福原 美和(ふくはら みわ、1944年12月13日[1] - )は、日本の元フィギュアスケート選手。1960年スコーバレーオリンピック、1964年インスブルックオリンピック女子シングル日本代表。祖父は資生堂創業者の福原有信。現在はフィギュアスケートコーチ、早稲田大学スケート部フィギュア部門監督。

福原 美和
Miwa FUKUHARA
フィギュアスケート選手
生誕 (1944-12-13) 1944年12月13日(79歳)
東京都大田区
選手情報
代表国 日本の旗 日本

経歴

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東京都大田区出身。森村学園高等部を経て早稲田大学第二文学部西洋史学専修卒業、小学校2年生の時からスケートを始めた。福原の弁によれば、「親は最初はテニスをさせようと思っていたが、身体が小さくてラケットを振り回せないため、スケートをやることになった」との事である[2]稲田悦子に師事し、全日本フィギュアスケート選手権で6回優勝、第37回から第41回まで5連覇を達成。世界選手権で6位となり、日本人女性初の入賞を果たした[3]

冬季オリンピックではスコーバレーオリンピックインスブルックオリンピックの2大会に出場、インスブルックオリンピックではフィギュアスケートにおいて日本女子選手初の冬季オリンピック入賞(5位)を果たしている。

コーチ転向後は八木沼純子を育て、渡辺心にも15歳でアイスダンスに転向するまで教えていた。NHK連続テレビ小説てるてる家族』に登場する「福島美希」は福原がモデルとされている。

主な戦績

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大会/年 56-57 57-58 58-59 59-60 60-61 61-62 62-63 63-64 64-65 65-66 66-67
オリンピック 21 5
世界選手権 14 9 6 6 6 8 棄権
全日本選手権 3 2 2 1 2 1 1 1 1 1 2
ユニバーシアード 1 1

脚注

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  1. ^ SportsReference
  2. ^ 朝日新聞昭和39年3月29日朝刊記事
  3. ^ 1960年代の世界選手権女子シングル成績

外部リンク

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