山田線

東日本旅客鉄道の鉄道路線

山田線(やまだせん)は、岩手県盛岡市にある盛岡駅から同県宮古市宮古駅までを結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線地方交通線)である。

山田線
区界駅停車中のキハ110形による宮古行き普通列車
区界駅停車中のキハ110形による宮古行き普通列車
基本情報
日本の旗 日本
所在地 岩手県
起点 盛岡駅
終点 宮古駅
駅数 15駅[注 1]
電報略号 ヤタセ[1]
開業 1923年10月10日
全通 1939年9月17日[2]
所有者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
運営者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
使用車両 キハ110系
路線諸元
路線距離 102.1 km
軌間 1,067 mm
線路数 単線
電化方式 全線非電化
閉塞方式 特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
保安装置 ATS-SN[3]
最高速度 85 km/h
路線図
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概要 編集

下閉伊郡山田町を目指して建設されたことから「山田線」と名付けられた。岩手県の県庁所在地である盛岡市と沿岸地域の拠点都市である宮古市を結ぶ路線で、全線で閉伊街道(国道106号)に沿って山間部を横断する。

盛岡市と宮古市を結ぶ路線ではあるが、マイカーの普及が進んでいることに加えて、並行する国道106号を運行する106急行バスの影響により、当路線による都市間移動の需要は少なく、沿線地域の通学、通勤など生活需要を中心に担うローカル線となっている。

盛岡から順に延伸を繰り返しながら、1939年(昭和14年)に釜石駅までの全線が開通した。

もともとは盛岡駅から宮古駅陸中山田駅を通り沿岸南部の釜石駅までの路線だったが、宮古 - 釜石間は2011年(平成23年)3月11日東日本大震災により大きな被害を受けて不通となり、2019年(平成31年)3月23日三陸鉄道リアス線として復旧の上で経営移管された[新聞 1][新聞 2]。これにより、山田線は山田町を通らなくなり、路線名だけに「山田」の名前が残ることになった。

宮古 - 釜石間がJRで運行されていた当時から全線を直通する定期列車は設定されておらず、盛岡 - 宮古間と宮古 - 釜石間で運行系統が分断されていた。後者の区間は三陸海岸沿いを走り、気仙沼線大船渡線三陸鉄道八戸線とともに「三陸縦貫鉄道」を構成していた。

2010年までの夏季(7月 - 8月)には気仙沼線、大船渡線、三陸鉄道南リアス線、当時は山田線の一部だった宮古 - 釜石間、三陸鉄道北リアス線および八戸線を経由して仙台 - 八戸間を走破する臨時快速列車「リアス・シーライナー」も運行されていたが(後節および列車記事も参照)、東日本大震災後は経由路線が被災し一部区間は鉄道としては復旧されず廃止となったため運行されなくなった。

歴史 編集

開業に至る経緯 編集

盛岡 - 陸中山田間は、盛岡と三陸地方を結ぶ鉄道として、1892年公布の鉄道敷設法にすでに規定されていた区間である[注 2]。測量調査が行われたものの、盛岡 - 宮古間で標高 1,000 m を超す北上山地区界峠、標高 751 m)を越えるため、予定線の検討は行われたが、建設は具体化しないままとなっていた[4]。地元岩手県出身の原敬首相となった1920年に至って漸く建設が決定され、1923年から1935年にかけて開業した[4]

陸中山田以南の区間は、改正鉄道敷設法別表第7号に規定する「岩手県山田ヨリ釜石ヲ経テ大船渡ニ至ル鉄道」の一部で[5]、三陸縦貫鉄道を構成する予定線であったが、釜石までの区間は、前述の区間に引き続いて戦前の1939年までに開業したものの、釜石以南については戦後の建設、開業となり、後の三陸鉄道南リアス線となっている。

盛岡 - 宮古間は大部分の区間が人口希薄な山岳地帯である[4]。俗説では、この路線を敷設するかどうかを帝国議会で審議した際、野党憲政会は猛烈に反対し、同党議員は「こんな所に鉄道を敷いて、首相は山猿でも乗せるつもりか」と首相の原敬を非難した[4]。これに対し原は「鉄道規則を読んでいただければわかりますが、猿は乗せないことになっております」と、平然と答弁した、と伝えられている[4]。ただし、質疑のあったとされる第43回帝国議会の速記録に記録は残されていない[6]

この猿に関する話は、山田線の予算通過の翌月に原と共に盛岡を訪れて講演した元鉄道大臣元田肇が、予算審議の際強硬に反対した貴族院中村是公をやり玉に挙げて『貴族院の中村是公のごときは、「盛岡より山田に至る間はボウボウたる原野にして猿住める国なり、国家は巨費を投じて猿を乗せんとするや」と極端な反対をなせり、余はこれに答えて大森林や鉱山の天与の宝庫である、なんの不利なるや、と反論したのである。』[新聞 3]と語った内容に尾ひれが付いて広まったものと考えられる。また、1920年(大正9年)7月21日の貴族院鉄道敷設法中改正法律案特別委員会に際して、公正会所属の辻太郎が山田線の着工に反対する意見を繰り返した後、北海道の上川駅 - 北見滝ノ上駅間の鉄道(改正鉄道敷設法別表第139号「石狩国「ルベシベ」ヨリ北見国滝ノ上ニ至ル鉄道」。未成線となった)の建設に関する質疑で、「北海道の中央のこれこそ熊のほかにいない所であると私は思うておる。がここに大都市でもございますのですか。私が今まで想像しておるところでは、この地方は熊の巣だと思うておりますが、この図ではわかりませぬが、大都市がこの中に二つか三つかございますのか、あるいは大鉱山とかいうて、こういう貨物のトン数がどっさり出るところがあるのですか」と質問し[7]、鉄道省建設局長の大村鋿太郎が「これは森林が北海道一といわれるくらいな森林のあるところです。この国境付近は…それでございますから、この材木の欠乏の時期にこういう線を造りますれば非常な材木が出るまた薪炭も非常に出る、そのうえに国境の前後には、原野がありまして開墾に適した地が多くあります。(中略)よほど有望な線だと思っております。熊の巣は熊の巣ですが、熊の巣を開いたならば大変な財源になるのではないかと思っております」と答弁しており[7]、路線を取り違えて、熊と猿が入れ替わって伝えられた可能性がある、という意見もある[6]

だが実際には開業後、盛岡 - 宮古間は満員で座ることができず、立ち通しのことも少なくなかったという。もともと、この区間には1906年から乗合馬車の運行が行われ、1913年には盛宮自動車により岩手県では初となる路線バスの運行も開始されており[8]、鉄道開業前から一定の流動は存在した。1950年の釜石線全通以前、山田線は岩手県北部における唯一の海岸部と内陸の直通路線であり、特に1939年の全通後は戦時体制を背景に、釜石製鐵所釜石鉱山を擁した釜石と東北線とを直接連絡する鉄道ルートとして、日夜を通しての貨物輸送に貢献した。

太平洋戦争後の1946年11月、山田線は風水害により平津戸 - 蟇目間が長期運休となった。全線復旧に1954年までの8年間を要した大災害であり、その代替として GHQ の指示により釜石線の改築・全通が促進された[5]。釜石線全通に伴い、釜石から内陸への貨物輸送メインルートは同線に移り、山田線の相対的地位は低下することになった。なお、この災害に際し沿岸側に取り残された機関車を搬出するため、青函連絡船十勝丸」を宮古港に回漕して船積みすることで対処したエピソードがある。

その後も、1980年集中豪雨2008年岩手県沿岸北部地震2011年には東北地方太平洋沖地震東日本大震災)、2015年には土砂崩れ(山田線列車脱線事故)の影響で、一部または全線で不通となっている(詳しくは下述の年表を参照)。

蒸気機関車の復活運転 編集

1987年7月から、廃線となっていた宮古 - 宮古港間の貨物線を利用して、蒸気機関車の復活運転が実施された[9]。これは、地元の「甦れSL C10-8運営協議会」が宮古市のラサ工業株式会社の専用線で使用されていたC10 8に貨車改造の客車2両を連結し、SLリアス線「しおかぜ号」として1989年までの夏休み期間および9 - 10月の休日に運行したものである[9]。鉄道事業ではなく遊戯施設扱いであったが、宮古市役所前のはまぎく駅からうみねこ駅までの1.4kmで、途中にミニ浄土ヶ浜公園前駅が設けられていた。

また、1992年にも「三陸・海の博覧会」に協賛して、市役所前 - 白浜丸発着所間の約 0.5 km で機関車のみの展示運転を実施している。この展示運転に使用されたC10 8は、1994年4月に大井川鉄道(現・大井川鐵道)に譲渡され、2023年現在も動態保存機として本線上で列車を牽引している。

宮古 - 釜石間の復旧 編集

BRTによる仮復旧案(第一次) 編集

2011年3月11日に発生した東日本大震災により、宮古 - 釜石間 (55.4km) では、21.7kmが浸水、13駅中4駅や線路の1割、鉄橋など6か所、盛土10か所が破壊された。この区間の復旧について、JR東日本は、2012年6月25日の公共交通確保会議(沿線4市町や岩手県などで構成。震災で被災したJR山田線の鉄道復旧までの公共交通確保策について協議する)において、本復旧は安全の確保、まちづくりとの整合性など、各地で課題が多く、資金調整も含め相当時間がかかるとし、気仙沼線、大船渡線と同様に山田線についても、BRTにより仮復旧する案を正式提案した[新聞 4]。(BRT(バスによる高速輸送)は一般車両の立ち入れないバス専用道路にて運行することにより鉄道並みの定時性を確保するとともに停車駅や運行本数を増やすことができる。また鉄道よりはるかに低コストで運行できる。)鉄道用地を舗装して専用道にする、費用はJR東日本が負担する、ただし山田線は被災した鉄橋が多いため、鉄路が山側に迂回している部分などは並行して走る国道45号を使い、専用道は約10kmほどとする、JR東日本が運行主体になり、車両もJRが購入する、運賃は鉄道と同程度とし、増便や駅の増設も進める、というものである。

この山田線BRT構想に対して、沿線4市町は、

  • 専用道の割合が低く、現状のバスと定時性やスピードは変わらない
  • 震災前からの民間のバスと競合する(「宮古─釜石間は路線バスが1日11往復走っている。BRTにかけるおカネも時間ももったいない」(宮古市役所))
  • そもそもまちづくりは鉄路復旧を前提としている

などを理由に拒否、7月9日にJR東日本に通告し、同時に鉄道での復旧を求めたため、山田線BRT化の話はいったん消えることとなった。

BRTによる仮復旧案(第二次) 編集

2013年9月25日に盛岡市で開かれた第6回山田線復興調整会議において、JR東日本は山田線にBRTを導入することを再提案。従前のBRT案では専用道区間が短いという批判に対し、再提案では津波で流出した宮古市の閉伊川橋、山田町の第一織笠川橋、大槌町の大槌川橋、小槌川橋の4橋を復旧させるなどし、専用道の総延長を従来提案より約16km増やした25.3km(宮古 - 釜石間の46%)とすることで、鉄道では約70分の宮古 - 釜石間をBRTで最短で約80分とする(代替バスの約100分に比べかなり鉄道レベルに近づく)。しかし、この案に対して、地元4市町は再び拒否した。

三陸鉄道への経営移管 編集

 
青線の区間は三陸鉄道に経営移管された区間

2014年1月31日の第7回山田線復興調整会議においてJR東日本は、210億円と試算された復旧費用のうち線路や設備などの原状回復に伴う140億円を自社で負担すると明言した上で(復興まちづくりに伴うかさ上げや移転費の残り70億円は公的資金を活用して自治体などが負担)、被災した線路や駅舎を復旧させ、10年間の赤字補填分などとして5億円を負担し、当区間の運行事業を三陸鉄道に、線路などの鉄道施設を三陸鉄道と沿線4市町にそれぞれ無償で譲渡、経営移管する(運営形態は三陸鉄道の南北各リアス線と同様、運行と施設保有を分ける「上下分離方式」となる)案を示した[新聞 5][新聞 6][新聞 7][10]。JR東日本によると、南北で分断されている三陸鉄道の2路線がつながり一体運営することで、地域密着型でコンパクトな経営を行い、持続可能性の高い運営形態を実現できるとしている[新聞 7]。一方、この案に対して、赤字路線を引き継ぐことで新たな財政負担を抱えることになる山田町と大槌町は慎重な態度をとった。

  • 鉄路での復旧が明言されたことにより、宮古市は八木沢地区(磯鶏駅 - 津軽石駅間)への新駅(八木沢・宮古短大駅)設置案を示した。ただし、あくまでも経営分離案とは切り離して可能性を模索するとしている[新聞 8]
  • 2014年7月には岩手県が、高台などを通過しているため震災による被害が比較的軽微であった宮古駅 - 豊間根駅間および鵜住居駅 - 釜石駅間を優先して復旧させるようJR東日本と協議をすすめる方針であると明らかになった[新聞 9]

また、岩手県とJR東日本は7月に同区間の現地調査を実施。JRは現状復旧費140億円の負担方針は既に示していたが、被災を免れた区間(全体の約8割の46キロ)についても、全線の9割強を三陸鉄道と同等の太くて高規格の新しいレールに交換し、木製枕木をコンクリート製に交換、さびた橋の塗装、トンネルの修繕などを実施する方針を示した(費用は非公表)。[新聞 10][新聞 11]

同年8月7日の山田線復興調整会議において、岩手県と三陸12市町村は、

  • 関係自治体の負担を避けつつ早期鉄道復旧を目指す
  • 三陸鉄道による山田線の運営を「有力な選択肢」として、JRとの詰めの協議を急ぐ

という2点を確認。岩手県はその後、JR東日本に、

  • 設備更新時などの費用補填
  • 三陸鉄道が求める水準への鉄道施設の強化
  • 復旧後の経営を安定させるのに十分な赤字補填
  • 復旧後一定期間の運賃をJR運賃と同額にする差額負担

の4点を要請、同時に、国にも一定の支援を求めることとなった。

同年11月25日、JR東日本と交渉してきた県は、盛岡市で開いた首長会議において沿岸12市町村長らに、JR東日本から、

  • 一時金として当初の5億円から大きく上積みした30億円を負担する(30億円は運賃の上昇を抑える原資や今後の災害時に生じる施設更新費用などにも充てることを想定し、活用法は市町村で検討)
  • 車両を無償譲渡する
  • 軌道を強化する
  • 検修庫・施設管理拠点を整備する
  • 人的にも支援する
  • 観光客誘致などで協力する、

などの提案があったことを報告。12市町村は議会や住民に説明し、県と市町村は12月議会などを経て年内に改めて会議を開き、受け入れるかどうかを最終決定することとなった。山本正徳宮古市長、野田武則釜石市長、またこれまで負担額を懸念していた佐藤信逸山田町長、碇川豊大槌町長も、12月上旬に相次いで、移管案を受け入れる旨、前向きな見解を表明[新聞 12]。12月24日、達増拓也岩手県知事、沿岸12市町村長、望月正彦三陸鉄道社長らが盛岡市で開かれた会議にて、移管受け入れについては合意(JR東日本からの移管協力金30億円の使途については継続協議)、2015年の年明けにも基本合意を結ぶこととなった[新聞 13][新聞 14][新聞 15][新聞 16][新聞 17][新聞 18][新聞 19][新聞 20]。これを受けて、12月26日、達増拓也岩手県知事と山本正徳宮古市市長が東京都内で冨田哲郎JR東日本社長と会談し、三陸鉄道への移管を受け入れる方針を伝えた[新聞 21][新聞 22][新聞 23]

不通区間の復旧工事は2015年3月7日に着工した[新聞 24]。復旧費用210億円のうちJR東日本が140億円を負担し、残りの70億円を復興交付金から支出、全線復旧は2018年度の見込みになることが発表された[新聞 25][新聞 26][新聞 27]。当初計画では2016年開催の希望郷いわて国体までに宮古駅 - 豊間根駅間および鵜住居駅 - 釜石駅間を先行して復旧させて三陸鉄道の路線として開業する予定であったが[新聞 25]、岩手県や沿線自治体は、部分復旧した場合CTC未整備などにより安全上に問題があるとして、全線一括での復旧を要請することとし[新聞 28]、2015年7月31日には全線一括復旧を基本方針とする協定書が締結された[新聞 29]

三陸鉄道への移管区間の路線名については「三陸鉄道リアス線」とする計画であるが、現在の北リアス線と南リアス線の区間についても移管区間と同じく「リアス線」と路線名を改称して統一することを検討、2017年12月25日の同社取締役会で正式に「リアス線」に統一することが決定した。また、山田線の釜石-宮古間については、新設予定の「宮古短大[注 3]」「払川」を除き、現在の駅名を使用することとした[新聞 30]。その一方でJR東日本の路線としては陸中山田駅などがある山田町を通らなくなることとなる[注 4]が、山田線として残存する区間の正式路線名の改称については、2017年11月9日現在「名称は白紙」(=未定)と同社より公式に発表されている[新聞 31]

2018年7月18日までに同区間の復旧工事のうち、建築工事が全て完了し、同区間のレールが全線で締結され、宮古 - 釜石間のレールが全線で繋がった。これを受けて、建築物の強度確認のために、同年8月21日からディーゼル機関車による試運転が順次実施された[新聞 32]。その後、11月には完成した駅舎の見学会を実施した。

2019年に入ってからは移管に向けた準備が本格化し、同年1月28日から三陸鉄道の車両と乗務員による試運転、訓練運転が開始された[新聞 33][新聞 34]。1月31日には移管区間の事業の実施主体(第一種鉄道事業者)のJR東日本から三陸鉄道への変更などを定めた鉄道事業再構築実施計画が地域公共交通活性化再生法に基づき認定された[報道 1]

三陸鉄道は、宮古 - 釜石間の運行を2019年3月23日に開始した[新聞 2][新聞 35][新聞 36]

年表 編集

国有鉄道時代 編集

民営化以降 編集

運行形態 編集

線路名称上の起点は盛岡駅であるが、2018年3月17日のダイヤ改正までは釜石駅で接続する釜石線などとあわせて盛岡駅に向かう列車が下り扱い(列車番号が奇数)となっていた。

定期列車 編集

運行本数は少なく、特に、全区間を直通する列車は1日に4往復のみとなる。そのうち1往復半(下り2本、上り1本)は、主要駅停車の快速リアス」である。ワンマン運転は行われていない。

また、盛岡駅 - 上米内駅間、川内駅 - 宮古駅間、茂市駅 - 宮古駅間の区間列車の設定がある。このうち盛岡駅 - 上米内駅間は、通勤輸送として朝に2往復(うち1往復は休日運休)の設定があり、200人程度の利用を支えている。年によっては上米内駅近くにある浄水場内の「しだれ桜」の開花時期に臨時列車を設定している。なお、上米内駅より見える高台にある「桜台団地」から朝夕の列車に片接続するバスが走っている。

 
106急行バスと併走する山田線列車(2000年7月24日 106急行バス車内より)

この盛岡駅 - 宮古駅間に人的輸送需要が無いわけではなく、山田線にほぼ並行している国道106号には盛岡駅前 - 宮古駅前間直通の「106急行バス」が頻繁に(ほぼ1時間に1本)運行されており、山田線は極めて不利である。この状況に対して、JR東日本盛岡支社は、車両の置き換えによる車内居住性向上や新幹線との接続強化による首都圏との到達時間短縮などを行っており、2007年にキハ5258系気動車からキハ110系気動車(キハE130系が投入された水郡線からの転属車両)に置き換えられ、非冷房車は姿を消した。

最近は、車両の変更のほか、部分的ではあるが改修工事が進んでいる。特に無人駅の駅舎建て替え、レールの重量化や長大トンネル内のロングレール化、枕木のPC化などである。2008年3月15日のダイヤ改正では速度査定をキハ110系に変更して計算上のスピードアップを行っている(盛岡 - 宮古間2分弱のスピードアップ)。無人駅の駅舎建て替えについて、盛岡支社管内では、旧国鉄時代に建築され現在不使用となっている駅舎(駅務室スペースや物置など)の建物面積に対する固定資産税が多いためコスト削減の目的で省スペースな待合室のみの駅舎へ建て替えられているケースが多い。

2011年には東日本大震災の影響で、茂市駅 - 宮古駅間の閉塞方式をスタフ閉塞式に変更し臨時ダイヤで運行していた期間があった。

2018年4月22日からCTC化された[報道 7](先行して同年3月25日より閉塞方式連査閉塞式から特殊自動閉塞式へ変更し、区界駅を棒線化)。CTC化に伴い運転扱いを行っていた上米内・区界・川内・茂市の各駅と、簡易委託駅であった陸中川井駅の5駅は無人化された[新聞 47][新聞 45]。その結果、駅員配置駅が盛岡駅と宮古駅のみとなり、途中駅がすべて無人駅となった。

2013年9月30日から2016年3月末までの約2年半、盛岡市とJR東日本盛岡支社が連携し、盛岡市の都市交通における公共交通機関の利用促進の一環として、盛岡駅 - 上米内駅間の利便性向上を図ることを目的に、最終列車の延長等の社会実験を行っていた[19]。その後、さらに1年間社会実験を延長し、2017年3月まで実施した[新聞 48]。しかし、乗車人員数が目標値に達せず、増便は終了となった[20]

臨時列車 編集

 
山田線の臨時列車に使用される車両と同じ八戸運輸区所属のHB-E300系気動車(青森駅)

臨時列車としては、主に土休日に運転される「さんりくトレイン宮古」や年末年始の「ふるさと宮古」、冬に開催される宮古真鱈まつりに合わせて運転される「宮古真鱈号」などがある。これらは2023年まではハイブリッド気動車HB-E300系リゾートあすなろ」編成が使用されていた。2024年はキハ110系が使用されている[21][22]。「リゾートあすなろ」を改造した「ひなび(陽旅)」による「ひなび 宮古」も設定された[21]

以前は、一般形車両を使用した臨時快速「三陸」・「みやこ」も運転されていた。

宮古駅 - 釜石駅間(JR運行当時) 編集

前述のとおり、この区間は東日本大震災のため運休していたが、復旧後の2019年3月に三陸鉄道へ移管された。下記は震災前の運行形態を示している。

車両は釜石線と共通運用のキハ100形(「快速はまゆり」と間合い運用される列車はキハ110系)気動車[新聞 37]と、三陸鉄道南リアス線・北リアス線から乗り入れてくる36-100形気動車を使用していた。なお、三陸鉄道移管後の当区間ではワンマン運転を行っているが、JR運行当時はJR車両による列車、三陸鉄道直通列車の両方とも、ワンマン運転を行っていなかった。

盛岡駅 - 宮古駅間より本数が多く、1時間から2時間に1本程度の運行になっていた。宮古駅 → 盛岡駅間には釜石線経由で快速「はまゆり」1本が運転されていた。また、三陸鉄道南リアス線北リアス線と相互直通運転を行っており、震災前の時点では1往復が三陸鉄道の車両で運行されていた。イベント列車として仙台駅 - 八戸駅間に三陸縦貫列車「リアス・シーライナー」が夏季に運転されていた。

国鉄時代には、山田線 - 釜石線 - 東北本線を回る盛岡発盛岡行きの循環急行「そとやま」・「五葉」が設定されていた。 また、釜石製鉄所が高炉を24時間体制で操業していた時代には、釜石線とともに夜勤者用に時刻表非掲載の深夜列車が運行されていた。1979年当時のダイヤでは、釜石を午前1時25分に発車し、終着の陸中山田には午前2時22分に到着していた[23]

使用車両 編集

現在の使用車両 編集

過去の使用車両 編集

  • キハ55系 - 2台機関搭載車だったことが重宝されたが、国鉄時代にキハ58に置き替えられた。
  • キハ58系
  • キハ52形
  • キハ100形 - 釜石線と共通運用で、東日本大震災まで宮古 - 釜石間で運用されていた。
  • 36-100形 - 東日本大震災まで三陸鉄道直通列車で運用された。

2007年11月24日をもって盛岡 - 宮古間におけるキハ52形キハ58形気動車の運用は終了し、非冷房車は姿を消した(キハ110系は2007年10月21日から一部運用開始)。なお、キハ58系気動車は機関1台あたりの出力が小さく、山田線のような急勾配線区においては全車2台機関搭載車とせざるを得なかったとこと、キハ65のような冷房電源の付いた高出力気動車は配属されなかったこと、さらに山田線沿線はやませの影響を受けやすい事情もあり、最後まで冷房装置の取り付けは行なわれなかった。

データ 編集

路線データ 編集

全線盛岡支社の管轄である。

利用状況 編集

区間ごとの平均通過人員は以下のとおりである。国鉄時代から特定地方交通線なみの数値であったが、1987年(昭和62年)時点で代替輸送道路が未整備であったため[25]、第3次廃止対象特定地方交通線から除外された。なお、東日本大震災以前は、現在もJR東日本が運営する盛岡 - 宮古間よりも、三陸鉄道に移管された宮古 - 釜石間のほうが平均通過人員が多かった。

1987年度 - 2010年度 編集

年度 平均通過人員(人/日) 出典
全区間 盛岡 - 宮古 宮古 - 釜石
盛岡 - 上米内 上米内 - 宮古
1987年度 1,119 732 1,719 [利用状況 1][利用状況 2]
844 720
1992年度 958 607 1,605
771 589
1997年度 661 420 1,105
637 397
2002年度 510 309 881
616 276
2003年度 496 312 774 [利用状況 3]
2004年度 484 296 831
2005年度 455 266 804
2006年度 435 251 774
2007年度 419 247 735 [利用状況 4][利用状況 5]
500 220
2008年度 404 228 728
457 203
2009年度 392 218 713
435 194
2010年度 377 205 693
403 184

2011年度 - 2018年度 編集

  • 宮古 - 釜石間はバス代行輸送のため定期券および回数券の利用客のみ計上
  • 宮古 - 釜石間の2018年度は3月22日までの値(以降は三陸鉄道に移管)
年度 平均通過人員(人/日) 出典
全区間 盛岡 - 上米内 上米内 - 宮古 宮古 - 釜石
2011年度 217 386 169 285 [利用状況 6]
2012年度 257 417 209 307
2013年度 274 482 220 323
2014年度 279 500 241 305 [利用状況 7]
2015年度 248 459 190 307
2016年度 186 379 112 275
2017年度 195 375 124 281
2018年度 199 380 148 257

2019年度以降 編集

年度 平均通過人員(人/日) 出典
全区間 盛岡 - 上米内 上米内 - 宮古
2019年度 174 358 154 [利用状況 8]
2020年度 95 238 80
2021年度 76 219 61

駅一覧 編集

  • 停車駅
    • 普通列車はすべての駅に停車
    • 快速=快速「リアス」…●:全列車停車、|:全列車通過
  • 線路(全線単線)… ◇・∨・∧:列車交換可、|:列車交換不可
  • 全駅岩手県内に所在
駅名 営業キロ 快速 接続路線・備考 線路 所在地
駅間 累計
盛岡駅 - 0.0 東日本旅客鉄道  東北新幹線秋田新幹線東北本線田沢湖線花輪線[注 7]
IGRいわて銀河鉄道いわて銀河鉄道線
盛岡市
上盛岡駅 2.8 2.8  
山岸駅 2.1 4.9  
上米内駅 5.0 9.9  
区界駅 *25.7 35.6   宮古市
松草駅 8.0 43.6  
川内駅 17.9 61.5  
箱石駅 4.2 65.7  
陸中川井駅 7.8 73.5  
腹帯駅 9.1 82.6  
茂市駅 4.4 87.0  
蟇目駅 4.5 91.5  
花原市駅 2.7 94.2  
千徳駅 4.6 98.8  
宮古駅 3.3 102.1 三陸鉄道リアス線
  • 上米内駅 - 区界駅間の距離は、JR東日本管内の在来線では最長の駅間距離となっている[注 8]
  • 盛岡駅はJR東日本の直営駅、宮古駅は三陸鉄道の管轄駅で、中間駅はすべて盛岡駅管理の無人駅である。
  • 2022年度の時点で、JR東日本自社による乗車人員集計[26]の対象駅は、盛岡駅と宮古駅のみである。

廃止区間 編集

2019年(平成31年)経営移管区間
  • 設置駅・駅名は移管前日時点のもの
  • この区間の現状の詳細については「三陸鉄道リアス線」を参照
宮古駅 - 磯鶏駅 - 津軽石駅 - 豊間根駅 - 陸中山田駅 - 織笠駅 - 岩手船越駅 - 浪板海岸駅 - 吉里吉里駅 - 大槌駅 - 鵜住居駅 - 両石駅 - 釜石駅
1984年(昭和59年)廃止区間(宮古臨港線)
宮古駅 - 宮古港駅

廃止駅 編集

廃止区間の駅は前節を参照。

  • 大志田駅 - 2016年(平成28年)3月26日廃止。上米内駅 - 浅岸駅間。
  • 浅岸駅 - 2016年(平成28年)3月26日廃止。大志田駅 - 区界駅間。
  • 平津戸駅 - 2022年(令和4年)3月12日全列車通過、2023年(令和5年)3月18日廃止。松草駅 - 川内駅間。

過去の接続路線 編集

  • 茂市駅:岩泉線 - 2014年(平成26年)4月1日廃止。
  • 宮古駅:貨物支線(宮古臨港線) - 1984年(昭和59年)2月1日廃止。

山田線が登場する作品 編集

その他 編集

盛岡 - 上米内間を(盛岡市内を走るLRTの一路線としての)都市路線として利用すべく提言を行っている団体がある[27]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ a b 2009年時点の30駅[2]から、2016年に廃止された2駅、2023年に廃止された1駅および2019年3月23日に三陸鉄道リアス線として移管された宮古-釜石間のうち宮古駅を除く12駅を減じた数。
  2. ^ この区間の登録の背景には地元出身の自由党議員、伊東圭介の党幹部への働きかけがあった。
  3. ^ 新駅設置の申請認可での仮称は「八木沢」。最終的には「八木沢・宮古短大」となった。
  4. ^ 路線名の由来となる駅や地域へ至らなくなる事例は他にも複数ある。山田線と同様に一部区間が他路線へ編入されたものが水戸線奈良線など(それぞれ常磐線水戸駅へ、関西本線奈良駅へ直通可能)。一部区間廃止により鉄路が断たれたれたものが日高本線信越本線など。横浜駅の1つ手前の東神奈川駅を開業当初から起点とする横浜線の場合は、単に横浜市内を通るのが由来。
  5. ^ 久保田博『鉄道重大事故の歴史』(グランプリ出版、2000年)には「雪崩により鉄橋が流されていたため」とある。
  6. ^ 下り2本・上り1本の快速「リアス」が運休[報道 8]。下りには臨時快速が1本運転された[報道 8]
  7. ^ 路線の正式な起点は好摩駅であるが、全列車がいわて銀河鉄道線を経由して盛岡駅まで乗り入れる。
  8. ^ 大志田駅と浅岸駅の廃止前は只見線只見駅 - 大白川駅間の20.8 kmが最長であった。

出典 編集

  1. ^ 日本国有鉄道電気局『鉄道電報略号』1959年9月17日、23頁。 
  2. ^ a b 『歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 通巻21号 釜石線・山田線・岩泉線・北上線・八戸線 13頁
  3. ^ a b サステナビリティレポート2019 38頁 - JR東日本、2019年9月
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 『歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 通巻21号 釜石線・山田線・岩泉線・北上線・八戸線 18頁
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 鉄道ジャーナル』第21巻第1号、鉄道ジャーナル社、1987年1月、111-112頁。 
  6. ^ a b 白土貞夫「絵葉書のなかの国鉄ローカル線 第12回 山田線」『鉄道ピクトリアル』第914号、電気車研究会、2016年2月、124 - 125頁。 
  7. ^ a b 第43回帝国議会 貴族院鉄道敷設法中改正法律案特別委員会 - 帝国議会会議録検索システム(国会図書館。大正9年7月21日の会議録を参照)
  8. ^ 鈴木文彦「岩手のバス いまむかし」p12
  9. ^ a b c d e f g h i j k 『歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 通巻21号 釜石線・山田線・岩泉線・北上線・八戸線 19頁
  10. ^ 被災路線を突然移管、JR東が変心した理由 山田線を三陸鉄道に移管する方針転換 - 東洋経済オンライン 2014年3月2日、2015年12月15日閲覧
  11. ^ 記念スタンプ「逓信省告示第2943号」『官報』1935年11月13日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  12. ^ 数年来の大雪で各地に被害『岩手日報』(昭和12年2月16日夕刊)『昭和ニュース事典第6巻 昭和12年-昭和13年』本編p14 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
  13. ^ “信号設備を近代化”. 交通新聞 (交通協力会): p. 2. (1966年2月8日) 
  14. ^ 鉄道ジャーナル』第21巻第1号、鉄道ジャーナル社、1987年1月、113頁。 
  15. ^ 「JRワンマン運転線区一覧表」『JR気動車客車編成表 '99年版』ジェー・アール・アール、1999年7月1日、192頁。ISBN 4-88283-120-1 
  16. ^ 鉄道ファン』第37巻第12号、交友社、1997年12月、54-57頁。 
  17. ^ 『JTB時刻表』2016年4月号、JTBパブリッシング、ニュース1頁
  18. ^ 「【三陸鉄道速報!】JR山田線(宮古・釜石間)の経営移管に伴い、三陸鉄道「リアス線」が誕生します。 同区間のうち、宮古・釜石間の運行開始予定は、平成31年3月23日(土)です。 現在の南北リアス線と統合し、総営業キロ163㎞を一貫運行。日本で最長の三セク鉄道となります。」- 岩手県広聴広報課(Twitter)
  19. ^ JR山田線「盛岡〜上米内間」の社会実験”. 盛岡市 (2013年9月9日). 2013年10月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月25日閲覧。
  20. ^ JR山田線「盛岡〜上米内間」の社会実験”. 盛岡市 (2019年9月11日). 2019年3月25日閲覧。
  21. ^ a b 春の増発列車のお知らせ』(PDF)(プレスリリース)東日本旅客鉄道盛岡支社、2024年1月19日https://www.jreast.co.jp/press/2023/morioka/20240119_mr01.pdf2024年3月14日閲覧 
  22. ^ 冬の増発列車のお知らせ』(PDF)(プレスリリース)東日本旅客鉄道盛岡支社、2023年10月20日https://www.jreast.co.jp/press/2023/morioka/20231020_mr01.pdf2024年3月14日閲覧 
  23. ^ 石野哲『時刻表名探偵』日本交通公社、1979年、pp.77、79。このダイヤは盛岡鉄道管理局の運転時刻表が出典と記されている。
  24. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  25. ^ 鉄道ジャーナル1984年11月号NO.213の131ページ
  26. ^ 各駅の乗車人員”. 東日本旅客鉄道. 2023年10月9日閲覧。
  27. ^ 盛岡にLRTを走らせ隊

報道発表資料 編集

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  2. ^ 山田線 大志田駅・浅岸駅廃止について” (PDF). 東日本旅客鉄道盛岡支社. 2015年12月11日閲覧。
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  7. ^ a b 山田線における安全安定輸送に向けた取り組みについて (PDF) - 東日本旅客鉄道盛岡支社 2018年2月22日
  8. ^ a b c 山田線 昼間集中工事の実施に伴う列車の運休について』(PDF)(プレスリリース)東日本旅客鉄道盛岡支社、2020年9月24日。 オリジナルの2020年9月24日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20200924143719/https://www.jr-morioka.com/cgi-bin/pdf/press/pdf_1600914320_1.pdf2020年9月24日閲覧 
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利用状況 編集

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  3. ^ 路線別ご利用状況(2002年度〜2006年度)”. 東日本旅客鉄道. 2012年8月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年1月23日閲覧。
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  6. ^ 路線別ご利用状況(2009〜2013年度)” (PDF). 東日本旅客鉄道. 2020年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年1月23日閲覧。
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  8. ^ 路線別ご利用状況(2017〜2021年度)” (PDF). 東日本旅客鉄道. 2022年8月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年12月18日閲覧。

新聞記事・ニュース 編集

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  19. ^ “山田線、「あまちゃん」で人気集めた三陸鉄道に移管 地元が受け入れ合意”. 産経新聞. (2014年12月24日). オリジナルの2014年12月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141225020949/http://www.sankei.com/affairs/news/141224/afr1412240015-n1.html 
  20. ^ 国体までに部分再開…山田線移管 - 読売新聞、2014年12月25日。
  21. ^ 山田線受け入れ伝える=JR東日本社長に―岩手知事ら - 時事通信、2014年12月26日
  22. ^ 三陸鉄道に移管案受け入れ伝達 山田線復旧で沿線自治体 - 東京新聞、2014年12月26日
  23. ^ 三陸鉄道の移管受け入れ - 時事通信、2014年12月26日
  24. ^ 山田線の復旧工事始まる…宮古―釜石、三鉄に - YOMIURI ONLINE - 2015年3月7日
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参考文献 編集

  • 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 21号 釜石線・山田線・岩泉線・北上線・八戸線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年12月6日、13-19頁。 

関連項目 編集

外部リンク 編集