それゆえ、ギリシャ語ラテン語で軟体動物の呼吸管 (siphon) を指す sepia(のちのイタリア語seppia)は、英語で顔料の一種であるセピアを指すようになった。

コウイカ類の外套膜の後端は丸いドーム状になっており、外套膜の全側縁もしくは後ろ寄りに丸い耳形の鰭を持つ[2]。体内に殻()があり、大きなW型の瞳孔を持つ。また8本のと2本の触腕を持ち、それらには捕食を確実にするための小歯がついた角質環をもつ吸盤がある。コウイカの一般的な大きさは15-25cmであり、最も大型の種となるオーストラリアコウイカでは外套膜が50cm、体重10.5kgに達する[3]

コウイカ類は徹底した肉食であり[4][5]、食べるのは小型の軟体動物甲殻類タコ環形動物のたぐい、および他のコウイカ類である。コウイカ類を捕食するのはイルカサメ、魚、アザラシ、および他のコウイカ類である。コウイカ類の寿命はおよそ1〜2年である。

野生環境でのコウイカ類の動画

解剖学 編集

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コウイカ類は、背部の外套膜の内側に退化した内在性の殻[5] として、舟形の[6][7] (cuttlebone[8], sepion[9])や貝殻[8][10] (shell[11])と呼ばれる内部構造を持っている。コウイカ科以外のイカでは発達の悪い軟甲だったり(ダンゴイカ)、全く欠くもの(ヒメイカ)もある[2][12]。甲はコウイカ類が浮力を得られるよう多孔質で通水性を持ち、外套膜内の内臓からの分泌物をもとに形成され[4]炭酸カルシウムでできている。多室構造[5]に仕切られた内部の気体と液体の比率を、腹側の連室細管 (en:siphuncle) を通じて変えることによって、浮力は調整される[13]。甲の形状、大きさ、表面の凹凸や模様は種によって異なる。石灰質からなる甲はコウイカ類に固有のものであり、ツツイカ類から区別する特徴のひとつである。

皮膚 編集

 
コブシメ英語版は淡褐色・茶色のカモフラージュ(上図)から、暗色の縞を伴う黄色(下図)へ1秒足らずで変身できる。
 
コウイカ類の幼イカはカモフラージュで身を守る。

コウイカ類は皮膚の色を素早く自在に変化させるため、海のカメレオンとしばしば評される[誰?]。コウイカ類は互いにコミュニケーションするため、また脅威となる捕食者に対しカモフラージュするため、皮膚の色と偏光を変化させる。

この体色変更能力は、皮膚の色素胞(色素細胞)の伸縮によってもたらされる[4]。コウイカ類の皮膚には1 mm2あたり200個にのぼる色素胞(これらは赤、黄、茶、黒の色素を持つ)があり、それらは光反射性を持つ虹色素胞 (en:iridophore) と白色素胞 (en:leucophore) の層の外側にある。色素胞は、色素の入った嚢と、収縮時に折りたたまれる大きな生体膜からなる。これに6-20個の小さな筋肉細胞が接しており、これが収縮することで弾力性のある色素胞を皮膚に対して垂直になるよう円盤状に押しつぶす[12]。黄色素胞 (en:xanthophore) は皮膚の表面に最も近く、赤と橙 (en:erythrophore) はその下、茶と黒 (en:melanophore) は虹色素胞の層のすぐ上にある。虹色素胞は青と緑の光を反射するが、そうやって周囲の光を反射できるよう、キチン質蛋白質からできている。これにより、コウイカ類でしばしば見られる金属的な青、緑、金、銀色が実現する。以上の全ての色素胞は組み合わせて使われることもある。例えば橙は赤と黄の色素胞から、紫は赤色素胞と虹色素胞から、という具合である。コウイカ類はまた、虹色素胞と黄色素胞を使って明るい緑色を作り出すこともできる。皮膚を反射した光の色を変えられるのと同様、コウイカ類は偏光も変えることができる。これは他の海洋動物(その多くは偏光を感知できる)に対してシグナルを送ることを可能にする。

交接前のおそらく興奮状態にある雄のコウイカ類を水槽内で観察すると、体色が非常に鮮やかかつ複雑な紋様を律動的に変化させる様子が見られる[4]

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コウイカの目

コウイカ類の眼は数ある動物の中でも最も発達した部類に属する。頭足類の眼の器官形成は、人間のような脊椎動物のそれとは根本的に異なっている[14]。 頭足類と脊椎動物の眼の表面的な類似は収斂進化の例と考えられている。コウイカ類の瞳孔はゆるやかにカーブしたW字型をしている[2]。コウイカ類は色を感知できないが[15]偏光を感知でき、それがコントラストの感知力を高めている。コウイカ類は網膜上に集中感知細胞(いわゆる中心窩)を二箇所持ち、一つは前方向、もう一つは後ろ方向を見ている。人間の場合はレンズの形状を変えて焦点を合わせるが、コウイカ類の場合は眼球全体の形状を変え、レンズを引っ張り回すことで焦点を合わせる[12]

科学者たちが推測するところでは、コウイカ類の眼は誕生前に完全に発達し、まだ卵の中にいるうちから周囲を観察し始める。フランスのある研究チームによると、コウイカ類は孵化前に見た獲物を好んで捕食する傾向がある可能性がある[16]

生理学 編集

循環器系 編集

コウイカ類の血液は青緑がかった珍しいものである。これはを含んだ蛋白質であるヘモシアニン酸素の運搬に用いているからである(哺乳類はを含んだ蛋白質であるヘモグロビンを用いる)。コウイカ類は通常の心臓(体心臓)1つのほか、エラ(鰓)の基部に1対の鰓心臓 (branchial heart) を持ち[5]、血液はこれら3つの心臓によって体内各部へ送られる。2つの鰓心臓はそれぞれ対応するエラへ、1つの体心臓は残る全身へ血液を送る。ヘモシアニンは、ヘモグロビンと比較して酸素運搬能力に劣るため、コウイカ類は単位時間あたりの血流量を大きくすることで必要な酸素量を確保しており、血流速度は他のほとんどの動物に比べて速い。

スミ 編集

ツツイカタコと同様、コウイカ類は捕食者から逃げやすくするために使うスミを持っている。墨汁腺 (ink sac) は直腸付近に開口している[5]

生態 編集

食物 編集

コウイカ類はカニや魚を好んで食べる[17]

コウイカ類は獲物に忍び寄り捕食するために保護色を用いる。獲物に充分近づくと、その8本の腕を広げ、第3腕と第4腕の間のポケットに収めていた2本の長い触腕を素早く突き出す。2本の触腕の端は平たく舟型に広がっており、獲物を掴み嘴状の顎板へ引き寄せるための吸盤で覆われている[17]。触腕掌部吸盤の分化は見られない[2]

生息域 編集

コウイカ科のイカは、熱帯/温帯の海水に住む。外洋を泳ぎ回るのではなく、もっぱら海底にすむ底生性だが、泳いで海表面へ上がってくることもある[12]。コウイカ類はたいがい浅い海におり、潮間帯から水深100 mの海底近くに生息するが[2]、約600 m の深さまで降りてゆくこともある[18]。産卵時には沿岸へやってきて、産卵後の死体が海岸に打ち上げられることもある[12]。コウイカ類の生息地域には変わったところがある。すなわち、東アジアから南アジア、西ヨーロッパ、地中海、アフリカ、オーストラリアの海岸沿いに見られるが、アメリカには全く見られない。コウイカ類は旧世界において進化したことになっているが、その過程で北大西洋は冷たくかつ深くなりすぎ、それらの暖かい海水に住む種は横断できなくなったのかもしれない[19]

毒性 編集

 
マレーシアシパダン産のミナミハナイカ

ミナミハナイカの筋肉には猛毒が含まれており、その混合成分はまだ解明されていない[1]。Mark Norman (en) とオーストラリアのビクトリア博物館は、その毒が同様のヒョウモンダコと同程度に有毒であることを明らかにした[20]


上位分類 編集

 
トルコのヨーロッパコウイカ

現在、120以上のコウイカ類が見つかっており、5つのに分けられる。2属7種からなるミミイカダマシ科の他は、すべてコウイカ科に分類される。以下に分類例を示すが、目・亜目レベルの分類体系や系統関係にまだ定説はない[5]

人間との関わり 編集

料理法 編集

コウイカ類は地中海東アジア英仏海峡のほか、多くの場所で食用に漁獲されている。ツツイカは世界中のレストランで広く饗され一般的だが、東アジアではコウイカ類のスルメの細裂き (en:Dried shredded squid) はスナック料理として親しまれている。

コウイカ類は特にイタリアでは一般的な食材であり、Risotto al Nero di Seppia(イカスミのリゾット、直訳するとコウイカの墨の飯)で使われる。クロアチアCrni Rižot も事実上同じレシピであり、おそらくはヴェネツィアを発祥としてアドリア海の両海岸沿いに伝わったものであろう。"Nero" と "Crni" は黒を意味し、それはコウイカ類のスミで着色されたライスの色である。スペイン料理、特に海岸地方のものでは、磯の香りと滑らかさを出すためにコウイカ類とツツイカ類のスミをライス、パスタ、魚シチューといった料理で用いる。

ポルトガルセトゥーバルおよび周辺地域では、細切れにして揚げたり、金時豆と共にフェジョアーダの類に加えたものが、郷土料理になっている。

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甲の加工性や耐熱性から宝石職人や銀細工師は伝統的にイカの甲を小さな品物の鋳型に使ってきた[21]。今日では、パラキートなどペット用の鳥のカルシウム源となる良質な餌として知られている。

芸術におけるモチーフ 編集

エウジェーニオ・モンターレの先鋭的な処女詩集『イカの骨』 (Ossi di seppia) は1925年にトリノで発刊された。地中海沿いのリグーリアで育ったモンターレは、その長く多作な経歴により1975年にノーベル文学賞を受賞した。

セピア 編集

コウイカ類のスミは、かつてはセピアと呼ばれる重要な染料だった。今日では人工染料が自然のセピアに殆ど置き換わった。

脚注 編集

  1. ^ a b c Nova - Kings of Camouflage” (英語). Public Broadcasting Service (2007年4月3日). 2010年10月2日閲覧。 - テレビ放送
  2. ^ a b c d e 奥谷喬司『決定版生物大図鑑 (8) 貝類』世界文化社、1986年、344頁。ISBN 978-4418864027 
  3. ^ Reid, A., P. Jereb, & C.F.E. Roper 2005. Family Sepiidae. In: P. Jereb & C.F.E. Roper, eds. Cephalopods of the world. An annotated and illustrated catalogue of species known to date. Volume 1. Chambered nautiluses and sepioids (Nautilidae, Sepiidae, Sepiolidae, Sepiadariidae, Idiosepiidae and Spirulidae). FAO Species Catalogue for Fishery Purposes. No. 4, Vol. 1. Rome, FAO. pp. 57–152.
  4. ^ a b c d 団勝磨ほか 編『無脊椎動物の発生 (上)』培風館、1983年、343-344頁。ISBN 978-4563038083 
  5. ^ a b c d e f 上島励 著、馬渡 峻輔(監修)、白山 義久(編集) 編『無脊椎動物の多様性と系統(節足動物を除く)』裳華房〈バイオディバーシティ・シリーズ〉、2000年、183-184頁。ISBN 978-4785358280 
  6. ^ 広島大学生物学会 (2012)『日本動物解剖図説 [新装版]』
  7. ^ 久保田信「コブシメ(コウイカ目, コウイカ科)の甲の和歌山県沿岸への4例目の漂着」『本覺寺杼貝』第42巻、黒潮貝類同好会、2004年、37-39頁、hdl:2433/191098 
  8. ^ a b 奥谷喬司田川勝堀川博史『日本陸棚周辺の頭足類 大陸棚斜面未利用資源精密調査』社団法人 日本水産資源保護協会、1987年。CRID 1572824499066926464 
  9. ^ Khromov, D. N.; Lu, C. C.; Guerra, A.; Dong, Zh.; Boletzky, S. v. (1998). “A Synopsis of Sepiidae Outside Australian Waters (Cephalopoda: Sepioidea)”. Syestematics and Biogeography of Cephalopods 1: 77-157. https://www.researchgate.net/publication/269104179_A_Synopsis_of_Sepiidae_outside_Australian_Waters. 
  10. ^ 棚部一成, 福田芳生, 大塚康雄「コウイカの新気室形成過程」『貝類学雑誌』第44巻第1号、日本貝類学会、1985年、55-67頁、CRID 1390282679328756352doi:10.18941/venusjjm.44.1_55ISSN 00423580 
  11. ^ Sasaki, Madoka (1929). A monograph of the dibranchiate cephalopods of the Japanese and adjacent waters. Journal of the Faculty of Agriculture, Hokkaido Imperial University= 北海道帝國大學農學部紀要. Hokkaido Imperial University. doi:10.18941/venusomsj.1.4_155. https://doi.org/10.18941/venusomsj.1.4_155 
  12. ^ a b c d e June E. Chatfield 著、Andrew Campbell 編著 編『動物大百科 第14巻 水生生物』平凡社、1987年、133-134頁。 
  13. ^ Rexfort, A; Mutterlose, J (2006). “Stable isotope records from Sepia officinalis—a key to understanding the ecology of belemnites?”. Earth and Planetary Science Letters 247 (3-4): 212–221. doi:10.1016/j.epsl.2006.04.025. ISSN 0012821X. 
  14. ^ Muller, Matthew. “"Development of the Eye in Vertebrates and Cephalopods and Its Implications for Retinal Structure"” (英語). The Cephalopod Eye. Davidson College Biology Department. 2010年10月2日閲覧。
  15. ^ Lydia M. Mäthger; Alexandra Barbosa; Simon Miner; Roger T. Hanlon (2006). “Color blindness and contrast perception in cuttlefish (Sepia officinalis) determined by a visual sensorimotor assay” (英語). Vision Research 46 (11): 1746-1753. doi:10.1016/j.visres.2005.09.035. ISSN 0042-6989. https://doi.org/10.1016/j.visres.2005.09.035 2023年12月21日閲覧。. 
  16. ^ Cuttlefish spot target prey early” (英語). BBC News (2008年6月5日). 2010年10月2日閲覧。
  17. ^ a b Cuttlefish Basics” (英語). TONMO.com. 2010年10月2日閲覧。
  18. ^ Lu, C. C. and C. F. E. Roper. 1991. Aspects of the biology of Sepia cultrata from southeastern Australia. In: La Seiche, The Cuttlefish. Boucaud-Camou, E. (Ed). Caen, France; Centre de Publications de l'Université de Caen: 192.
  19. ^ Young, RE; Vecchione, M; Donovan, DT (1998). “The evolution of coleoid cephalopods and their present biodiversity and ecology”. African Journal of Marine Science 20: 393-420. ISSN 1814-232X. https://www.ajol.info/index.php/ajms/article/view/66472. 
  20. ^ Nova - Teacher's Guide” (英語). Public Broadcasting Service. 2010年10月2日閲覧。NOVA episode - Kings of Camouflage” (英語). Public Broadcasting Service. 2010年10月2日閲覧。
  21. ^ Casting Silver Jewellery” (英語). 2010年10月2日閲覧。

外部リンク 編集