ホワイトカラーエグゼンプション

ホワイトカラーエグゼンプション: white collar exemption)、または頭脳労働者脱時間給制度(ずのうろうどうしゃだつじかんきゅうせいど)とは、ブルーカラーのような肉体労働者や製造業従事者以外のスーツを着てオフィスで仕事をするホワイトカラー労働者の一部に対する労働法上の規制を緩和・適用免除すること、またはその制度である[1]

各国の労働法制において、労働時間の規制がなされていることを前提として、その規制の適用を免除し、または例外を認めることで、労働時間の規制を緩和することをいう。狭義には、労働時間そのものに関する規制についての緩和を指すものである。しかし、労働時間規制に付随する規制として、労働時間に応じた賃金の支払いの強制や、一定の時間を超えた超過時間について、割増賃金の適用義務化などが設定されていることから、広義にはこれらの適用の免除についても、本制度の範疇として理解される。

exception例外)との混同か「エクセプション」と書かれる場合もあるが、誤りである。日本では全労働者に適用される残業時間上限法案[注釈 1][2][3]、企業に労働者による年次有給休暇を毎年最低5日消化を義務化させる「高度プロフェッショナル制度」が成立した。

上記の残業時間上限規制法による保護下で、「高度プロフェッショナル制度」導入のための法律には、年収1,075万円を越えるが、座っていた時間で成果は決まらない専門職(為替ディーラーなど)を対象に、企業が脱時間給制度で働く専門職労働者には、年104日以上の休暇と共に2週間以上の連続休暇を取得させる義務などが盛り込まれた[4]

労働者が、成果よりも労働時間の長さが評価されるため発生する「ダラダラ残業[5][6]」、仕事が終わっても周囲を気にして帰れない「付き合い残業[注釈 2][7]」、企業が上記のような理由で発生する、多額の残業代予算確保のために基本給の賃上げを抑えるために、一部の労働者がする悪循環になっている「生活残業[5]」の結果として、G7の中で非製造業での最低の労働生産性[注釈 3][8]の改善のための制度として導入が検討されている[9][10]。。

概要 編集

「一律に時間で成果を評価することが適当でない労働者の勤務時間を自由にし、有能な人材の能力や時間を有効活用する」ことを趣旨とする、日本では未導入の制度。

本制度の適用を選んだ労働者は、その使用者との間で合意した一定の成果を達成する前提で、勤務時間を自己の責任において自由に決められるようになる。通常の定時勤務にとらわれない反面、勤務時間に基づかないため、休日出勤等の時間外労働を行った場合の補償はされない(ただし、休日については、週休2日相当の日数が確保される)。

類似制度に裁量労働制があるが、これは日本の現行法上、あくまでもみなし労働時間制の一であり、労働時間規制を除外するものではない。

なお国際労働機関(ILO)条約では、労働時間制限について管理監督者を除外する規定がある[11][12]

ILO1号: 工業的企業に於ける労働時間を1日8時間かつ1週48時間に制限する条約

第二条
(a) 本条約の規定は、監督若は管理の地位に在る者又は機密の事務を処理する者には之を適用せず。

ILO30号: 商業及び事務所における労働時間の規律に関する条約

第一条
3 各国に於ける権限ある機関は、左記を本条約の適用より除外することを得。
 (c) 管理の地位を占むる者又は機密の事務に使用せらるる者

各国の制度 編集

労働政策研究・研修機構の調査研究[13]によると、アメリカ合衆国ドイツイギリスフランスの「労働時間制度の適用除外制度」の概要は以下のとおり。

アメリカ合衆国 編集

米国はでは公正労働基準法(FLSA)によって、時間外労働の割増賃金を規定しており、週に40時間を超える労働に対しては1.5倍の割増賃金を払う義務がある[14]。しかし第13条(a)(1)の規定により、特定の従業員は免除(exemptions)されうる[15]。この場合、最低賃金と時間外手当が適用されない[15]

  • Executive Exemption [15] - 週給684ドル以上 。採用・解雇・昇進・異動といった人事権を持っている必要がある。
  • Administrative Exemption [15] - 週給684ドル以上。経営に関する事務的・非肉体労働にあたる。
  • Professional Exemption [15] - 週給684ドル以上。高度な科学知識を持つ知的作業、あるいは芸術・創造・独創的クリエイティブな職にあたる。
  • Computer-Related Occupations Exemption [15] - 週給684ドル(時給27.63ドル)以上。システムアナリスト、プログラマ、SE職など。
  • Outside Sales Exemption [15] - セールス職で、ほとんどの時間を雇用主の施設以外で働く。

肉体労働・反復作業などに従事するブルーカラー労働者は、いかなる高給でもexemptとはならない[15]

イギリス 編集

適用除外要件は細かくは規定されていないが、基本的に自由裁量権があり、幹部クラス・高度な専門職であることが要求されている。また、適用除外労働者であっても、法定労働時間に関する規制は適用される[16]

ドイツ 編集

ドイツでは、労働時間法ドイツ語版にて規定されている[17]。同法には時間外労働への割増賃金制度はなく、代わりにある期間内で調整して結果的に一日8時間労働が成り立てばよいとしている[18]

同法の適用から除外される職員について、一部を以下に挙げる。

  • 医師長[19]
  • 公共部門において独立の人事権を有する部門長[19]
  • 法定の管理的職員[19]
    • 要件は「事業所又はその部門に雇用されている労働者を、自己の判断で採用及び解雇する権限を有する者」「包括代理権又は業務代理権を有する者」「企業若しくは事業所の存続と発展にとって重要であり、かつ、その職務の遂行に特別の経験と知識を必要とするような職務を通常行い、かつ指揮命令に拘束されない者」である[19]
    • 該当するか疑問が残る場合、社会保険料の算定基礎となる平均報酬額の3倍を超える額の年俸制を通常支給されている者(2002年度年収では西側で8万4420ユーロ、東側で7万560ユーロ以上が該当) [20]
    • 該当者は全労働者の2%(約40万人)であるという[20]

フランス 編集

適用除外要件は経営幹部職員[注釈 4]とみなされること[21]。フランスでは雇用主からの要請がない残業は残業とは見なされない。2008年の改正で定額賃金制が導入されて、定期的に残業する者に対しては、基本給と残業代を含んだ給与内訳を明記することで週又は月単位で定額雇用契約を結べる。管理職以外でも年間定時間労働や年間定日労働制定が利用できるため、無期限雇用契約有限雇用契約がある[22]

日本 編集

背景 編集

労働基準法が作られた終戦直後は、日本の就業人口のほとんどが第1次産業第2次産業に従事していた。それが高度成長期を経て、経済が成熟するとともに徐々に第3次産業の比率が高まり、現在では全就業者の約半数が第3次産業に従事している。

このように産業構造が大きく変化するなかで、ホワイトカラー労働者の中に事務的労働ではなく成果のみを求められる新しい労働者が現れ始めた。さらに、IT環境の整備されるにつれて、職場に縛られない働き方も可能になってきており、こうした現実に対応した新しい労働時間法制のニーズが生まれた。

日経連(当時、現日本経団連)は、1995年に「新時代の『日本的経営』」という報告書において、将来的な雇用関係のあり方について提案した。そこでは、「ホワイトカラー」は、その働き方に労働時間の長さと成果が必ずしも比例しない部分があるとしており、このため労働時間に対して賃金を支払うのではなく、成果に対して賃金を支払う仕組みが必要であると提案している。

この提案に反対する者は、「労働時間の長時間化、サービス残業の合法化を招き、特に中小零細企業での悪用が懸念される」として、 過重労働やサービス残業に対する行政の監督強化に反対し、規制緩和をいっそう推し進めたいという財界側の意向もあると主張している[23]

米国からの要求 編集

2006年6月に発行された日米投資イニシアチブ報告書には、アメリカ合衆国政府が世界的に進めるグローバル資本主義導入の一環として、日本国政府に対し「労働者の能力育成の観点から、管理、経営業務に就く従業員に関し、労働基準法による現在の労働時間制度の代わりにホワイトカラーエグゼンプション制度を導入するよう要請した」と記載されており、アメリカ合衆国からの要請という側面も持つ[24]

経緯 編集

日本においては、2005年6月に経団連が提言を行い、以降厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会において、「労働時間法制のあり方」の課題のひとつとして導入が検討された。

2007年9月11日の記者会見では、厚生労働大臣(当時)の舛添要一がホワイトカラーエグゼンプションの呼称を「家庭だんらん法」という呼称に言い換えるよう指示したとしてしんぶん赤旗は大臣の「残業代が出ないなら早く帰宅する」との認識は間違いで、残業代のためではなく終わらない仕事量だからと反論した[25]

しかし、会社員と公務員約一万人を調査したところ「残業する主な要因」として最多の理由は「残業費をもらって生活費を増やしたいから」で34.6%だった。次いで「担当業務でより多くの成果を出したいから」の29.2%、「上司からの指示 」が28.9%、「自分の能力不足によるもの」が28.9%という生活残業する者がかなり多くいることが分かっている [26]。成果ではなく、残業した者ほどで給与が多く支払われるために、その分を賄うために基本給やボーナスが低く抑えられている日本では生活残業が起きている。

労働生産性の国際比較では、2015年の統計では日本は主要先進国であるOECD加盟35ヶ国中22位の一人当たりの労働生産性になっている [27]

第2次安倍内閣において、一部の企業に特例的に認める方向で検討している[28]2014年4月末、産業競争力会議民間議員長谷川閑史経済同友会代表幹事(武田薬品工業 社長)が一般社員も対象にした残業代ゼロ制度に対して、連合から「労働者を更なる長時間労働に追い込む」批判が続出した。そのため、長谷川閑史代表幹事は、「高度な専門職と研究開発部門などで働く管理職手前の幹部候補」に制度の適用範囲を狭める修正案を5月末に示した。

甘利明経済再生担当大臣田村憲久厚生労働大臣菅義偉官房長官らが2014年5月11日官邸で協議し、残業代ゼロの対象を年収1000万円超ということで合意した。政府、成長戦略明記し、2015年の通常国会に関連法改正案の提出を目指す。具体的な年収と職種は、厚生労働省の諮問機関である労働政策審議会で詰める。年収1000万円超の給与所得者は約172万人で全体の約3,8%(管理職を含む)。経団連会長の榊原定征東レ会長は「少なくとも全労働者の10%は適用を受けるような対象職種を広げた制度にしてほしい。」と述べている [29]

個々人の職務をジョブディスクリプション(職務内容記述書)で詳細に規定する場合は、各人の成果を評価しやすいが、チームワークでの業務処理を基本とする環境では、役割分担が必ずしも明確でない場合があり、個人の成果を定量的に評価するのは困難であるとの反対の声もある[30]

制度に対する一般の反応
概要 詳細
制度に反対

2006年12月13日、厚生労働省の旧労働省職員による労組「全労働省労働組合」は、組合員(労働基準監督官の95%がこの労組の組合員である)に実施したアンケート調査の結果を発表した。それによると、有効回答数は1319人で組合員の80%に当たり、この制度に対し、反対60%、賛成17.9%、どちらとも言えない21.8%であった(毎日新聞2006年12月14日 3面)。この記事では、組合員の意見として「残業代ばかりか命まで奪う、過労死促進法だ。しかも、過労死でも労災認定を取ることすら難しくなる」というものが紹介されている。 他の一般人向けアンケートにおいても、制度への反対意見が賛成意見を上回り、TV局が行ったアンケートでは複数の民放局のアンケートで反対が70%前後、NHKが行ったアンケートにおいても反対が44%(賛成は14%)という結果が出ている。産経新聞が同社のウェブサイト上で行ったアンケートでは導入反対意見が94%に達した[31]

少子化対策に悪影響 厚生労働省の少子化問題を担当している部署内において、本制度導入による長時間労働促進のために(除外対象となった会社員が)家庭で過ごせる時間が減ってしまうという反対意見があった[32]

日本経団連の提言内容 編集

日本経団連は2005年6月21日、以下のホワイトカラーエグゼンプション制度を提案した[33]

項目 内容
適用対象者
(年収条件は例示)
  • 現行の専門業務型裁量労働制の対象業務従事者(賃金要件を問わない)*法令で定めた業務の従事者で、月給制か年俸制、年収が400万円か全労働者の平均給与所得以上の者
  • 労使委員会の決議により定めた業務で、月給制か年俸制、年収が400万円か全労働者の平均給与所得以上の者
  • 労使協定により定めた業務の従事者で、月給制か年俸制、年収が700万円か全労働者の給与所得上位20%以上の者
除外内容 労働時間・休憩・休日・深夜業の規制からの除外
届出義務 労使合意により対象業務とされた場合には、所轄の労働基準監督署に届出が必要
賃金控除 遅刻・早退・休憩時間に関する賃金控除は行わない。欠勤は賃金控除の対象
健康管理 企業の業種・業務・職種内容に応じ、産業医の活用方法・取り組みなどを自主的に労使で決定
規定方法 労働基準法第41条(労働時間規制の適用除外)に追加

厚生労働省での審議 編集

2006年6月13日に開催された厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会の会議には「労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(案)」と題する資料[34]が提出された。その中では「自律的労働にふさわしい制度の創設」としてホワイトカラーエグゼンプション制度の創設について触れられた。同年11月10日には「今後の労働時間法制について検討すべき具体的論点(素案)」と題する資料[35]が提出され、「自由度の高い働き方にふさわしい制度の創設」としてホワイトカラーエグゼンプション制度に関する論点がまとめられている。

同会議には、同年9月29日には「ホワイトカラー労働者の働き方について」と題する調査資料[36]が、10月5日には「労働時間について」と題する調査資料[37]がそれぞれ提出された。

2007年1月25日、厚生労働省は労働政策審議会労働条件分科会に「ホワイトカラー・エグゼンプション」を盛り込んだ労働法改正案と労働契約法の法案要綱を諮問した。労働者委員からは「削除すべき」との意見や使用者委員からは「議論が尽くされていない」などの意見が出された。2月2日、労働政策審議会は「ホワイトカラー・エグゼンプション」などを盛り込んだ労働基準法改定案と労働契約法の法案要綱を了承する答申を出した。

2007年1月の厚生労働省案調整内容
項目 内容
制度導入に際して事業所に課される条件 各事業所において労使委員会を設置し、以下の各事項について5分の4以上の賛成多数による決議を要する
  • 対象者の範囲
  • 賃金の決定、計算および支払方法
  • 週休2日以上の休日の確保およびあらかじめ休日を特定すること
  • 労働時間の把握およびそれに応じた健康・福祉確保措置の実施(注:「週当たり四十時間を超える在社時間等がおおむね月八十時間程度を超えた対象労働者から申し出があった場合には、医師による面接指導を行うこと」を必ず決議し、実施することを指針において定めることとする。)
  • 苦情処理措置の実施
  • 対象労働者の同意を得ること、および不同意に対する不利益取扱いをしないこと
  • その他、厚生労働省で定める事項
適用対象者
  • 労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事する者(「企画、立案、研究、調査、分析」の5業務に限定)
  • 業務上の重要な権限および責任を相当程度伴う地位にある者
  • 業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、使用者が具体的な指示をしない者
  • 年収が相当程度高い者(年収900万円以上)
罰則 制度の適正な運営が確保されない場合、行政は使用者に改善命令を出すことができる。命令に従わなかった場合には罰則を付すことができる。

以上、厚生労働省労働政策審議会「労働基準法の一部を改正する法律案要綱」より。

導入を肯定する意見 編集

多国籍企業の競争が激化するグローバル資本主義化が進む未来において、国際競争力を維持する一助となる。具体的には、達成すべき成果をもとに時間という概念を考えないで人員配置などの経営計画をたてやすくなる。 労働政策審議会に提出された資料[38]では使用者側からのものとして、

  • 広い裁量が認められるホワイトカラーは、労働時間が長いことではなく成果による評価・処遇を行うべき
  • 労働者間の公平・意欲創出・生産性向上・企業の国際競争力の確保という効果がある

といった意見が紹介されている。

労働者のメリットとしては「時間・場所に囚われず自分のペースで仕事ができる」「趣味や勉強や家族と過ごす時間などを柔軟にやりくりできる」「成果を早期に達成すれば自由時間が増える」などが考えられる。

2007年の第1回経済財政諮問会議にて、伊藤忠商事取締役会長である丹羽宇一郎が「スキル向上のために、残業代なしで土日も出社したいという若い人が沢山いるが、ホワイトカラーエグゼンプション制度がないために、出社許可が出せない」という旨の発言をしている(議事録(PDF))。なお、上記発言と同時に、この法制度導入による過労死を防ぐため、内部告発制度や禁固刑を含む罰則をつくる必要性を提唱している。 ただし、仕事を覚えたい若い従業員がホワイトカラーエグゼプション対象の年収900万円以上である可能性はほとんどなく、このような使い方はできない[要出典]

導入を不要とする意見 編集

労働政策審議会の資料[38]において、

という点が導入を不要とする意見として取り上げられた。

ただし、前者に関する反論としては日本経団連の提言の概要[39]において、

  • フレックスタイムは、柔軟な運用が1か月の範囲内に限られる。
  • 変形労働時間制は、労働者側の裁量で労働時間を弾力的に運用できる制度ではない。
  • 裁量労働制は、対象業務の範囲が限られており、導入の要件が厳格に過ぎる。あくまでみなし労働時間制であり、労働時間そのものの制限適用除外ではない。

という点が指摘されている。

後者については、2007年2月労働政策審議会において了承された法案要綱によれば、労働者が制度の適用・不適用を選べる内容になっている。

懸念事項 編集

日本経団連の提案では、労働時間という基準をなくした中で、給与はどう支払われるべきかといった点について、法案化を含めた具体的な対策が示されていない。また、超過労働への対処策については、基本的に個々の企業の問題としている。そのため、短時間で成果を上げた労働者に賃金は、そのままで次々に仕事を与えるだけ(労働強化)ではないか、無賃金残業を合法化しようとするだけ(労働時間強化)ではないか、労働者の健康管理コストを削減したいだけではないかといった非難が当制度に反対する人々からなされている。以下に、それらの代表的見解を挙げる。

論点 詳細
サービス残業の合法化、
長時間労働の常態化
これまでは時間外労働に対して「割増賃金を支払う義務」が存在しており、形骸化されているとはいえ「時間外・休日労働に関する協定(三六協定)」の存在もあったことから、労働時間が過剰に増えることに対する一定の歯止めがあったが、ホワイトカラーエグゼンプションの導入が実現すると、それらの歯止めがなくなる。

過労死弁護団全国連絡会議によれば、ホワイトカラーエグゼンプションを導入しているアメリカ合衆国では、同制度の適用を受ける労働者のほうが労働時間が長くなる傾向にあるという[40]。 経団連の提言では、仕事と賃金の関係についても具体的な規定を想定していない。そのため、企業によっては、仕事を増やすだけ増やして賃金は増やさない、処理しきれなかった仕事の分は減給するということにもなりかねない。「欠勤は減給とする」という提案とあわせると、休日労働の常態化の危険も指摘される(欠勤と休日労働)[要出典]

労働者の健康管理 ホワイトカラーエグゼンプションにより、労働時間は経営者の管理対象から外れる。そのため、万が一従業員が過労死した場合に、従業員の自己責任で片付けられる可能性が出てくる(奥谷禮子などすでにそう公言している経営者も多い。奥谷の発言は「06/10/24 労働政策審議会労働条件分科会 第66回(議事録)」。労災にも問われなくなるので労災保険料が抑制でき(逆に労災を出すと保険料が上がる、100%会社負担の保険料)、過労死裁判などで従業員の遺族に多額の賠償金を支払うという可能性も減少する。

日本経団連は、「労働者の最大拘束時間を定める」、「一定時間勤務した者に休暇を付与する」、「一定期間毎の健康診断を受けさせる」といった対策を提言している。しかし、いずれも労使で「自主的に取り決めるべき」としており、経営体力の弱い零細・中小企業などでは、これらの規定が隠れ蓑として悪用される可能性もある。もっとも、大企業でもこれが悪用される可能性も捨てきれず、これらの含みを持たせるため「あくまで個別の会社(と組合)の問題」とし制度自体に盛り込まないようにしているともみられる。 これらの懸念に対して、厚労省は2006年11月に示した修正案で「週休二日以上の確保の義務付け」と「適正に運営しない企業に罰則を科す」旨を盛り込んでいる[リンク切れ]。しかし、草案に反対する論者からは、現在でも「出勤簿には有給休暇や代休と記載したが、実際は残務処理のため出勤している」という状況が散見されており、依然として対策が不十分であるとの指摘がなされている。現状でもサービス残業・激務による鬱などの精神疾患・過労死などが横行しているにもかかわらず、さらに経営者によって恣意的に用いられかねない制度は導入すべきでない。また、そもそも経営者の管理能力と信頼性・法令順守意識が足りていないという問題があるにもかかわらず、制度導入でそれらがさらに増幅されかねないという指摘もされている。一方で、週休2日を強いるのであれば、現在の週1日の休日で良い労働基準法より厳しい規制になり、規制緩和の意味が薄れるとの非難もある。 上節の「誰が残業をするのか」と同様に従業員いじめのツールとして、悪用される可能性がある。経営側がその意にそぐわない従業員に対して、過重労働を強いて退職・休職に追い込むケースや、最悪の場合死亡したとしても「過労で倒れた」ことにして片付けてしまうケースなどが具体例と考えられる。この場合は、経営側の責任を問えなくなってしまう可能性が高く、「過労死しました。自己責任です」の一言で全て片付けることが可能になってしまうとの主張もある。しかし、会社側に健康配慮義務を課すことも考えられ、必ずしもそうなるとはいえない。

適用除外対象者
の将来的な拡大
経団連の提言では、「労使委員会の決議で定めた業務で、かつ年収400万円以上」となっていた。しかし、厚生労働省が2006年末にまとめた最終報告書では、新たに対象労働者は管理監督者の一歩手前に位置する者」とし、年収要件を、「管理監督者一般の平均的な年収水準を勘案しつつ、労働者の保護に欠けないよう、適切な水準を定める」としている。

しかし、反対論者を中心に「一度導入したら、少しずつなし崩し的に適用除外水準が緩和されていき、最終的にはほとんどの労働者が対象になるのではないか」との危惧が多い。asahi.comのbeモニターを対象としたアンケートでは、「いずれ対象が広がるからホワイトカラーエグゼンプション制度に反対」という回答が30%に占めている[41][リンク切れ]。実際、労働者派遣法では、当初は厳格な基準が定められていたが、なし崩し的な基準の緩和により、現在では一部の例外を除いて事実上派遣が自由化されてしまったという歴史がある。 先述の丹羽宇一郎の発言のように、年収・職位面で本来は適用除外要件を満たさない「若手」の労働者にまで適用除外範囲を広げたい、という意図が推進側に存在している。ただし、米国の制度でも、対象者はホワイトカラーの2割程度と言われており、拡大はありえても、全員が対象になるというのは大げさであろう。

その他の問題点 編集

論点 詳細
雇用者側の意見不統一 ホワイトカラーエグゼンプション制度に関しては、雇用者側でも意見が分かれており、統一的な見解が出されていないのが現状である。各種経済団体においては、日本経団連は導入に全面賛成しているものの、経済同友会は「仕事の質・量やスケジュール(納期)にまで裁量のある労働者は多くなく、仕事の質や種類によって労働時間は決定されるべきであるため、まずは現行の裁量労働制の制度の活用を更に推進して仕事の進め方の改革を進める方が先」と今回の制度導入には反対の立場をとっている(参考)。

日本商工会議所は、労働時間規制の強化そのものに反対であり、当制度に関しては「中小企業の実態に即した制度を望む」という立場である。この「中小企業の実態に即した」というのは、同報告書によると「管理監督者の範囲は実態に即して決めるべきで、範囲を狭めてはならない」とのことのようである(付属資料17ページ)。個人的な見解を発表している経営者でも、ワコール社長の塚本能交のように、「そもそも時間内に仕事を行うことが評価されず評価も出来ない日本の労働環境下では、導入しても過重労働を招いて生産性の低下を招くだけ」と反対している経営者もいる。

日本にはなじまない 「ホワイトカラーエグゼンプション制度は、『日本にはなじまない』」という主張がある。主張の要点は、以下の通りである。
  • 日本人労働者は、個人ではなくチームで仕事を行う傾向にあるため[42][リンク切れ]
  • ホワイトカラーエグゼンプションによって、成果主義色がより強くなるが、日本では成果主義の運用が上手く行っていないため、単なる賃下げで終わってしまう可能性が高い。
  • 「自律的労働制度」の先駆けとも言えるフレックスタイム制が業務遂行上の問題多発などで失敗に終わっている事例が多く、そのような状況でホワイトカラーエグゼンプションを導入しても、長時間労働につながるだけである(たとえば、日本経団連会長の御手洗冨士夫が経営しているキヤノンでは、一時期フレックスタイム制を導入していたが、御手洗の社長在任期間中に廃止している)。
議論が不十分 上項「導入を不要とする意見」において記載したが、労働政策審議会は内外の反対意見を押し切る形で報告書をまとめてしまっている。報告書をまとめるにあたり、労働者側だけでなく使用者側の反対意見まで押し切ってしまっている[43]。この事は象徴的な出来事であるが、「まず導入ありき」になっており、全体的に議論が不十分であるとの指摘が多い(一例)
メディア報道が不十分 ホワイトカラーエグゼンプションに関するニュースなどの報道や情報提供は、十分に行われているとは言いがたい状況である。各新聞や雑誌等の紙媒体メディアでは、時折特集記事を掲載するなど、ある程度の報道量があったが、TVメディアにおいては2006年12月までは、このことについてほとんど報道がなされなかった。その結果、労働政策審議会が報告書をまとめる直前の時期であった2006年12月時点においても、連合が行ったアンケートによると、ホワイトカラーエグゼンプション法案について「全く知らない」という回答が73%にも達するという結果が出ている[44]

関連文献・記事 編集

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 年間の残業時間を12で割ると月60時間以内に収まるようにすること、月45時間を超える月が年間で最多でも6つ以内なこと、上記の範囲内で一年の内で書き入れどきである最繁月とした一月(ひとつき)のみは、100時間未満までを前後月とも足して2で割ると60時間になる場合は認めるが、一人でも労働者への1年の残業が計720時間を越えると、経営者に刑事罰を与える法律のこと。
  2. ^ 上司や先輩や同僚や部下など周囲がまだ仕事を続けているために、自分の担当する仕事は終わったため定時に帰ろうと思っても、周囲を気にして帰宅と言えずに不必要な残業をしてしまう行為。
  3. ^ 日本の頭脳労働者の生産性は、労働の長さに関わらず、アメリカ合衆国の頭脳労働者の約半分である。
  4. ^ : cadres dirigeants

出典 編集

  1. ^ [1]『河野慶三コラム』人事・総務の方へ| バイオコミュニケーションズ株式会社
  2. ^ [2]「島田法律事務所」
  3. ^ [3]「残業「月100時間未満」実現、企業にバトン 労使が合意、実効性確保へ罰則」
  4. ^ [4]「「脱時間給」法案を修正 連合と調整、制度化へ前進 」
  5. ^ a b http://zangyo-trouble.com/zangyo-faq01.html
  6. ^ http://www.sr-kawachu.jp/category/1510908.html
  7. ^ https://gakumado.mynavi.jp/freshers/articles/35503 約7割の社会人が「付き合い残業」した経験あり! 「先に帰ると上司のイヤミが……」
  8. ^ http://www.bbc.com/news/business-34667380
  9. ^ [5]「未払い残業代請求対応労務管理対策室」
  10. ^ [6]
  11. ^ 労働政策研究・研修機構、島田陽一「ホワイトカラー・エグゼンプションについて考える : 米国の労働時間法制の理念と現実」『労働政策研究・研修機構』2006年3月、7頁。 
  12. ^ ILO 1号条約 工業的企業に於ける労働時間を1日8時間かつ1週48時間に制限する条約
  13. ^ 労働政策研究・研修機構 2005.
  14. ^ Wages and the Fair Labor Standards Act” (英語). アメリカ合衆国労働省. 2023年5月25日閲覧。
  15. ^ a b c d e f g h Fact Sheet #17A: Exemption for Executive, Administrative, Professional, Computer & Outside Sales Employees Under the Fair Labor Standards Act (FLSA)”. アメリカ合衆国労務省. 2023年7月14日閲覧。
  16. ^ 労働政策研究・研修機構 2005, p. 172.
  17. ^ 労働政策研究・研修機構 2005, p. 85.
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  21. ^ 労働政策研究・研修機構 2005, p. 134.
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参考文献 編集

関連項目 編集

外部リンク 編集