タスクに基づく言語指導法

タスクに基づく言語指導法、もしくはタスク中心教授法英語: Task-based Language Teaching)は、第二言語習得研究において提唱された教授法、および教育思想である。特に、応用言語学者のマイケル・ロングが体系化したものを指して呼ぶ[1][2]。学習者の立場からは、タスクに基づく言語学習英語: Task-based language learning)とも表現される[3]

概説 編集

ロングは、自身の提唱するの相互交流仮説[4]を発展させ、タスクに基づく言語教授法を提唱した[1]。言語習得は相互交流によって促進されるという主張に加え、意味中心の言語使用時に注意を形式に向けるというフォーカス・オン・フォームの理念、およびリチャード・シュミット認識化仮説[4]、そしてマンフレッド・ピーネマン(Manfred Pienemann)[5]処理可能性理論を取り入れ、ジョン・デューイの哲学思想などに基づき言語教育思想を体系化した[2]

タスクに基づく言語指導法の最大の特徴は、学習者に達成させるべき課題(タスク)を与え、言語を「学習対象」ではなく、課題達成に必須な道具として経験的に使用することを学習者に求めることにある[2]。従って、タスクの評価はその課題がどの程度達成されたかによって行われ、発話の正確さよりも重視される。日本国内外問わず、従来の教授法では、事前に設定された文法事項や語彙を学習者に教え、その事項を使用した言語活動が行われ、指導した項目が定着しているかによって評価がなされてきた[6]。従来の教授法とタスクに基づく教授法が大きく違うのは、従来の教授法が教授した知識の定着に重点を置くのに対し、タスクに基づく教授法はタスクを完遂させることを最重要視し、そのために必要となる文法事項や語彙を事前に特定しない点にある。従って、文法の指導は必ずタスクの後に行われることとなる[7]

また、経験主義の観点から、タスクを用いたシラバスデザインの決定に際しては、学習者のニーズが重視される[2]。マイケル・ロングは、学習者の言語学習目的に合わせ、教師がターゲットタスクを作り上げ、そのタスクを遂行できるように成るために必要な、より遂行が容易な「教育タスク」を作成して配列することで、タスクシラバスが作成されるとする[2]

研究の展開 編集

ピーター・スクハン(Peter Skehan)[8]は、タスクを行っている学習者の発話の正確さ、複雑さ、流暢さの三側面はそれぞれ三竦みの関係にあるという相殺仮説を提唱した。それを基に、タスクの特性や遂行方法が学習者の発話のどの点を促すのかを実験で明らかにし、その結果に基づいて教師は発話の三側面をバランスよく指導できるタスクを用いるべきだと主張している[9]

スクハンの主張に対し、ピーター・ロビンソン[10][11][12]は、学習者の注意資源は多面的であり、複雑性の高いタスクを用いることによって、学習者の発話の正確さ、そして複雑さを同時に高めることができるとする。また、発話の正確さ、複雑さの両面を高めることが出来るタスクの複雑性を決定づける要因を明らかにし、教師はその要因を複雑化させることによってのみタスクの配列が決定されると主張している[13]

このような科学的な理論構築の他、近年では2年に一度、タスクに基づく教授法のみを扱った国際学会が開催され、研究者同士のやり取りが活発になされている[14]

日本での影響 編集

タスクに基づく言語教授法は、高島英幸[15]和泉伸一[6]松村昌紀[16]などの英語教育学者、および応用言語学者によって日本にも紹介されてきている。

英語教育学者の高島英幸は、タスクシラバスを用いず、従来の文法シラバスを保持したまま、コミュニケーション活動の一環としてタスクを位置づけるタスク補助型言語指導: task-supported language learning)を推奨している[15]

脚注・参照 編集

  1. ^ a b Michael Long. 1985. 'A role for instruction in second language acquisition: task-based language teaching' in K. Hyltenstam and M. Pienemann (eds.): Modelling and Assessing Second Language Acquisition. Clevedon: Multilingual Matters.
  2. ^ a b c d e Michael Long. 2015. 'Second Language Acquisition and Task-Based Language Teaching. Wiley Blackwell.
  3. ^ 松本剛次オーストラリアの日本語教育—文化間言語教育の考え方を中心に』(レポート)公益財団法人国際文化フォーラム、2010年http://www.tjf.or.jp/pdf/2010/inf2010_32.pdf 
  4. ^ a b 詳細は第二言語習得の理論を参照。
  5. ^ Kulturwissenschaften  -  Prof. Dr. Dr. h.c. Manfred Pienemann (Universität Paderborn)
  6. ^ a b 和泉伸一 2009『「フォーカス・オン・フォーム」を取り入れた新しい英語教育』大修館書店
  7. ^ J. Willis & D. Willis. (eds.). 1996. Challenge and Change in Language Teaching. London: Heinemann.
  8. ^ Peter Skehan - Research Portal, King's College, London(英語)
  9. ^ Peter Skehan. 1998. 'Cognitive approach to Language Learning. Oxford: Oxford University Press.
  10. ^ Peter Robinson's Homepage(英語)
  11. ^ 青山学院大学 教員情報
  12. ^ ROBINSON,Peter J. - researchmap
  13. ^ Peter Robinson. 2003. 'Attention and memory during SLA' in C. Doughty and M. Long (eds): Handbook of Second Language Acquisition. Malden, Mass.: Blackwell.
  14. ^ TBLT Conference 2015”. 2016年2月1日閲覧。
  15. ^ a b 高島英幸 編著 2005 『文法項目別英語のタスク活動とタスク』大修館書店
  16. ^ 松村昌紀 2012『タスクを活用した英語授業のデザイン』大修館書店
  • 玉木佳代子外国語学習におけるプロジェクト授業--その理論と実践」『立命館言語文化研究』第21巻第2号、立命館大学国際言語文化研究所、2009年11月、231-246頁、NAID 110007530397 
  • 日本大百科全書(ニッポニカ)『言語教育学』 - コトバンク

関連項目 編集

外部リンク 編集