笠原 淳(かさはら じゅん、1936年1月21日 - 2015年3月25日[1])は、日本小説家

笠原 淳
誕生 長野 義弘
(1936-01-21) 1936年1月21日
日本の旗 日本神奈川県川崎市
死没 2015年3月25日(2015-03-25)(79歳没)
日本の旗 日本東京都稲城市
職業 小説家
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 法政大学経済学部中退
活動期間 1969年 - 2015年
代表作 『杢二の世界』
主な受賞歴 小説現代新人賞(1969年)
新潮新人賞(1976年)
芥川賞(1984年)
デビュー作 『漂泊の門出』
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本名、長野 義弘(ながの よしひろ)[2]

来歴

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神奈川県川崎市出身[3]玉川学園小学部・中学部[4]、東京府立第六中学校(現東京都立新宿高等学校定時制を経て法政大学経済学部中退。

1969年『漂泊の門出』で小説現代新人賞を受賞。1976年『ウォークライ』で新潮新人賞を受賞。1984年『杢二の世界』で第90回芥川賞を受賞した[5][6]。「海燕」掲載作としては初の受賞だった。2003年から2006年まで法政大学文学部教授[2]

2015年3月25日、舌癌のため死去[7]。79歳没。

20th Century長野博の父と従兄弟の関係である。

著書

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  • 『杢二の世界』福武書店、1984年、のち文庫化
  • 『昆虫図譜』福武書店、1984年
  • 『夕日に赤い帆』講談社、1984年
  • 『ウォークライ』新潮社、1984年
  • 『眩暈』福武書店、1985年
  • 『サイモンの塔』文藝春秋、1986年
  • 『浮巣』福武書店、1988年
  • 『勾玉』福武書店、1989年
  • 『ヨコハマ夢譚』白水社、1991年
  • 『黄土の夢』福武書店、1991年
  • 『祀りのあと』新潮社、1992年
  • 『茶色い戦争』新潮社、1994年
  • 『十五歳 夏』新潮社、1998年
  • 『父への便り』草葉書房、2005年

脚本

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  • 『ラベルのない缶詰』NHK、FMラジオ劇場、1984年

脚注

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  1. ^ 『文藝家協会ニュース』2015年4月
  2. ^ a b “作家の笠原淳氏死去”. 産経ニュース (産業経済新聞社). (2015年5月7日). https://www.sankei.com/article/20150507-3A7CUNGLKJOWREJVYENJ7ZDNBU/ 2015年5月15日閲覧。 
  3. ^ “作家の笠原淳さん死去 「杢二の世界」で芥川賞”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2015年5月7日). http://www.asahi.com/articles/ASH57349MH57UZVL001.html 2015年5月15日閲覧。 
  4. ^ 玉川豆知識 No.38|社会・地域連携|玉川学園”. www.tamagawa.jp. 2020年7月28日閲覧。
  5. ^ “作家の笠原淳氏死去”. 産経ニュース. (2015年5月7日). https://www.sankei.com/article/20150507-3A7CUNGLKJOWREJVYENJ7ZDNBU/ 2020年1月25日閲覧。 
  6. ^ “【訃報】笠原淳氏=作家”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2015年5月7日). http://www.yomiuri.co.jp/obit/20150507-OYT1T50046.html 2015年5月15日閲覧。 
  7. ^ 作家の笠原淳氏死去…「杢二の世界」で芥川賞 サンスポ 2015年5月6日